理幻鏡想 20
そこは今は使われていない、赤華の実家である古民家。
その縁側に、赤華と道場で組手をした道着姿と男が座っていた。
「今回の相手は、なかなかに手強いようだね」
そこから見える景色は、天上から差し込む、白金の逆三日月。そこそこ手入れのされた綺麗な庭に、何か花などの植物を植えているのか、まだ何も生えてない、耕されているだけの地面。奥は深い森へと続く木々が生い茂っている。変色無い至って普通の庭だ。
「赤華にはまだ早いよ。と言っても、赤華は行くんだろなぁ…。今回ばかりは仕方ないから大目に見てあげるけど…。決して、無理をしてはダメだからね」
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むくりと異形が起き上がろうとすると、ガクガクと不安定に、言うことを聞かないその右腕を一度見つめ見て起き上がり、肉体を元の形へと整形、修復と同時に状況の整理を行う。
生成した肉体であるから、多少の魔力を消費すれば、どんな傷であろうと手間をかけずに、元通り修復できる。だが何だ、今の一撃は…。たった一撃で、左側面胸部から右の肩までの一直線上にある臓器と骨、筋肉の全てが、まるで数度の激流の荒波が流れた様に徹底的に破壊された。あり得るのか?今のこの肉体は、先までの出来損ないの状態では無い。限りなく幻獣の領域に近い。それをただの人間が…。
遠くにただ突っ立つ赤華を睨みつける。
一体何があった、あいつに。魔力…特に闘気の湧きあがり方が異常だ。立ち上る様に溢れているわけではないが、注力しなければ気が付かないほどに、静かにも強大だ…。それに一見、ぼうっとしているように見えるが、凄まじい集中力だ…。
ぼうっとしていても、異形への意識は一瞬も放す事はなく、赤華は異形の足元、一歩手前を見つめる。
呼吸…魔力操作は安定してる。身体も問題なく動けてる。問題ない…大丈夫。
赤華の肉体はあの時に胴体、両二の腕、腰までの七割以上の骨を骨折し、殆どの臓器が叩かれボロボロとなっていた。到底、人が起き上がり身動きできる状態では無い。数秒後には死んでもおかしくない状態だった。そんな彼女が今こうして動けるのは、彼女の過去に起きた、臨死体験によって宿った『第六感』の一つ、その力を行使しているからである。その力は至ってシンプルなもので、感覚・潜在能力の完全開放…百二十パーセント以上のパフォーマンスを発揮することができる。それによって全神経を肉体の修復に集中し、折れた骨を、体内で開いた傷口を魔力で繋ぎ合わせ、血管が破れぬように強化を施し、加速させた血流に合わせて魔力の循環と異質な操作を続けることにより、肉体の超速回復を行った。医療魔術の経験など一切無く、他者のその異なる行為を数度、眺め見た程度。知識は皆無に等しい。そんな条件下で可能にしたのは、その『第六感』によって高められた超常的、超人的な感覚が為した神業というほか、説明のしようがない。だが、当然この状態は脳と肉体の負担が『野放』以上に大きく、活動の制限時間がある。ここまでに再生に力を大きく使っている為、赤華は最小限の動きと、ぼうっと立ち尽くす事で、思考と体力を無駄に消費せず、活動時間を伸ばしている。伸ばさないといけないのだ。
時間が無い、短期決戦にしようと、焦ってはならない。悟られてはならない。常に、冷静に、平常に…そして余裕を…。いや、変える必要なんてない…。いつも通りでいい。私は私なのだから。
肉体の修復の完了を確認するように肉体を動かし、納得し帯電を始める。
——!?麒麟…ここで邪魔しに来るか…。
帯電する電圧の出力が想定より低いことに気が付く。
競による肉体権利の押し合いの助力が必要が無くなった為に、麒麟は競の存在保護に割きながらその余力で、魔術権利の一部の奪取をした。これによって先の広範囲一帯への『雷鳴災歌』は不可能となった。
いずれ消え魔術権利は完全に得られるだろうが、これは最後まで譲る気はないだろうな…。出力の最大値が少し前の状態に戻ったというところか…。圧倒的、速度と力、耐久で押しつぶせるように作らせたこの肉体。私は肉弾戦は得意ではない故に、決め手に欠ける。だから奴を倒すには魔術。落雷が確実。だが、この状態の『雷鳴災歌』は落下地点を見られる、容易く避けられる…。なら…こうするとしよう。
異形は唐突に自身に生える二本の角を尾を自ら折り、引きちぎり、分解し、ぐちゅぐちゅと細長いひし形に形成し帯電させて放る。それらは異形と赤華の間を中心に大きく六角形を形作る。帯電するそれらに落雷が落ちると、そのエネルギーによって電気が大きく縦長に鋭く伸び、避雷針を模して、囲うようにそれぞれが雷の線で繋がる。
『來霆琉檻合』
電気の檻…。地面に着かぬよう宙で常に電気を回し続けることで、電気を逃さず弱まらないようにしてる。触れれば落雷に匹敵する電気が流れるか…。逃げられないように戦いの場を作った…だけじゃない、多分何かあるなこの試合場は…いや、死合場か…。土俵…場は相手の有利には変わりないけど…状況的に言えば好都合…。
次こそ跡形もなく… 確実に…。 殺す。
後なんてものは無いここで… 確実に…。 倒す。
激しく帯電する右手で大地を抉りながら掬い上げ、砂塵を起こし、帯電する瓦礫を赤華へと向けて放つ。
常に半身を意識し的を小さく絞り、最低限のダメージと最低限の動きで小さく避けながら、回避出来ない小さな礫を、その部位を強化して、一切逆らわぬように受け身に体を流す。砂塵から突撃しくる初撃を避け、殴り、掴み来る猛攻をいなし続け、背後を取るように抉り曲がるその攻撃に合わせ体をくるりと回転し自ら近づき、肘を手のひらで押してやり、右胸部、右肩、右頬に三発のジャブをお返しする。
やっぱり硬い…。拳を本気で打ち込むと、逆に壊れかねない…。
そうか…。こいつの攻撃は外皮の装甲を無視した内部への直接攻撃か…。それなら攻撃が通るのも納得がいく。だが、この程度、大した事ない!
大振りの拳を乱雑に振りながら、放電させる。
それは完全な回避を、いなすことをさせない攻撃。赤華はその思惑通りに大きく避ける事を強いられながら、放電に感電し、硬直して皮膚を焼かれる。タイミングを見計らい、上手く攻撃を受けて利用し距離を取ろうとするが、当然そんな事を許してはくれない。
異形はさらに激しく帯電を始める。
『雷道』
ソレから放たれる雷の軌跡の光速移動。
それに備えると、不意に電撃をくらい硬直する。それは異形が檻に流れる電流を操り、檻から電撃を放ったのだ。
その硬直の瞬間を狙い胴体を強撃した。
だが、何故か異形の顔も曇っていた。
——こいつ…。
赤華が苦し紛れに放った掌底でカウンターを返し、それがまぐれか異形の腹部、急所を捉えていた。
一瞬の間を後に、『雷道』と檻からの電撃を多用されながら拳を打ち合う。
すると、一つ、また一つと軌跡の数は増え、異形の攻める手が一瞬止まり姿を眩ませ、次なる軌跡を強く感じ取らさせられる。
それは正面と左右から挟みながら、更にそれぞれが途中で枝分かれし、下や上、斜めに伸びる。三択の選択から六、九と動きの選択を増やし、惑わしくる。
だが、赤華は冷静に落ち着いている。無闇に反応せずに各魔力の反応を見て、待ち構える。この技は後出しが可能だから、こちらが先に動いては負け、そして反応に遅れても負け。だから、赤華は逆に惑わすように瞳を閉じた。
そして次第に雷道の魔術が行使され、帯電する肉塊が二つ、四つと、二つずつ迫り来る。
それでも微動だにしない。所詮は小さき肉塊で容易く判断でき、今の赤華にはデコイにもなりはしない。
…六…残り三つ。次だ。
左右に二つの肉塊が飛び、正面から異形は差し迫る。赤華の判断、反応は完璧にはまり、前へ出る。
その瞬間、目の前から異形の姿が消え、一瞬にして異形は赤華の背後に回っていた。
残念…裏だ。
初動の砂塵に微弱な電気を流す事で今なお流れており、正面の軌跡を重ねがけし、その目隠しを通って大きく裏に回ったのだ。感じ取らせていたその全ての軌道が全て、デコイ。光速移動が可能故の完璧な後出し。
うん、知ってた。
前に出していたその足は、振り向く為のもの。そして半身に徹していた故に、一瞬で対処できる姿勢に入り、掌底を構える。
『雷槌』
赤上流 二式 赫流・點
互いのその一撃が入り、赤華は吹き飛ばされ激しく地面を跳ね転がる中、ガラス玉にヒビが入るような音の後に「ガアアアァァ」と異形が苦痛の声を荒らげて、異形は地面に手を着く。
こいつ…相打ち覚悟で打ち合うだけでなく…核を直接攻撃してきやがった…。何故…どうやって俺様の位置に気が付いた…。どうやって、俺様を覆い隠す人間を傷つけずに攻撃した…。
『赫流』。それは激流の衝撃を直線、曲線的に流す技。
『旋』はそれに螺旋のように渦巻く様に流し、ドリルのように破壊する性質を上げた技。
そして『點』は第六感による感覚の覚醒により、衝撃を狙ったその一点に流し込む技となり、魔力を異形の本体である核のみにダメージを与えた。
——!
理解できないその状況に頭を悩ます中、赤華は転がりながら体を起き上がらせ、異形へと向かって駆けながら体勢を直す。
何故、平然と起き上がり、向かってくる…。ダメージが無い?いや有り得ない。手応えは確かにあった…。モロに食らった筈だ…。なのに何故…何故…。
溢れる。理解できないその虫が湧き、脳内を埋め尽くし、真っ黒となったその場に化物のという二文字が浮かび出る。
その瞬間、悪寒に身震いをする。
化物…?私はあれに…ただの人間如きに…。私が恐怖したというのか…?…ありえない…ありえない、ありえない、ありえない!
「チョウシニ ノルナヨ ニンゲンフゼイ!」
怒りに荒らげたその声に、その場を囲う電気の檻が勢いを増して更に早く、光速で回転し激しさに荒ぶり、火花を散らす様に電撃が無作為にあちこちを弾く。
何か仕掛けてくる…。いや、関係ない。ヒビが入ったんだ…。あと一撃…。あと一撃さえ入れば…倒せる。…!?
すると異形と、その下の地面が帯電するのが見え、立ち止まる。
落雷を自身に落とすつもり…?確かにそれだと今は私は近づけないけど…その終わりを狙えばいいだけ…。
そう考えるが、覚醒した彼女の直感が違和感の後に危険を知らせる。
本当にそれだけ?ここで一瞬程度の時間稼ぎをするとは思えない。何かある…。何だ…。そう言えば、落雷を落とすのに何故、檻が激しく回転して…。まさか…。
嫌な予感に、赤華は急いで帯電する異形へと迫る。
気づいたところで、無駄だ。
『雷鳴……招來』
異形の詠唱に招かれた落雷が、異形に降り注ぐ。溢ればかりのその高エネルギーは、異形から周囲を光速で周回し続ける檻に流れ、再び異形へと戻る。その二点の間にある全てに電撃が流れ、少し、また少しと地面へ流れ消えゆく。それがたった三秒間という短い時間に、数十万回繰り返された。
檻に閉じ込められた全てへの回避不能のその攻撃。これによって受ける物理的衝撃は落雷の直撃には及ばないが、流れ来るその電流の総エネルギーは落雷直撃によって受けるそれと相違ない。
周囲一帯に煙が雷撃に焼かれたことにより煙が漂い、風に吹かれて徐々に晴れてマネキンのようにただ直立する赤華の姿が露になる。
感電によって全身を焼かれたその肉体からは、焦げた匂いと髪を炙った時のような異質な生臭さが漂い、真っ黒な煙が立ち上る。そして、あまり余った電撃の余韻がまだバチバチと弾けていた。
原型はとどめたか…念には念を…。
そう、右腕を再び解体するために巨大なナイフと変形させて歩み近づく。
——!
二歩目を進もうとした瞬間、急に視界が斜めに左にズレ堕ちた。肉体の異変に確認すると左膝を地面に着いており、左半身の感覚が薄いことに気が付く。
麒麟か…!最後の最後まで無駄な抵抗を…。
麒麟には一部の魔術権利しか奪えはしないと思っていた。だが、それは誤解だった。肉体の核は競を基にしているが、その覆う肉体は麒麟やあらゆる生物を基に組合せ作られたもの。つまり、麒麟には肉体の一部分を一時的に制御する権利があり、自身の肉体にも負荷をかける大技を使用する、この時まで隠していたのだ。このことによって、肉体の雷に対する耐性を直撃の瞬間に失わせ、左半身の内部が雷に焼かれ破壊され動けなくなっているのだ。
麒麟の狙いは肉体の破壊ではない。ヒビの入った核への流電による破壊だった。出力にもタイミングを良く、狙い通りいった。だが、あらゆる生物に備わる危機能力が、ソレの意志を無視して反射的に出力を落とし、魔力を核の保護に回され、結果的に破壊を免れたのだ。それが麒麟の唯一にして最大の誤算。最低限の犠牲による解決に、一歩届かなかったのだ。
失敗に終わった麒麟はただ”何故”と、意識の世界で目の前に集まって佇む動物たちを、寂しく眺めることしかできない。
まさか、意図せず混ぜた、有象無象の獣どもによって核を護られるとはな…。畜生だが、よくやったと褒めてやろう。
念には念をと核の保護を強め、肉体の再生を完全に終えて立ち見て、ソレと麒麟がようやく気が付く。
…噓だろう。
ソレと麒麟の目に映る、ただ直立するそれからは、確かに呼吸も気配も既に消えていた。だが、静かに気配が湧き始め、赤華は意識を取り戻し目を見開く。
獣たちの危機能力はソレを助けたのではない。まだある、その可能性に最後まで掛けたのだ。
「纏い…『赫蕾』」
彼女の呟きに存在の覇気と赤き赤雷が噴火する様に溢れた。
赤い電撃?
あらゆるものは成長する。それは慣れをへて、更なる高みへと向かうこと。
これまで赤華は感電による硬直を軽減する為の魔力操作行いながら、永い間打ち合っていた。そのことにより、意図せず彼女の魔力が雷の魔力の特性に対する耐性を確立したのだ。
更に体の中で滞流し続けた電気が彼女の赤き魔力と混ざり、新たに燃え盛る様に赤い雷の魔力を生み出した。
ソレは焦りはしたが、恐れる事は無い。
視覚的にも押せば倒れるであろう死に体、満身創痍の姿。それに、どう考えても見様見真似の即席の魔術。どちらもどう考えても数分とは持ちはしない。攻めるも一撃さえ食らわせれば、避けて時間を稼げばいい。私の勝ちは揺るぎない。
「こい、人間!その最後の無駄なあがきに、つきあっ——」
異形の呼びかける声の途中で赤雷が通り過ぎ、パリンと割れる音が鳴り響いた。
視界には赤華の姿は無く、見下ろすと直ぐ傍に中腰構え異形の胴に手が触れており、彼女はそのまま異形とすれ違うよう独りでに、地面に倒れる。
『雷道』の様な軌跡も、体の予備動作も無い移動にソレは完全に反応できず、タイムラグ無しに放たれた雷の性質を込めた『赫流・點』は強固に守られた核を容易に破壊した。そのことによって、肉体にとどまる力を失ったソレの存在は粒子となって、体から抜け始め、力を失い始める。
馬鹿な、馬鹿な…。この私が人間ごときに後れを取って敗れるなど…。そんなこと…そんなことは…あってはならない!アカガミ!お前だけでも、必ずに!
最期の悪あがきと、消えゆく粒子を纏めて印を結ぶ。
「■■…■■■■■———!?」
この世のモノではない、ノイズの混じったような、聞き取ることができない詠唱を唱える途中で、印を結ぶ粒子にどこからか漂い来た煙が溶けるように入り込むと制御が効かなくなったのか形が崩れ、勢いを増して一気に消えゆく。
くそ!クソ!なんだ!何ガ私ノ邪魔ヲ!
荒ぶる視界で索敵範囲を広げる。すると森の闇の中に木にもたれて煙草を吸っている男の姿が映った。
キ■マカ■■■———!
怒り荒げるが、虚しく、それはこの世界から消え去り、抜け殻となったその巨体は、力なく赤華の横に倒れた。




