理幻鏡想 17
肉が捏ねられ、ちぎれる音が鳴る。
肩の根元を無理矢理拗られ続け、限界を迎えて跳ねるように取れたその腕から滴り落ちる血液で遊ぶようにプラプラと揺らして眺めていた。
「ここまで耐えるとは…小僧。本当に大したやつだな」
そう、賞賛するも鮭馗羅はその声に反応は無く。ただ、意識を保とうとただ痛みに堪えていた。
「…俺様としても、さっさと意識を失ってくれたら良かったんだがな…」
も…?
ボソリと何か含みのある呟きをする悟空に、違和感を感じると、ばっと勢いよく他所を向いて見ていた。
それは、これまでにないほどに真剣な眼差しで。
何だ…今のは…。奇妙な気配と共に分身が消えやがった。新手か…?いや…まさか…。
まじまじと観察し熟考しているうちに悟空のその押さえ付ける力は弱まり、少し楽になる。
すると、悟空の向いている闇の中から、足音が聞こえ、それは姿を表す。
「まさか、自分の足で戻ってくるとはな…」
その言葉に鮭馗羅も、動かないその体に鞭を打って、視線をゆっくりと向けると、そこにはボロボロの鳶鷹が立っていた。
「な…で…」
消え入りそうなその声を零すと、悟空は縛り付けるその手を離す。
「どうやって俺の分身を倒したんだ?」
問うも、返答は帰ってこずに、ただこちらを睨みつける。
雰囲気が、がらりと変わったな…。いい目をしてやがる。さっきの数分で何があって何をしたのかは分からないが…。まぁ、いい。
離れろと訴えるその眼差しの提案を聞き入れ、鮭馗羅から完全に手を離し、距離を取って身構える。
覚悟の決まってる男に言葉は無駄ぇ…。さぁ、お前の望み通りにしてやったんだ…。俺様を楽しませて見せろ。
無風であるのにも関わらず、風に吹かれるように鳶鷹の体がゆらゆらと揺らぎ、そして前へと倒れ行くと、倒れまいと肉体反射によって出る足で走り駆け迫り、拳の連打を撃ち込まれるそれを、受け身でいなし続ける。
魔力が増している事で速度は先より早く、相変わらず硬くなっているが…やはり、威力は大して変わってない…。これで一体どうやって俺様の分身を倒した…。
手応えの全く無い、無駄とも取れるその攻撃に悟空は呆れ始め。
どうやら俺の考えすぎ…買い被りすぎた様だな…。
防御を捨て、その一撃で叩きのめそうと魔力を込めて、打ち込み前に出るそこを定め、放つ。
あっ…?
余りにも速く、遠い鳶鷹の踏み込みに疑問を抱く。到底その位置からじゃ、拳は届きはしない。届いたとしてもインパクトのない其れは、蚊にかまれた程度の威力にしかならない。
恐らく、分身との戦いですでに限界を迎えていたか…。
そう分かりきった予測に、余りにもつまらなそうな表情になる。
もういい…。終わらせてやる。
容赦なき、最大限までに妖力の込めたその拳を、その向かい来る顔面に放つ。
———!?
当たるはずだったその拳は、まるで鳶鷹をすり抜け、空を切った。
そして、なんてことない筈だったそのカウンターとして放つ一撃を顔面でモロにくらうと、悟空は大きく仰け反りながら地面を擦り後退り、顔を起こして、見る。。
何ださっきのは…。ガキが当たる直前に一瞬消えやがった…。それに、今の一撃…。
ふと、口の中を切って垂れるその血に気がついて拭い。重なる謎に困惑していた悟空の顔はニッと笑みを浮かべる。
「よく分かんねぇが…面白くなってきたじゃねぇか」
半身に右肩手の攻撃の連打を、楽しげにいなしながら、開いた隙を強烈な蹴りを喰らわせ、威力を利用し跳んだ鳶鷹に即座に追いつき追撃の二打で防御を壊し、互いに致命傷のみを防御する殴り合い。そして、疲弊し崩れたそこへ、再び妖力を集中させた一撃を放つ。
だが、又その攻撃は鳶鷹をすり抜け、強烈なカウンター喰らう。
こいつ、自分からのほとんどの攻撃は今まで道理だが、ちょくちょく少し威力の上がった攻撃を挟んでいる…。そして、俺様からの攻撃に対して何らかの妖術で回避して、俺様に効果のある、一撃を入れてきていやがる…。作戦としては…正直好きじゃねぇが…。
「今のお前のやり方は嫌いじゃねぇ」
格好つけようとすんな…。かっこ悪くたって…。ヒーローも時に泥臭く、ずる賢いのもありなんや…。やけど、下手に駆け引きを…打算なんかせんでええ…。今は直感的に…思い付き、自分に出来る最大限の動きを…ただ…。
数度目のカウンターを受けながらも、悟空は前に体を出して無理やりにせめぎ合いを続けさせる。
ようやくこいつの妖術がどういうやつか、だいたい理解出来た…。こいつの妖術は恐らく、移動と加速。時折挟みくる威力あるやつの時だけ、若干拳の到達が早い。そして何よりも俺の攻撃を避ける時、ほとんどがあいつの拳が到達できない一から完璧に合わせてきやがる…そして、その移動は今の俺の目じゃ完全に捉えられないほどの速さだ…。だから、それ以外に考えようが無ぇし、こいつの異様な妖力による肉体の強化も、色々と合点がいく…。そうと分かれば、それを考慮して戦えばいいのだが…。
一つの油断も許されない、せめぎ合い。だが、互いに身を削り会う二人は共が口角を上げ、微かに笑みを浮かべていた。
そんな事なんてどうでもいい…。皆には悪いけど…
そんなつまらねぇ事なんてしねぇ。
今は、ただ、これを…この時間を楽しんでいたいんや。
楽しみてぇんだ。
競り合いはより一層の激しくなり、大きく踏み込んでの両手を合わせた掌底を撃ち込まれた。それはダメージよりも吹き飛ばされる事が優先された一撃で空を水平に飛ぶ鳶鷹に悟空は即座に追いつき両手を絡め、槌を拳で形作って出る杭は打たれるが如く打ち下ろし、強烈に地面を跳ねる鳶鷹の体を鷲掴みしにして振り回し、周囲の木々にぶつけてへし折り、地面に二度叩き付けながら、上へ飛び高所から地面へと叩きつけようとすると、鳶鷹も腕を掴み、まるで重力に引っ張られるかのように、宙で回転しながら地面へと一直線へと落ちゆき、悟空の体をクッションにして落ちながら更に引きずり進み、進行方向にある木に衝突し二人は弾け分かれ、転がりながら起き上がり木々の間を縫う様に走り出すと、まるで引かれ合うように拳がぶつかり合い、磁石が反発し合うように二人は、互いの力でぶっ飛ばされた。
むくりと起き上がり、二人は高鳴った鼓動と呼吸をしながら数歩近づいて見合う。
「いい…いいぞ…が——」
そう話しかけると、言葉が詰まった。
平静を装っているが、微かに足が震え…呼吸が…。こいつ既に限界を迎えていやがる…。残りカスとも言えるその炭の火に、精神と気力を…根性を燃料に灯すし続け、ここまで俺様とやり合いやがったのか…。いつ倒れてもおかしくないのに、その目で俺を見てきやがって…。
「おい。お前、名は」
「はぁ…はぁ…。飛翔…飛翔 鳶鷹や…」
「そうか…鳶鷹か」
恐らく次が…ワイにとって…最後の攻撃…。
それを容易くいなしてやれば俺様の勝ちは揺るぎない、確勝となる。
やけど、ヤツはそれをせぇへん。
俺様がこいつから逃げる事を意味する。ふざけるな!俺様は逃げも隠れもしねぇ!そもそもそんなのは、つまらねぇ!
やから…振り絞ってぶつかれ!最後の一滴まで!
俺様の今の全力を持って、お前の全身全霊を正面から受けてたってやる!
互いに構えを取り固唾を飲んで、微塵も動く気配が無い。互いにそれが最後と分かってる故に、下手に動き出せない。だから、ただ動くその時をじっと待つ。始めての真剣勝負。それに緊張か何かを感じる鳶鷹の額から一粒の汗が滴り、顎元をゆらゆらとして、地面に落ちた。
その瞬間になった聞き取れるはずのない、微かな音を合図に二人は一気に距離を詰めて拳をぶつけ合う。
本気と本気のそのぶつかり合い。その優劣は悟空に軍配が上がる。
常時加速を施した鳶鷹のその動きは、悟空を微かに上回るもの。だが、これまでのぶつかり合いから動きを先読みし、腕の動き、肉体の捻り、足運びと、一挙手一投足に一切の無駄を無くす事で動きの差を埋めるだけ出なく、僅かに悟空の方が動きが早い。更には、時折挟んでいた加速を掛けた強打にも、読みと直感に巧みな魔力操作で悉く合わせ、ダメージを抑えながら確実なダメージを与え続ける。
この埋めようのない差は、幾多の妖との死闘と苦難を乗り越え、三蔵法師を天竺と至らせ旅を終えた、経験値からなる知識と技術と言う他ならない。
だが、それでも鳶鷹に勝機がない訳では無いと、悟空は理解している。
こいつはまだ見せていない…。俺様の分身が反応すら出来ずに倒した技を…。恐らくそれを受け止めるには、全集中して合わせなければ耐える事は出来ない…。いつ…どこを狙ってくるつもりだ!
両拳を蹴りあげながら体を回し、勢いに乗ったその拳を防御不可の顔面へと撃ち込んだ。
その勢いに、鳶鷹が半身に仰け反って行くと、黒き影となって迫り来る。
———!
次の瞬間には強烈な音と共に、一撃の拳が悟空の腹部を捉え、その衝撃が体内を突きぬけ背面から溢れ散る。
ここまでの戦闘で常人には反応は愚か、理解など出来ない最速の一撃。その速度は悟空へのダメージを与えた加速の二倍から三倍速度のもの。
「げほっ」
強烈なダメージに血反吐を吐く悟空と弱く静かな呼吸をする鳶鷹。
倒れ行こうとする悟空が、ニッと笑みを浮かべた。
その瞬間、顎下を自身が仰け反るほど大きく蹴りあげ乱舞を打ち込み無防備となったそこへ、両手の底を合わせてて向ける。
「今の俺のとっておきだ。気功破」
両手から溢れ出る妖力と気が混ざり合った衝撃波が放たれ、鳶鷹の全身を体は揺れ崩れ始める。
一見、明らかに有利な形の膠着状態だが、それでも俺様が無傷であり続ける訳では無い。小さなダメージも蓄積し、いつしかは果てる。それに対してこいつのタフさは異常…常軌を逸している。それは俺様にその一撃をお見舞いするまでは決して倒れはしないという執念から成った根性といったところか。そんな中をこいつは攻めあぐねていた。それは俺様の妖力操作を微かに感じ取っていたのが、僅かに顔に出ていた。俺様を確実に倒す為には防御の薄くなる、俺様からの大きな攻め、その瞬間をその一撃で狙うしか無い。それ故に先に勝負を仕掛けざるを得なかった。とはいえ、そんな簡単に釣られるわけ無い。撃ち合いながら徐々に妖力を隠していき、七を攻めに三を隠す事で攻撃に全て振ったと勘違いさせ、この一撃を誘い出させた。正確には更に腕に三、拳に四という配分で即座に三を防御に回せるようにして、その一撃による致命傷を免れたといったところだが…。
ここまで完全ではないとはいえ、この戦い方を先に選択させ動くように追い込んだ。それに敬意を表して、フッと意識の火が消え、倒れ行くその姿を最後まで見送ろうと、眺めていた。
——————。
すると小さく呟く声がわずかに聞こえた。
なんだ?
「———べ」
その声は確かに倒れ行く鳶鷹から、声が聞こえた。
こいつまだ…。
————べ と—べ とべ とべ とべ とべ。
眺め見るのを止めて攻防の選択を一瞬で済ませ、全能力を防御と受け構えようとするが、それよりも先に倒れ行く鳶鷹の右足が前へ出て、大地を強く叩き、踏みしめる。
「————跳べ!!」
鳶鷹の声が魔術の詠唱となって、その魔術は応える。
フッとその姿が完全に消え、次の瞬間には胴体に頭突きで突っ込んでおり、ブォンと何かが破裂する音が鳴り響きながら強烈な衝撃が腹部辺りから全身へ、内側から背面へと弾け突き抜け、悟空は反応は愚か、耐え踏みとどまるという抵抗する間も許されず、一直線にぶっ飛ばされた。
木々もたれて座り込む悟空は内臓の負傷により、呆然と静かに口から吐血を垂れ落ちる地面を見つめていた。
何だ…今のは…。速すぎて…防御が間に合わなかったのもあるが…そもそも、反応出来なかった…奴の影の動きすら見ることができなかった…。
起き上がろうとするが震える四肢を見て、瞳を閉じて微笑む。
ダメだなこれは…指先一つ動きやしねぇ…。妖力も…生命維持に回ってこれ以上のことは…もう無理だな。
正面から物音が聞こえ、残りの力を振り絞るように顔を上げ見ると、満身創痍の鳶鷹が起き上がり、ふらふらと体を揺らしながらこちらへと歩み寄ってきて立ち止まる。
「ワイの…勝ちやな…」
「そうだな…。だが、なんでそんな顔してやがる」
勝ち誇りながらも直ぐに、何かを感じて少し寂し気な顔をしてこちらを見ていた。
「なんで…ワイの攻撃を…真っ正面から受けたんや…?」
「そんなの決まってるだろ…。お前はここまで…一度たりとも逃げなかったんだ…。なら、俺様が逃げるわけにはいかねぇ…。と言うよりも、そもそも…。今の俺様じゃあ、さっきのは避けられやしなかった…だから、誇れよ…てめぇのその力を…」
「…おう、わかった」
「最後に一つ…お前に聞いておきたい事がある」
「…なんや?」
「お前…戦うことで死ぬ事に恐れは無いのか?」
「死ぬ事が…怖くないわけ…ないやろ…」
「だよな…」
「やけど…。それよりも…その場…その時に…何も出来ない事の方が…よっぽど…怖い…わ…」
そう答えると、電池が切れたように意識を失い、倒れる。
「そうか…」
その答えに満足げに微笑み、夜空を見上げるように顔を上に向けて瞼を閉じる。
全く…。いつの時代にも…人間というのはやはり…面白いものですね…。お師匠さん。




