自由の帝国
アメリカが壊れ始めたのは、二〇二六年四月にイランへ手を出した瞬間だった、と後から言うのは簡単だ。
だが実際には、そうではない。
壊れた国家というものは、いつだってずっと前から壊れている。
ただ、外へ向けて大きな戦争を始めた瞬間、その内部の亀裂がようやく国際政治の形を取り始めるだけだ。
アメリカはその時点で、すでに十分に疲れていた。
国内は分断され、政治は相手を倒すことしか考えず、企業は国家そのものより強く、人々は自由を愛していると言いながら、実際には自由のコストを自分で払う気がほとんどなくなっていた。
それでも、巨大な国家は疲労を見えにくくする。
ドルがあり、空母があり、メディアがあり、大学があり、シリコンバレーがあり、まだ「世界の中心であるふり」を続けるだけの装置が残っていたからだ。
そこへ、二〇二六年四月、ホワイトハウスの狂人がイランへ手を伸ばした。
最初の攻撃は、まだ「強硬な外交」の延長に見えた。
限定的打撃。抑止。中東の安定。海上交通路の安全確保。
そうした聞き慣れた言葉が、いつものようにテレビのテロップへ並ぶ。ペンタゴンの会見でも、国務省のブリーフィングでも、ワシントンのシンクタンクでも、どこも似たような言い方をした。
人々も最初は、その種の嘘にまだ少しだけ付き合う余力があった。
どうせまた限定作戦だろう。
空爆して、制裁して、強い言葉を吐いて、数週間で忘れられる。
よく見た手口だ。一時的に荒れるが、狂人はすぐ飽きてどこかに矛先を変える。
見飽きた手口だが、それでも一応、国家の顔をして見えてしまうだけの惰性がまだあった。
だが今回は、その惰性が異様な形で壊れた。
イランはホルムズ海峡を封鎖した。
普通なら、それだけで十分な脅威だ。国家の孤立を恐れ、交渉のテーブルに着くことを余儀なくされる切り札
ホワイトハウスの男は、そこで止まらなかった。
止まらないどころか、自分でもさらに海峡の交通を絞り、物流とエネルギー価格を世界規模で壊しにかかった。
敵に締められた海峡を開けるのではなく、自分でも締める。
そういう意味不明な執念が、彼にはあった。強い指導者であることを見せたいのか。それとも、世界経済を人質に取れば自分の交渉力が増すとでも本気で思っていたのか。
たぶん両方で、さらにそれ以外の狂気も混じっていた。生来から宿していた先天的な性格異常に加え、おそらくは脳の劣化、認知症も入っていたに違いない。
結果は単純だった。原油価格が跳ねる。海運保険が死ぬ。物流が詰まる。インフレが加速する。
「中東の秩序回復」の名目で始めた戦争が、数か月で「アメリカが世界市場を道連れにしている」絵に変わった。
その時点で、信用は半分死んだ。国家が信用を失うのは、失敗した時ではない。失敗してもなお、自分の失敗を他人へ押しつける時だ。
アメリカはまさにそれをやった。
ホルムズ海峡の混乱で世界が傷む。するとワシントンは「自由な海上交通を守るための犠牲だ」と言う。ドルが荒れる。物価が上がる。同盟国が苦しむ。
すると今度は「専制国家に対抗する責任を共有しろ」と言う。要するに、アメリカは戦争を始めた上に、その代償まで他国へ道徳として配布し始めた。そこまで来ると、怒りより先に、人々は「この国はもう自分で自分を制御していない」と理解する。
同年九月、アメリカはイスラエル軍とともに地上戦へ入った。
そこでも狂気は同じだった。
わずか二か月程度の準備で、イランのような大きく、山が多く、都市も人口も分散し、しかも国家としての耐久力が高い相手を、まともに制圧できるはずがない。
そんなことは士官学校の初歩でも分かる。
だがホワイトハウスの男には、そういう現実感覚がなかった。いや、なかったというより、現実感覚そのものを「弱気」と見なしていた。
強く出れば敵は折れる。派手に殴れば世界は従う。時間をかける計画は敗北主義だ。
そういう雑な、しかも二十世紀の残骸みたいな発想が、大統領執務室からそのまま作戦計画へ降りていた。
当然、戦争は停滞した。
砂漠ではなく山があった。
高速道路ではなく、長くて嫌な補給線があった。都市を一つ取っても、戦争全体の意味が変わらない。
イラン軍とその周辺勢力は、アメリカ軍に正面から決戦を挑む必要がない。遅らせればいい。補給を噛めばいい。基地を揺らせばいい。宗派、部族、地方権力、革命防衛隊、代理組織、全部を混ぜれば、戦場は勝敗ではなく摩耗になる。
アメリカは二十世紀の火力を持っていた。だが火力で山脈は統治できないし、制空権で信仰や恨みを押し切ることもできない。
そのあたりまえを、ホワイトハウスは認めたがらなかった。
戦争はだらだら続いた。
限定戦争のつもりが、出口のない地上戦になる。若い兵士はまた、国益とも文明ともよく分からないもののために砂と岩の中を這い回る。
映像は最初だけ英雄的に編集され、その後は消える。死者は数字になり、負傷者は病院の廊下へ溜まり、帰還兵は「自由を守った」と書かれた安い横断幕の下で黙り込む。
アフガニスタンの亡霊が、もっと大きくて、もっと露悪的な形で戻ってきたようなものだった。
アメリカ国内の空気は、その頃にはもうかなり悪かった。
ニューヨークでは、戦争が遠い顔をしている。株価と石油価格と港湾保険の数字が先に話題になる。ロサンゼルスでは、物流の乱れと燃料費で生活が削られ、怒りは戦争そのものより値札へ向く。
テキサスでは愛国と武装が結びつき、旗を振る連中と、政府なんて信用するなと言う連中が、奇妙な形で隣り合う。
中西部では、兵役のない国でありながら、また若者が国家の失策の尻ぬぐいに使われているという感覚だけが広がる。
大学では反戦デモが起きる。
だがその熱も、二〇〇三年のイラク反戦のような統一感はない。
人々はもはや、国家が善か悪かではなく、国家が狂っているのに自分の生活へどこまで請求書を回してくるかで戦争を見るようになっていた。
ジュリアス・イーデンは、その時代の空気を、病理というより地形として見ていた。
彼はホルムズ海峡の報道を、世界市場の危機としてではなく、国家の正統性が擦り減る音として聞いた。
イランで米軍が停滞する映像を、戦略の失敗としてではなく、「政府は信用できない」という前提がより広い層へ浸透する契機として読んだ。
つまり彼にとって、戦争は道徳問題でも外交問題でもなく、アメリカ国家が自分で自分の神話を壊してくれる好機だった。
アメリカは巨大だ。
警察権力は分散している。
監視は強い。
だが同時に、武器がある。
共同体は割れている。
暴力が文化の中へ初めから埋め込まれている。
何より、「政府は信用できない」という前提が、右にも左にも、白人にも黒人にも、退役軍人にも学生にも、最初から半ば共有されている。
革命家にとって都合の悪い国であり、同時に都合の良すぎる国でもある。ジュリアスはその後者だけを見ていた。
彼は最終インターナショナルのアメリカ支部を、運動としてではなく回路として育て始めた。
相互扶助。薬物依存者支援。食料配布。法的支援。反差別。
どれもリベラルで、善良で、平時のアメリカなら市民社会の延長に見える。
だがその裏で進んでいたのは別だ。
州境を跨ぐセーフハウス。
銃器合法州での調達。
非公式医療ネットワーク。
暴動時の兵站試験。
保守民兵との局地衝突に備えた訓練。
国家が自分で信用を焼き払い、しかも戦争を長引かせるなら、そのあとに来るのは革命ではなく、国家機能の横取りである。
ジュリアスは最初からそこまで見ていた。
ワシントンの側は、その危険を理解できなかった。
あるいは理解していても、認めたくなかった。
彼らにとっての危機は、イラン戦線の膠着、原油価格、同盟国の不満、議会の支持率、選挙資金、そういうものだった。
つまり、国家の上でしか危機を数えられない。
ジュリアスのような人間は、国家の下で危機を数える。
配送路。銃器店。地元警察の偏り。退役軍人の流入先。病院の空白。学校区ごとの分断。
アメリカの人民は、戦争とともに分裂したのではない。
戦争のおかげで、自分たちがどれほど分裂していたかを見てしまった。
旗を振る連中は、以前より声が大きい。
だがその声には、自信ではなく怯えが混じる。
反戦の若者は、もはや理想主義者の顔をしていない。
最初から国家の道徳を信じていないからだ。
中間の大多数はさらに悪い。
戦争を嫌悪しながら、同時に「この国はもう何をしてもこうなる」とどこかで諦め始める。
その諦めは、四谷が日本で、ジュリアスがアメリカで、それぞれ好んで利用する種類の疲労だった。
世界はそのアメリカを見ていた。
同盟国は、助けを求められながら経済的に殴られるという最悪の経験をする。
敵国は、アメリカの巨大さよりも、その狂気の軽さを恐れる。
中立国は、秩序の番人を名乗る国そのものが、市場と海峡と同盟体系をまとめて人質に取る現実を見てしまう。
その時点で、信用はもう戻らない。
後から大統領が変わっても、政権が正常化しても、「アメリカは時々、内側の狂人ひとりで世界を巻き込める」という記憶だけは残る。
国家の信用とは、結局その種の悪い記憶の蓄積でできている。
そしてその悪い記憶が、のちに東アジアで起こる最悪を可能にする。
日本が裂ける。韓国が裂ける。台湾が裂ける。アメリカは怒る。
だが怒りが世界の秩序にならない。
なぜなら、あのイラン戦争とホルムズ海峡の狂乱を経た後では、誰ももう「アメリカが正気の番人だ」とは本気で思っていないからだ。
ジュリアスは、その未来を二〇二六年の時点ではまだ理論として見ていた。
だが理論で十分だった。
国家が外で失敗すれば、内側で「政府は信用できない」という前提が広がる。
その前提が広がれば、アメリカ支部のような急進的実務主義は、人道支援と武装準備の境目を曖昧にしたまま育つ。
戦争は外にある。
だが国家の神話は内側で死ぬ。
その順番を、彼は最初から見ていた。
アメリカは本土から遠いはずの戦争を、結局、自分の内戦の予兆へ接続していく。
サイバー。物流。南半球経由で浸透してくるEDFの影。国内で活性化するジュリアス・イーデン的急進分子。
全部がゆっくり混ざる。
遠い砂漠で始まったはずの戦争が、やがて配送網、ガソリン代、大学キャンパス、州兵、銃器店、救急室の混雑、地方ニュースの煽り方として、本土へ戻ってくる。
その戻り方が、いかにも二十一世紀のアメリカらしかった。
つまり、アメリカは単に世界から信用を失っただけではない。
自分が秩序の外へ落ちたことを、内側の若い世代にまで学習させた。




