65 言葉にしなければ伝わらない
「ルーク、こんにちは!」
「っわ! び、びっくりした……」
式典が終わり、早々にその場を後にしようとしていたルークを背後から飛び着いて止める。
驚いて軽く叫んだ彼は背後にいるのがわたしだと分かるなり、安心したように息を吐く。ついでに置いてきた旦那様の方から一瞬冷気が漂ってきたような気がしないでもないけど、たぶん気のせいです。涼しくなってきているとはいえ、まだ寒くはないので。
「リーシャ様も来てくれてたんすか。お忙しいのにありがとうございます」
「いえいえ。あなたの方こそ大変だったでしょう。突然の依頼だったのに受けてくれてありがとう。設計図が届いた時にも伝えたけれど、とっても素敵だわ!!」
「喜んでもらえたなら良かった」
「ルークと言ったか。こうしてちゃんと話すのは初めてだな」
聞こえたのは旦那様の声。後ろに置いてきたはずの旦那様はいつの間にやらわたしの隣に戻ってきていたようで、なぜかグッと腰を引き寄せられる。なんというか、デジャブですね。今回もまた周囲に人が多く、無理矢理離れることはできない。けれど大人しくしているはずもなく、ヒールで足を踏めばいいのだと学習したわたしは、笑顔でルークに向き合ったままそれを実行した。
今日は視察ということで、ヒールは低めの靴を履いている。だから攻撃力は低いかもしれないとも思ったけれど、頭の上から小さな呻き声が降ってきたのでそこは問題なかったらしい。
「……リーシャ」
「旦那様が悪いです」
「えっと、リーシャ様の旦那様でしたっけ? 俺はルークです。いつもリジーがお世話になっております」
「アルヴィン・フェルリアだ。君の建築士としての腕には感嘆した。機会があればぜひ、フェルリアでも依頼させていただきたい」
足を踏まれてもなお、わたしから離れようとしない旦那様。こちらの圧など物ともせず領主として良い関係を築こうとする姿は褒めるべきなのか、それとも無視するなと怒るべきなのか。
どちらにしてもこの類のことでお相手をするのは疲れる。面倒なので諦めてお二人の様子を窺いましょうかね。
「もちろんっす。いつでもとは言えませんけど、リーシャ様の旦那様なら優先的に受け付けましょう」
「感謝する。またその時が来たら連絡するが、君の住まいは?」
「一応皇都に両親と住んでる屋敷があるんだけど、俺は国内外問わず転々としてるんで……そうだな、リジーとはほぼ毎日顔を合わせるんすよね。ならリジーに言ってくだされば、俺にもすぐ伝わると思います」
「……ルーク」
あなた、以前同じような話でリジーに怒られてなかった? たしか、『ルーク、あなたは私を何だと思っているのですか? 私もあなたに負けないくらい多忙なのですが。自分の仕事に巻き込まないでくれません?』とか何とかいわれている場面に遭遇した記憶がありますよ。
また怒られるのではないかと思い名前を呼ぶも、彼は困ったように肩を竦める。実際、リジーを通すのが一番早いのでしょうし気持ちは分かりますけどね。
「甘んじて受け入れることにしますんで……」
「……頑張ってね。しばらくはこの国にいるの?」
「いや、花祭りの少し前から帰省してこの国での仕事を片付けてたんで、そろそろ国外に出なきゃいけないんすよ。また帰ったらお土産でも届けさせます」
「そうなの、気を付けてね。では」
「ああ、また会いましょ。それから旦那さん、ちょっと耳を貸してくれません?」
別れ際、お願いする形ではあるものの、断られる気はないといった様子のルークが旦那様に声を掛ける。訝しげではあるけれど、ルークの言う通りにする旦那様はようやくわたしから離れてくださった。わたしに聞かせたくない話ですよね。旦那様は何を聞いているのでしょうか。
見れば、ルークの方は何やら意地悪な笑みを浮かべている。そして何を言い出すのかと怪しんでいた旦那様は、徐々に苦い顔へ変化していった。
わたしの耳が良いことを知っているルークは中々の小声で囁いている。だからすべては聞き取れない。でも僅かに聞こえた言葉を繋げれば、ルークは旦那様に『俺とリーシャ様は恋仲ではない。どちらも恋愛感情なんてないっすよ』みたいな感じのことを言っていたのでしょう。
何を当たり前のことを、と思いましたがそれは言わないでおく。そうしてルークと別れたわたし達は、『どういう意味なのか』『自分で考えてみろ』などという、よく分からない押し問答を続けながら領地の視察を始めたのでした。
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