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赤夜 Sekiyo  作者: KIKP
理幻鏡想
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理幻鏡想 16

夜闇の森を、枝先で頬を傷つけながら、猪突猛進に走っていた。

背後から迫りくる分身が木々をつたって迫り、飛び蹴りを回避して、直ぐに立て直して走り出すその姿は、脱兎の如し。


誰か…誰かに…早う合わんと…。あ…?


焦りからか、いつの間にか分身の気配を見失った。


あいつ何処いったん…。


直ぐ傍の闇からぬるりと分身が現れ、鳶鷹の腹に一発を喰らわせ、服を掴み走って来た方に放り投げ、ただ分身は目の前に立ちはだかるように立っていた。

「邪魔じゃ!どけ!」

必死の怒りの声に分身は当然何の反応もなくそこに立ち続ける。

「ええわい。そんなら…」

魔力上げながら、クラウチングスタートの姿勢を作り、スタートと拳に魔力を溢れるばかりに込めて走り迫る。

「お前をぶち抜くだけや!」

その勢いある姿を見て、迎え撃つように構える分身。

だが、鳶鷹の姿勢が一気に沈み、地面を殴りつけながら溢れでる魔力をただ放出した。するとそこから砂塵が爆発するように飛散し、その場が砂煙に隠れる。


見失ったその隙に鳶鷹は横に走り抜けていた。

構ってる暇なんてない…。今は早く誰かに合わへんと。


逃げるのか。


響いて聞えるその声は、この場に居る筈の無い、良く知っている声だった。


仕方ないやろ。逃げろって言われたんや。これが一番の…。最善策なんや。


そうか。そうやって逃げるのか…お前は…。俺からも…先の事からも…。


—————————————————————————


一九八五年七月八日

蝉の五月蠅く鳴く、日差しの強い真夏の山。

険しいその山道を、一人の子供が立ち止まって膝に手を着く。汗だくでしんどそうに、荒い息を整えていた。

「おっせーぞ鳶鷹」

「早く来いよ~」

山頂に聳え立つ木にぶら下がったり座ったりと、涼しげに群れる男五、女一の六人の子供達が、休む鳶鷹を呼び、眺めていた。

「はぁ…はえ~し、ずりぃんだよ…みんな…はぁ、はぁ…」

皆の急かすその声に、たった数秒の休憩を終えて再び、走り出す。


飛翔家。それは日本の古来からある名家の一つ。

魔術師として生まれた俺は、魔術そのものに胸躍らせていた。自分がどれだけの魔術を使えるようになるのか。手のひらから火を水を風を生み出し、操り、漫画のような波ぁみたいな、カッコイイ魔術を使えるのかと。

だが、飛翔家の魔術は普通の魔術師とは少し違う。

飛翔家の魔術とは移動魔術。自動車や飛行機を使わずに自身を、又は複数人で協力して他人や物を遠くまで移動させるだけと、大それた魔術では無い。

更にこの魔術を確かなものにするために、飛翔家の血は強化を除く、それ以外を完全に捨て去ってしまった。

他の魔術を使えるのは一瞬のみで、使い物になりはしない。

だから俺はそれを知った上でも、その魔術でヒーローの様になれたらと、希望を捨てずに飛翔家の魔術を学んできた。


山での遊びを満足した子供たちがゆっくりと話しながら山を下っていた。

「たく、鳶鷹がおせぇからあんまり長居できなかったじゃねぇか」

「それは…すまん」

「まぁまぁ、走りで来たにしては早かった方じゃねぇの?」

「そうかぁ?俺にはさっぱりだ」

「やっぱり堅苦しくて大変そうだね。現当主様の子っていうのも」

「わいはそんなに大変ではないんやけどなぁ」

「別に今は見られてねぇんだから使っちまえばいいのに」

「そうかもしれへんけど、そういう訳にはいかんよ」

「まぁ、それも今日までなのでしょう」

「そうやな。今日の試験さえ終われば、ワイらも飛翔家の魔術師になれるんやからな」


今日は飛翔家の特別な日であり、全国各地から山奥にある本家に集まっている。

各家の大人達が近状報告などを直接対面による会議の様に話し合うのだが、ただの精査確認だけで、本題は別にある。

それは飛翔家の六歳となる年の者の、通過儀礼のような儀式。魔術の試験が行われるのだ。

本来、飛翔家の者は、それを終えてからでしか魔術を使うことを認められていないのだが、ほとんどの者が敷地内の山でお遊びに使っていた。

何にしてもとりあえずやって慣らす。それがよその家の教育方針であり、鳶鷹自身も色々なことを経験してきて、それが一番というのを感じている。

だが、目の前で楽しげに使われるのを眺めるも、欲に負けずにこれまで我慢してきたのだ。


飛翔家の魔術は安易に行使してはならない。他者を、自身を、容易に傷つけ、破壊してしまう。

そう、父から良く言い聞かせられていた。

それを兄も守っていたのだから、自分が破ってはならない。何よりも、正義のヒーローに憧れた鳶鷹は、ヒーローは正々堂々でそんなズルはしないと。


本家の中にある、大きな道場内。

そこに山で遊んでいた鳶鷹を含む七名が横に並び、それを囲うように壁に沿って各子の親達が立っており、物色するような視線が鳶鷹に集まる。


鳶鷹の家族は父は母と五歳離れた兄と三才年下の妹の五人家族であり父は飛翔家の現当主である。そしてその血を深く受け継いだ五歳離れた兄、瞬護(しゅんご)はその代でも逸脱した才の持ち主で、次期当主であるとよく話されている。それに続く次男である鳶鷹に注目が集まるのは必然である。


試験と言っても難しくはなく、とても簡単で単純なものであり、おぼんにある四角い枠内ピッタリに乗った、一辺五センチの正方形の木箱を一メートル先にある、おぼんの枠内に乗せるというものを始めとした、五つの試験。

試験は木箱の移動だけだが、魔術行使の速さ。木箱の移動の速度、正確さ等が見て計られる。


これまでこの最初の試験をこなせなかった者はいない。だから、子供は誰一人として心配する様子も無く、自身に満ちていた。


だけど、魔術の神…。いや、飛翔家の血がわいを拒んだ。


あれ…。


あるものは少し不慣れにぎこちなく動かし、あるものは機械のようにスムーズに動かしながらと、次々と次の試験へと進み数人が終える中、ただ一人。鳶鷹だけが、最初の試験すら終えていなかった。


これは…父さんが何度も教えてくれたやつ…。その通りにやってんのに…なんでや…。


いくら魔術を行使しようとしても、微塵も魔術の反応が無い。


魔力がおかしいのかと、一呼吸して自身に強化を施す。するといつも通り魔術が行使できた。


ちゃんと魔力はある…よな…。よし…これなら。


確認を終えて、再び鳶鷹の魔術を行使しようとするのだが、やはり魔術は行使出来ない。


何でや…。


そう、幾らやろうともできない中、静かなその道場内でクスッと笑う声が微かに聞こえた。

試験に集中し、焦りから視野が狭くなって気が付かなかったのだが、興味による注目の視線は哀れみ、嘲笑の視線へと変わり果てていた。

その重く突き刺さる視線に鼓動は早くうるさくなる。

ゆっくり、恐る恐る両親、家族たちの方に視線を向けると、母は魔術に詳しくないのもあり、試験中というのもあって、ただ静かに胸元に右拳を上げて頑張れっと応援するが、焦りで鳶鷹にはぼやけて見えておらず、何を考えているか分からないその父親の顔を一瞬見て、バッと木箱を見つめ魔術の行使に専念する。

ただ鳶鷹の頭の中には、なんで出来ないのか、父さんと兄の足でまとい。恥、落ちこぼれ等に溢れる。


「落ち着け、鳶鷹」


そんな様子を見て瞬護が傍に来て肩に手を置いて声をかける。


「兄ちゃん…」

「座標…数字は見えているか?」

「うん…見えてる」

「なら、教えた通りやるだけだろ」

「やってる。やってるけど…出来へんのや」

「…少し貸してみろ」

そう言って、お盆に乗った木箱を手に取って眺め、まるでお手玉をするかのように、自分の周囲をパッパッパッと瞬間的に移動させ、元のお盆の位置に戻す。

その様子を確認し、しばらく熟考する。

「…もう一回やってみろ」

「う、うん」

何の確認をしていたのか理解できなかったが、兄を信じ、再び魔術の行使を行うが、やはりできない。


どうやったら…。


そう、苦難していると、背中に何かを感じた。

その瞬間、ブォンと音が鳴り、強化を施した時のような魔力の消費と行使に似た感覚を感じた。


やった…できたか?


そう恐る恐る、おんぼんに目をやると木箱は一切微動だにしていなかった。


な、なんで…や…。


急な脱力感と睡魔に体に力が入らず倒れ、そのまま意識を失った。


次に目を覚ましたのは本家の中にある療養室の布団の上で、看病していた母の声に、父さんが呼ばれる。

母が言うには丸一日意識を失っていたそうだ。

泣いて心配していたことを説明されていると、父さんが扉を開き入口に立ってこちらを見ており、緊張してしまう。

「体は大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です…」

「そうか…それは良かった」

何を考えているかあまり分からない、そんな父親から心配されてた事に、少し安堵して緊張がほぐれた。

「鳶鷹」

「何?…父さん」

「お前は飛翔の魔術を使うな」

「えっ…それってどういう…」

「そのままの意味だ…。死にたくないのであれば使うな」

そう言い残して、父さんは秘書に呼ばれて仕事へと向かって行った。

始めはその事に理解できなかったが、考え直せばすぐに理解できることだった。

飛翔の魔術をまともに使えない。使えてもそれは微動だにしておらず、しかもその一度の行使で魔力を空っぽに消費して丸一日、意識を失っていたのだ。

誰が考えても当たり前に理解出来る…。わいには才能が無かったのだと。


二日ほどしっかりと休ませられ、いつも通り魔術の勉強と本に手を伸ばそうとすると、父の言葉を思い出し、手が寸前で止まる。

飛翔の魔術を禁止され、ほかの魔術を試しに試みるも大したことは出来ない。


どうすればええんやろ…。


そう途方にくれていると。


「鳶鷹、ちょっといいか?」

「…何?兄ちゃん」

呼ばれて、兄の背中に付いて歩く。兄と会うのは気を失う直前の時以来。これまで忙しい中、飛翔の魔術を教えてくれてたのにこの結果となった。父と兄の顔に泥を塗ってしまったと…申し訳なく気まずい。

付いて歩いていき、連れてこられたのは敷地内の山の中にある少し開けた場所。


「強化を使って構えろ、鳶鷹」

「えっ強化って…何するんや…兄ちゃん」

「父さんに飛翔の魔術を禁止されてるとはいえ、魔術師であり、強化を使える。何時しか仕事が回ってこないとは限らない。だから、少しでも戦えるように…身を守るために護身術を身に付けておけ」

「…そんな時なんて…。わいみたいな落ちこぼれに仕事なんて回ってこねぇよ」

「そんなことはないだろう」

「えっ…」

「お前は当主である父の子であり、俺の弟。なによりも…飛翔家の術師なのだからな」

その兄の言葉を聞いて惚けてしまう。それは、微塵にも思ってもいなかった。何よりもうれしい言葉を、兄から直接言われたからだ。

「何をぼーっとしている。始めるぞ」

「う、うん!」

だけど、後からそれが本心の言葉だったのか、疑問に思い始めてしまう。

父の仕事に連れられて、忙しい兄が帰ってきて直ぐに、組み手をやらされることとなった。

最初こそ軽いものだったが、徐々に厳しく、一年を終えてからは骨折や脱臼なんて日常茶飯事で、血反吐を吐くもことも多々だった。

静かにも鬼のように容赦など一切なく、疲労で倒れるところに蹴りを入れられたりと、組み手中は一瞬たりとも、休む暇を与えてくれなかった。


そして十二歳となった夏の日。俺はとうとう言ってしまう。

「立て…まだ終わってないぞ」

何時ものように跪いて吐き出す俺は、ゆっくりと一度兄を見る。

それは心配など一切感じない、興味などない見下すように氷のように冷たい無表情。それを見て、地面を見つめる。

「もう…ええよ、兄貴…」

「…もういいって何がだ」

「鬱陶しいんやろ。わいみたいな…出来損ないの弟がいて」

「…そう、誰かに言われたのか?」

「誰かとかやない…じゃなきゃおかしいやろ…毎回毎回こんな…」

「そう…か…」

違和感を感じるその兄の声に、チラッと顔を見ると、あまり変わっていないが、確かに初めて見る悲しさを感じる表情をしていた。

それを見て、気まずく顔をそらして立ち上がり、俺はゆっくりと家の方へと歩いて行く。

「逃げるのか?」

その声を聞いて、顔を見せず横に、ただ頷く。

「そうか…そうやって逃げるのか…お前は…。俺からも…先の事からも…。何より…お前自身からも」

「…もう、わいのことはほっといてくれ」

その言葉を最後に、兄は仕事で家を出て行った。


七年、兄との組手に耐えながら、魔術…特に飛翔家の魔術の勉強も何度も、何度も、行使しようとしたが結局、出来はしなかった。流石のワイでも本格的に才能が無いのだと思い知った。だから、魔術の本もこれまで勉強してきたものも全て、襖の奥にし舞い込んだ。

魔術の世界から離れようとしたが、ワイはヒーローへの憧れは途絶える事はなく、自分でできる範囲の人助けを続けてきた。一昨日も、昨日も、今日も、そして、この先も。


—————————————————————————


走るも、走るも、分身は容易く見つけ追いつき、遠く投げ戻され遠回りと堂々巡りを強いられ、徐々に体力を持っていかれ速度が落ち、放られて、受け身も取れず地面に転がる。

酷い呼吸をしながら、溢れる唾液が口から垂れる。

人間という生物は数十秒と全力を維持して走り続ける事など出来ないのだ。無我夢中の必死でそれをすれば、こうなる始末。

苦しみに堪えながら呼吸をし、ぼやけ始めるその視界を動かす。視界に映る分身に疲れは一切見えず、余裕な様子でそこに立ちはだかっている。


くそっ…。


地に手を付いて起き上がろうとすると、足が震えて立つことを足が拒もうとする。その足を殴りつけて震えを抑えるように膝に手を着いて立ち、地面を見つめる。


もう、全力走る体力なんて無い…。足も限界をとおに迎えとる…。賭けるしか無いな。


顔を上げて分身を見る。


座標を見取り…座標と座標を繋げる…。


すると、視界の手前と奥に二つの点と0.0.0.0.0と0.0.0.500.100の数字が映ると同時に、鳶鷹から異様な魔力の気配を感じて分身は身構えた。

しかし、一向に何も起こらない。


視界に映るその数字が、バグって文字化け起こしたように歪にテレビの砂嵐のように文字ズレをしていた。


やっぱり無理か…なら…一旦わいが学んできた事、覚えてきた事を忘れろ…。そして、想像(イメージ)しろ…梓麻が言っていたことを。


駅で手伝いをしながら、話をしていた時の事。

『簡易魔術?』

『そうよ。魔術というのは強力な魔術であるほどに複雑な魔術式になるわ。数学の足し算から掛け算。因数分解、積分、微分と様々な方程式をのようにね。そういった高度な魔術式を分解し分かりやすく二つから四つの式に簡略しまとめ繋げて、使いやすくするのが簡易魔術。とはいえ、元となる魔術に比べれば数段に質が落ちるけれど』

『ほ、ほう…そんなもんもあるんかぁ…。凄いなあ』

積分や方程式やらと難しいモノを言われて何となくしか理解できていないその予測で来ていた反応に、呆れて見ながら、その様子を横で唯一が「あはは…」と微笑む。

『まぁなんにせよ、魔術はイメージが大切よ。何でも出来るという訳では無いけれど、大抵の事は何とかなるわよ。私が言うのはアレだけれど』


想像イメージ…想像…。簡単にするっていうことは…どういうことなんや?チャリの変速ギアを下げる感じか…?いや、ちゃう…。わいはアホなんやからもっと単純に…簡単に考えろ。そう、先ずは数字なんて難しくて混乱するんやから、その数字を取り除いて座標の点だけに意識せぇ。


そう意識を集中させていると、視界に映るその数字が意思を持っているかのように諦め悪く激しく荒ぶるも、薄っすらと消えていった。


よし…後は、座標と座標を線で繋げろ。ただ真っ直ぐの直線やない…。あいつを避けるように…放物線描いて…。最短距離を飛べ…。


そう、自身から伸びるその線が、分身の向こうにあるその座標の点に結びついた瞬間、あの時と同じブォンと言う音が響いた。

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