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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第三章 変動
33/68

ヘル朝鮮

 韓国が壊れたのは、六月二十五日の朝ではない。


 もっと前から壊れていた。

 ただ、壊れているという事実が、あまりにも日常に溶け込みすぎていて、誰もそれを「崩壊」と呼ばなかっただけだ。


 ソウルの朝は早い。早すぎると言った方が近い。地下鉄はまだ完全に目が覚めていない時間から人を詰め込み、駅のホームには、試験勉強の単語帳を見ている学生、履歴書の写真を確認している若者、夜勤明けの顔をした配達員、前日に飲みすぎた中年、化粧の薄いままスマートフォンを睨んでいる女たちが立っている。全員が疲れている。だが、その疲れを特別なものだとは誰も言わない。韓国では疲労が平時だからだ。


 就職は狭い。

 住宅は高い。

 学歴は人間そのものの格付けに近い。

 兵役は男の時間を二年近く奪う。

 奪ったくせに、それを終えた後の人生に報いてはくれない。

 女は女で、兵役に行かない側だと憎まれ、同時に結婚・出産・ケアの負担は黙って押しつけられる。

 老人は多い。多すぎる。しかも票も金も握っている。

 若者は国の未来だと口では言われる。だが実際には、老人たちが最後まで食い尽くした社会の後片付け要員として扱われているだけだった。


 ヘル朝鮮。


 その言葉は、もう何年も前から擦り切れるほど使われていた。だからこそ厄介だった。言い古された地獄は、半分だけ冗談に見える。冗談に見えるから、人はその本気の絶望を見ない。だが本当には、誰も笑っていなかった。ただ、笑うふりをしていただけだ。


 イ・ソンミン中尉は、その朝も基地の食堂で薄いスープをすすっていた。


 陸軍士官学校を出て、前線でもなく、首都圏でもなく、中途半端な場所の部隊へ回された。二十九歳。軍人としては若くない。社会人としては、まだ若いと言われる。軍人であるということは、国家の中枢に近いようでいて、実際にはその失敗の帳尻合わせを引き受ける位置にいることでもあった。


 食堂のテレビでは、また与野党の口喧嘩が流れていた。

 老人たちの顔。老人たちの怒声。老人たちの「国家のために」という語。そのくせ、彼らの誰も兵舎の湿気も、除隊後の若者の再就職も、賃貸契約書の保証金欄も、地獄みたいな競争試験の空気も知らない。


 ソンミンはテレビから目を逸らした。


「またやってるな」


 向かいに座ったパク・ジェヒョク大尉が言った。


「えぇ、そうですね」


 ソンミンは答えた。


「奴らは食ってるんです、私たちの血肉を」


 ジェヒョクは少しだけ笑った。笑ったが、愉快ではない。食っている。

 老人たちは国家を守っているのではない。国家を最後まで食っている。その認識は、若者の間ではとっくに共有されていた。


「昨日、妹から電話が来た」


 ジェヒョクが言う。


「また面接に落ちたらしい」


「何社目だ」


「知らん。もはや本人も数えてない」


 ソンミンは黙った。数える意味がないからだ。大学名、資格、英語、インターン、面接、顔つき、親の金、運。全部を積んでも、落ちる時は落ちる。落ちた先に、別の道が用意されているわけでもない。いや、チキン屋にはなれるかもしれないが。


「今晩の当直勤務より先に、あいつの人生の方が先に終わるかもしれんな」


 ジェヒョクはそう言った。


 冗談ではなかった。


 同じ頃、ソウルの南で、チェ・ミンジョンは朝から履歴書を書き直していた。


 二十六歳。兵役は終わった。大学は出た。成績も悪くなかった。資格も取った。語学資格もある。だが、それで人生が開くほど甘くはなかった。就活は競争というより、選別の儀式に近い。若者は努力を要求されるが、努力によって救済されるとは誰も本気で信じていない。公平な競争ならまだ怒れる。不公平な出来レースだと皆どこかで分かっているのに、競争の形式だけはやめない。だから人間の内側に、怒りではなく磨耗が溜まる。


 かつてて、ミンジョンの兄が兵役を終えてからというもの、兄は荒れていた。国家に時間を取られた。だが国家は、その埋め合わせを何一つしない。女は男女平等を建前に配慮を要求するが、兵役については絶対に男女平等を認めようとはしない。それどころかバカンスだと言って男性の利権だとのたまう。兵役を押し付けられたと感じた男たちはそのことで女を憎み始める。女たちはその憎悪にうんざりしながら、自分たちの側へ押しつけられる別の不公平に疲れている。結果として、社会は構造に怒る代わりに、目の前の異性を憎む。権力にとって、それ以上都合のいい地獄はない。


 ミンジョンはSNSを閉じた。兵役を終えた男たちの恨み。フェミニズムへの雑な怒号。出産圧力への嫌悪。老人たちの説教。

 何もかもが互いに食い合っている。

 こんな社会は、もう修理では足りない、と彼は最近よく思うようになっていた。


 壊れればいい。


 そこまで明確には言わない。だが、その手前の黒い納得なら、もうかなり深いところまで来ていた。


 その感情は、ソウルだけのものではなかった。

 若い将校。浪人を重ねた受験生。親の家から出られない二十代。兵役で断ち切られたキャリア。年金と不動産を握った老人。男女が互いを憎むことで、国家そのものへの憎悪が薄められていることに気づいてしまった者。

 彼らの間に、六月に入る頃から、妙な文書が回り始めていた。


 『民主化は老人の勝利であって、若者の勝利ではなかった』

 『共和国は若者に義務だけを要求し、未来を返さず、権利を与えない』

 『先に知り、先に動く少数者だけが国家を更新できる』

 『停滞した共和国は、もう保守も革新もなく、ただ食い荒らされている』


 出所は曖昧だった。どこかのネット掲示板だろう。だが、最近政変のあった日本から来たとも言われる。台湾の論壇から流れたとも言われる。だが、実際にはそんなことはどうでもよかった。

 重要なのは、それが韓国の若い軍人や若者たちの胸へ、『最初から自分で考えていた結論』のような顔で入ってきたことだ。


 ソンミンは、その文書を初めて見た時、驚かなかった。むしろ、やっと整理されたと思った。


 ああ、そうだ。自分たちが憎んでいたのは、ただの無能な政権ではない。単なる失政でもない。もっと構造そのものだ。

 老人に握られ、選挙に麻酔され、兵役と競争と住宅で若者を締め上げ、それでも国家への忠誠だけは要求する、この共和国の骨格そのものだ。


 「国家を守れ」と言う。だが国家は、誰を守った。老人たちの不動産か。既得権か。選挙の票田か。

 若い男には兵役、若い女には自己責任、両方には競争、そして最後に「成熟しろ」と説教する社会か。


 ジェヒョクが、夜の喫煙所で言った。


「ソンミン、お前さ。最近のあれ、読んだか」


「読んだ」


「どう思う」


 ソンミンは煙を吐きながら答えた。


「言葉が少し大きすぎる」


「内容は」


「正しい」


 ジェヒョクは黙った。

 その黙り方だけで十分だった。

 正しい。

 そこまで来ている。


 六月二十四日の夜、韓国のいくつかの基地では、静かな異常が進んでいた。


 正式命令ではない待機。演習名目の車両移動。勝手な補給増。通信の増加。

 若い将校が、上の老人たちに知らせないまま、少しずつ戦力を結集している。


 それは日本の六月六日と似ていた。

 だが完全に同じではない。

 韓国の若い将校たちは、日本を見て学んだ。

 国家を奪うのに必要なのは、理念より先に、武力、武力行使にためらわない少数、そして「もうこれ以上は耐えなくていい」と自分へ言ってくれる優しい言葉だと。


 その言葉は、もう胸の中にある。


 ジェヒョクは、車両の影でヘルメットをかぶりながら、自分が何をしようとしているのかを正確には考えなかった。考えれば遅れる。遅れれば終わる。そういう段階だった。


「これで失敗したら」


 若い少尉が言う。


「どうなると思います」


 ソンミンは答えた。


「今と同じだ」


「……」


「今と同じで、あるいはもっと酷くなる」


 その返答に、誰も反論しなかった。

 今と同じ。

 それが一番の脅しだった。

 失敗したら死ぬかもしれない。捕まるかもしれない。だが、それ以上に彼らを押したのは、何もしなければ今と同じか、それ以上の地獄が続く、という感覚だった。


 夜明け前、ソウルの空は白み始めていた。

 明るくなる直前の都市はいつも少し無防備だ。

 若者はまだ寝ているか、徹夜明けで帰る途中か、就活サイトを見ながら眠れずにいる。

 その短い隙間へ、若い将校たちは車列を滑り込ませる。


 ミンジョンは、その時間も眠れていなかった。

 兄は隣の部屋で荒い寝息を立てている。

 スマートフォンの画面に、最初の投稿が流れた。


 『ソウル市内で軍車両の列が目撃されてる』

 『また北か?』

 『違う、国防部方面に向かってるらしい。変だ』

 『何が起きてる』


 彼は起き上がった。胸の奥に、奇妙な感覚があった。恐怖。好奇心。そして、それらのどちらよりも深いところにある、黒い期待。


 ついに来たのかもしれない。


 国家が壊れる時が。


 それは幸福な期待ではない。

 正義でもない。

 むしろ、自分の人生がここまで台無しにされてきた以上、もういっそ全部壊れてしまえ、という、汚れた願望だった。


 そういう願望は、ヘル朝鮮では珍しくない。ただ普段は、誰もそれを口にしないだけだ。だが軍が動き、共和国の朝が崩れ始めた瞬間、その黙っていた願望が、一斉に空気へ出る。


 若年層がユギオ動乱を支持したのは、軍を愛したからではない。若い将校たちの思想に感動したからでもない。

 もっと醜い。もっと単純だ。

 『既存社会の徹底的かつ永久完全な破壊を期待したから』である。

 その期待は、希望ではない。

 長すぎた競争、兵役、男女対立、老人支配によって生じた、社会に対する報復感情だった。


 韓国は、もう後戻りできなくなる。


 共和国が壊れた。若い軍人は、ようやく国家へ自分の怒りを返す。若者は、その光景を見て、救済ではなく破壊の可能性へ喝采する。


 四谷はそこへ命令を送っていない。

 だが四谷の病気は、確かにそこへ根を下ろしていた。


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