体系
怒りや妄想なら、誰の頭にもある。世界が憎い、社会は腐っている、自分たちは奪われた、あいつらを引きずり下ろしたい。そんなことは酒席の愚痴にも、深夜のネットにも、受験に失敗した若者の独白にも、いくらでも転がっている。だが、その怒りが語彙を持ち、順序を持ち、対象を持ち、工程表を持った瞬間、それはもうただの感情ではなくなる。
四谷賢一の思想が本当に危険なのは、極端だからではない。危険なのは、四谷が自分の妄想を熱ではなく、整理された構造として持っていることだった。そこにいる誰も、最初はその全貌を理解していなかった。いや、理解したくなかったと言った方が正確かもしれない。
四月半ば、官邸地下の会議室で、四谷は珍しく紙を使わなかった。
神代嶺、榊原広太、牧野恒一、それに官邸実務調整局の中核と、先覚者幹部課程を上位で通過した者が数名。人数は多くない。多い必要がないからだ。こういう話は、最初から全員に聞かせる類のものではない。この思想の核心は、大衆へ向けて語るものではなく、少数者の側で「これが前提だ」と確認されることで初めて威力を持つ。
会議室の照明は白く、妙に明るかった。窓がない。空気が乾いている。机も壁も、官邸の他の部屋より少しだけ無機質に見える。思想の話をするにはふさわしくない部屋だった。むしろ、尋問か、装備品の受領説明でも始まりそうな部屋だ。だからこそ、その場で語られるものの異様さが余計に浮く。
四谷は席に着くと、最初に言った。
「諸官は、すでに私の命令には従っている。だが、まだ私の思想には従っていない」
静かな声だった。
「命令だけでも国家はしばらく動く。だがしばらく、だ。しばらく動くだけの国家は、いずれ他人の言葉で説明され、他人の歴史に回収される。そうなる前に、我々自身で我々のしていることを定義しなければならない」
神代は、その時点で嫌な予感を覚えていた。六月六日以来、自分は違法へ法理を与える仕事をしてきた。十二月八日以後は、それを徹底化する側に立った。だが、そこまではまだ政治だった。政治である以上、言葉を整え、理屈を付け、少し遅れて帳尻を合わせる余地があった。四谷がいま言っているのは、たぶんその前提そのものを変える話だ。つまり、法でも制度でもなく、世界の見方の話になる。
「まず確認しておく」
四谷は言った。
「私は保守でもなければ、革新派でもない」
牧野の眉がわずかに動いた。あまりに露骨だからだ。今さらそんなことを確認する必要があるのか、と言いたげな顔だった。だが四谷は気にしない。
「日本を守りたいわけではない。日本を立て直したいわけでもない。古い日本国家をより強く、よりまともにしたいわけでもない。そういう意味での国家保全は、古国総監の限界だった」
古国の名が出ると、会議室の空気がほんの少しだけ沈んだ。まだ完全に無害化した過去ではない。六月六日を起こした男であり、同時に、その六月六日を暫定と節度で鈍らせた男でもある。いまなお彼をどう記憶すべきかで、ここにいる人間たちの中にも微妙な揺れが残っている。
四谷は続けた。
「国家とは道徳共同体ではない。器具だ」
榊原は、そこで目を上げた。ああ、やはりそこへ行くのか、と思った。四谷はずっとそういう男だった。国家も軍も、究極的には道具としてしか見ていない。だが、それをここまで明瞭に言葉へ出すのは初めてだった。
「器具である以上、使えなくなった器は捨てなければならない。修理して使うかどうかは、その器が次の工程に耐えるかで決まる。情緒では決めない」
「工程、か」
神代が小さく言った。
四谷は頷く。
「そうだ。政治を工程として見る。そこから始めるしかない」
彼はそこで、ようやく一つ目の語を出した。
「レーニン=孫文主義」
部屋の数名は既にその名を知っている。だが名だけだ。名と輪郭だけ。四谷がここから何をどう接続するかまでは、まだ誰も聞いていない。
「言葉通り、レーニンと孫文を接続したものだ」
四谷は言った。
「ただし、普通の学者のように読む気はない。レーニンを読む時、私は階級闘争に興味はない。重要なのは、少数の先覚者がいかに国家の中枢を奪い、奪った後にいかに多数者の現実を規定したか、その手順だけだ」
牧野は、その説明なら理解できる顔をした。つまり、レーニンを思想家ではなく奪権技術者として読む、ということだ。軍人にとって分かりやすい読み方ではある。だからこそ危ない。
「孫文も同じだ」
四谷は言う。
「三民主義にも、私は興味がない。重要なのは一つ。先知先覚・後知後覚・不知不覚。先に知る者と、遅れて知る者と、最後まで知らない者がいるという、この不愉快な階層性だ」
神代は、その瞬間に全体の骨格をほぼ理解した。孫文の言葉を、文明論でも革命啓蒙論でもなく、人間階層の固定原理として使っている。しかも、その階層性へレーニンの前衛党論を接続している。愚民観を極めたような考え方だ。
「大衆は判断しない」
四谷は言った。
「正確には、大衆は判断の結果だけを生きる。そこを履き違えるから、議会制も選挙も世論も、危機の時代には全部腐る」
若い幹部の一人が、わずかに身じろぎした。彼はこれまで、自分が民主主義に深い敬意を持っていたわけではない。だが、それでもここまで露骨に「大衆」を切り捨てる言葉を、国家の中枢で聞くのは初めてだった。
「多数派は、いつも遅れてくる」
四谷は続けた。
「遅れて理解し、遅れて支持し、遅れて反対し、遅れて怒る。だから、多数者へ先に決定権を与える制度は、平時の利便にはなっても、危機の処理には向かない。危機の時代に必要なのは、先に見て、先に決め、先に撃てる少数者だけだ」
「要するに独裁だ」
神代が言った。
四谷は首を横に振らない。
「独裁という語は、批判者の側の言葉だ」
「実態としてだ」
「実態としてなら、もちろんそうだ」
あまりにあっさり認めたので、神代は逆に一拍遅れた。普通はここで、「真の代表制」だの「責任の集中」だの、もう少し取り繕う。四谷はその必要を感じていない。ここにいる者たちはもう、その程度の婉曲を必要としない側だと見なしている。
「ただし、ただの独裁ではない」
四谷は言った。
「血筋でも伝統でもない。知った者が決める。行った者だけが知る。動かない者に現実を決める資格はない」
その言い方は、確かに孫文の知難行易を捻じ曲げたものだった。知ってから行うのではない。行う者だけが知る。だから先に動いた少数者に多数者の運命を決める権利がある。奪権、独裁の理屈としては、驚くほどよくできている。少なくとも、危機と停滞に疲れた軍人の耳にはよく通る。
「レーニン=孫文主義の核心は三つだ」
四谷は指を折った。
「前衛。奪権。再教育」
部屋は静かだった。
「前衛とは、少数の先覚者が歴史の主体になることだ。奪権とは、その少数者が武装蜂起と組織的工作によって国家の実権を奪うことだ。再教育とは、奪った後の大衆をそのまま放置せず、新しい歴史へ適応させることだ」
「再教育、か」
榊原が初めて口を開いた。
「教育ではなく?」
「教育では遅い」
四谷は答えた。
「教育は知識を与えるだけだ。再教育は現実の捉え方を作り替える」
その一言で、榊原はだいたい納得した。要するに、思想矯正と生活規律と制度再配置の総体だ。学校の授業だけの話ではない。人事、軍務、行政、報道、家庭、消費、全部を巻き込む話になる。
四谷はそこで別のテーマに話を移した。
「次に、史的報復主義」
部屋の空気がまた少し変わる。こちらの方が、レーニン=孫文主義よりもさらに危険だと、皆どこかで理解していた。前者はまだ国家運営論の顔をしている。後者は明らかに怨恨の臭いが強い。
「近代世界は、西洋が作った」
四谷は言った。
「軍事、法、道徳、商業、文明、歴史叙述、その全てにおいて、西洋は他の世界を遅れた側へ置いた。そして東洋は、それに対抗しようとして、結局は西洋を模倣することでしか自分を保てなかった」
神代は、その文脈自体は珍しくないと思った。反近代論、反西洋論、ポストコロニアル批判。そういうものはもう何十年もある。
「模倣は敗北だ」
四谷の声は低い。
「敗北した文明は、いずれ自分の尺度でものを考えられなくなる。つまり、東洋は長く、歴史の被告席に座らされてきた」
「被告席」
牧野が小さく呟いた。
「そうだ」
四谷は頷いた。
「そして私は、この構図を逆転させる。史的報復主義とは、東洋が西洋へ追いつくことではない。追い越すことでもない。裁く側へ回ることだ」
ここで、神代ははっきりと嫌悪を覚えた。やはりそう来る。四谷の頭の中で歴史は共存の場ではなく、法廷になっている。しかも、通常の法廷ですらない。裁かれる側をあらかじめ文明単位で固定した、妄想の極みたる軍事法廷だ。
「西洋文明は、単に他地域を支配しただけではない」
四谷は言う。
「東洋を、永久に遅れて追いつく者として配置した。この配置そのものが罪だ。ならば報復は、軍事的勝利や経済的逆転だけでは足りない。歴史そのものに対する報復でなければならない」
「歴史に報復する、か」
神代が言った。
「言葉としては派手だが、中身は何だ」
四谷は、少しだけ間を置いた。
「まず、東アジアの再編だ」
彼は地図を机上へ広げた。日本、朝鮮半島、台湾。
「日本国家は単独では弱い。韓国も台湾も単独では弱い。だが、弱いのは軍事力の問題ではない。歴史の自意識が弱い。模倣国家の癖が抜けない。ならば、日本・韓国・台湾を、より大きい歴史主体へ統合する。東アジア統一会議はそのために必要になる」
榊原はそこで、いま語られているものが幻想では終わらないことを改めて理解した。これは単なる怒りの演説ではない。具体的な工程がある。韓国。台湾。会議。統合。建国。妄想が工程表を持った瞬間から、それはもう半分現実だ。
「その先は」
牧野が問う。
四谷は答える。
「西洋秩序の解体だ」
簡潔だった。
「軍事、物流、情報、金融、歴史叙述、その全てで、西洋中心の国際秩序を壊す。そこでは大量の死が出る。出ていい。出すためにやるからだ。史的報復主義は、倫理を平和の延長ではなく、裁きの完遂として考える」
神代は、そこでとうとう吐き捨てるように言った。
「要するに、大量虐殺の理屈だな」
四谷は否定しなかった。
「裁きだ」
「言い換えるな」
「言い換えではない」
四谷の目は冷たい。
「大量虐殺とは、秩序もなく殺すことだ。史的報復主義は違う。歴史的責任の配分に従って、文明単位の裁定を行う。彼らが信じる最後の審判だ」
その理屈の狂い方に、部屋の若い幹部の一人が顔色を変えた。ここまで来ると、もうイデオロギーというより一種の神学だ。しかも神なき神学。救済の代わりに報復を置き、終末の代わりに法廷を置いたもの。
「だから、大審判法廷か」
榊原が言った。
四谷は初めて、口元にわずかな動きを見せた。笑みではない。自分の最終目的へようやく話が届いた時の、静かな反応だった。
「そうだ」
彼は言った。
「歴史大審判法廷」
部屋は静まり返った。
「世界征服は終着点ではない。前提条件だ。十分に世界秩序を解体し、東洋が裁き手の位置へ立ち、敗者を法廷へ並べる。そこで初めて歴史は閉じる」
「誰を裁く」
神代は聞いた。聞きながら、自分でも馬鹿な質問だと思った。だが聞かずに済ませるには、この狂気は大きすぎた。
「西洋文明を形作ってきた構成員と歴史の全て」
四谷は言った。
「政治家。軍人。資本家。知識人。宗教者。全ての民間人。その意味では、人種もまた無関係ではない」
神代は何も言えなかった。ここまで来ると、やはりナチズムに近い。違うのは、四谷がそれを生物学の語で語るより、歴史学の語で語っていることだけだ。いや、文学にも近い。悪い西洋を正義の東洋が根絶する勧善懲悪のナラティブだ。
四谷はそこで話を切った。
「以上が私の体系だ」
あまりにもあっさりしていた。だが、十分だった。いや、十分すぎた。ここにいた者たちは、この瞬間以後、四谷賢一をもう「単なる過激な軍人」だとは思えない。思想家とも違う。革命家とも違う。もっと悪い。妄想を工程へ落とすべく暗躍する国家規模の大犯罪者。その輪郭だけは、誰の頭にもはっきり刻まれた。
「質問は」
四谷が言った。
誰もすぐには口を開かなかった。
最初に喋ったのは、意外にも牧野だった。
「実務上の話をする」
声は低い。
「韓国と台湾にまでこの思想をどう輸出する」
「輸出しない」
四谷は答える。
「感染させる」
その一語に、牧野は内心で軽く舌打ちした。言い方が嫌だ。輸出も感染も同じことだが、ニュアンスに差がある。正規軍が隣国へ思想教官を送り込んで革命理論を授けるわけではない。若手将校の不満、敗北感、歴史意識、既存社会への嫌悪、そこへ「成功例」と「語彙」を投げ込めばいい。これは思想の輸出というよりも、病原体の投下だ。
榊原は別のことを考えていた。ここまで狂っているなら、逆に管理しやすい面もある。世界観が大きすぎる人間は、細部の人事を軽視しがちだ。そこへ自分のような人間が必要になる。つまり、自分はまだ使われる。そう考える時点で、自分ももう十分に腐っていると榊原は知っていた。
神代は、最も重かった。
自分はこれから、この思想を希釈し、翻訳し、教義の輪郭だけを文書へ流し込むことになる。もうそれが分かっていた。レーニン=孫文主義を「先覚者責任」へ変え、史的報復主義を「東亜自立」へ薄める。そこに自分の知性が使われる。知性の使い道として最悪だ。だが、いまここで完全に離脱することもできない。六月六日以来、自分もまた、この国家改造の共犯なのだから。
会議が終わった後、若い幹部たちは無言で席を立った。
理解した者もいる。
半分しか理解していない者もいる。
理解したくなくて、でも忘れられなくなった者もいる。
だが一つだけは共通していた。四谷の思想は、断片ではない。体系だ。体系である以上、これから先の人事、教育、統治、対外戦略の全部へ、どこかのかたちで入ってくる。その事実だけは、誰にも否定できなかった。
レーニン=孫文主義は、少数者による奪権と再教育の思想だ。史的報復主義は、東洋が裁き手となるための文明戦争思想だ。そしてその二つを接続する軸は、四谷自身の誇大妄想と執念にすぎない。
だが、誇大妄想にすぎないものが、国家の中枢で、行政権と軍権と人事権を持った瞬間、世界はしばしば本当に壊れる。四谷の思想の恐ろしさは、それが正しいからではない。明らかに間違っているのに、しかも一人の男の妄想にすぎないのに、現実へ実装される条件が揃ってしまったことだ。それに尽きるだろう。




