昼休みの異変③
結界に直接触れて調査を行う。
ノックをするように軽く叩いた事で得た情報だが、込められた魔力の量と強度だけならば、自分が使用する障壁の上級に相当する。修復機能を加味すると、最上級に近いと言っても良いだろう。
有機物干渉魔法で己の拳を鋼のように硬化させてから、正拳突きを放つ。一メートル四方に広がる亀裂が入ったが、すぐに元通りになった。
殴った感触からすると、振動破砕系の魔法を使えば一発で砕けそうだが、オーバーキルになる。
……魔法を使わなくても、戦槌で破壊は可能。なら、ストレス発散を兼ねて、戦槌でやるか。
身体強化魔法を己に掛けてから、戦槌を振り回すのに最適な距離を取り、宝物庫から戦槌を取り出した。虚空から登場した戦槌を見て、背後からどよめきが聞こえたが、この際無視しよう。
戦槌を担ぎ、軽く息を吐いてから、戦槌を結界に向かって振り下ろした。
戦槌の打撃面を中心に、結界に蜘蛛の巣状に亀裂が入った。一度の殴打で入った亀裂の広さは二メートル四方にもおよぶ。
今度はこれまでのように結界が修復されない。何度か叩けば、破壊出来そうだ。結界に入った亀裂を中心に、もう三度戦槌を振り下ろした。亀裂が徐々に広がって行く。ストレス発散にもってこいだな。
都合五度目となる、戦槌による殴打を行う前に自分は一度深呼吸をした。
亀裂の中心にウザい校長の顔を重ねて、戦槌を全力で振り回し――亀裂を中心に結界は壊れた。
「いっ!? ぎゃああああああっ!?」
だが、結界を破壊したら野太い悲鳴が上がった。
何事かと視線を動かしたら、戦槌を振り抜いた先に『指に紙を挟んだ一人の男子生徒(他校)』がいた。
自身に迫る戦槌の打撃面を見て、目を見開いて悲鳴を上げて腰を抜かしていた。振り抜いた戦槌を急静止させる事は難しいが、打撃面の向きを変える事は出来る。
腰を抜かして地面に座り込んだ男子生徒の右脇に戦槌を落とした。戦槌を落とした箇所を中心に、舗装されたコンクリートの地面が蜘蛛の巣状に割れた。
「何するんだよお前!!」
「その前に、あんたこそ誰よ?」
男子生徒の苦情を誰何で打ち消し、自分は周辺を見回した。
レオーネ学校の中等部と高等部の教師数名と、知らない他校の男子生徒数名と教師がおり、その背後の空間が揺らいでいる。
……あの結界には外部が見えないようになっていたのか。まぁ、ゾンビを解き放ったから必要な効果ではある。透視で結界の外を確認すれば良かったな。
本当に、ストレスの発散の事しか考えていなかった。
後悔先に立たず的な失敗を悟ったが、結界の破壊には成功した。戦槌を宝物庫に仕舞ってから空を見上げると、赤色から元の青い空に戻っていた。背後に振り返って校舎を確認すると、校舎の方向の空も元に戻っていた。
やる事はやった。
慌ただしく互いの情報を交換し合い、その内の数人が校舎へ全力疾走する教師を見ながら、今後の行動について考える。
このあとは部室にいる他の部員が意識を取り戻す前に、上履きの底を洗って部室に戻らなくてはならない。
すっかり忘れていたけど、自分は上履きのままで行動していた。こんな状況だからしょうがないんだけどね。せめてもの救いは、土の上を歩いていない事か。土の上を歩いていないので、靴底の汚れは少ない。濡らした雑巾で軽くふくだけで汚れは落ちる。
清掃用具のロッカーの場所はどこだったかな?
校内の地図を思い浮かべて、探しているロッカーの場所を思い出しながら昇降口に向かって歩き出す。
「おい、どこに行くんだよ?」
「部室。室内から施錠したから、他の部員が起きる前に開けに行くの」
背後から掛かった声に適当に返答した。
ゾンビが侵入しないように施錠してから出て来た。部員が起きる前に戻らないと、説明が色々と面倒になる。
「坂月」
「何ですか大熊先生? 施錠されている事に気づかずに、ドアが開かないとパニックに陥られた方が面倒です」
部員の安全の為に戻るのだと振り返ってから言えば、単独行動を咎めるように自分の名を呼んだ大熊先生は何も言い返さなかった。
ありとあらゆる全ての面倒事を他の生徒や教師に丸投げして、自分は昇降口へ向かった。
昼休みの一件は、『学校を狙った、幻覚を見せる薬物散布を行う無差別テロ』で片付けられた。
数日後に行われる保護者説明会で、このように発表するそうだ。無差別テロの一言で、生徒の保護者達が納得するのかと思った。
実際に数日後に行われた保護者説明会で、このように発表した際に疑われた。
しかし、高等部の校長と教職員が不審者を目撃しただけでなく、中等部の校舎にまで教職員が不審者の確認にやって来た事で信憑性が高いと認識された。
なお、保護者達からの強い要望で、学校で起きた事はマスメディアに流れないように、病院関係者への情報の統制が行われた。学校側も無事だった生徒の精神状態を懸念して保護者の要望に応えた。
謎の結界が展開された際に倒れた高等部の敷地内にいた教職員と生徒は、全員獅子倉グループ関係の病院に搬送された。全員の命に別状は無いが、個々で回復速度が違う。そこで、五日から十日程度の期間入院し、経過観察を受ける事になった。
大多数の生徒と教職員の入院に合わせて、学校は今月中、休校する事になった。
今月の頭に中間試験(二年生は短期留学先のイタリアで、イタリア語表記の一般科目の試験を受ける予定)を実施していた事が最大の理由だ。ちなみに、期末試験は十二月初頭で、秋季祭(秋に行う文化祭で、五月の終わり頃に行うのが春季祭)は来月の中旬だ。
搬送された生徒は倒れた前後の記憶が曖昧になっていた。この為、仮に変なものを見ていたとしても、記憶障害の一種か、倒れた際に頭部を強く打った事で見た幻覚のどちらかで片付けられた。
生徒の記憶障害について気にする理由?
困った事に、空の異変とゾンビを見たと証言した生徒がいたのだ。
しかも、証言した生徒は三十人近い人数だった。
流石に自分が放った炎を見たと言う生徒はいなかった。けれど、『夕方でも無いのに空が赤くなって、あちこちからゾンビが出現した』と、証言した生徒がぽつぽつと現れてしまった。
しかし、学校側が『幻覚を見せる薬物が散布された』と公表したのは、これを考えての事だったらしい。
学校側が公表した情報を知り、『空が赤かった』、『ゾンビを見た』、と証言した生徒は『現代にゾンビがいる筈も無いから、幻覚だったのか……』と納得したそうだ。
空が赤く見えたのは『薬物が散布された瞬間を見たからだったのか?』と、生徒達が勝手に自己解釈したので、『確かに見たんだ!』と騒ぐ生徒はいなかった。
結界の破壊に関わった教職員と生徒は、『偶然、薬物が散布された場所から遠かい場所にいたか、異変を感じた際に窓際へ避難して窓を開けたか、この二つのどちらかだった為無事だった』と言う説明がなされた。
自分は後者の扱いを受けた。
無事だった百人近い生徒(正門前で合流したのは一部だった)は簡易検査を受けて、すぐに解放された。
自分もこの簡易検査はを受ける羽目になったので、放課後に甘いものを食べ以行く事は出来ず、近くのコンビニにまでこっそりと買いものに出て、コンビニスイーツを購入した。
だが、本当の騒動は、大会に出場する為に学校から離れていた生徒達が戻って来てからだ。
大会に出場していた生徒達からすれば、自分達が不在の間に学校が大変な事になっていたのだ。しかも、多くの友人やクラスメイト達が病院に搬送されたと知ったら、パニックになる。
自分も大会から戻って来たクラスメイトから心配された。
個人的に楽しみにしていた放課後の料理部の予定が延期になっただけでなく、料理部唯一の生き残りだからなんて理由で、教師の我儘に付き合わされそうになるわで、最悪だった。これらが原因で憂鬱な気分になり、クラスメイトにあれこれと聞かれたが、空返事を返した。
ただでさえ気が落ち込んでいるのに、ここに止めを刺すような事を言われて、盛大にため息を吐いた。
学校の体育館で、自分を含む無事だった生徒は簡易検査を受けた。
検査と言っても『ほぼ問診だった』ので、すぐに解放された。
そして、午後の授業と部活は中止の通達を受け、教室の荷物を持って寮に帰るように言われた。
部活の中止。
自分は楽しみにしていたので、この通知は残念極まりない。
食べたかったイタリアンプリン他、チーズを使ったデザート各種。
本当に、誰だよあんな結界を張った奴は!?
マジでぶん殴りたい……!
苛立ちが収まらない。
日が沈み掛けた頃、私服に着替えてから、こっそりと学校を抜け出して近くのコンビニに向った。菓子パンとコンビニスイーツを千円分を購入して、再びこっそりと学校に戻った。




