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来たるべき破滅のために  作者: Barkley
第二章 権力
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遅れてくる神

 衛村真木が、自分の言葉が誰のために働いているのかを分からなくなったのは、十二月の半ばだった。


 彼女は出版社で働く編集者である。編集部では、新年特集の準備が始まっていた。来年をよりよく生きるための三十冊、傷ついた心を癒す映画、分断の時代を越える対話術、不安に負けないための生活習慣。誌面の上では、世界はまだ改善可能なものとして扱われていた。改善可能である、というより、改善可能であることにしておかないと商売にならないのだろうと、真木は最近ではかなり露悪的に考えるようになっていた。


 彼女の机の脇には、校了前のゲラが積まれている。赤字を入れる。言い回しを直す。数字の表記を統一する。読点の位置を整える。そういう仕事は昔から嫌いではなかった。言葉というものが、人の感情を慰める以上に、ひとまず形を与えるための器具であることを、彼女は職業上よく知っていたからだ。ぐちゃぐちゃの原稿が、整った誌面になる。その変化には、それなりの救いがある。


 だが、その日読んでいた原稿には、どうしても赤字を入れる気になれない一文があった。


 「不安な時代だからこそ、私たちは小さな日常を守るべきです。」


 間違っていない。

 それどころか、正しい。

 正しすぎる。


 真木はその一文を見つめたまま、しばらく手を止めた。小さな日常。守るべきもの。たしかにそうだ。自分も、そういうことを信じてきた。隣人への配慮。穏やかな対話。誰かを裁く前にまず寄り添うこと。共同体を壊さないこと。どれもキリスト者として、また社会人として、否定する理由は何一つない。


 それでも、いまこの文章を見ていると、それはまるで、崩れ落ちる建物の前で花瓶を磨いているように思えた。


 守るべき日常が、そもそも誰のものなのか。

 守られているあいだ、その外側で誰が切り捨てられているのか。

 そして何より、その「守る」という言葉自体が、すでに壊れきった制度への従属を意味しているのではないか。


 彼女はペンを置き、スマートフォンを開いた。最終インターのサーバーでは、いつものように複数の部屋が動いていた。労働相談。停電時の備蓄。匿名配送。年末調整と住民税。夜勤の愚痴。奨学金返済。海外支部の翻訳。神学と革命、という題名の部屋まであった。それを最初に見たとき、真木は苦笑した。自分のせいだ、と分かっていたからだ。


 彼女はそこで、ほんの気まぐれのように、ある短い文章を書いた。


 「赦しは、支配の維持に利用されうる。」


 送信してから、少しだけ後悔した。宗教の話は基本的に面倒になる。まともな信仰を持っている人間が少ないという意味ではなく、信仰を語る人間はたいてい、自分の信じたいものを宗教の言葉で装飾しているだけだからだ。最終インターの連中ならなおさらで、神の名を出した瞬間に、古臭い、反動的、歴史的敗残物、という程度の安い反応が返ってくるだろうと思っていた。


 だが、その部屋は思ったより静かだった。


 最初に返ってきたのは、札幌の大学院中退者だった。


 「利用されうる、ではなく、利用されてきた、では」


 次に、名前も顔も知らない韓国語圏の参加者が、自動翻訳を通して短く書いた。


 「この国では、忍耐はいつも若者にだけ要求される。」


 アメリカ側の誰かが、

 「赦しは強者の余裕の言葉になりやすい」

と書き込み、さらに別の誰かが、

 「でも報復だけでは秩序が作れない」

と返した。


 議論は、意外なほどまともだった。


 真木は画面を見ながら、少しだけ困惑した。ここには怒っている人間しかいないと思っていた。実際、怒っている人間ばかりなのだが、怒っている人間が必ずしも思考停止しているわけではない。むしろ、怒りを長く維持するために、かなり執拗に考える者もいる。教会で聖句を反復していた頃より、このサーバーのほうがよほど真剣に倫理の話をしているのではないか、と一瞬だけ思ってしまって、真木は軽い嫌悪を覚えた。


 それは信仰の危機というより、順位の崩壊だった。神の言葉より先に、傷ついた人間たちの雑な議論のほうへ現実味を感じる。そうなったとき、信仰は静かに位置を失う。


 彼女は夜、教会へは行かなかった。代わりに、帰り道のコンビニで缶チューハイを一本買い、自宅の狭い台所で温め直した総菜を食べながら、スマートフォン越しにアメリカ支部の資料を見ていた。


 ジュリアス・イーデンという男は、文章においても嫌な手合いだった。無駄な修辞がほとんどない。怒りを煽るための比喩も少ない。だが、その冷たさが逆に危険だった。


 「社会が崩壊するのを待つな。崩壊時に代替できる回路を平時に準備せよ。」

 「国家の正当性を奪うには、国家が独占してきた機能を横取りしなければならない。」


 真木は、その文面に吐き気に近い感情を覚えた。正しすぎるからだ。少なくとも、現実の手触りとしては。教会が隣人愛を語り、出版社が共感を語り、政治家が対話を語るあいだに、この男は水と薬と連絡網と隠れ家の話をしている。善であるとは思わない。思わないが、善ではないもののほうが現実を掴んでいる場面は、たしかにある。


 最終インターの中で、真木はまだ少数派だった。露骨な暴力や無神論の誇示を嫌う者も他にいたが、彼女のように信仰を保ったままこの場所へ関わっている人間は多くない。だからしばしば、彼女は自分が何をしているのか分からなくなる。革命のために教会を裏切っているのか。教会のために革命の中へいるのか。どちらでもないのか。あるいは、単に両方から落ちこぼれて、居場所を取り違えているだけなのか。


 答えは出なかった。出ないまま、彼女は翌週、最終インターの実地の集まりに初めて顔を出した。


 場所は高田馬場の外れにある、もう潰れかけたような喫茶店の二階だった。志門が「読書会」と称して借りている場所だが、読んでいる時間より、他人の生活の失敗談と制度への悪口を共有している時間のほうが長い。真木は最初、そこへ行くこと自体が怖かった。ネットの議論と違って、現実に顔のある怒りに触れると、人は簡単に自分の言葉の軽さを知る。


 階段を上がると、部屋の中には十人ほどいた。年齢はばらばらだ。二十代前半に見える学生風の男。三十前後の女。スーツ姿のまま来たらしい会社員。派遣切りにあったと自分で言っていた物流倉庫の夜勤。教員採用に落ち続けているという男。介護士。動画編集で食っているらしい女。みな、特別に鋭い顔はしていない。むしろ逆で、どこにでもいる顔だった。だから不気味だった。


 志門は壁際に立ち、いつもの調子で喋っていた。


「革命とかいう言葉に酔ってる人は、正直もう要らないのよね」

 彼女は言った。

「いや、要らないって言うと語弊があるけど、最初に酔うのは仕方ない。でもずっと酔ってる人は仕事にならない。いま必要なのは、敵を殴るポーズじゃなくて、敵が何を握ってるかを数えられる人間」


 誰かが笑った。

「またジュリアスの影響?」

「影響というか、あいつの言うことがムカつくぐらい正しいだけ」


 志門はそう言ってから、机上の紙を配り始めた。そこには「年末年始生活不安対策・共同連絡網試案」と書かれていた。革命組織とは思えない題名だ。中身も、食料確保、自治体相談窓口、退去勧告への初期対応、夜職・水商売からの生活保護移行、身分証再発行、携帯停止時の連絡回路、そんなものばかりだった。


 真木は、拍子抜けすると同時に、ぞっとした。これでは本当に広がる。銃を持てと言われれば人は逃げるが、家賃と食料と停電と保険証の話なら座って聞く。座って聞いているうちに、いつの間にか、制度への敬意だけが先に死ぬ。


 会の後半で、志門は珍しく真木のほうを見た。


「衛村さん、例の翻訳、助かった」

「大したことしてないよ」

「大したことしてない作業が、一番大事なんだよ」


 その言い方が、真木には妙に重かった。彼女はここで、自分が単なる見物人ではなくなりつつあることをはっきり悟った。手伝い。校正。翻訳。言い回しの調整。どれも後方の仕事だ。後方だから安全だと、人は思う。だが現実には、後方からしか育たない共犯関係がある。


 帰り道、真木は駅前のイルミネーションを見た。年末の商業施設は、どこも気味が悪いほど明るかった。壊れた年の終わりに、壊れていないふりをするための光。人々は買い物袋を提げ、恋人と歩き、家族連れが写真を撮り、どの顔も、そこそこ幸せそうに見える。そう見えること自体が、彼女には一層不気味だった。


 神はまだ、この街を見捨てていないのだろうか。

 彼女はその考えを抱いた。

 そして次の瞬間、もっと醜い考えが浮かんだ。


 見捨てたのは、神ではなく、先に人間のほうではないか。


 その頃、地方の支部未満の集まりは、さらに静かに増えていた。


 仙台では、古い公営団地の一室が、生活困窮者向けの夜間相談室のような顔をし始めていた。大阪では、飲み屋街の裏にあるイベントスペースが、音楽と映像上映を口実に、半分は失業者の互助会になっていた。福岡では、夜勤明けの医療職と介護職が、過労死ラインをネタにしたチャットを共有し、そのまま労働法のテンプレと自治体窓口一覧を回し始めた。札幌では、大学を辞めた若者たちが、暖房費と灯油代の話から、家族という制度の耐用年数について議論するようになった。


 最終インターという名前は、彼ら全員にとって本気半分、冗談半分だった。そこが強みだった。真正面から革命を名乗るには、現代人はあまりに疲れすぎている。だが、冗談めかしてなら、かなり過激な話まで口にできる。皮肉は本音の避難壕になる。笑いながら国家を罵り、生活の話をしながら階級を語り、恋愛の愚痴の延長で資本主義を呪う。現代の急進化とは、案外その程度の低温で進む。


 志門は、それを分かっていた。分かっていながら、どこかで軽蔑してもいた。


 本当は、もっと純粋なものを夢見ていたのだと思う。思想に飢えた若者が現れ、既存政党を踏み越え、歴史を引き裂くほどの新しい運動が起きる。そんな、二十世紀的な革命の亡霊を、彼女もまだ完全には捨てていない。だが現実に自分の前へ集まってくるのは、もっと現代的で、もっと湿っていて、もっとみじめな人間たちだった。生活が苦しい。将来が見えない。恋愛もうまくいかない。就活で落ちた。上司が気に食わない。親が嫌いだ。国家も嫌いだ。世界も嫌いだ。だが死ぬほどの勇気はない。そういう中途半端な人間の群れ。


 そして志門自身、その中途半端さから生まれた人間だった。


 年明けのある晩、彼女は一人でサーバーのログを見返していた。ジュリアスの発言。真木の翻訳。地方の相談記録。海外から流れてくる断片的な報告。どこも、自分が思っていたよりはるかに生活臭が強い。革命の華はない。だが逆に言えば、これはたぶん簡単には消えない。演説と違って、人は生活のために集まるからだ。


 画面を眺めながら、志門はふと、ある種の敗北感を覚えた。


 自分は、世界を変える思想を作るつもりだった。

 気づけば、世界に潰されかけている人間の臨時窓口を運営している。


 だが、その臨時窓口こそが、あとになって制度の代替へ化ける可能性があるとすればどうか。

 革命とは、結局、そういう醜いところからしか始まらないのではないか。


 彼女は、自分の中でその問いにまだ答えを出せなかった。答えを出さないまま、サーバーの管理権限を整理し、海外支部との窓口を増やし、複数の部屋を統合し、退避用の連絡手段を追加した。手は、思想より先に動いていた。


 それは古国良平とは全く別種の権力への接近だった。


 古国たちは、国家の上部構造を奪うために会議を重ねている。放送、警察、官邸、通信、電力、交通。国家の顔を押さえれば国家を握れると信じている。おそらく、それは半分正しい。国家はかなりの部分、顔によって成立している。だがもう半分の国家は、人間が「ほかに頼る場所がない」と思い込んでいる、その諦念によってできている。


 最終インターは、まだ国家を倒せるほど強くない。

 その気も、まだ統一されていない。

 だが、諦念の置き場を少しずつ奪うことはできる。


 それは軍事クーデターほど派手ではない。

 新聞の号外にもならない。

 戦車も出ない。

 誰かが演壇から歴史的演説をすることもない。


 代わりに、深夜のチャットと、安い会議室と、共同購入した発電機と、誰かが雑にまとめた相談先一覧と、神を信じきれなくなった女の翻訳と、そういうものが静かに残る。


 国家が崩れるとき、上では命令系統が切れ、下では帰属が死ぬ。

 いま、この国では、その両方が別々に進んでいた。

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