理幻鏡想 18
生まれて初めて感じたモノは、周囲の人物達からの突き刺す、汚物を見る様な視線。
何故?なんで?どうして?と曖昧模糊に、気だるげや苛立ちの訴える嫌悪感。
そんな息の詰まる空気が立ち込める中、私はそれらに対して何も思いはしなかった。産まれたての赤子ながら泣きもしなかった。
それはきっと、その場でも動じずに私を見つめ見る、傷だらけな母親の、空っぽな心を受け継いだからだろう。
何も喋らぬ母に抱きかかえられ、添い寝される毎日。
そんなある日、窓のそばを真っ黒な煙が立ち昇る。家に火がつき火事が起きたのだ。
家族らしき人物は外出しており、家の中にはほぼ植物状態の母と泣く事も無い赤子の二人。
真っ黒な煙が部屋の天井を隠し息苦しくなり始め、ただ死を待つ状況下。
体の小さな私は母の腕の中で直ぐに意識を失った。
次に目覚めたのは知らない、揺れる車内の天井。横には若々しい青年が車を運転していた。
見覚えのない、あの嫌悪感の溢れる場にも居はしなかった人物。
その時から私はその青年に育てられた。
物心つき始めたら頃に、教えて貰った。その青年が燃え盛る家の中から私と母親を抱えて救い出したらしい。
私は一命を取り留めたが、体の弱かった母親はそのまま眠りにつき、目覚める事は無く、亡くなった。引き取り手である家族たちはその後、色々と揉めたそうで、青年が引き取る事で話は直ぐに終わったとか。その点は気分悪そうに詳しくは語らなかった。
そんな話を聞いて、唯一の肉親である母の死を知ったが、私は相変わらず何も感じなかった。
新たな生活。それは車に揺られ転々と地方を巡り行く旅の生活。新たな出会いと次々と増えた、血の繋がぬ新しい家族達。様々な出来事と共に、溢れ見え、与えられるその感情の数々。
だけど、やっぱり私は何も無い。
私の為にしてくれる人の為に、出来ること、役に立つ事をとりあえずの目的としようと、白く這いずる陰に、空っぽな代わりに与えられたこの二つの目をもって、仕事を提案し、そして始めた。
ただテンプレート通りに語って、目を見開くだけの単純な作業。
あらゆる人から流れ見せられる、理想・幻想という情報の景色。
嬉しさに歓喜する者。怒号の叫びの罵声を浴びせ満足する者。悲しさに後悔し泣き尽くす者。安らかに独りでに語り合う者。欲望のままに色欲に欲情し、果てる者。
処理しきれない情報に埋もれるも、結局理解できないから、何も感じない。
だから私はこの先、趣味も、好き嫌いも、大切なモノ、心、生きる目的すらも。ずっと、ずっと。私のこの命が尽きるまで、何かに鼓動を鳴らすことすら無いのだろう。
そう…童話や御伽噺の様に、奥深くに囚われた私のソレを解き放つ出来事…魔法を掛けてくれる魔法使いの様な、誰かが現れるまでは。
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赤華と交代し、鳴り轟く雷鳴を背に理鏡の元へと山を駆け上る。
心配は必要ない。彼女を信じているからこそ、今は自分の役目を全うしろと、自分に言い聞かせる。
すると、先の方で巨大な衝撃音がなり、目の前に巨大な大蛇が勢いよく木々を薙ぎ倒しながら横を這い過ぎて行き、強い風圧に身構える。
開けた視界、遠く離れたところに泉の上に佇み立つ理鏡とその背と至る所の泉から伸び、四方八方を大蛇が這い回る。
あれが…赤華の言っていた理鏡と八岐大蛇らしき何か…。
森の中を抜き身の刀を片手に顎門が駆けていた。
森の夜闇から狙った様に放たれる数発の禍々しい魔弾を避け、横から猪突猛進に突っ込んで迫る頭を軽く斬りながら飛び避けると真正面から丸呑みしようと口を開き迫る。
刀を勢いよく振り上げる。すると、まるで顎門との衝突を避けるように一刀両断に縦に引き裂かれ、開かれた肉体が両脇を通り過ていく。刀を横にソレに突き刺して絡め、横から両断したそれごと丸呑みしようと突っ込んでくるのを、片腕の筋肉と、腹筋で蹴り上げる様に上に跳ね、体操選手のように体を回転しながら横に刀を振り、大蛇の頭を切り落とすが、宙に漂うその不安定な隙を、巨体をしならせて鞭打つ。
するとそのことに全く手ごたえも無く、見失った。
顎門は体捻りながら流し、蛇の鱗に手をかけて摑まりながら足の底を着けて、不安定なその肉体を足場に、重力を無視するように刃先で引きずり裂きながら走り、また一振りに足元を斬り、その場から頭までが切り落とす。
切り落とされ動かなくなったその巨大な頭達は、まるで水になるように大地に溶け消え、断面から湧き生えるように、又再び湖から何事も無かったように姿を表す。
絶え間なく繰り返し襲い来る、小さき縄のように絡み捕縛しようとする触手蛇、どことなく放たれる魔弾、そして不死身の如く無限に再生する巨大な八つの頭、その背と口に生える毒牙と吐き出される火炎を、純粋な身体強化と刀一本、己の身一つでいなし、斬り捌き続ける。
巨体がうねりながら目の前を、長く永い新幹線が通るように顎門の姿を隠して見えなくなる。
薄々思ってはいたけど、あの男…赤華の倍…数倍…いや、日本でも十本の内に入っていてもおかしくない、そう思えるほど尋常に…。
すると目の前を通っていたその巨体に斜め線が引かれ、シャンっという斬る音が響くと同時に、線通りにその巨体が一閃に斬られ、斬り口から血しぶきを上げながら勢いに跳ね、背後で何かが弾けるのに気がつく。
振り向き確認すると、地面から生えるように影から伸びる巨大な蛇の頭が切断され、地に倒れていた。
再び正面を向くと、切り開かれたその巨体の隙間から、宙で大きく刀を振るう顎門が見える、
遠く離れ完全な死角であるにも関わらず、忍び寄って襲い掛かろうとしていたこの大蛇を、間を挟んでいた巨体ごと斬ったのだ。
…強い。
再生能力がある故の、一切の躊躇無き、共食い・自傷を顧みない巨体の八体に加え、本体からの放たれる数多の魔弾という圧倒的手数を相手にしながら、遠く離れ、隠れていた私に気が付き、気を配る余裕まであるなんて…。
既に気が付かれているのを自覚し、その戦場を中心に、外を回るように足と目を走らせながら注意深く、隈無く観察する。
彼女は先の異形の変異とは違う。契約か植え込み、何らかのによる乗っ取りであるのが考えられる。
先の蛇以降、私への攻撃が来ないことを見るに、こちらへ攻撃を割くことが出来ないくらいに、意識があの男に集中している、せざるを得ないのか。
そして、それ程の強さがありながらまだ倒せていない、終えていないということは顎門には、呪いの解呪といった魔術は使えないということ。又はそれが通用しないのか…。
とりあえず魔術世界における常識、一番簡単に無力化させる方法、魔力切れなのだけれど…それもかなり望みが薄い。
彼女の持つ魔眼による異形化といった変異。魔眼と言えどその魔術をノーコストで扱える訳では無い。無から有の構築と生成は超高等魔術、その魔力消費量はとてつもない。
それがこの場と先の異形を含め他に二箇所で行われている。
つまり四箇所で魔眼の魔術を行使しながら、遠慮無しに魔弾を放ち、八つの大蛇を操り、再生能力を多用している。
その様子から、魔力は無尽蔵で、魔力切れなんて起こらないのではと、脳裏によぎる。
やめろ。それは思考停止…放棄だ。あれは力を借りていようと、超越した存在…神に類するモノでは無い。それは、あの男が証明している。些細なことでもいい。その要点と自分の持つ知識を掛け合わせ、有り得るその可能性、対処方を導き出す。それが、今の私の役目だ。探せ…探せ…さが…。
走る先に落ちた大蛇の肉片が、溶けて土に消えるのが目に映る。それを見て再び理鏡が立つその泉を見る。
そう…そういう仕組み。
何か思い立つが、思考に意識が向いていた為に警戒心が疎かになり、それに気がつくのが遅れる。
理鏡達がいる方と反対側がおかしくなっていた。木々や植物が消え、目に映るのは異様な真っ黒な壁、まるで世界を隔てるように地面に引かれた境界線。
彼女の周りを小さき大蛇達が影から伸びて足に絡みつく。
魔術札を取り出して拘束を何とかしようとすると、その真っ黒な壁に緩やかな渦が巻き、それは閉じられた目となりゆっくりと開き始める。
明らかにそれは見てはならない、目を合わせてはならない。そう、咄嗟に反対を向くと、一匹の小さき影の蛇が迫っており、額に目が縦に出来て開かれる。人の目では無い、紫色の蛇の目。
蛇の…魔眼…。石化の魔眼…。
0.1秒にも満たないその僅かな時間で連想され、頭の中に何かが入り込んでくると同時に意識がぼんやりとしながら遠のき、体が石となるように硬直し、固く動かなくなる。
完全な無防備となったその場を、大蛇が見逃す筈無く、七体が邪魔されぬ様に次々と再生し続く様に、まだ着地前の宙に漂う顎門へと襲い行く中、残りの一体が梓麻へと迫り行き、丸呑みにしようと口を開く。
顎門は静かに歯に空気を擦らせる様に息を吸いながら、刀を鞘にしまう。
枯葉が落ちるかの如く緩やかに落ちながら居合の構えを取り、着地し、顎門の姿が搔き乱れ、消える。
——————!
世界の時間がゆっくりと進んでいる。静寂の世界に激しく轟き続ける、金鳴り音。
梓麻の意識無き虚ろな瞳に映るは、既に刀を振るった後の顎門の姿。
『我迪爪牙 荒暮獣堂參里』
抜き身の刃を鞘に納めると再び時が元通りに動き出し、彼の背後には一直線にトンネルのような風穴が開き、その通り道に大量の荒い獣の爪痕が斬り開かれる。
「やはり居合は…俺には合わないな」
圧巻のその技にも関わらず不満足そうに柄に手を添え、頭を人差し指でトントンと弾く。
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赤華と異形の戦いは未だ激化し続け、夜闇の中を稲妻が走り廻る。
速度の増した動きにギリギリで反応して大きく避けるのだが、バチバチと体内で激しく帯電させて無条件反射で肉体を動かして攻撃を無理やり入れ込まれ防御を強いられてしまい、そこから流れくる感電による硬直を異形が狙い拳を振るう。
————!?
硬直している筈の赤華がぬるりと動きだした。そして、その拳を迎え入れるように右手を添えながら体を横に避け、力の流れをコントロールする。異形の体勢を崩させ、余りある動くその勢いを利用し、胸横に左の掌底をねじりながら打ち込む。
だが、その程度何でもない様子で。異形は大きく腕を振り払い、避けられたそこへ再び拳を振りかぶり放つ。
「廻れ」
攻撃に合わせ魔力を纏う右拳のカウンターが、丁度良い高さになったその顔面に綺麗に決まる。
勢いに大きくのけぞり、地面を削りながらも踏ん張って立ち直し、こちらを睨みつける。
やっぱり体が大きい分、タフだなぁ。
異形は怒りを現す様に激しく帯電させて、再び迫り猛攻を仕掛けくる。
ここまで、それなりに手を合わせて分かったことがある。まず帯電する攻撃からの感電はを完全に防ぐことはできないけど、魔力のコントロールで硬直を軽減でき、雷光のようなこの光速の動きも、先に出るその光の軌道を感じとる事で移動先を知り、ギリギリだけれど対応できてる。
異形の奇妙な声に、赤華の足元と他に地面を点々と帯電し始める。
『雷鳴災歌』
この落雷も事前の帯電した位置にのみ、落ちている。そして…。
その嵐のような落雷を避ける赤華に、異形は落雷などお構いなしに突っ込んで、落雷を受けながら殴りかかる。それを避けるも落雷による電気の余波が溢れ、感電を免れない。
強力な落雷。自然のモノとは違って威力はかなり落ちてる。恐らく、この異形が受けても問題ない、核が傷つかない威力に抑えてる。今の魔力コントロールをしていれば一回の直撃は受けても死なないかもしれないけど…。九割動けなくなる。瀕死は必然だ。
その思考に思わずため息をこぼす。
今の情報内で近接戦闘も遠距離と両方不利。そもそも、私は遠距離で戦う術なんてないけど。そして筋力、耐久、敏捷、魔力の差は言わずもがな。能力に置いて言えば、全て劣っているけど唯一、その一点のみ大きく上回ていることがある。武術だ。相手は力と魔術に任せっきりの、言わば喧嘩術。武術の武の字すらない動きだ。だから、私の武術…主に流術が理解できずに、ここまで何とかなっている。術の特性からまだまだ、手数を残している。そう考慮してもしなくても、体力的に考えて長期戦になればなるほど不利になり続ける事には変わりない。できるなら短期決戦に持ち込みたいけど、帯電してるから安易に仕掛けることはできないし、私にそんな術は…条件が揃う事で可能だが…現実的に言うとほぼほぼ無いに等しく…まだ使う訳にはいかない。結局、中の人についてもまだ分かってないし…何か…何か大きな起点となるものがあれば…。そう言えば関係あるのか分からないけど、この子戦い方が少し丁寧になったな…。さっきまでは全てを破壊し尽くすような暴れ方していたのに、今では出来る限り木々への影響を抑えて…避けているような…。
そんな考え事をしていると、異形が動き帯電を始める。
この感じ…あの動きが来る…。
『雷道』
異形のあの光速の動きに備え身構えるのだが、それは今までと違った。
事前に出る稲妻が途中で二手に分かれ赤華の左右を挟むように流れ出たのだ。流術はあらゆる攻撃を受け流し、利用し、攻撃に活かす。だが、それは容易に行えるものでもなく、万能でも無い。力の大きさ、方向、流れ、姿勢、備えといくつかの条件が揃うことで可能な術。十数年と鍛え続けた赤華でも多少のダメージを請け負う。そして左右両方を防ぐ事など出来はしない。
つまり、選択…賭けを迫られていた。
だけど、赤華は迷いなく左からの攻撃に備え向く。それは明らかに左の稲妻の動きの方が早く、魔力量が大きかったからだ。だから、そちらから来ると予測したのだ。
——なに…肉片!?
だが、赤華の向いた方向に現れたのは激しく帯電する異形の体の一部、肉塊らしきモノだった。そして異形は裏をかく様に右の背後へと瞬間移動しており、その一撃を赤華の背中にぶち込まれ、激しく帯電するその肉塊に近づき感電する。
強烈な痛みに堪えながら、追撃に備えてその一撃の力を利用して振り向き、二連の追撃を何とかいなし、蹴り上げを避け、距離を取った。
賭けに出る際、相手はその地点から光速移動。つまりこちらの動きを見てから動く事、後出しが可能であるという考えで左右半々に意識を備えたのが功を奏したのだ。
だが、異形はそれが有効であると気がついた以上、それを多用し、更に手を加え手数を増やしてくる。
早く何とか打開策を打たないと…。
そんな考えをする暇も余裕を与えはしないと、着地から一歩下がろうとする所に、異形は接近し怒涛の攻撃を仕掛ける。
数発の攻撃を避けながら、気がつく。
動きが変わった…。荒い喧嘩術には変わりないけど、そこに少しの繊細さが加わり、一撃一撃毎に洗練されて無駄が無くなり、早くなってきてる。
完全な回避が不可能と、受けの防御に転じて、攻めに行こうとするのだが、それが最大の失態となる。
——つっ。
タイミングを見計らいその拳を流そうと、腕で受けた瞬間激しい感電に全身が痺れ硬直し、一瞬意識を失う様に頭が真っ白になった。
それはこれまで帯電から溢れ出て受けていた感電の比ではない、強烈なもの。例えるなら数十発分の放電を一度に受けた威力。
そして、その隙を逃すことをなく、腕をクロスにただ丸くなり、守りに転じた亀となった異形は拳を振り下ろし、連撃を打ち込む。
繊細さが…動きが洗練されていたんじゃない…。さっきまでのは成ったばかりの肉体、魔術の慣らしの段階…今が本来の動き…本調子なんだ。
放電の質も変化して、魔力操作で硬直を軽減する事が…出来ない。硬直が終わる前に次の一撃で再び硬直してしまう…。終わりが来ない。いや、終わりはあるか…。意識をギリギリ保ってるけど…これは、ほんとにやばい…死ぬ。
そう、終わりなき乱打に、無意識に徐々に腕が下がり、がら空きとなる、そこへ容赦なき激しく帯電するトドメの一撃を放つ。
「競…?」
唐突に聞こえたその男の声に、異形の拳は直撃寸前でピタリと止まる。




