第六共和国
革命の翌日までは、誰でも革命家の顔ができる。
問題は、その翌週からだ。
街路のガラスを片づけ、検問を通常化し、止まった物流を少しずつ動かし、銀行が死んでいないふりをし、大学が講義を再開し、企業が「状況を注視しつつ平常業務に努める」と書いた社内メールを配り始めた時、ようやく新しい政権は本当の意味で問い詰められる。お前たちは何なのか、と。単なる軍事的逸脱なのか。旧共和国を脅してより良い条件を引き出すための一時的な恐喝なのか。それとも、本当に次の国家の雛形なのか。
韓国は六月の終わりから七月にかけて、その問いにじわじわ締め上げられていた。
ソウルは壊れていなかった。そこがまず悪かった。
完全に壊れていれば、人はまだ覚悟を決められる。戦争だ、内戦だ、都市機能の崩壊だ、と名付けることができるからだ。だがユギオ動乱後のソウルは、妙に半端なまま生きていた。地下鉄は本数を減らしながらも走る。コンビニには品薄の棚と平常な棚が混じる。ニュースは軍服の男を映した数分後に、天気予報と芸能人の離婚を流す。つまり、生活は続いてしまう。その「続いてしまう」こと自体が、新しい政権にとっては有利でもあり、同時に最も危険でもあった。人間は銃声の最中より、銃声の後に平常を再開した時の方が、かえって多くを見てしまうからだ。
ハン中将は、そのことを日に日に思い知らされていた。
官邸に相当する機能を移した臨時庁舎の一室で、彼は朝から晩まで同じ種類の書類を読まされる。警察幹部の再任命。非常時物資流通の暫定規則。軍事裁判所設置準備。放送局への監督官派遣。学生運動と労組の動向。財閥側の反応。米国務省の声明。北京の沈黙。どれもが重大で、どれもがひどく散文的だった。政変前、彼は権力というものをもっと劇的なものだと、どこかで思っていたのかもしれない。国家を奪う。共和国を止める。新しい秩序を作る。そういう語の周囲には、どうしても歴史の英雄劇めいた錯覚がまとわりつく。だが現実の統治はもっと汚い。文書だ。通達だ。誰を切って誰を残すかの小さな判断の積み重ねだ。しかも、その判断には最後まで清潔な線がない。
彼がもっとも疲弊したのは、若年層の支持だった。
支持、といっても、あれは信任ではない。韓東圭はそのことを最初から知っていた。知っていたが、知っているだけでは足りなかった。街に出ると、二十代や三十代の顔がこちらを見る。その視線には期待がある。だがその期待は、軍政府の理念やハン個人の人格へ向いてはいない。もっと黒い。もっと粗い。もっと汚れている。あの視線は、「この社会を本当に終わらせてくれるのか」と問う目だった。兵役、就職、学歴、家賃、老人政治、男女の相互憎悪。そういう長年の鬱屈の総和が、軍政府へ「破壊」を委託している。韓東圭はその委託の重さを、支持率の数字よりはるかに嫌った。
若い人間に支持されるのは、本来なら政治家にとって甘い毒のはずだった。だが彼が受け取っているのは甘さではない。処刑執行人への期待に近い。旧共和国をどこまで殺せるか。その能力だけを見られている。国家の顔として歴史へ名を刻みたいという、老軍人のどこかに残っていた浅ましい虚栄ですら、その視線の前では急に萎えた。自分は建国者ではないのかもしれない。ただの破砕機械として使われるのかもしれない。そう思う瞬間が増えていた。
一方、ナム大領は、逆に生気を増していた。
彼は四十代だった。まだ若いと自分では思っていない。だが老いてもいない。軍の作法と、若い将校や兵たちの怒り、その両方がまだ身体感覚として残っている年代だ。韓東圭が理念と正統性の言葉で苦しむ時、南はもっと別のところを見ていた。若年層の支持は危険だ。だが危険だからこそ使える。問題は、その熱を街頭の自発性へ渡さず、制度の中へ回収することだ。熱狂した若者を革命の主体にしてはならない。主体にした瞬間、彼らは軍政府へ要求を始める。軍政府が欲しいのは若者の自由な政治参加ではない。彼らの怨念を、新しい国家の従順な推進力へ変換することだった。
南は、就任二週間のうちに、三つの委員会を立ち上げた。
国家再建臨時委員会。
兵役制度再編準備局。
青年国家参与諮問会議。
名前は穏当だ。いや、穏当すぎる。だからよく効いた。青年国家参与諮問会議などというものは、実際には若者へ決定権を与える機関ではない。決定権のあるふりをさせる器でしかない。大学院中退、就活失敗、兵役帰り、若手官僚崩れ、フリーランス、地方出身の若い男と女、そういう「語るべき怒り」を持った者たちが呼ばれる。呼ばれて、少しだけ喋る。喋らせた内容は議事録になり、一部が宣伝文へ転写される。すると彼らは、自分たちの言葉が国家へ届いたと錯覚する。その錯覚で十分だった。錯覚した若者は、街頭へ石を投げるより先に、自分の怒りが政策へ反映された証拠を探し始める。軍政府にとって、それはほとんど無害化に近い。
ナムは若者を軽蔑していたわけではない。むしろよく理解していた。理解しているから、信用しないのだ。現代の若年層は、理想のために死ぬほど純粋ではない。だが、怨念を受け止めてくれそうな器へは驚くほど素早く乗る。その速さが便利であり、同時に危険でもある。だから軍政府は、若者の怒りを「利用」しつつ、そのままの形では絶対に放置しない。放置した怒りは、いずれこちらへも向くからだ。
七月初旬、ナムはハンへ一枚の報告書を持ち込んだ。
「若年層支持の質が変わり始めています」
ハンは眉を上げた。
「下がっているのか」
「違います。分化しています」
ナムは机上に資料を置いた。
最初の政変直後、若者の支持は単純だった。壊れろ、終われ、老人どもを引きずり下ろせ、そういう破壊衝動の直接噴出。だが二週間もすると、支持層は三つに割れる。ひとつは本気で軍政府へ賭け始めた層。ひとつは、軍政を嫌悪しつつも旧共和国の方がもっと嫌だと感じ、結果としてしばらく見守る層。最後のひとつは、軍政府が自分たちの敵意を裏切ると見ればすぐ反転しうる、最も危険な層だった。
「裏切る、とは」
ハンが訊く。
「老人を残すことです。既成政党を甘く処理することです。兵役を本当に変えないことです。住宅市場へ踏み込まないことです。つまり、古い韓国を生き延びさせること全般です」
ハンはその言葉に疲れた。
変えろ、壊せ、切れ。
若者はそう言う。
だが実際に統治を始めると、壊せば済むものばかりではない。老人政治を止めろというのは簡単だ。だが年金を止めれば市場が死ぬ。住宅秩序を改造しろと言うのも簡単だ。だが、価格を一気に崩せば銀行が飛ぶ。兵役を抜本再編しろと言いながら、北と中国に対して軍事的空白は作れない。現実の国家は、怨念の受け皿であると同時に、怨念だけでは維持できない機械でもある。その二重性が、韓東圭を日に日に古い人間へしていった。つまり、彼は軍政府の首謀者でありながら、すでに軍政府の若い論理に置いていかれ始めていた。
ナムはその変化を、ほとんど無表情で観察していた。
ハンは要る。
だが永遠には要らない。
彼は国家の顔であり、過渡期の象徴であり、旧軍の威厳がまだ見える年齢と経歴を持つ。そこに価値がある。だが国家が本当に改造段階へ入れば、威厳と節度と「苦渋の非常措置」の顔は、むしろ邪魔になる。軍政府に必要なのは、いつか必ず「もっと先へ行こう」と言える人間であって、「ここまでにしておこう」と言い始める老人ではない。ナムはそこまで明言しない。だが、韓東圭がいずれ自分の役割を失うことは、ほとんど最初から分かっていた。
情勢は韓国内だけでも複雑だった。
財閥は表向き慎重だが、裏では軍政府と取引を始めている。
官僚は憎悪しながら従う。
警察は屈辱を忘れていない。
大学は静かに煮えている。
若い男たちは兵役再編へ異様に敏感で、若い女たちは「軍が男女対立まで国家の材料にするのではないか」と半ば正しく警戒している。
老人は、自分たちが歴史から追い出されるのではなく、若者の怨念に政治的な名前が付いただけだと理解して、逆にかたくなになっている。
つまり軍政府は、支持を得たのではない。
社会のあらゆる不満の中央へ、ひとまず座っただけだった。
その意味では、ハンもナムも、まだ勝利したとは言えない。彼らはただ、他の誰より先に爆心地へ立ったにすぎない。
七月の終わり、維新軍政府の内部では、国家像をめぐる対立がはっきりし始めていた。
ハンに近い側は、これを「共和国の矯正」と呼びたがる。腐敗した政治を止め、若者の未来を再配置し、国家を立て直し、その後に新しい体制へ穏当に移す。
ナムに近い側は違う。彼らはもう少し深いところを見ている。単なる矯正では足りない。韓国社会そのものの発想法を変えなければならない。老人の票のために若者へ義務を押しつける政治、兵役を時間の浪費としてしか扱えない国家、男女対立を調停ではなく動員に使うメディア、就職競争を当然として神聖化する社会、その全部を「以前の韓国」として切り離す必要がある。切り離しの言葉はまだ粗い。だが方向だけはもう見えていた。彼らは秩序回復ではなく、国家改造を欲している。
その時点で、四谷の影は既に中へ入っていた。
直接の演説ではない。
露骨な命令でもない。
もっと嫌な形だ。
整理された文書、要点だけ抜き出された覚書、若手将校の勉強会で回る翻訳、韓国向けに薄められた「先覚者責任」と「老人共和国論」、そういうものが既に内部の何人かへ届いていた。ナム自身、それを全部「日本の手先の思想」としては読まない。そこが重要だった。むしろ、自分たちが元から持っていた怒りへ、ようやく正しい設計図が与えられた、と感じている。感染が完成した時、人はそれを感染とは思わない。自分で考えた結論の輪郭が、たまたま他人の文書と一致していただけだと感じる。
八月初旬の夜、ナムは極秘回線で一つの連絡を受けた。
送信元は東京。
日本政府ではない。
だが、日本の現在の中枢そのものと言ってよかった。
文は短かった。
『韓国の再建は、韓国単独では完結しない。歴史は個別国家の修復ではなく、地域全体の再編を要求している。必要なら、福岡で会おう』
差出人名はない。
ないが、誰の文かは分かる。
飾りがない。
しかも、こちらを露骨に従属国扱いもしない。
協力でも同盟でもなく、もっと悪い。
「同じ病気の罹患者」として話しかけてきている。
ナムは画面を見たまま、しばらく動かなかった。
ハンにこれを見せれば、たぶん嫌な顔をするだろう。日本の影が濃すぎる、と。韓国の自発的再建でなければならない、と。だがナムは、そこまで幼くはなかった。韓国の軍政府がどれほど若年層の怒りを動員しても、国家改造を単独で完結させるには狭すぎる。物流、金融、外交、安全保障、対中・対米関係。全部を考えれば、東アジア全体の再編という四谷の言葉は、妄想であると同時に妙に現実的でもあった。
そこが一番嫌だった。
妄想である。
だが、妄想だからといって無力ではない。
むしろ現実が壊れている時代には、現実的すぎる計画より、妄想の方が人を引っぱることがある。
ナムは端末を閉じた。
ハンの顔が頭に浮かぶ。
老いた共和国を切った中将。
だがその後の国家像を持ち切れてはいない男。
次に四谷の顔を思い浮かべる。
顔というより、温度のない文体だけが先に来る。
日本はもうそこまで行っている。
韓国はまだ、そこまで行くべきかどうかの逡巡の中にある。
窓の外のソウルは、相変わらず半端に明るかった。
国家はまだ死に切っていない。
だから次の国家も、まだ完全には生まれていない。
その曖昧な夜の底で、四谷からの働きかけだけが、異様に具体的だった。
福岡で会おう。
その一文だけが、韓国の未来を、韓国の外側から静かに引き始めていた。




