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赤夜 Sekiyo  作者: KIKP
理幻鏡想
36/38

理幻鏡想 22

理鏡が攫われた事変を終え、意識を失った者たちは歩地と顎門の仲間に運ばれ、歩地の使っている医療施設へと運ばれた。

大した怪我のない唯一は半日ほどで目を覚ましたが、他の三人は怪我や疲労が酷く、長らく眠っていた。

二日ほどして梓麻が目覚め、更に二日して赤華が、その次の日に鳶鷹が目覚めた。

赤華と鳶鷹の怪我は本来一、二ヵ月は入院して治すような、かなり酷い重症なのだが、さすが名家という所か、それとも両者がこれまで行ってきた肉体の強化によって目覚めた生命本能による再生能力か、目覚めてから十分な食事をしてもう一眠りするなり、すぐ動けるようになるまで回復をしていた。

とはいえ重症をしていたのには変わりない為に、数日は病院内で安静する事を言いつけられた。

その間の学業は歩地と千和々の二人による幻術か何かでどうにかしたらしい。


そしてさらに数日。あの出来事の日から二週間後。

ワゴンに揺られて目的地に着き、歩地が用意したドレスコードを身に纏う四人が降りてそれを見上げる。


「うわ~やっぱり近くで見るとでかいなぁ」

「そうね。宿泊施設としたらずいぶん大きいわね」

「すごい綺麗」

「やんな~。開業したばっかやもんなぁ」

「君たち三人はこれよりも大きいの見たことあるだろう」

「それはそれ。これはこれやで歩地はん」

「いいから、早く行こうよ。美味しいお酒が待ってる」


普樂の三人を含む赤華達七人は、楽芽組の顎門から六情国際ホテルに招待された。

地下一階から地上二十三階まである県内トップの高さがある、宴会場、レストラン、大浴場、トレーニングジムなどを備えたシティホテル。

ロビーで招待状を提示し、エレベーターに乗って最上階へと向かい「この扉の先です。ではごゆっくりとお寛ぎください」とその部屋へと案内されると、そそくさと案内人が帰っていく。

その様子を不思議に思いながら見る赤華と”まあ、仕方ないよな”と察する三人。

「お酒♪お酒♪」と迷いなど一切なく堂々と千和々がその展望ラウンジの広間の扉を開く。

広間の中ではスーツ姿の同い年くらいの子から屈強そうな強面の男たちが飲み物を片手に会話をしていたのだが、部屋の入り口に立つ赤華達を見て、睨みを利かせる。

異様な威圧と見覚えのない人物ばかりに、懐に手を伸ばす人物までもがいて”部屋あってる?””間違ってない?”と四人が若干戸惑うのだが、普樂の三人は何ともないように堂々として立っていた。


「お前ら落ち着けっス。事前に頭が話していた客人っスから」


鳶鷹の聞き覚えの男の声に、男衆は歩き来るその姿を見て道を開き、こうべを垂れる。

「ようこそ皆さん方。我ら楽芽組の招待においでいただき、ありがとうございますっス」

その場に現れたのは鮭馗羅と周囲の男衆に睨みを利かせる熊颶利の二人だった。

出過ぎた失態に気まずく、直ぐに頭を下げようとするが、手のひらを向けて制止させる。

「一斉に謝られても困らせるだけっスよ。この人たちは私達が案内して持て成すっスから、お前たちは気にせずに楽しく飲んでるっス」

そう言うが、それでも男衆は何とも言えない様子だった。

「見慣れない顔つきの悪い奴らばかりで落ち着かないだろうっスから、どうぞこちらっス」


そう招かれ、申し訳そうな顔で見られながら部屋の壁伝いに二人の後ろを着いて行く。


「来ていただいて早々、気分を悪くさせてしまって申し訳ないっス。あいつ等も決して…そこまで悪い奴らじゃないんっスけど、落ち着いてきた故の警戒だったんっス。許して欲しいっス」

「別に気にしてへんで。なぁ、みんな」

「まあ、事が事だったからね。仕方ないよ」

「そうね」

「うん」

「そう言ってくれてありがた——」

「そうだね。君たちの地元近くの地酒で手を打とう」

空気の読めてない様な千和々の発言に、四人は白い視線を向ける。

「ええ、分かりましたっス。後でご用意しますっス」

「やったぁ♪」

「千和々さん…」

「相手方が申し訳なく思ってるんだ。なら、可能な許容範囲の軽い要求する方が、こういう相手は嬉しく助かるもんだよ。そうだろう」

「そうっスね。誰に対してもというのは当然、常識無しっスけど。私達は貴方方に助けられ招いた上で、申し訳ないことをしたんっス。だから彼女の言う通り要求してもらう方が嬉しく、気が楽になるっス」

「んじゃあワイは、美味しいもんをたらふく食いたいな」

「私もそれで十分かな」

「うん、僕も」

「右に同意。下手に要求して変に目をつけられたくないものね」

「しない。しないっスよ。まぁそうっスね…。美味しいものを食べたいっていうのはもう叶うっスよ」


そう話しながら空いている机にたどり着き、見覚えのある青年からの飲み物の注文を終えそれが皆に届くと、すぐ近くにある扉が開かれる。

その事に皆の視線が集まり、二人が姿を現す。

顎門と夜の蝶と呼ぶような妖艶な目のやり場に困りそうな白いドレスを身に纏う理鏡が、素顔を晒して広間に入り、入口で待機していた若い衆に飲み物の入ったグラスを受け取り、設置された壇上に上がる。


「あ〜…こういうことするのあまり好きじゃねぇから手短に済ませる。二週間前の四月 日。今回の事は異形と潜伏者達によって理鏡が攫われた事で始まった。ビル付近と山で操られた一般市民の捕縛に治療、そして搬送。それに生じて現れた魔獣達と各自の相対した者の対応。山積みとなった問題の今日までの処理、ご苦労。これからもまだしばらく忙しいだろうから一先ず休もうと、この会を開かせてもらった。この慰労会は全て俺の奢りで無礼講だと言いたいところだが…。今日はうちの組だけでなく、その時に協力し手助けしてくれた客人もいるからな、そいつらに迷惑かけないように節度を持って、存分に楽しめ。んじゃ、乾杯だ」


顎門のその乾杯の音頭に皆が一斉に「乾杯」と唱和し、近くの人達とグラスを軽く当て飲み始めると、前後の扉が開かれ、出来たての料理が盛り付けられたビュフェ皿が次々に机に運ばれ始め、美味しそうなその香りにつられて歩み寄ってゆき、それぞれの場で会食が行われる。

一目散にお皿を取りに行き、落ち着きなく山盛りに取り盛る鳶鷹に唯一が着いていき、その初めて見る食事の光景に戸惑う赤華を梓麻が「一緒に回りましょ」と声を掛けて頷き、一緒に歩き行く。

千和々は適当にツマミ皿を持って、広間に設置されてあるバーの席に座り一人酒を楽しむ。

ビュフェに並ぶ料理はパスタにハンバーグ、コロッケ、餃子や小籠包に筑前煮や肉じゃが、おひたしと和洋中の色とりどりの料理があり、皆満足そうに食べていた。

すると再び前の方の扉が開かれ、何か大きなものが次々と運び込まれるのが見え、何やら盛り上がって気になり、それを見に歩み寄る。

そこには横に鎖に巨大なカジキが吊るされており、巨大なまな板に乗せられた本マグロの解体ショーが開かれていた。

「じゃあ、次は大トロを取ってこうかな」と卯恋が巨大な包丁を片手に、まるで豆腐に包丁を入れるような滑らかな包丁さばきで次々と解体され、刺身を皿に綺麗に盛り付け、振る舞われる。


近くに歩地の姿が見え「なんであそこに卯恋さんが?」と問うと。

「ああ。主催者から新鮮なマグロとカジキを取り寄せたんだが、”解体出来る人が居ない。誰かいないか”と聞かれたから彼女に声をかけたら”マグロの解体?やる、やるぅ”って二つ返事で請け負ってくれたよ」

「そんな簡単に請け負うような事じゃないと思うのだけれど」

「卯恋さんらしいや。相変わらず料理に関することは、なんでも出来るんだなぁ」

そう感心しながら眺め、近くの机に置かれたそのお刺身を味わっていると。近く寄る、その二人に気が付く。

「楽しんでるか?」

スイーツの乗ったお皿を持った理鏡を傍に、片手にグラス片手をポケットに入れ、その脇に上着を掛けた顎門が声をかける。

「うん。美味しく頂かせて貰ってます」

「ええ、それなりに楽しませてもらってるわ」

「そうか、それは良かった。あんたもあれほどの腕利きの紹介ありがたいよ」

「いや、俺は別に。ちょうど出来る暇人が知人にいただけの事だからね」

「それで?ただそんな話をしに来たわけでは無いのでしょう」

「まあな。本当はもうちょっと後でもよかったんだが、丁度よく話したいのが集まっているのが見えたからな。いいか?」

「私は問題ないわ」

「私も」

「僕も別に忙しくないし…君の依頼の報告もするとしよう。別に構わないだろう?この子たちが聞いても」

「ああ、構わない。それを含めて二人に話があるからな。じゃあ、別室に移るか」


—————————————————————————


「おお〜やっぱええ景色やんなぁ」

「だねぇ〜。こんな高い所で食べるの初めてだもんね」

「なぁ」

赤華達が別室へと向かう時、鳶鷹と唯一は展望ラウンジから見えるその夜景を子供のように窓に張り付いて眺め、食事を楽しんでいた。

「お二人さん、今いいっスか?」

その声に振り向くと鮭馗羅と熊颶利の姿があり、ずいずいと下からメンチを切る様に熊颶利が見てくる。

「なんや鮭馗羅はんとぉ…」

「そうっスね。こちらは情報共有してるけどそっちはそういう習慣ないっすもんね。改めて自己紹介するっス。俺の名前は暖欒 鮭馗羅っス。でこっちが妹の」

「熊颶利だ」

「へ〜妹はんか。わいは飛翔 鳶鷹や」

「里見…唯一です」

「おい。本当にお前が倒したのか?」

「俺が嘘をつく必要あると思うっスか」

「無いな。だけど、とてもこのガキが猿角に勝てるとは思えねぇんだよなぁ」

「失礼な物言いは辞めるっスよ。二人は恩人なんっスから。それは助けられたお前自身が理解してる筈っスよね」

「っち…そうだな」

「改めて感謝を伝えさせてもらうっス。助かったっス。本当にありがとうございましたっス」

「ありがとうな」

「別にわいらは自分がするべき事をやっただけや。それにこっちも助けられた側でもあるんや。おおきにな」

「ぼ、僕は…何も出来てないから…その…守ってくれて…ありがとう…ございました」

「そうっスね。素直に謝意を受け取り合うっスかね。今回は」

「そんでなんやけど、その二人は、どうしたんや?姿が見えへんから、居らんなぁって話してたんやけど」

「そう…っスね…。その前に、少しばかり身の上話を聞いて貰ってもいいっスか?」

「それはまぁ…?ええで」

「俺達の生まれ育った田舎は特殊で…過激な所だったっス。父親が柄も素行も悪い人で、殺人を起こしたんスよね。直ぐに村人から嫌がらせに家の窓ガラスを割られたりして母親は耐え切れず独りでに姿を消し、家は村人に焼き払われたっス。運良く母親を探して家を出てたから助かったっスけど、当時五歳の俺達にとって、その日からは地獄の日々だったっス。山の中は野犬や熊に猿、蛇がいて常に命の危険に晒され、飲水は川があったから何とかなってたっスけど、幼い俺たちにとって食料の調達なんてほぼ不可能に近く雑草を食べたり、村人の目を盗んで野菜などを盗んで食べることしか出来なかったっス。でも、そんな事が長く続く事なんて有り得ない。体力的にも知能的にも大きく劣る俺達は容易く捕まり磔にされ、殴り蹴られ、石をぶつけられたり、鎌で切られたりしたっス。正直、直接的に殺されなくても死ぬだろうなって思い諦めてたっス。そんな時に、理鏡のお嬢を連れてた顎門の頭に命を助けられ、拾われたんっス。そしてその日から頭達と共に生活するようになって数ヶ月後、山の中で倒れてた猿角と崩感を拾い、それから長い事、六人でいたっス。それからまた一人また一人と増え、この組が作られたっス。この話から何となく分かってもらえると思うっスけど、うちの組、楽芽組の構成員の殆どが、似たような境遇を持つ行き場のない者、いわゆる孤児(みなしご)の様な者が集まり、構成された少し特殊な組なんっス。同じ飯の釜を食い、同じ屋根の下で夜を、共に苦しい訓練に耐え暮らした家族の様なものっス。そしてあの二人は付き合いが長い俺達にとっては、特別な存在だったっス。それで、その二人なんスけど…」

深刻そうにするその雰囲気に、まさかと嫌な予感が浮かび上がろうとする。

「そんなの決まってるじゃないっスか。これだけの大事、悪さをしたんスから、刑務所に似た、送られるべき場所に送り込んで、閉じ込められてるっスよ。今頃、規則正しく、臭い飯を食いながら反省してるっスよ」

にぱっと明るく笑いながら言う鮭馗羅の言葉にホッと胸を撫で下ろす。

「そ、そうなんか。それは良かったわ。無事なら無事で」

「そんな彼らから二人による言伝を預かってるっス」

「言伝?なんや?」


—————————————————————————


部下たちに運ばれ意識を覚ました熊颶利が、捕縛され座る二人と眠り応急処置を受ける鳶鷹と唯一の姿を確認し、鮭馗羅と共に、今なお顎門が戦うその方を見る。


すると唐突に崩感が魔術を行使した。

「この、往生際の…!?」

すぐに鮭馗羅と熊颶利が備え構えるのだが、その魔術の影響を全く感じない。その魔術は猿角に対して使われていたのだ。

「ああ…。分かってる。伝えといてやるよ」

その呟きに崩感は上がらない頭で、俯いたまま微かに口元を動かし微笑んだ。

「安心しろ…。俺達はもう抵抗するつもりは無い…。そもそも…もう、そんな力なんて…無いからな…」

その言葉が本心であると、構える手を下ろし、聞き入る。

「悪かったな…。俺達は勝手に…それが良かれと判断し…今回の事を行った…。これは、お前達に対する…裏切りだ…。許して…もらわなくて…構わない…。鮭馗羅…熊颶利…。お前達には…特に伝えたい事が…山ほどあるが…それは叶わなく…時間が無い…。だから…これだけは伝えとく…。お前達と…過ごして来た日々は…悪く無かった。これは嘘では無い本心…心の底からの…言葉だ…。本当に…悪かったな…」

「うるせぇよ…」

イラついた様に言葉をぶつける熊颶利に、猿角は微笑む。

「泣くんじゃ…ねぇよ…熊颶利」

「泣いてねぇよ!お前らの本心なんて、そんなことわかってんだよ…。いいから教えろよ!お前達にこんな事をさせたやつを!俺が…俺達がそいつを…ぶっ殺してやるから」

「そうか…。だけど…それは無理だな…。俺は…教える事は出来ない…。そもそも…その最悪にならないよう…事に及んだのだから…」

「くそっ!」と、行き場のない怒りを拳を握り締め、地面を叩きつける。

「鮭馗羅…。俺たちを倒した…その二人に…伝えといて…欲しい事がある」

「いいっスよ」

「——————————」

「…分かったっス。伝えとくっス」

「頼んだ…」

最期の力を振り絞り、視界を動かし、二人を見る。

「これからきっと…お前たちの前に…どうしようもない…壁が立ちはだかるだろう…。無理は言わない…。逃げろ…。逃げて…俺達の分も…生きてくれ…」

「考えとくっス…。その時まで」

その返事に、弱々しく”ふっ”と微笑む。

「じゃあな…お前ら…心の底から…愛してる…。そして…先に行ってる」

そう呟くと、遠くから顎門の大きな力の波長を感じ、戦いの終わりを感じ取る。

再び振り向き二人の方を見ると、どこか嬉しそうに俯いて、深く永い眠りについた。


—————————————————————————


「『俺達を…止めてくれて…皆を助けてくれて…感謝している。そして見つめ直せ…。自身を…信念を…大切なモノ…人を守りたいのなら…深く…深く…己を…その…力を知れ…』っス。裏切り者…。言われる筋合いのない様な、ただの戯言かもしれないものっス。だから、どう受け取ろうとお二人の自由っス」

申し訳なさに、顔を少し俯かせる鮭馗羅に、二人は顔を見わせる。

「いや、その言葉、有難く受け取って、肝に銘じさせてもらうで。というよりも、元からそのつもりやったからな」

芯の通った声と言葉。覚悟の決まったその男の目に、伝えて良かったと嬉しく微笑み、心の中で感謝の意を思う。

「なんや、唯一。こういう時ぐらいシャキッと男らしい返事を帰さなあかんで」

その横顔に、見惚れるように見ていた唯一に、言葉をかけながら尻をスパンっとひっ叩く。

「ひゃっ」

黄色い声を思わずこぼした口を、咄嗟に手で抑える唯一に、想いに寄らなかったと鳶鷹が驚いた表情をして見る。

「ご、ごめん。びっくりして変な声出ちゃった」

「お、おう…。わいもびっくりさせてすまんな」

どうにも気まずそうにする唯一を見て、熊颶利が頭を掻いてため息を吐き、近くの机に置かれた鳶鷹が盛った山盛りの皿を見る。

「お前、随分食えるみたいだな。せっかく食い放題なんだ。俺と大食い勝負しねぇか?」

「お、勝負なら受けて立つで」

「なら、こっち来い。やるからには目立つところで盛り上がらせないとな」

「おう。ほら唯一も」

差し出されたその手を見て嬉しく頷き、手を取る。

「うん」

そう、鮭馗羅は三人の姿を見送ると、逆方向に向かって歩き行き、三つの空のグラスを集めて窓辺まどべに並べ置き、ひょうたんの蓋を開けて酒を注ぐ。軽く音を立てて一口飲みながら、窓の先を感傷に浸る様に眺める。

「はぁ…。このお酒はずいぶんと…苦いっスね」


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