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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第三章 変動
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 ヒューミントで最も重要なのは、聞き出すことではない。相手が自分で語りたくなる空間を作ることだ。


 三月下旬、芹沢悠人は最終インターの一つ奥の部屋へ入っていた。物理的な部屋ではない。チャットサーバーの鍵付きチャンネルだ。生活相談の窓口、翻訳、文書整理、国外リンク、そして「緊急時避難」。思想団体が本当に危険になるのは、意見が尖った時ではなく、緊急時避難のルートを持った時だ。国家にとって敵とは、怒っている者ではない。逃げながら生き残れる者だ。


 そこに入るための条件は、熱意ではなかった。


 『一度、誰かを助けたことがあるか。』


 その条件設定に、芹沢は内心で感心した。理屈として正しい。口先で革命を語る人間より、終電を逃した他人へ五千円を貸せる人間の方が、地下組織には向いている。最終インター日本支部はそこまで学習していた。あるいは、志門杏里がそこだけは妙に分かっていた。


 芹沢は、班が用意した小さな芝居を使った。


 生活相談会で会った若い男に、本当に数日だけ寝床を世話し、本当に少額の金を貸し、本当に病院の窓口へ同行した。もちろん全部監視下だ。だが、やること自体は本物にした。偽物の善意は、意外とすぐ見破られる。人間は苦境の時だけ、妙に他人の手つきをよく見る。


 その結果、彼は「信じていい側」の人間に半歩だけ入った。


 同じ頃、三雲沙也は衛村真木と初めて直接会っていた。場所は高円寺の小さな喫茶店。夕方。雨。真木は思ったより普通の女だった。つまり、革命家の顔をしていない。疲れた編集者の顔だ。だが、その普通さの中に、最近の時代特有の硬さが混ざっている。もう一度だけ世界を信じたいが、そのための言葉が手元に残っていない人間の硬さ。


「最近、誌面きつくないですか」


 三雲が言うと、真木は少し笑った。


「きついね」

「全部、責任とか共同体とか」

「しかも便利なときだけ使う」

「そう。便利な時だけ」


 そこから先は速かった。編集。信仰。怒り。生活。どれも大きく喋らない。大きく喋らない人間ほど、いったん喋り始めると情報の密度が高い。三雲は、相手に同調しすぎない程度の温度で会話を続けた。


「でも、ああいうのに反発すると、すぐ極端な側へ寄るって見られません?」

「見られる」

「面倒ですよね」

「面倒だよ」


 真木はコーヒーを混ぜながら言った。


「だから、最初は生活の話しかできない」


 三雲は、その一文を頭の中で反復した。重要だ。最終インターは思想ではなく生活を入口にしている。つまり、ここを切れば中身が露出する。


 一方、葛城は班の報告を重ねるうち、最初に想定していたより最終インターが「雑であること」に気づき始めていた。雑だ。だが脆いわけではない。むしろ逆だ。きれいに組織化された地下より、雑で、生活に寄り、誰が中核か分かりにくい集団の方が、摘発は難しい。誰を捕まえても「ただの生活相談だった」と言われれば、その通りにも見えてしまうからだ。


 だから葛城は、拘束対象を厳しく絞った。


 思想犯ではなく、回線保持者だけを取る。


 理念を喋る者ではなく、寝床を知る者。

 檄文を書く者ではなく、現金と端末を動かす者。

 大声で怒る者ではなく、アメリカ支部と日本支部を繋ぐ翻訳者。

 そして、志門杏里へ実際に触れられる距離にいる者。


 班のホワイトボードには、最後に七つの名前が残った。


 そのうち三人は、見た目には何でもない一般人だった。出版社勤務の女。夜勤配送の男。自治体非正規の女。革命家を取るより、こういう人間を取る方が、組織は本当に死ぬ。葛城はそれを知っていたし、知っている自分が嫌でもなかった。嫌でない時点で、自分ももうこの体制に馴染んでいる。


「決行はいつです」


 若い隊員が問うた。


 葛城は答えた。


「同時にやる」


「見せしめは」


「要らない。見せしめるまでもない。」


 隊員は意味が分からない顔をした。葛城は説明しなかった。こちらが派手にやる必要はない。相手が「ここまで見られていた」と知った時、自分で自分の影を過剰に怖がり、勝手に地下へ潜る。その反応こそが狙いだ。

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