63 それはかつて、未来を照らす存在だった
拘束具はそのままに、話しやすいよう痛み止めだけ飲ませたわたしは彼の斜め前あたりに椅子を持ってきて腰を下ろした。
リジーは退出させ、拷問に使用した器具などの片付けをさせている。ここから先の話はきっと、この国の暗黒部分になる。あの子は聞かない方が良いでしょう。
「……反逆者にこんなに優しくしていいのか?」
「あら、痛み止めは不要でした? 別に優しくはないでしょう。二度目の拷問に、指も数本落としていますし、あなたはもうすぐ死にますし」
悠長なことを言われたので現実を叩きつけておく。今はただ、痛み止めで感覚を麻痺させているだけなのですよ。苦しみながらでは話を聞くのに時間がかかるから、わたし自身のためにこうしているだけのこと。優しさだとは思わないでいただきたい。
わたしの言葉に押し黙った彼は、観念したように小さく息を吐いて話し始める。
◇
「あんたの言う通り、俺たちは元々この国の騎士団に所属していた。あいつらは全員俺と同じ隊の奴で、平民上がりだがこの国の騎士に憧れて、実力だけで入団が決まった。周りが貴族ばかりだったのもあって、特に大切な仲間だったんだ」
────貴族がほとんどとはいえ、この国では実力次第で身分問わず騎士になれる。だから距離こそ取られるが、他の奴らもちゃんと仲間と思っていた。前回の国境での戦いで、倍以上の数いる敵を相手にするまでは。
味方が新米騎士ばかりだったのもあるだろう。だがあいつらは騎士という身分でありながら、大量の敵に怯えて平民の俺らを犠牲にし、自分たちだけ逃げやがった。もちろんちゃんと戦ってる奴もいたさ。特に先輩はな。
あんた、あの戦いで最も活躍した奴の名を知ってるか? アルヴィン・フェルリア公爵だ。次期当主として父親と共に最前線に立ったあの男は、騎士でもないのにたったひとりで半分近くの敵を殲滅したんだ。まだ十にも満たない歳だったろうに、大した度胸と才能だろ? 俺も一度守られた。
それから少し時間が経ってからか。こちらへ向かってくる敵兵がやけに多く感じたんだ。違和感を覚えて探せば、フェルリア公爵とその息子はいなくなっていた。後に聞いた話だと後方支援に回っていたんだってよ。
あ? あんた、なんか複雑そうな顔してるな。……ああ、そういえばフェルリア公爵は女らしさの欠片もない令嬢と結婚したんだったな。その髪と瞳の色、もしかしてその令嬢ってのはあんたか? ああ、だよな。名前も一致してた気がするぜ。だとしたら女らしさの欠片もない、とか言った奴、見る目なさすぎねぇ? こんな美人、そうそうお目に掛かれねぇだろ。それともお貴族様は違うってか? まあかわいい顔して人の指切り落とすような女だけど。
……あー、はいはい。続きだな。まあそんなわけで前で戦う奴がいなくなったなら、今度こそ俺らが狙われるだろ。別に戦わなきゃなのは構わねぇんだ。それが騎士の仕事だしな。問題はその後。
俺と俺が仲良くしてた奴らな、その戦いで全員前線に出られなくなるような傷を負ったんだ。例えばそう、あんたが殺した中に女がひとりいただろ? あいつは片目を失明、もう片方は思い切り血を浴びたせいでメガネを掛けても日常生活に支障が出るくらい、視力が落ちた。他にはそうだな、腕の感覚を無くした奴もいる。呼吸器官を損傷した奴も。
俺は何だったか分かるか? 足の腱が切れたんだ。あんたら、俺がちゃんと歩いてるとこ見てねぇだろ。まともに逃げらんねぇから一瞬で捕まったぜ。手術なんざ、できるはずがねぇ。言ったろ、俺の生まれは平民だ。あんたのような尊き身分じゃない。
結論だ。戦場から帰還した俺たちは、民を守るために命を懸けて戦ったのに、前線に出られなくなっただけで誰もが白い目で見てくるようになった。
仲間は戦線を退くことになった自分たちを馬鹿にするし、親のせいで無理矢理入隊させられた奴には羨ましがられるがそれも嘲笑にしか見えない。街で巡回をしても、暴漢は戦えない騎士など相手にもしねぇんだよ。俺だって、叶うならまた前線で戦いたかった。戦場の英雄なんてもんは誰でも一度は憧れる。
俺らだけの力で国を守れるとも思ってないが、それでも小さな力が集まって良い結果を生むものだ。ひとりの力で大きな功績を残せる奴なんて、それこそあんたやフェルリア公爵のような選ばれし者のみ。
誰も寄り添ってはくれない。俺たちは国の、そして国民のために戦ったというのに。
◇
「感謝してほしいとまでは言わないが、俺らも命懸けで戦ったんだ。せめて労いの言葉ひとつくらいは欲しかったな……」
おどけたような軽い口調だったけれど、声が掠れていたせいで、逆にそれが彼の心の叫びなのが分かってしまう。彼らが闇落ちした理由は分かった。こんな国は亡びてしまえばいいと思ってしまったのでしょうね。
「攫った子供達は無差別に選んだのかしら?」
「いや、選んでるぜ。俺らを特に苦しめた奴やその友人、大切な人の子供だ。まあ長々と語ったがな、一言で言うなら俺たちの個人的な怒りが理由ってこった」
「なるほど。よく分かったわ」
「そうか」
随分と疲れた顔をしていますね。そりゃあ二度も拷問されて長期間牢にいたのだから、当然と言えば当然だけど。
ちなみに彼ら、自分達だけの紋章とは別に騎士としての紋章も所持していましたからね。未練がなかったとは言わないでしょう。それもストレスだったのかしら。
旦那様のお話には驚きましたよ。あの人、本気を出せばそんなに強いんですか。そしてあの戦い、死者や怪我人の数と周囲への被害が普通の戦争とは違ったんですよね。でも旦那様やお義父様が関わっていたのなら納得です。
「あなたの気持ち、わたしは分からないでもないです。国のために命を捧げているのはわたし達も同じだから。けれどそんな気持ちも押し殺せるからこそ、わたし達のようなロードは皇族の信頼を一度たりとも失っていない。守るべき存在でも他人は他人なのだから、虫けらが何かを言っていると無視すればよかったんです」
わたしは国のために戦う人の気持ちも、それなのにあることないこと言われる気持ちも、痛いほど分かってしまう。
ただ、わたしが彼にしたのより酷い拷問の訓練を何度もしているので、幼少期からメンタルが鍛えられていました。だから彼らのようにはなっていない。もちろん元の性格や育った環境なども影響しているかと思いますけれども。
「人間は都合がいい生き物なので、そんな他者の意見をすべて聞き入れては心が死んでしまう。それこそあなた方のように。わたしはあなたのお仲間を殺しましたし、あなたのことも殺しますが……」
「…………」
「……それでももし、また生まれ変わることがあったなら、今度こそ自分の守りたいものを見失わないように。大切なものにだけ目を向けられる人生であることを祈ります。きっとあなた達は、その方が生きやすいから」
「努力しよう」
「ええ。この国のために戦ってくれたこと、わたしは心から感謝していますよ。任務、お疲れ様でした。何か言い残すことは?」
「──ない」
わたしは優しくないし、彼らに怒っているし、許すつもりはない。けれどこの国のために戦ってくれた人に、感謝のひとつくらいはしますよ。
お疲れ様、という言葉に息を呑み、大きく目を見開いた元騎士の男性。目に涙を溜め、穏やかな笑みで小さく首を横に振る。最後に『ありがとう』と呟いたその幸せそうな声を、わたしはきっと一生忘れない。
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