60 苦しくも幸せだった、あの日の思い出
「おかえりなさいませ、リーシャ様。リジー様はリーシャ様のお部屋の寝支度をしている最中です」
「ありがとう。こんな時間まで待っていなくても良かったのよ?」
「いえ、ついさっきまで仮眠を取っていまして。今から仕事を再開するところでした」
「あらそうなの? ではもっとしっかり休めるよう、上手く使用人を使いなさいね」
あの後屋敷に戻ったわたしは、まだ少し任務が残っているからとユリウスで寝泊まりすることを旦那様に伝えた。任務というのはテロの件に関係している。
そして数時間馬車に揺られた後、ようやく今ユリウス公爵邸に到着した。出迎えてくれたのはイアンで、仮眠を取っていたとは言うけれど目元に隈ができている。イアンは要領がいい方だとは思うのですが、屋敷内の総括という仕事はまだ慣れないのでしょうね。業務内容も多いし、今のところ睡眠時間を削るしか方法がないのだと思う。またリジーにお手本でも見せてもらいましょうか?
現在の時刻、朝の四時前。もう夜明けが近い時間帯になる。わたしも馬車での移動中に仮眠を取りましたが、さすがにまだ疲れが取れていないようで少し頭が痛い。
コツコツとヒールの音を響かせながら、長い長い廊下を歩く。この屋敷ってフェルリアよりも古いけれど、とにかく大きいんですよね。でも値段が付けられないような価値ある品で溢れているのでしっかり管理しなければならず……フランクス伯爵令嬢時代、随分と困らされましたよ。
「リジー」
「お待ちしておりました、リーシャ様。準備は整っております」
「ありがとう。では行きましょう」
私室に入れば、準備を終えて待ってくれているリジーの姿があった。
早速とある電源を押し、隠し通路に入って行く。今回はリジーも一緒。勝手に開けることができなくても、わたしが一緒なら出入りすることは可能だから。わたしの部屋と繋がる最初の隠し通路を抜け、何度か角を曲がったり隠し部屋を通過したりしながら目的地を目指す。
この屋敷に隠された通路と部屋を覚える訓練が始まった時、幼いわたしは数えきれないほど迷子になったそうです。
その度にお母様が迎えに来てくれるけど、完全にギブアップするまでは私室から千里眼で視ているだけ。覚える側としては、千里眼を使っても分からないから泣きながら彷徨い、結果迎えに来てもらうことになるんですけどね。
迷わなくなるまで半年、千里眼なしで目的地に辿り着けるようになるには一年近くかかったのだとか。
だから本当に複雑な構造になっているんですよ。数ヶ月で覚えたらしいお母様は『方向音痴なのかしら……?』なんて言いながら首を傾げていましたが。ちなみに現時点で全体を把握しているのはわたしだけです。リジーには必要な経路しか覚えさせていないので。
五分ほど歩き続け、ようやく立ち止まったの場所はワインセラー。ボトルの中身はワインではなく、毒や火薬玉のような物ばかりだけど。これもどのボトルに何が入っているかすべて覚えなければならないんです。わたしの血筋のご先祖様方、一体何百本あると思ってるんですか? これを物心ついたばかりの子供に覚えさせようだなんて、少々鬼畜が過ぎません……?
苦労した過去を思い出して苦い顔になりながら、必要なものをいくつか用意する。そして床のマットを避け、人ひとり分の幅しかない扉を開ければ、地下の牢獄に繋がる階段が現れた。細く高い音を立てながら冷たい風が流れて来る。
この先には、例のテロを起こそうとした首謀者……というより、リーダーと言った方がいいのでしょうか。あの日、ルナが見つけ出してリジーが軽く拷問にかけた、ひとりの『剣』が待っている。
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