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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第二章 権力
21/73

希釈

 危険な思想ほど、最初は薄められて入る。輪郭だけ。匂いだけ。語感だけ。全部を出せば誰でも警戒する。だが、半分だけ抜き出して「再建」「共同体」「歴史的使命」あたりの語へ溶かし、異なる文脈に混入させれば案外するりと文書の中へ混ざる。人は毒そのものには簡単に気付くが、飲料に混ぜられると気付けなくなる。それと同じことだ。


 十二月十日、神代嶺は官邸の一室で、一枚の紙を前に座っていた。


 机上には三種類の文案が並んでいる。


 一つ目は、四谷賢一の覚書そのものだ。レーニン=孫文主義。史的報復主義。東アジア再編。前衛支配。歴史への報復。浄化。どれも、そのまま出せば狂人の妄言にしか見えない。いや、実際ほぼ狂人の妄言だ。問題は、その狂気が国家を動かす側の手順を伴っていることだった。


 二つ目は、幹部向け要旨案。


 ここでは語が減っている。前衛支配は「先覚者責任」になり、東洋の報復は「東アジア歴史主体の自立」になる。西洋の浄化は消える。大衆は素材ではなく「動員基盤」となる。言葉を一段やわらげるだけで、怪物は急に理論の顔をし始める。神代は、そういう仕事をもう何度もやってきた。違法を合法へ見せる。暴力を秩序へ見せる。怪物を制度へ見せる。六月六日以来、自分が何をしてきたか、改めて数える気にもならない。


 三つ目は、一般公表用の文案だった。


 題名は『国家再建の基本理念について』。


 ここまで来ると、もはや原型はほとんど見えない。


 統治者責任。国際秩序再建。

 停滞した旧国内秩序からの脱却。

 歴史的使命を担う新国家像。

 西洋追随からの自立。

 危機時代における強い統治。


 神代は、その紙を見つめながら、妙な感覚に襲われていた。自分はいま、思想を薄めている。薄めることで害を減らしているように見える。だが実際には逆だ。薄めることによって、思想を国家へ浸透させやすくしている。教義の全容が露骨であれば、人はまだ拒否できる。拒否できない程度に整え、行政語へ溶かし、危機管理の言葉へ接続し、誰もが一度はうなずける輪郭へ加工する。それこそが本当の実装なのだと、神代は嫌というほど理解していた。


 扉が開いて、四谷が入ってきた。


「できたか」


「見れば分かるだろう」


 神代はわざと棘を残して言った。


 四谷は机上の三種類の文案を順に見た。目の動きが速い。読むというより、配置を確認しているような見方だ。


「公開用はよく薄めたな」


「全部出せば、お前は正気ではないと思われるからだ」


「それは困る」


 四谷は淡々と答えた。


 神代はその顔を見て、腹の底で冷えた。冗談ではない。本気で言っている。正気ではないと思われれば、国家運営の過程で無用な摩擦が増える。だから薄める。そこに羞恥も逡巡もない。


「一応確認する」


 神代は言った。


「この公開文の先にあるものを、一般国民は知らない。知る必要もない。そういう理解でいいな」


「もちろんだ」


「史的報復主義の輪郭も、当面は外へ出さない」


「いや、輪郭は必要だ」


 四谷は言った。


「ただし、感情としてではなく方向としてだ。東亜自立、西洋追随の否定、その程度で十分」


 神代は舌打ちしたくなった。十分、という言い方が嫌だった。十分ということは、まだ先があるという意味だからだ。


「お前は本当に、国家を教育装置だと思っているんだな」


「思っているのではなく、その通りだ」


「国民を何だと思っている」


「国民という単位自体が旧秩序の産物だ」


 四谷は、そこで少しだけ神代を見た。


「使える者、使えない者、目覚める者、最後まで目覚めない者。全人類にその分布があるだけだ。正規分布ではないだろう」


 神代はもう反論しなかった。しても無駄だからではない。反論の言葉が、既にこの男の枠組みの中へ取り込まれてしまうと分かっているからだ。理論家である自分が理論で勝てない相手というのは、たいてい理論の内容ではなく、理論を使う目的が違う。四谷は正しさのために理論を使わない。選別と実装のために使う。


 同じ時刻、官邸実務調整局では別の選別が進んでいた。


 榊原広太は新しい名簿を眺めている。階級、学歴、経歴、部隊歴、六月六日の行動、十二月八日への反応、古国との距離、四谷との距離、官邸内部での接触頻度、酒席での不用意な発言、家族構成、弱み、出世欲。相変わらず人間を要素へ分解する仕事だ。だが六月六日以後と比べて、一つだけ明確に変わったことがある。分類項目に「思想的可塑性」が加わった。


 何を信じているかではない。何を信じるようになりうるか。


 そこが重要になった。


 古国体制の間、人材は忠誠と有能さで分ければある程度足りた。四谷体制では、それでは足りない。思想はまだ全面化していない。全面化していない以上、人間をいきなり教義で選別すると壊れる。必要なのは、輪郭だけ先に与えられても拒否反応を起こさない者、むしろそこに自分なりの意味を見つけて寄ってくる者を先に見つけることだった。


 榊原は、そういう仕事には向いていた。


 彼は信仰を持たない。だからこそ、信仰へ寄っていく人間の顔が分かる。人間は大きな理念そのものに惹かれるのではない。大きな理念を信じている自分の姿に惹かれる。その顔が見える人間は、選別役として強い。


「局長」


 三佐が声をかけた。四谷はまだ正式な肩書を整備中で、実務調整局の中では暫定的に「局長」と呼ばせていた。もちろん、別の場所ではまた別の肩書があり、異なる呼称のされ方をする。


「今夜の小会合の名簿です」


 榊原は受け取って目を通した。若手将校、危機対応即応連絡会の担当、各省へ差し込まれた監督官の中で動きの速い者、地方警察との連絡に食い込めている者、民間インフラ管理者と顔が繋がっている者。官邸実務調整局の周辺に、もう一つ別の輪ができつつある。正式組織ではない。だが正式でないからこそ、実質的な前衛として機能し始めていた。


「古国派は」


 榊原が訊いた。


「表では沈黙です」


「表では、か」


「ええ。明確な反抗はありません。ただ……」


「ただ?」


「まだ納得していない連中はいます。六月六日の創始者をこうも簡単に下ろしていいのか、と」


 榊原は頷いた。そこは当然だ。古国派の中でも、全面的抵抗を示す派閥は最後までなかったが、それでも六月六日への情念はある。問題は、その情念が古国個人への忠義なのか、六月六日そのものへの執着なのかだ。前者なら潰しやすい。後者は厄介だ。なぜなら四谷もまた、自分こそが六月六日を継承していると主張しているからである。創始者への忠義と、創始された革命への忠義。その二つは似ているようで違う。違うからこそ、人間はそこで割れる。


 榊原は言った。


「処分は急ぐな。古国さんへの感傷が残っている者には、むしろ六月六日を何度も思い出させろ。六月六日の中途半端さを、四谷の側の言葉で上書きする」


 三佐は一瞬、感心したような顔をした。理屈としてはその通りだ。否定から入るより、記憶の意味を変える方が早い。革命の記憶は、しばしば革命そのものより重要になる。


「思想教育ですか」


「そんな大げさなものじゃない」


 榊原は淡々と言う。


「説明会と雑談と人事配置で十分だ」


 思想というものは、教室で入るとは限らない。誰の下に付くか。どの会合へ呼ばれるか。どんな言葉が職場で反復されるか。そういう日常の湿った部分から入る方が、よほど抜けにくい。榊原はそこをよく知っていた。


 午後、四谷は全国向けの第一声明を出した。


 公開用理念文書は、更に希釈されていた。そこに書かれていたのは、せいぜい次の程度だ。


 旧秩序は停滞し、国家を危機へ追いやった。

 その危機に気づき行動した先覚者には、気づいた責任がある。

 西洋諸国により招かれたこの危機時代には、統治に責任を担う指導層が必要である。

 日本は従来果たしてきた国際的な役割を脱し、東アジアを中核とした国際秩序を再建し、その中心となるべきである。

 国家再建は単なる秩序回復ではなく、歴史的一大転換である。

 新政権は歴史的使命を果たす。


 それだけだった。


 それだけなのに、読む者によっては十分に過激だったし、別の者にとってはただの危機管理国家論に見えた。そこがうまい、と神代は思った。うまい、と思ってしまう自分が嫌だったが、事実としてうまい。教義の芯は露骨な狂気だ。だが外へ出る文は、そこまで露骨ではない。曖昧な危機感と、少し強い国家主義と、東アジア連帯の建前へ変換されている。これなら食う者が出る。特に、旧政治の停滞へ苛立ち、しかし本格的な思想までは飲めない層には、よく刺さる。


 地方監督官の一部は、この声明に妙な安堵を覚えた。


 ようやく方向が見えた、と。


 彼らは四谷の本心など知らない。ただ古国体制の「暫定」「保全」「回復」に比べて、こちらの方が何をしたいのか少しだけ明確に見える。それだけで十分だった。人間は時に、正しい方向より、明確な方向へ従う。


 牧野恒一は、その声明を読みながら、思想そのものよりその機能を見ていた。これは使える。少なくとも軍内部の停滞を切るには使える。秩序再建だの統治者責任だのという語は、六月六日以来の倦怠を少し揺さぶる。意味がどうであれ、動かす力がある。牧野にとって重要なのはそこだった。思想の内容より、動員効率。だから彼は、四谷を危険だと思いながらも、当面は使う価値があると判断した。


 その判断が、後でどれほど大きな代償になるかは、まだ誰にも見えきっていなかった。


 夜、志門杏里は、配信された理念文を見て少しだけ黙った。


「これ、見た?」


 最終インターの内部通話で、誰かが言った。


「見た」


 志門は答える。


「何だと思う」


「薄めたやつ」


 即答だった。


「元はもっと気色悪いと思う」


 その勘は正しかった。だがもちろん、彼女には証拠がない。ないが、あの文章の妙な硬さ、危機の語り方の割に大衆への眼差しが冷たすぎること、国際秩序再建という語の不自然な大きさ、そこから逆算すると、内部にはもっと醜い原型があるはずだと直感できる。思想家というより扇動家としての嗅覚だった。


「じゃあ、どうする」


「どうもしない」


 志門は言う。


「むしろ助かる。相手が言葉を持ち始めたってことは、こっちも敵を言語化しやすくなる」


 彼女は画面を見ながら続けた。


「六月六日までは、右翼軍人の政変で済んだ。十二月八日以後は違う。あいつら、ただの軍政じゃなくて、国家そのものをいじる気だ」


「国際秩序再建?」


「建前でしょ」


 志門は笑わなかった。


「でも建前の向こうに、本物の病気がいる」


 最終インターの面々は、その言い方に少し黙った。病気。そういう比喩は安い。だが今は、それが一番近かった。正常な政治思想ではない。しかも正常な政治思想ではないからこそ、逆に情勢の崩れた時代へ強く食い込むかもしれない。そこが厄介だった。


 柊亮助は、声明文よりも、その後のネットの反応を見ていた。


 公式発表が出る。

 それを要約するアカウントが出る。切り抜きが流れる。まとめが作られる。罵倒が始まる。賛同も混じる。

 歴史的使命、東亜再建、先覚責任、危機時代の強い統治、そうした語が、数時間のうちに何千何万という雑な文脈へ分解され、再結合され始める。


 柊はそこに、また例の気配を見ていた。


 情報が十分に雑で、十分に多く、十分に刺激される時、意識構築現象に近い揺らぎが生じる。人々が意味を求めて同じ語へ群がり、その語が原文から離れたところで独自に繁殖し始める。国家の教義がネットへ流れ込むとは、単に拡散されることではない。別の何かの餌になることだ。柊は、その「餌」が増えていくのを、ほとんど期待に近い感情で見ていた。世界が歪むほど、ネットの奥で何かが目を覚ます。それが気味悪くて、妙に美しかった。


 十二月十日の終わり、日本ではまだ誰も四谷の全貌を知らない。


 国民は、危機時代の強い統治と東亜再建のスローガンしか見ていない。

 官僚は、それを危険な国家主義の強化だと読む。

 若い将校の一部は、ようやく六月六日の先が示されたと感じる。

 最終インターは、その背後にもっと醜い原型があると直感する。

 神代、榊原、牧野といった内側の者だけが、断片的にその核心へ触れている。


 そしてその核心は、政治理論というにはあまりに粗雑で、妄想というにはあまりに実装可能な形をしていた。


 四谷の思想は、この段階ではまだ国家の表層にしか出ていない。


 だが本当に恐ろしいのはここからだ。


 思想が表層に出るだけなら、まだ批判できる。

 本当に手遅れになるのは、その思想に合わせて人事と制度と命令系統が組み替わり始めた時である。


 四谷は、まさにそこへ入ろうとしていた。

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