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赤夜 Sekiyo  作者: KIKP
理幻鏡想
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理幻鏡想 21

片隅に一本の蝋燭の火が灯る、薄暗い一室。

壁にもたれかかるように身を預け、明かりの灯すその手元には外国の言語が使われたかなり古い七冊の本が、開かれて床に置かれている。

それは文字がぼんやりとして読み取ることができないが、描かれた挿絵を見ると見覚えのある少女と服装を見るに童話らしく思えるのだが、その背景の描かれ方や少女たちの頭上にある輪っかの様なものが描かれている事から、聖書の様にも感じ取れる、不思議な本。

すると物音が鳴り視線を向けると部屋の扉が独りでに開き始め、その隙間から真っ黒な禍々しい煙の様なモノが入り込んでくる。

冷気の様に密度が濃いようで、低く床を漂い部屋を冷やし始めて寒気を感じ、呼吸をするだけで白い息が出る。

それを触れてはならないと何かが自分に訴えるが、逃げ場などないこの場はそれを避けることなど不可能で、その黒い煙が大量の人の手の形となって足に触れ絡みつき、溢れ交ざるそれが襲い掛かり、凍てつく様な冷たさと茨の様な棘が突き刺さる痛みと一緒に、ありとあらゆる感情。混ざりに混ざった人のソレが魑魅魍魎と化した混沌となって流れ込み、処理しきれず溺れ、私は抵抗も許されず意識を失ってしまう。


—————————————————————————


大地を揺らす程の、雷鳴の轟に意識を覚ます。

意識を失っていた梓麻を顎門が腰に抱えながら、片腕のみで理鏡から放たれる魔弾と、小さき触手のように伸びる蛇達の猛攻をいなし駆けていた。

視界に映る地面が、颯爽と走り上下し荒ぶるそれは、さながら新しくも酷いアトラクションのようだ。

視線を動かし状況の確認をする。

先の顎門の剣技に、大蛇達はまだ再生の途中で動けないでいた。


意識を取り戻したことに気が付き、顎門は周囲から包み込むように迫る蛇を一振に薙ぎ払い斬り、もう一振で遠く離れた理鏡が放とうとしていた魔弾と背にある大蛇の胴体を鎌鼬の如く剣圧のみで切り飛ばして 、魔力を帯びさせたその刀を地面に突き刺し、魔力を流し込む。地の影中を這い迫っていたそれ等を、刀身から流された事によって斬る性質を持った魔力が斬り消す。

距離を取られたことで攻撃を仕掛けてこないと悟り、理鏡は体勢を立て直す為に大蛇の回復に専念して攻撃を収めるが、顎門への警戒を一切緩めない。

一先ずの安全を確保して梓麻を下ろし、木に預ける。


「目覚めてそうそう悪いが、何———」


そう声をかけて問いかけようとすると


「おぇ」と影に吐き出す。

担いでかなり荒く、激しく動いていたことで乗り物酔いのように気分が悪く吐き出したのだろうかと、顎門が俺のせいか?と少々心配そうに眺め見るのだが、実際はそうではなく。梓麻は目覚めたその時から全身が鳥肌と毛が逆立って、気持ちが悪く吐き出すのを我慢していた。

それは先の意識を失って見せられた、その悪夢の様なモノのせいで。


気持ち悪い…気持ち悪すぎる…。まるで、腐った生ごみと排泄物の詰まった臓物を混ぜて煮詰めた様なモノを全身に塗りたくられ、口の中に無理やり流し込まれた様に、途轍もなく気持ち悪い。


ゆすぎたい気持ちを我慢して拭い振り向く。

「どれくらい意識を失ってた?」

「十秒程度だ」

「足を引っ張ってごめんなさいね」

「気にするな。そんな事よりお前の話を聞きたい。何か気が付いたんだろう」

「ええ。だけど確実じゃないけれど、それでも大丈夫?」

「問題ない。元々ダメ元なんだ。可能性を見出したお前に乗るしかない」

「そう…。作戦は単純よ。これから私がこの場に術式を構築する。だからさっきまで通りに、それを終えるまでの時間稼ぎとその後の後始末をお願いしたいわ」

「…それはどれくらい掛かる」

「多く見積もって三分か…。いや、三分以内に済ませて見せるわ」

そのやる気に満ち、覚悟の決まった意思表明にふっ微笑む。

「分かった。三分間…お前の邪魔を、一切の手出しはさせねぇよ」


その返答を受けて梓麻はペンの魔道具を取出し握り締め左腕を出し、少しの間ジッとペン先を見つめる。そして覚悟を決め、自身の左手首にそのペン先を勢い良く振り下ろして突き刺す。声を殺すように痛みに耐え、手首からはどくどくと血が溢れ地に垂れ堕ちる。


強い奴だな。


その様子を確認し、顎門は前へと歩み行く。

一つ、また一つと大蛇の再生が完了して起き上がり始める。


三分間の術式の構築。つまりこいつはこの場から身動きできなくなり、無防備ゆえに狙われやすくなる。八つの大蛇と魔弾に加え、陰に潜み来る蛇達。一斉に仕掛けられると、流石の俺でも、手に負えない。本来、切るべきではないと思うが…。あいつは既に覚悟を決めてやっているんだ。なら、出し惜しむ必要はない。


深く、深く、呼吸をしながら意識を沈める。


『野放』


静かに薄く開かれた、冷たく裂けそうな視線を向けられ、溢れ出るその圧倒的な気配に梓麻を除く、気配に当てられた全ての生物が、一瞬萎縮する。

その瞬間、二匹の大蛇の胴体が独りでに切り口がついて、そこから裂け行き、切断され倒れる。


——————!?


余りにも理解できないその状況に、理鏡達は動揺を隠せない。

顎門は身動き一つは愚か、剣を振るうことさえしていない。


なのに何故。


考えられる答えは、余りにも非現実的である。

顎門から向けられたその殺気に似た気配に気圧され、耐え切れず蛇は脳裏に切断を思い浮かべ、無意識に自害したのだ。

それは、プラシーボ効果、それとも理鏡の幻実の魔術によるものか定かではないが、状況的に結論を出すとするならば。


顎門は、気配で殺した。


倒れた二体は、まだ恐怖で萎縮してるのか、弱り切って死に悶えるミミズの様に震えており、再生が進まず使い物にならない。

それを見てか、残りの六体の大蛇が怒りに満ち震え始め、その肉体から煙が上がり始める。


煙…空気の温度少し上がったな。発熱による体内水分の蒸発。水蒸気か。


蛇には熱に対する耐性を持っている。その為、蛇は燃やしても死ぬことは無い。だからか、逆に蛇はその肉体を火と変わらない温度まで発熱させることができ、筋肉を小刻みに振動させることによって、摩擦により約千度まで高めることが出来ると。冬に山火事が多発するのも、ソレが原因であると昔の人達は迷信していた。


厄介そうだが…。結局やることに変わりはない。

姿勢を低く、刀を水平に脇構えを取る。


互に身構え微動だにしない、世界が永く遅く感じる数秒間。

梓麻の手から溢れる血が滴って溜まり、地面に落ちる。常人には聞き取れる筈の無いその僅かな音に、両者が反応し、同時に動く。

一斉に動き迫り来る大蛇達に対し、顎門は走りながら空を切り鎌鼬の如く、放った剣圧の斬撃で大蛇の二匹を斬り飛ばす。その間を抜けて突っ込み来る三発の魔弾と一体。二発を斬り、一発を手で掴み握り締めて割り、蛇と正面衝突すると目にも止まらない連撃に、蛇の頭が乱切りに切り分けられ、勢いに地面にを滑る様に肉片が散らばる。

その際に大蛇の体内から勢いよく噴出された水蒸気に身を焼かれそうになるが、一振りに抜け道を切り開き走り抜けるが、その場を狙ったように上から、業火の炎を吐き出しながら口を開いた大蛇が喰らいつき、その隙に最初に斬り飛ばされた二体が再生を終えて、梓麻へと這い迫る。

その瞬間、空に斬撃音が轟くと、一閃にその三頭は半分に斬られ、左右の外側へと吹き飛び、足元を横に大きく振るうと、地の影に隠れ、這い襲おうとしていた蛇たちの胴体を地中で断絶し、魔力の流れが途切れたそれらは途中で形が崩れ落ちる。


「嬢ちゃんに、魔力の余波すら触れさせはしねぇよ」


そう呟いて、下段の構えを取って睨みかける圧に、理鏡と蛇たちが身震いを起こしながらも果敢に攻め続ける。

無限に甦り交差し襲い来る、八つの頭。大蛇と並び、攻撃の合間と死角から放たれる魔弾。斬られた部位から噴出する灼熱の蒸気。こぼれた体液、影から突き出る針地獄。工夫を加え、緩急のある時間差。そのことごとくを左手と刀だけで、いなし尽くす。



「気が付いているか理鏡…。お前たちの動きが鈍くなっていることを」


唐突に声をかけるその言葉に、”何を言っている”と疑問を浮かべる。攻め続けながら動きの確認をするも、鈍くなっている感覚は無い。


下らない戯言を。


気にすることも、焦る必要もない。いくら強かろうと、顎門は人間。何時しかは魔力も体力を使い果たすのだから。こちらはただひたすらに、圧倒的手数で攻め続ければいい。休む暇など与えないように。


それから一体、二体と斬り伏せられた直後、泉から小さく白い何かが浮かび上がって顔を見せる。

予想だにしない、その何かの出現に視線を向ける。

それは、泉上せんじょうに咲いた可憐な氷華ひょうか

一つ、また一つと次々と咲き浮かんでゆき、美しき景色に、理鏡は一瞬見とれてしまう。

互に視線を向け警戒をしていたことから、両者による魔術ではないのが分かる。

つまり、消去法的にそれは梓麻の仕業なのだと理解する。

だが現状、氷の華が咲き現れただけ。それに何の意味が…。と考えていると、ようやく違和感に気が付く。

先程斬られた蛇たちが全く再生しようとしない。更には発熱が、蒸気が止まっており、顎門の言葉通り動きが鈍く遅くなっている。魔力の流れがおかしい。一体何がどうなって。


術式の構築を終えた梓麻は、途轍もない体力の消耗に苦しそうに息をしながらその様子を見ていた。


やっぱり私の…考えていた通りだった。


いくら理鏡が特別な力を持っていようとも、神のような存在ではないのだから、無尽蔵の魔力なんて有り得ない。なら、その魔力をどう補っていたのか。それは、この地の場所の事をよく考えれば簡単な事だった。この地は龍脈の流れる石鎚山に近い山。つまり龍穴りゅうけつをこの泉に開くことで、龍脈から気が流れ、魔力を補っている。

この湧き出る魔力を含んだ泉の水で肉体の生成をする事で斬られた後水となって、水分を吸収しやすくした大地から泉へと流れ戻り、再利用をして無駄な魔力の消費を抑え、無限の再生を、不可解なそれらを可能としていた。


だから、私は一か八かにかけた。魔道具のペン先を手首に刺すことで血液に術式を施し、相手の作り出した大地の水の再利用を逆手にとって、血を龍穴へとたどり着かせた。その術式は単純なもので、魔力を凍らせるほど冷たくさせること。

二つの術式が同時に行われていることで、高度術である肉体の生成と再生が優先的に疎かになる。

変温動物である蛇は恒温動物と違って体温調節ができない。だから、外の温度から影響を受け、温度が下がれば体温が低下し、活動に必要なエネルギーが少なく鈍くなって、冬眠へと至る。作り出されたものとはいえど、蛇に変わりない。だからこの作用はしっかりと影響を受けるはずだ。それも直に凍えた水を肉体とするのだから、本来のモノより早く大人しくなる。


ただ、温度を下げるだけの魔術であれば、梓麻はこれほどまでに疲労をすることは無かった。氷の造形を加えたためにより多くの出血と、集中力と精神力を消費したのだ。


無駄に氷を華として形作らせたのは、これまで理鏡が胸糞の悪く、気持ちの悪いモノばかりを見せられてきたのを知ったから。空っぽな彼女に、彼女が本来その魔眼で見るはずだったであろう、幻想的な景色を見せてやりたいと思っての事だろう。


だが、その行為は無駄では無く、理鏡は反応し顎門は見逃さずに、理鏡に張り付くその黒いモノを感じ取る。


「そうか…それが敵か」


差し向けられたその圧倒的威圧もだが、遠く離れた場所での競の異形の気配の消失に黒いモノは焦り、泉からの魔力供給が疎かになった故、己の魔力を行使して鈍くなった大蛇達を一度魔力と戻して肉体を再構築し、八つの大蛇を生み出し始める。


「これはまた、奇っ怪な姿だな」


黒きモノの魔力が含まれた事で、それ等は先程とは違う姿をしていた。肉塊で蛇の形を模しながら、ハリネズミの様に全身の至る所から鋭利な刃の骨が突き出した気味の悪く、禍々しい気配を放つその姿は、地球外生命体…エイリアンと呼ぶのが合っているだろう。


「魔術は想像から生み出す。剣術もまた想像から生み出すことが出来る。かの有名な剣豪、佐々木小次郎の燕返しがいい例だな」


その場にいる者に聞こえるように、顎門が刀を鞘に納め語る。


「聞こえてるな理鏡。何でもかんでも他人任せにするな。今回くらいは自分で想像し、幻想を現実にして見せろ。せっかく梓麻が絶景の場を設けようとしてんだ、穢す訳にはいかねぇだろ」


そう声を掛けて刀を腰横から後ろ腰に携える。

すると、刀が大きく長く伸び、太刀と成って刀を抜く。

それは、幻術では無い。確かに刀が伸びているのが分かる。


何…あの刀から変な視線を感じる様な…それにこの気配…まさか妖刀?


尺放(しゃくなげ)…今は気を散らすな、集中しろ」


まるで刀に意思があるように、その声に変な視線が無くなり、そのまま刃を上に向けて上段に霞の構えを取り、とてつもない集中に、先程まで放たれていた威圧が静かに消え去る。


そんな中、肉体の形成を終えた異形の大蛇達が一つとなろうと絡まってドリルの様高速で渦巻き、顎門へと差し向ける。

それはこれまでの戦いから手数では敵わない、質量で攻めるべきだと判断した故の攻撃。


差し迫るその攻撃に、顎門はただ構えて待ち続け、太刀の切っ先。その射程範囲の境界線へと異形の攻撃が入った瞬間。

顎門は動き出す。


序の太刀 天昇(てんしょう)


手首を捻りながら円を描く様に刀を上から下へ、下から上へと回し振り上げ、その剣圧に異形の塊は軌道を天へと向け流がれ昇る。


中の太刀 残影(ざんえい)


すかさず残像を残しながら刃を上から左、下へと流して右へ横に振り抜き、上から左下へと流れ斬って脇構えを取る。


天へと昇るそれは最大まで伸びると、斬り開かれて垂れる。元が歪だった故に、それは枝分かれした様に目に映り、そして枝先から次第に紙の様に薄く切られ、舞い散ってゆく。

その何処か見覚えのある面影に、理鏡の魔眼の魔術が行使され、幻想を現実に変えゆく。


終の太刀 斬穢(ざんえ)


見惚れていたその場を電光石火の如く一瞬で水上を駆け、魔力を纏う刀を振り抜いて対岸に立つ。

その片腕には理鏡を抱えており、振り向いて理鏡がいた場を見ると人型の黒い影がその場に残っていた。それは何が起こったのだと自身の右手のひらを見て、理解し風に吹かれるように霧散し消えゆく。


天翔(てんしょう)残穢(ざんえ) 枝垂(しだ)吹舞斬(ふぶき)


理鏡を近くの木に預けて刀を鞘に戻し、それを眺め見る。


「これを肴に飲めねぇのは勿体ねぇが…。今回は我慢するか」


弱々しく目を見開く、理鏡の視界に映るその景色。

可憐に泉に浮かぶ青白き氷華。その中央の泉の底から生え伸びる大樹。天に漂う月光が、妖艶に花びら舞い散る枝垂れ桜を照らす。

これは今夜、一夜限りの幻想の世界。これから先見る事は、きっと叶わない。そう、梓麻と理鏡は意識を失うその瞬間まで、目に焼き付けようと眺め続けた。


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