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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第四章 勃興
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予備会議

 福岡は、東京ではない。

 だが、まったくの田舎でもない。

 港があり、空港があり、大陸と半島と台湾のどちらにも距離感が近い。

 自衛軍にとっては西部方面軍の拠点であり、物流屋にとっては九州の喉であり、観光客にとっては食べ物の街にすぎない。

 そこがよかった。

 国家を変える相談は、しばしば国家の匂いが薄い場所で進む。東京でやれば日本度合いが強すぎる。ソウルでやれば屈服の絵になる。台北でやれば中国への挑発が露骨すぎる。福岡は、その全部の嫌な角を、少しずつ丸めてくれる都市だった。


 最初の三国予備会議は、十月九日の夜に開かれた。


 場所は博多港中央ふ頭の外れにある、港湾物流会社名義の研修施設だった。昼間は実際に使われている。フォークリフト講習や危険物取扱の更新講座、通関業者向けの説明会、そういう地味な予定表が年間で埋まっている。危険な会議ほど、正体の分からない場所ではなく、あまりに正体が分かりすぎる場所で行う方が長持ちする。その建物もそうだった。外から見れば、どこにでもある白い箱だ。倉庫に毛が生えた程度の会議棟。看板も地味。警備員も眠そう。だがその夜だけは、眠そうな警備員のうち二人が葛城誠司の班の人間で、監視カメラの死角が事前に全部洗い直され、周辺の車両ナンバーが半径五百メートルまで拾われていた。


 会議は午後九時開始、午前零時前終了。

 表向きの名目は「西部方面軍物流調整会議」。

 出席者は、正式名簿上は日本側だけになっている。さも、自衛軍と運送業者が会議を行うかのように偽装されている。

 韓国と台湾の人間は、別々の時刻、別々の車列、別々の顔で入った。


 日本側は榊原広太、葛城誠司、神代嶺、それに港湾・産業・防空を扱う実務家が三名。

 韓国側は南泰俊大領と対外調整局の文官、情報将校二名。

 台湾側は許文哲上校、女性文官の林婉如、情報安全局系の男が一名。

 首脳は誰も来ない。

 まだ早い。

 早いというより、まだここで顔を揃えるには、それぞれが自分の国の中で言い訳を持っていない。

 だから最初は、国家の顔ではなく、国家の手だけが集まる。


 榊原は、その夜の空気がひどく乾いていると感じていた。


 韓国と台湾の代表は、互いをほとんど見ない。

 見る必要がないからではない。

 むしろ逆で、見ればそこで余計な感情が生まれるからだ。

 台湾側から見れば、韓国の維新軍政府は若年怨念を剥き出しにした乱暴な政変に見える。

 韓国側から見れば、台湾の改新政府は孫文と中華民国の顔を借りて、自分たちだけ歴史の高さを気取っているように見える。

 そして両者とも、日本を信用していない。

 日本はすでにクーデターが二度も起き、今は四谷という怪物が中枢を握っている。

 信用できる要素がどこにもない。

 だからこそ、この会議は成立する。

 信頼はない。

 必要だけがある。

 必要だけで人間が同じ部屋へ座る時、空気はだいたいこんなふうに乾く。


 議題は最初から限定されていた。


 統一国家の名前は出さない。

 国旗も出さない。

 法統もまだ出さない。

 出すと壊れるからだ。

 最初にやるのは、より下品で、より現実的なことだけだった。

 海上交通路。

 港湾優先権。

 対EDF時の共同対処。

 中国が台湾海峡で動いた場合の即応計画。

 弾薬・燃料・医療物資の相互融通。

 サイバー障害時の予備回線。

 空港の共同使用。

 つまり、「合邦」の前に、まず国家の骨格だけ先に絡ませる。


 許文哲は、その夜、神代嶺を最も警戒していた。


 榊原は行政屋だ。

 葛城は治安と潜入の人間だ。

 分かりやすい。

 神代だけは違う。

 この男は、言葉を制度に変える顔をしている。

 実務家というより、思想を官庁文に変換する翻訳機だ。

 台湾にとって怖いのは軍事力そのものより、そういう人間が「中華民国改新政府」という言葉を、やがて別の超国家法統の一部へ整えてしまうことだった。


 だが、その神代は意外なことに、その夜ほとんど喋らなかった。

 喋るのは榊原と葛城だ。

 神代はメモを取り、時々短く確認を入れるだけ。

 許はそこに、嫌な確信を覚えた。

 この男は、まだ話す段階ではないと分かっているのだ。

 つまり、本当に危ない話は、もっと後ろで、もっと正式な席で出てくる。


 第一回は三時間で終わった。

 合意は小さい。

 次回会合を福岡市東区の別施設で開くこと。

 議題を「地域安全保障連結」と「危機統治」に限定すること。

 まだ共同文書は作らないこと。

 つまり、本番へ向かうための形式を決めただけだった。

 だが形式というものは、こういう時には中身より重要だ。

 形式が決まれば、人はその形式の中で少しずつ深い話を始める。


 第二回は十月二十七日、福岡市西区の海辺に近い、古い企業保養所で開かれた。


 場所が選ばれた理由は単純だった。

 道路が少ない。周辺住民が少ない。宿泊機能がある。海からも山からも監視が利く。

 しかも、景色がよすぎて逆に怪しまれない。

 日本人は、国家の危ない話は薄暗い地下室でやるものだと思い込んでいる。実際には、海の見える古い保養所の方がよほど都合がいい。昼は会社員の研修旅行にしか見えないからだ。


 開始は午後四時。終了は翌日午後三時。今度は宿泊付きだった。

 それが意味するものを、参加者全員が理解している。

 日帰り会合では済まない段に入った、ということだ。

 そして宿泊を伴う会合では、議事録に残らない話の方が本体になる。


 参加者も少しだけ変わった。

 日本側に産業系の人間が増え、韓国側には法務と世論分析を担当する文官が入り、台湾側には半導体と海運の実務家が初めて加わった。

 軍だけではなくなった。

 そこが重要だった。

 軍だけの同盟は短い。

 国家の深部を本当に縫い合わせるには、港、通信、銀行、物流、製造業、その全部に手を入れられる人間が要る。

 その人間たちが、ようやくこの段で同じ建物へ入ってきた。


 会合の主題は、初めて「国民」が議題に上がったことだった。


 どうすれば日韓の反感を鈍らせられるか。

 どうすれば台湾で「売台」や「第二の植民地化」という反応を遅らせられるか。

 どうすれば三国の若年層に、統合ではなく「旧秩序の共同廃棄」として理解させられるか。

 どうすれば老人世代の国家感情を一気に刺激せずに済むか。

 つまり、この会議はここで初めて、兵站や防空ではなく国民世論の加工へ踏み込んだ。


 韓国側の文官は言った。


「韓国では、友好は売れません。必要しか売れない」


 台湾側の林婉如は即座に返した。


「台湾でも必要だけでも足りません。必要を言うだけだと、単に中国と戦うための一時的従属に見える」


 そこで榊原が、机上の紙へ細い線を引いた。


「だから、三国で同じ物語を使わない」


 静かな声だった。


「日本では『国家改造の先行者』として。韓国では“旧老人政治の終末処理”として。台湾では『未完の共和国の橋渡し』として。それぞれ別の入口を残したまま、中身だけ揃える」


 韓国側の文官がわずかに顔をしかめた。韓国が「入口の一つ」にまで縮められている感じがする。

 台湾側も同じだった。中華民国という国家の歴史が、結局は超国家体制へ入るための言い訳に過ぎないと言われているように聞こえる。

 だが、誰も表立って反論しなかった。


 夜、保養所の食堂で簡素な夕食が出た。

 刺身。煮物。白米。味噌汁。シンプルな和食だ。

 誰も酒は飲まない。

 飲めば人間になるからだ。

 人間になれば、嫌悪や侮蔑や、国家に対する妙な忠誠や、個人的な歴史が口を突いてしまう。

 この段階で必要なのは、人間ではなく、役割だけだった。


 それでも、食堂の片隅では小さい会話が生まれる。


 韓国の法務官僚が、台湾の実務家へ英語で尋ねる。

 「もし国民投票を避けるなら、どの段階で法律を追認させるつもりだ」

 台湾側は箸を置き、少し考えてから答える。

 「法律は最後です。先に必要を作る。あとから人は『それに合う法』を欲しがる」

 その発想は、日本側だけのものではなくなっていた。

 ここで初めて、三国の代表たちは互いを「使える」と感じ始める。

 信用ではない。

 使える、だ。


 第三回は十一月十三日、福岡空港の南西、自衛軍施設を転用した防災通信センターの地下で開かれた。


 この時点で会議は、もうただの調整会合ではなかった。

 開始は午後二時。日程は二日間。

 初めて、首脳代理が正式に入る。

 日本側は神代嶺が表向きの議長役を担い、韓国側はナム・テジュン大領が明確に代表格として座り、台湾側は許文哲上校が実務責任者として前へ出た。

 ハン・ドンギュも郭承憲もまだ来ない。

 だが、その不在は「拒絶」ではなく、「もう少しで来る」という種類の不在になっていた。


 場所の警備は、それまでとは質が変わっていた。


 外周は福岡県警の一部協力者が交通事故処理を装って抑える。中間帯は葛城の特殊作戦支援部分班が私服で固める。

 建物の入退室ログは一時的に防災訓練用サーバへ迂回させ、正規の庁内システムには痕跡を残さない。

 空港側からの監視に備えて、参加者車列は二十キロ圏内で一度すべて別方向へ散らし、最後だけ別々の業務車両へ乗り換える。食事はすべて個包装。紙資料は回収前提。窓はない。録音禁止。端末は別室。

 極秘会議だ。


 この回で初めて、「十二月」という語がはっきり出た。


 榊原が言った。


「予備会議はあと一回で足りるでしょう」


 韓国側の南は、その一文に即答しなかった。

 足りるかどうかではない。

 足りると認めた瞬間、もう本番の首脳会談を避けられなくなる。

 台湾側の許も黙っている。

 同じ理由だった。


「十二月上旬」


 神代が紙を見ながら言う。


「福岡市内。港湾と空港の両方にアクセスがあり、かつ都市の中心から一歩外れた場所。滞在は一泊二日。表向きは危機物流・防空・海上交通に関する非公式政策会合。参加者は首脳本人と側近のみ。共同文書は作るが、公印は使わない」


 台湾側の女官僚が口を挟む。


「議題は」


「三つです」


 神代は答えた。


「第一に、相互安全保障連結。第二に、危機時統治協力。第三に、将来的な共同国家機構の可能性」


 「共同国家機構」という言い方に、部屋の温度がまた少し下がった。

 合邦でも連邦でもない。

 だが、もはや単なる同盟でもない。

 三国とも、とうとうそこまで来たのだと分かる。


 ナムはそこで初めて、はっきりと異議を出した。


「韓国国内では、その第三議題はまだ早い」


 神代は頷いた。


「日本でも同じです」


 その返答が、妙に空気を和らげた。

 日本だけが先へ行っているわけではない。

 三国とも、自国民へまだ言えない話を抱えている。

 その共通性だけが、逆説的に彼らを少しだけ近づける。


 許文哲は、その時ふと考えた。

 国家とは何なのか。

 国旗か。憲法か。正統性か。人民か。

 違うのかもしれない。

 結局のところ、こういう場所で「どこまで一緒に死ねるか」を話し合えるかどうかが、国家の始まりなのかもしれない。

 その考えが頭をよぎったこと自体が、彼にはかなり不快だった。

 自分はいつから、こういう発想をする人間になったのか。


 第四回、そして最後の予備会議は、十一月二十九日夜、福岡市南区の高台にある古い迎賓施設で行われた。


 そこはもともと地方財界と行政の非公式会食に使われていた建物で、夜景だけがやたら良い。

 皮肉にも、その景色の美しさが一番の防壁になった。

 こんな場所で東アジアの再編が話し合われているとは、誰も思わないからだ。


 この回には、三国の首脳本人はまだ来ない。

 だが各国から「本人へ直結している者」だけが座る。

 日本からは榊原、神代、葛城。

 韓国からはナム・テジュン、ハン中将の側近筆頭。

 台湾からは許文哲と郭承憲の政治補佐官。

 そしてここで、ようやく全員が、本番の開催都市・会場・日時・警備態勢を確定させた。


 開催都市は福岡市。

 会場は陸上自衛軍福岡駐屯地。

 日時は十二月十日午後三時集合、十一日正午解散。

 首脳の到着時刻は三国でずらす。

 日本側が最後に入る。

 韓国と台湾は別ルート。

 宿泊は同一建物内だが、フロア完全分離。

 食事は共同ではなく時間差。

 本会議は四セッション。

 第一セッション「地域安全保障」。

 第二セッション「危機物流・海峡・港湾・防空」。

 第三セッション「危機時統治協力」。

 第四セッション「将来構想」。

 最後の第四セッションだけは、議事録を残さない。

 そこに、本当の国名と建国日が入るからだ。


 警備も、もはや治安対策ではなく政治そのものだった。


 外縁を西部方面軍の信頼できる部隊が抑える。

 中間帯は葛城の班と韓国・台湾の各情報要員が混成で動く。

 警備は日本側が主導しつつ、首脳階フロアだけは各国要員の相互承認制。

 毒物検査は三系統。

 通信遮断は二重。

 脱出経路は海・陸・空すべて確保。

 つまり、三国は互いを信用していないまま、互いの首脳を同じ建物へ入れるための最低限の相互不信管理を、ようやく完成させた。


 会議が終わる直前、ナムが低く言った。


「ここまで来たら、もう戻れませんね」


 誰もすぐには答えなかった。

 戻れない。

 それは、この数か月ずっと会議の底にあった感覚だった。

 最初は接触だった。次に技術調整になった。次に世論操作になった。次に共同国家機構の可能性になった。

 そして今、首脳会談の開催日時と食事時間と脱出経路まで決めてしまった。

 国家は、大演説で生まれるのではない。

 往々にしてこういう、あまりに細かい実務の積み上げの中で、後から「ああ、あの時もう始まっていたのだ」としか言えない形で生まれる。


 榊原はそこで初めて、ほんの少しだけ笑った。


「だから予備会議なんですよ」


 軽い口調だった。

 だが、その軽さの下にあるものを、部屋の全員が知っていた。

 これはもう単なる予備ではない。

 本番の首脳会談は、内容を決める場というより、ここで決めたことへ最後に国家の顔を載せる場になりつつある。

 その意味で、本当に危険だったのは福岡の本会議ではない。

 その前に、こうして繰り返し開かれた、名前のない予備会議の方だった。


 福岡の冬はまだ本格的ではない。

 だが夜気は冷たく、港からの風が高台の木々を擦っていた。

 参加者たちはそれぞれ別の車へ乗り、別の時間に去っていく。

 誰も握手は長くしない。

 写真もない。

 共同声明もない。

 だが、その夜を境に、三国はもう「たまたま似た軍政が並んでいるだけの地域」ではなくなった。

 まだ誰も公には認めない。

 それでも、同じ建物の中で、同じ未来の細部を詰め始めた以上、もう半分は一つの国家だった。


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