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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第三章 変動
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ウラルの傷

 モスクワの空は、秋の終わりになると妙に低くなる。


 雲が低いのではない。街の方が、もう空へ向かって伸びることをやめたみたいな低さだ。スターリン様式の古い建物も、ガラスの新官庁街も、ソ連の残骸と資本主義の貼りものを無理やり重ねたような景色で並んでいる。だが、その上にある空だけは、どちらにも属していない。鉛色で、冷たく、何度国家が失敗しても少しも驚かない顔をしている。


 セルゲイ・マリニンは、窓の外を見る癖があった。


 四十五歳。外務省に近い分析部局の中堅官僚。軍人ではない。だが父は軍人で、母は難民だった。ロシアでは、それは珍しい履歴ではない。珍しくないということが、この国の九〇年代の醜さをよく示している。


 父は一九九四年に脚を失った。

 母はそのころ、子どもを連れてヴォルガ沿いを転々としていた。

 セルゲイは、国家が崩壊したという歴史を本で覚えたのではない。

 父が酒を飲む速度で覚え、母が腐ったパンを捨てられない手つきで覚えた。


 東アジアのニュースが荒れ始めてから、彼は何度もその手つきを思い出していた。


 日本。韓国。台湾。軍。政変。首都。若い将校。国家改造。


 会議室では皆、それを新しい危機として語りたがった。東アジアの不安定化。中国への圧力。アメリカの影響力低下。四谷政権の思想感染。若年世代の破滅願望。どれも正しい。正しいが、セルゲイにはどれも半歩ずれて聞こえた。新しい危機ではない。もっと古い。もっと嫌なものだ。国家がある日きれいに死ぬのではなく、しばらく生きたふりをしながら中身だけが腐り、やがて武装した破片になって各地を歩き始める。その感じだ。


 若い補佐官が言った。


「日本のケースは我々の九〇年代とは違います。あれは高度工業社会の病理です」


 セルゲイは、その言い方にひどく疲れた。

 高度工業社会。

 病理。

 もっともらしい。

 もっともらしいが、国家が死ぬ感触を知らない人間ほど、そういう語を好む。国家が死ぬのは経済指標の問題ではない。命令が二つになり、正統性が二つになり、都市がまだ動いているのに、誰も「誰が国家なのか」を信じ切れなくなった時に死ぬ。その構造だけなら、日本も韓国も台湾も、あの頃のソ連と何も変わらない。


 セルゲイは何も言わなかった。

 言わなくても、身体の方が知っているからだ。


 この国では、一九九一年八月クーデターが失敗した、と人は簡単には言わない。

 あるいは、成功したとも言わない。

 あまりに長く尾を引きすぎたからだ。


 ヤゾフ元帥がモスクワを握った数日間、父はまだ若かった。若い戦車将校で、国家が軍の手に戻ることを、少しだけ安心に近いものとして感じたと言っていたことがある。ほんの一度だけだ。酒に酔った夜に、その一文だけが漏れた。

 「混乱が終わると思った」

 それだけだった。

 後から考えれば、それがこの国の不幸の始まりだった。


 混乱は終わらなかった。

 軍が国家を握っても、国家の病気そのものは消えなかったからだ。

 共和国は離れたがっている。

 党は腐っている。

 経済は死んでいる。

 民族ごとの恨みは溜まりすぎている。

 そこへ軍が秩序の顔をして被さるとどうなるか。秩序は戻らない。むしろ崩壊そのものが軍事化する。


 父は、そのあたりから先をほとんど語らなかった。

 語らなかったが、断片だけは残った。


 駅舎のガラス。

 燃えた列車。

 冬に凍った燃料。

 命令が二重に来る朝。

 味方のはずの部隊に別の旗が立っていたこと。

 昨日まで同じ軍服を着ていた男が、翌月には別の共和国軍を名乗っていたこと。


 セルゲイにとってソ連崩壊とは、教科書の大事件ではない。

 父が特定の音を嫌う理由であり、母が今でも保存食を過剰に買う理由だった。


 一九九二年、民主主義の"勝利"を祝うかのように『歴史の終わり』が出版された。

 当時のモスクワでその本を開いた人間は、たぶん皆、同じ種類の悪い冗談を感じただろう。外では兵士が別々の旗の下で発砲し、地方では共和国と軍区と民族武装と旧党官僚が入り乱れ、核兵器の管理権限が本気で不安視されていた。歴史の終わりどころか、歴史は最悪の形を体現しながら続く。しかも、民主主義が勝ったから平和が来るはずだった年に、最も汚いかたちで再開した。そこにこの世界の皮肉が全部詰まっていた。


 ソ連は倒れたのではない。長く腐った。

 共和国ごとに。軍区ごとに。民族ごとに。

 約三十の勢力に裂け、しかもそれぞれが自分こそが正統だと主張した。

 この国の九〇年代を、本当に生き延びた者は、今でもその頃を「内戦」としか呼ばない。民主化の混乱でも移行期の困難でもない。内戦だ。国家が国家であることをやめ、人々がどの命令に従えばよいか分からなくなり、町ごとに別の正義と別の銃口が立った数年間。そうとしか呼べない。


 モスクワの官僚たちは、その記憶を口ではあまり共有しない。

 だが政治の深いところでは、全員がそこへ縛られている。

 なぜこの国は中央集権を病的に愛するのか。

 なぜ「秩序」という語に道徳以上の熱を込めるのか。

 なぜ地方の自律や自由主義的改革に、実利以上の嫌悪を示すのか。

 理由は簡単だ。もう一度あの頃へ戻るくらいなら、自由など要らないと思っているからだ。


 セルゲイは、そのことを知っていた。

 知っているから、東アジアの政変を前にして背中が冷える。

 日本の軍政。

 韓国の維新軍政府。

 台湾の改新政府。

 どれもまだ、テレビの画面の中では秩序の顔をしている。

 だが、それが一番危ない。

 秩序の顔をしたまま国家を奪われた国ほど、その後の腐敗は長い。

 ロシアはそれを経験済みだった。


 ある晩、セルゲイは父を見舞いに行った。

 父はテレビを点けたまま、眠っているのか起きているのか分からない顔でソファに沈んでいた。

 ニュースでは韓国と台湾の映像が交互に流れている。

 軍服。

 声明。

 若い兵。

 広場。

 国旗。

 父はそれをしばらく見てから、小さく言った。


「まただ」


 また。

 それだけだった。

 セルゲイは、その一語の重さに少し動けなかった。

 父にとって東アジアの政変は外交ではない。

 「あの時の続き」にしか見えていないのだ。


「今回はロシアじゃない」


 セルゲイは自分でも意味のないことを言った。


 父は乾いた笑い方をした。


「国家が裂ける時、最初はいつだって“今回は違う”って言うんだ」


 それ以上は続かなかった。

 だが十分だった。

 セルゲイは帰りの車の中で、自分がなぜ日本や韓国や台湾にあれほど嫌な既視感を覚えているのか、改めて理解した。

 国家を奪うことは簡単だ。

 国家が国家であり続ける条件を奪わないようにするのは、その何倍も難しい。

 そしてこの世界の東アジアの若い軍人たちは、その難しさをまだ本気では知らない。


 ロシア連邦がようやく成立したのは二〇〇二年だった。

 その年、モスクワは祝賀よりも安堵に近い空気に包まれたと、母は言っていた。

 誰も歓声を上げなかった。

 ただ、これでようやく食料輸送が普通に来るかもしれない、明日も同じ国旗が役所に掛かっているかもしれない、息子が別の共和国軍に徴発されずに済むかもしれない、そういう低い安堵だけがあった。

 それが国家の再建だった。

 理想ではない。

 出血がやっと止まった感じ。

 この国が、その後どれほど国家神話へ執着し、垂直統治へ執着し、自由を信用しなくなったかは、その安堵の低さから全部説明できる。


 外務省へ戻った翌朝、セルゲイは東アジア関係の報告書を読み直した。

 福岡。東アジア統一会議。四谷。韓東圭。台湾の改新政府。

 それぞれ固有名詞は違う。

 だが行間の匂いが同じだった。

 国家を「作り替える」少数者。人民は遅れてついてくるだけだという傲慢。旧秩序は腐っているから壊してよいという確信。そして、壊した後の長い腐敗を想像していない種類の若さ。


 セルゲイは、そこで初めて、ロシアが東アジアへ向けて抱く感情の本質を言葉にできた。

 それは反日でも反韓でも反中でもない。

 もっと私的で、もっと古くて、もっと生々しい。

 やっと塞いだ傷口を、遠くの誰かがまた開き始めたのを見る時の嫌悪だった。


 だからこの世界のロシアは、東アジアの軍事政変にただ戦略的に反応しているのではない。

 自分たちの九〇年代を、他人の土地で再演されるのを見せられている。

 そのことに、国家ごと神経質になっている。


 夜、モスクワの空はますます低くなっていた。

 セルゲイは窓の前に立ち、ぼんやりとその灰色を見ていた。

 『歴史の終わり』。

 そんな題名の文章が出た時代に、自分たちの国は三十片へ割れた。

 だからロシアは、東アジアの再編を見ても驚かない。

 驚かない代わりに、ひどく深く怯える。

 あれは未来ではない。

 もう一度来る九〇年代かもしれないからだ。


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