休校初日 ②
武道場の入り口近くの管理室に入ると、室内には大熊先生がいた。挨拶もそこそこに管理室内を見回したが、宇賀神さんの姿は無い。
自分は空きのパイプ椅子に座り、そのまま管理室で更に三十分も待った。
「す、すみません。遅れました」
三十分以上も遅刻して、宇賀神さんが息を切らして管理室に駆け込んで来た。
「外出した生徒は時間を守って十分前に来たのに、何故、校内にいた生徒が三十分以上も遅刻するのだ?」
「すみません。食堂が混んでいました」
「今の食堂のメニューは選択制ではない。二時半の時点で食堂の混み具合は確認したが、混んでいなかったぞ」
「……眠気に負けました」
「最初にそれを言え」
正しい遅刻理由を言わなかった宇賀神さんは、罰として床の上に正座をして大熊先生の話を聞く事になった。
大熊先生から、一般生徒には公表されていない施設に関する説明を受ける。
説明を受けながら思い出したのは『とあるTRPG』だ。この作品のリプレイ本は面白かったんだよね。ルールブックも買ったな。
プレイヤーとして参加する声優さんが、斜め上の暴走やボケをやらかし、時に『あんた声優でしたね』と思い出させるようなアドリブと小芝居を始めるから、マジで笑ったわ。
それでね。
大熊先生からの説明は、そんな創作作品を連想させるようなものだった。地球の裏社会が想像以上にファンタジーで、内心で辟易してしまう。
ファンタジーな世界は転生の旅で経験しまくっているから、ぶっちゃけると飽き掛けている。行先は選べないし、ファンタジーな世界はちょっと羽目を外しても良いから馴染みやすいけど、生活水準がね。特に、食事関係で頭を抱える事が多かった。
床の上で正座する宇賀神さんと一緒に大熊先生から説明を聞いた自分は、昨日の昼休みに大熊先生が『地下にいた』と発言した理由を正しく理解した。
「昼休みも生徒の監督役をやっていたから、地下にいたんですね」
「そう言う事だ。地上でゾンビがどのように出現したか分からないが、地下では複数カ所に設置された魔法陣から、ゾンビが大量に湧き出たんだ」
こんな説明を自分と宇賀神さんに行う大熊先生も『ファンタジー寄りの存在』なので、魔法陣などと言う単語が飛び出しても、今更驚かない。
昨日の昼休み、どこからゾンビが出て来たのかは自分も知らなかった。今後に多様な事が起きる可能性を考慮して、簡単な情報の交換はしておくべきだ。
床の上で正座を続けていて足が痺れて来たらしい宇賀神さんが、顔を引き攣らせて体を左右に揺らしている。
でも、自分と大熊先生はそんな宇賀神さんを無視して情報の交換を優先した。
「当時私は部室にいました。ゾンビがドアを開けて入って来たので吃驚しました」
「ふむ。宇賀神同様に、出現したところは見ていないのか……」
「はい。倒れた部員に噛み付こうとしたので、急いでゾンビを燃やして追い出しドアを施錠したので、廊下方面は見ていません」
「倒れた部員の身の安全が優先だ。これに限っては仕方が無い」
「その後、高等部の屋上に移動し、結界の範囲を確認してから、ゾンビだけを纏めて焼きました」
「あの青い炎か。どうやってゾンビだけを焼いたのかは知らないが、あの炎のお陰で無限にゾンビを出現させ続けていた魔法陣も機能を停止したな」
大熊先生が奇妙な事を言ったので、自分は内心でちょっとだけ首を傾げた。
「? 変ですね。焼く対象をゾンビだけに指定したんですが……。一緒に焼けたと言う事は、その魔法陣にもゾンビが使われていたとしか思えませんね」
「嫌な推測だな。魔法陣を撮影した映像が残っている。地下施設に行かねばならないが、見るか?」
「せっかくなので見ます」
己の制御ミスを考えて、魔法陣を見る事にした。
自分が映像を見たいと希望した直後、蚊が飛んでいるかのような、か細い声が上がった。大熊先生と一緒に音源に視線を向けた。
「あ、あのぅ……」
音源は宇賀神さんだった。もじもじと動いているところをから察するに、足が痺れたのだろう。
「先生、もう限界――」
「もう少しそのままでいろ」
大熊先生は笑顔で宇賀神さんの懇願を切り捨てた。大熊先生が顧問を務める剣道部もそれなりに厳しいと聞いている。でも、剣道部員が十分程度の正座に慣れていないのは変だな。
「剣道部員なのに、何で正座に慣れていないの?」
「昔から正座だけは、苦手なんだよう」
宇賀神さんは涙目になってプルプルと震えている。何とも呆れる光景だ。
「『苦手なんだよう』じゃないでしょう。剣道部で正座をする時間ってないの?」
「あるぞ。基本的には正座をするように言っている」
「それで慣れないって致命的じゃない?」
大熊先生から剣道部に関わる情報を聞き、宇賀神さんはどこまで『残念娘なんだ?』と思ってしまう。
「うぅ、一朝一夕で人は変われないんだよぅ」
涙目で宇賀神さんはそう訴えた。
「何で当たり前の事を言うの? その内『顔だけ』って言われるわよ?」
「坂月。既に言われているぞ」
「……手遅れだったのね」
本当に残念具合が酷いな。同じ部員からそう言われるって、割と致命的だぞ。
「マジで前世は、神殿騎士だったの?」
「孤児だったけど、珍しい霊力持ちだったから神殿騎士になるように言われて育ったの」
「幼少期からそれなりの教育を受けて、このザマなのが一番の問題なんだけど」
「一応、聖女様の護衛だったんだけど」
「聖女の護衛は文武両道なエリート騎士の中から選抜するのが普通なんだけどね。その分じゃ、剣を振り回す以外には何も出来なかったみたいね。致命的過ぎて擁護出来ないわ」
「面目ありません」
宇賀神さんは項垂れた。そんな彼女の様子を見て、『努力したけど結果が伴わなかったパターン』と判断した。努力と結果が噛み合わない事はよくある事だ。だけど、これはちょっと、駄目過ぎるだろう。
宇賀神さんが顔を上げない内に小さく嘆息を零したら、大熊先生に名前を呼ばれた。
「地下施設に行くんですか?」
「その通りだが、その前に渡すものがある」
大熊先生はパイプ椅子から立ち上がった自分に待ったを掛けて、ポケットから何かを取り出した。
「我々はこれを『ストレージキー』と呼んでいる。重さ十キロまでなら、ストレージキー内部の亜空間にものが収納出来る事が名の由来だ。使用するには、ストレージキーに血液を一滴垂らす事で個別登録しなくてはならない。そして、地下施設に通じるドアを開けるには、ストレージキーが必要だ」
簡単な説明と共に大熊先生から渡されたものは、キープレートによく似た銀色の金属板だった。
漸く正座から解放された宇賀神さんにも、このストレージキーが渡された。
……血を一滴垂らす事で個別登録される。魔力を登録するって事か?
渡されたストレージキーを観察し、簡単に調べる。登録した人間を縛る機能は持っていないな。
魔法で氷の針を作り、その先端で指先を少し刺した。血が滲む指先をストレージキーに押し付けると、ストレージキーは一瞬だけ白く発光した。登録完了の合図らしい。
「坂月は随分と器用なんだな」
「そうですか?」
呆れを多分に含んだ声を上げた大熊先生を見ると、その手には小さなソーイングセットが握られていた。ソーイングセットは宇賀神さんの手に渡った。宇賀神さんは足が痺れて涙目だったが、足を崩すとものの数分で痺れから復活した。
宇賀神さんが登録を終えたら、大熊先生の案内で第一武道場の外に出た。
三人で第一武道場の裏手へ移動し、エアコンの室外機を取り囲むに金属製の囲い(見た目は檻に似ている)の出入り口を封鎖している南京錠に、大熊先生は自身のストレージキーを押し当てた。
「おおっ」
直後、第一武道場の壁の一部が動いた。その先には地下へ続く階段が存在した。南京錠が読み取り機なのか。
しかし、両眼を椎茸の切り込みのようにして感嘆の声を上げた宇賀神さんには悪いが、日常的に第一武道場を利用している生徒ならば『知らなかった』と驚くのが『普通』だと思う。
どこまで駄目人間なんだろうか。
宇賀神さんはともかく、第一武道場は校舎と学生寮から徒歩十五分の場所に存在する。他に出入り口は無いのか、自分は大熊先生に尋ねる事にした。
「大熊先生。地下への出入り口は、ここ以外だとどこですか?」
「校舎外で分かりやすい場所だと、全武道場の室外機傍になるな。出入り口は校舎内と寮内外にも存在するが、事情を知らない生徒に目撃される可能性が高いから、利用は控えろ」
「そうですか。武道場だと、南京錠が読み取り機なんですよね?」
「……そうなるが、それも含めて下りてから説明する」
肩越しに自分を見た大熊先生は、そう言うなり階段を下りた。
本日は部活が全て休みになっているとは言え、事情を知らない他の生徒に見られては不味いだろう。
未だに『はぇ~』と感心している宇賀神さんを促して、自分は大熊先生のあとを追った。




