理幻鏡想 15
まるで森の神が叫んでる様に山の中が震えていた。
「何や今の揺れと音は…」
そう、激しい音の鳴った方の様子を眺め余所見をしていると、俯く猿角から、黒い煙が溢れ漂う。
「鳶鷹、気を抜くなッス!」
注意を促す鮭馗羅のその声に、猿角は反応する様に嗅ぐなりとてつもない殺気を放ち、急接近し棍を振り回す。一撃を腕で受けるなり、自分の身では到底受け続けるのは無理だと判断し、危なげに回避し続ける。
明らかに動きが変わった…全く読めないっ…。
すると、避けられ続ける事に対応するかのように更に動きが変化する。
「なんスかそれっ———」
棍を常に伸縮させながら、重力という物理法則を無視するような、そのデタラメな動きについて行く事が出来ず、一撃を受けると、コンボを繋げるように二、三、四と攻撃を続け、溜められた強烈な掌底を何とか身を引いてギリギリ回避するのだが、空を撃ったその衝撃がそのまま流れ来て、吹き飛ばされる。
「ちっ…体が変に重めぇな。変な術をかけやがって。おい!オレ様の仲間とお師匠さんを何処へやった!それと、ここは何処だ!」
何処って、急に何を変な事言うてんねんやこのおっちゃんは…。ていうか、何か姿が、雰囲気が変わったような…。持ってる棒もなんかカッコようなってるし…。
「ゲボっ…仲間とかは知らないっスけど。ここは日本っスよ…」
「あ!?にほん?なんだそれは」
腹を押さえながらフラフラと立ち上がり、しんどそうに木に身を預け、もたれ掛かる。
「大丈夫なんか?」
「まぁ…なんとか」
言葉は確かに通じるようで、悟空はどうにか思い出そうと、周囲を見回して考え込んでいた。
「…こちらも失礼を承知で聞きたいんスけど…あんたナニモンスか?」
「ちっしらばっくれやがって…。質問に答えずに質問するたぁいい度胸じゃねぇか小僧…」
機嫌悪そうに殺気に満ち、睨まれる。
「まぁいい、このくらいガキども相手にするには丁度いいハンデだ。それに、力ずくで吐かせればいいだけだからな。死ぬ前に教えてやるよ」
そう言って、棒を振り回し大地を割るように叩く。
「よぉーく、聞け。オレ様の名前は斉天大聖。孫悟空様だ。覚えておけよ」
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鋼の激しい切りつけ合う音が闇夜の森の中で響く。
座り尽くしながらも、逃げてはいけない。目をそらしてはいけない。そう必死に、目に焼き付けるようにじっとその闘争を見つめる唯一を背後に、熊颶利が狂い踊り、襲い来る崩感と競り合う。
最初こそ、感覚魔術に惑わされ慣れない戦いを強いられていたが、長い戦いから徐々に環境と感覚に慣れて、大きく傾いていた優劣の天秤がぐらぐらと揺らぎ水平になり始めた。
熾烈な競り合いが続き、ようやく状況が大きく動く。
数度、攻撃を弾きながら、四度目の攻撃に合わせて鉤爪を崩感の刃に絡め、強引に切り割り、抵抗の為に振り上げたもう片方の刃も破壊する。
そして鉤爪の刃の峰で払い殴り、立て直そうとするそれを阻止するように爪を服に引っ掛けて破りながら引き寄せて、胸ぐらを掴み一発、一発と気が済むまで殴り続け、最後にと渾身の一撃をかまし、放るように殴り飛ばす。
荒い呼吸を吐き出しながらその姿と領域魔術が消えたのを見て、痺れ震えるその拳を降ろし、納める。
「全く…暗器を使うお前が、白兵戦でオレ様に勝てるわけがないだろ…」
そう言って、部下たちが起き上がるのを感じ、一呼吸整える。
「おら、馬鹿ども。このくそ馬鹿を縛り上げとけ」
「は、はい」
ふらふらと立ち上がりながらも、作業に走り出す部下の様子を確認し、唯一の方を睨みつけるように見ると、それにビクビクとビビりながらも、じっとこちらを見ていた。
こいつ…生まれたての小鹿みたいに情けなく、ビビり散らかして震えて座り込んでるくせに…。最後の最後まで、こいつの目は真っ直ぐと俺を見ていやがった。度胸があるのか無ぇのかよく分かんねぇ奴だな。まぁいい…ここは終わった事だし、ボスは問題ねぇだろうから、馬鹿兄貴かあの赤髪女の手伝いに行ってやるとするか…。
そう、考え込みながら一切身動きせず、一向に身動き出来ないその様子から、動けないのだろうと、面倒くさがりながらも手を貸してやろうと歩み寄る。
「——だ」
「あ?何だって」
口が動き、微かに聞こえたその声に耳を傾ける。
「まだ…終わってないです!」
唯一のその裏返った大声と同時に空気が激しく揺れる。
「あ!?何だこれ」
感じたことの無いその空気に周囲を確認するように警戒して見渡すと、崩感を縛り上げてたであろう部下たちの苦痛の声が聞こえる。
「ちっ…結局自分の力だけじゃ無理だったかぁ」
そう、まだ持っていた薬を吸いながら立ち上がる崩感の周りにはまた、いたぶられたように倒れる部下たちの姿が見え、まるでゴミを踏むかのように頭に踏んでいた。
「てめぇ…」
今すぐにも迫り殴り飛ばしたいところを、我慢する。それは部下を人質に取られているのもあるが、先の現象から明らかに雰囲気が変わり、誘いであるのが何となく分かる故に、下手に動けないでいる。
「睨みつけてんじゃねぇよぉ熊颶利ぃ。俺とお前たちは敵なんだぁ。当たり前のことだろぉ?」
「ああっ!?」
「だったらなんでお前、俺をすぐにその刃で切り殺さなかった?」
急にトーンの落ちたその静かでふざけを感じさせない問いに、熊颶利は苛立ちながらも答えられず、黙り込んでしまう。
「まさかお前、たかがこいつ等を殺さなかったから、まだ俺の事を仲間だと、戻て来るんじゃないかと…感じたんじゃねぇだろうな」
「それは…」
「やっぱりそうか。残念だが俺がこいつらを殺さなかったのは命令があったからだ」
「命令…?」
「ああ、今の俺ではお前に勝つことは絶対に出来ない、だから時間を稼げと言われた。正直腹が立ったが実際その通りだった。だから今は、言うこと聞いて本当に良かったと思い確信した」
「何がだよ」
「やはり、俺達のボスは見えてるんだとな」
「あ?見えてるって何がだよ」
「いや、いい。ここからはお前に話したところで到底理解できることでは無い。例え理解したところでも意味も無い、必要の無い事だ」
言い方はバカにするような言葉だが、態度からは一切そう感じない事に変に困惑し、聞き入ってしまう。
「だから今からはお前でも分かる事を、こいつらをなぜ痛めつけるだけで生かしたのか、その疑問の答えを教えてやるよ…」
そう言って部下達から離れるように、後ろに下がり薬らしき粉を両手に振り両指を絡めるように手の腹に隙間を空けて合掌する。
「酔い覚めぬ其の世界に、崩れ交ざれ…」
それを聞くなり悪い予感がし、即座に熊颶利が駆け迫る。
ここで、新しい領域魔術だと?させるわけないだろ…。
領域魔術の展開には、一般的な魔術に比べて詠唱を終えてから数分の時間を要する。それは強力な術であるほどに。だから、基本的に身を隠すか、味方に時間を稼いでもらう。また接敵する前に展開するのが定石だ。そう分かっているのだが、危機を知らせる感覚の警報が自身に強く知らせている。
「狂乱し…舞い踊り…」
詠唱の阻害をするべく攻めるのだが、何かが変化し、回避に徹した、その動きを正確に掴むことが出来ない。
「堕ちろ…」
やっとの事で掴み、拳に纏わせる魔力が不得意そうに乱れながらも、一撃を喰らわせようとするのだが、寸前遅い。
「不共崩感宴争」
詠唱を終えても展開までのタイムラグがあり、そこを狙い殴る。
確かな感触を感じたのだが、何かおかしいとすぐに感じ取る。
するとその瞬間、ドロっと崩感の目玉と顔の肌と骨が溶ける様に歪み、崩れた。
あまりにも不可解なその現象に警戒して距離を取って、その手に絡まったそれを振り払おうとしたが、手には何も絡みついて無かった。
一体何の魔術だ…。
そう先の現象から考えていると、視界が暗くなりながら点滅する。一瞬、自分の姿が正面から見えたり、草むらが目の前に映ったり、真横に地面があったりと視界がおかしい。キーンと耳鳴りがして、それはどんどんと低音になりながら煩く耳に響く。
煩く、静かで、暑く、寒く、苦く、甘い…。なんなんだこれ…気持ち悪ぃ…。
いつの間にか崩感の姿を見失ってしまい、周囲を探すも見当たらず、攻撃に備え感覚を研ぎ澄ませ警戒する。
だが、頭痛がひどいせいか上手く集中出来ず、ふらふらと揺れて、立つのもやっとの状態だった。
不共狂感が俺の感覚を他者に共有させるのに対し、この不共崩感宴争は領域内に存在する生物全ての視覚、触覚、聴覚、快感といった感覚を毎秒バラバラに掻き混ぜ、与え続ける。
多大な感覚の情報とその相違によるバグに更に情報が増加し脳は正常に処理することができず、満ち満ちた情報に脳の容量はパンクし溢れ、人格を破壊する。まあ、大体はその前に危険信号と共にショートし意識を失う。
瞳を閉じ、真っ暗中で意識を保ち続ける。
一、二、三、四、五、六…。そう数えて術を解き、目を開き見えたのは、突っ立つ熊颶利の姿が見えた。その姿を見て冷や汗が出る。
まじかよコイツ…。立ったまま意識を失ってやがる。
それを確認するも、崩感は安堵し油断することなく、寧ろこれまでにないほどに警戒し身構える。
するとガクッと熊颶利の頭が落ちるように俯き、その力に体が倒れ始める。
———来る!
地面に頭が着くその瞬間、右手を出し指を立てて地面に突き刺し、抉る様に掻いて、理性無き獣の様に唸り、荒らげた声を上げながら、超低姿勢の四足歩行で駆け迫り、下から上へと指を立てた右手を振り上げる。
それをギリギリ避けるのだが、掠った衣服がまるで豆腐を切るかの如く切れ裂かれる。
連続で迫りくる攻撃を避け続けるが、明らかに動きが速く、逃げられぬように衣服を掴まれてしまい、攻撃が来る前に反撃しようとするのだが、その衣服を器用に掴み離し、引っ張りと常人では理解できない、異常な動きで回避し、まるで遠投するかのように振りかぶったその右腕を胴体に引っ掛けて殴られ、地面に叩きつけられながら跳ねて木々にぶつかり止まる。
そこへとびかかり、容赦なくその両手で引っ搔くように激しく殴り続ける。
肉を叩く鈍い音が鳴りながら、切り刻まれ、血が飛び散る。
すると、急に何かが起きたかのようにビンッと体がのけぞる様に伸びて硬直し、そのまま後ろに仰向けに倒れ、意識を失った。
「はぁ…いってぇ…。昔、顎門のカシラから聞いていたが…まさかここまでとはな…」
攻撃を防いだ、その無惨に抉り切られた両腕の状態を確認し、ため息を吐く。
コイツの持つ…最後の切り札…『野放』。
永い永い時。野生の世界から離れた人類が失いつつある、第六感。その下位互換に位置し、残った感覚。直感…又は野生の勘。無駄な思考を完全に放棄することにより、肉体のリミッターの解除と肉体への命令伝達速度が加速し、超人的怪力と行動を可能とする。だが、その分肉体と脳の負担が大きく、野放による活動時間は限りなく短い。
カシラはほぼ完全に制御することが出来、三分程度は使えると言っていたのを見ると、こいつの限界はおよそその三分の一、多くて一分半と見ていた。
ボスから保険の命令…。第一にヤクによる感覚領域にて持続的に刺激と負荷を与え、第二による殺さず置いた奴らを使っての感覚領域で一気に高負荷をかける。即座に活動限界を迎えさせる。それが元々の作戦だった。
ヤクなどで脳を壊し、徹底的に慣らしとかないと到底耐えられないものなんだが…。やつの適応能力による耐性…。そして、予想外な展開に数十秒の活動時間を与えてしまった。
まぁ、問題なく終わった…。手は酷い有様だし…猿角の迎えを待つとするか…。
そう、安堵して一休みと眠ろうとすると、視線に気が付き、その方向を見る。
そこには今だ座り込んでいる唯一がこちらをじっと呟きながら、見ていた。
「目を離しちゃだめだ…目を離しちゃだめだ…」
アイツなんで…。
予想だにしてなかったことに思考が走る。
なぜアイツはまだ意識を保ってる…。俺は確かにこの場にいるやつが完全に意識を失ったのを確認してから術を解いた…だと言うのに…。まさか、アイツは俺の術を耐性で耐えたのでは無く…完全拒絶したのか!?
まぁだとしても、目を向けるなり萎縮し、ずっと座り込んでいる奴だ、大したことは無いのは確かだ…。どうする、始末した方がいいか…?いや、何か魔術の素体として使えるかもしれない…。ボスへの土産として連れて行くか。
そう、唯一を観察していき…ふと、目が合う。
「良かった…貴方が慎重な人で」
その謎の大人の女声が聞こえると、いつの間にか真っ暗な世界に一人立っていた。
「———は?」
右を、左を、どこを見ても深淵のように深い真っ暗な闇の世界。
「ここは…何処だ…」
あまりに理解のできないその状況にたぢろぐと、背後に巨大な両目の視線を感じ振り向くと、そこには両端に小さな蝋燭の明かりを灯し、布団に起きて佇む、一人の女がいた。
それは灰色の長い髪に、無地の和病衣を着ており、美しい色白の肌が見え、不意にも美しいく思ってしまった。
「誰だ…あんたは…」
「けほっ誰…ですか…。そんな事…今はどうでもいいではありませんか。けほっけほっ」
何かをしてくる気配は無いなく、ただ辛そうに咳き込んでいた。
「…大丈夫か?」
「けほっ…あら、心配して下さるなんて…少しは良い人のようですね…けほっ」
「いや、良い人ではねぇけど…」
「けほっ…それで…もう抵抗はしなくて、良いのでしょうか?」
「…空気や大気、魔素の感触…移動系の魔術の反応は無かったから転移は無い。何よりもこの何とも言えない感覚は幻術だろう。既に解呪は試みたが、全く手応えがねぇ…。実体の無いあんたを倒したところで解放されるわけじゃねぇし。そもそもこの世界の支配者に勝てる訳がねぇ。だからもう、諦めた」
自身の置かれている状況を説明し、抵抗はする気は無いという意志を、言葉と態度で示す。
「けほっ…潔の良い方は…嫌いでは無いですよ…」
「そうか、それは良かったな…。それで俺をどうするんだ?」
「けほっ…本来であれば彼女が貴方を収めてくれるのが…最も好ましかったのですが…けほっ…こうなった以上致し方ありません…。潔い貴方の為に…優しく堕とし…眠らせてあげます…」
「お手柔らかに…」
そう言って、完全に無抵抗に突っ立つ。その様子を見て、女は一度瞼を閉じ、開きゆくと、何か黄色のオーラの様なモノが滲み溢れ、無限彩色に変わる宝石のような瞳を見せる。
魔眼か…。それもかなりの上物の…。
「望まぬ迷い子に、生命、神秘の始まりを体験させましょう…」
その詠唱に崩感の足元、暗闇の地面がひび割れ、真っ黒な植物の根の様なモノが飛び出すと、血から強く乱暴に絡みつき、強く捕え、地面の中へと引きずり込む。
猿角…どうやら俺はしくじっちまったようだ…。すまねぇが…後のことは任せたぞ…。
「全は渦巻き、揺蕩う星に潜みしモノ。故に其れは思い出す為に土へと還り、その種の一つとなりなさい…。『回帰幻視・始前星命群種』」
底知れぬ深淵に沈みながら、ミチミチと絡まる根が、何度も何度も骨を折りながら曲げて畳み、小さな、小さな球体へと圧縮され潰れていき。一つの小さな種子となりながら、深淵の闇の中に完全に消え去る。
「貴方が目覚めるのは、光無きその世界で芽を出し、開花する時…。まぁ、事が終われば…解いてあげますよ…けほっ…」
ただ逃げ出さない、目を離すまいと唯一が見つめていると、遠く離れたところで幾つもの落雷が落ち音が響いて聞こえた。。
「ひっ…」
それにびっくりして、思わず目を閉じてしまった。
恐る恐る目を開けて再び崩感を見ると、ふと、独りでに倒れる。
「え、えっ…何…?」
あまりに唐突に起こった不可解なその現象に戸惑いながらも、魔力の動きが静まり返り気を失ったその様子を見て、もう見続けなくていいのだと知り、安堵したからか、張り切った糸がプツンと切れ、同じ様に倒れて眠ってしまう。
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地を蹴って、悟空を鳶鷹と鮭馗羅が両端から畳み掛ける様に攻め続ける。それは倒すためというのもあるが、一番に相手に反撃を、攻める手を与えてはならないと言う警報に近い直感からである。
二人の合わせた同時攻撃を、軽々と避けて巧みな棒捌きで二人の腕足、胴を弾き突いて、一瞬動きを止めるように硬直させ二人の間にぼっ立ちして棒を横に持って腕を差し出す。
「伸びろ如意棒」
勢いよく伸びる如意棒は二人の溝落ちを的確に突いて、一気に距離を離すようにぶっ飛ばした。
急所を強く突かれ、咳き込み膝を着く二人は余裕ありげに立つ悟空を見て奥歯を噛み締める。
強ぇ…何なんやこいつ…全く息切らしてへん…めっちゃくちゃ余裕そうやんか…。まさか本当に孫悟空なんか…?
すると悟空は、如意棒を地について身を預けるようにもたれ掛かる。
「面白くねぇな」
「何やと…真剣に戦ってるって言うのに…面白くねぇやと…?俺らは遊びに付き合ってんちゃうぞ」
「真剣?遊び?それはこっちのセリフだぞ、ガキ」
「何やと…」
余裕げに話し始め、全く戦意を感じさせなかった悟空は鳶鷹に迫り、立ち上がり構えるよりも先に蹴りを入れて棒を振り回し、三度突きと殴りを打ち込み、死角からカバーに来た鮭馗羅の攻撃見ずに避けながら、更に鳶鷹を強く如意棒で叩き飛ばす。
地面を転がりながら立て直し、すぐに駆けつけようと顔を上げて足を前に出す。
「動くんじゃねぇ」
覇気のあるその言葉に身が硬直してしまう。
悟空は鮭馗羅を膝まづかせて腕を後ろにさせてその上に座り、身動きを取らせないようにしていた。
「鮭馗羅!」
「うぐあぁぁ…」
声を上げて体を前に助けに行こうとした瞬間、鮭馗羅が苦しそうに歯を食いしばるその声を聞き、前に進もうとした体を止める。
悟空が腕の関節の逆に行くように体重をかけたのだ。
「動くなっつってんだろ」
「くっ」
言うことを聞くしかないと、不満ながら拳を握り締め我慢するその様子を見て、掛けていた体重を緩める。
「客観的に見れば、即席の二人にしてはそれなりにいい連携をしやがる…。だが、実際の所は連携がいいんじゃない。この気味悪い妖術を発してる小僧がお前の邪魔にならないよう、足を引っ張り合わないよう、上手く合わせてんだ。
戦えば戦うほど妖力が高まるガキと、それに完璧に合わせカバーする小僧。途中までは面白かったが…」
そう、考え込みながら鳶鷹を睨みつける。
「お前がクソほど面白くねぇ」
「お、面白くねぇって、なんがや」
「お前はさっき真剣やら遊びやらと言っていたが、なんだお前は。生死をかけた戦い。小僧は自身の妖術によるものでは俺様にダメージを与えられないと妖力を九割攻撃に回している。だがガキ、お前は小僧の数倍妖力があると言うのに攻撃に三割り…。いや、二割五分、防御に七割五分を回してやがって…。自身の身可愛さに戦ってる、必死さの無いガキの攻撃は全く怖くねぇんだよ」
「なっ…意味わからんこと言うなや。こちとら本気や!」
駆け迫るその姿を見て、退屈そうにため息を吐き、自身の毛を抜き吹きかけて、分身を一体出し、それは無防備に立ちはだかった。
分身は猿角との戦いから本体より劣るのを知っており、それがお前なんてこれで十分だと言う意味が伝わり、怒りが込み上げる。
「舐めんなや」
本気で魔力を込め振り被った一撃を放つ。
確かな手応えを感じた。
だが、分身はまるで全く効いてなど無いと言うよう、につまらない視線を向けるなり、上から地面へと抑えるように叩きつけ、服を掴み放り投げる。
「げほっ…げほっ…」と咳き込みながら、追撃の来ないそれを見て疑問を抱きながら睨みつける。
「ほらな」
「くっ…」
「興ざめだぞ…ガキ。だから…必死になれるようにしてやろう」
そう言って悟空は立ち上がり、鮭馗羅の背中に足を乗せて手首を掴み強く握り締め、引っ張り、手首の骨を折り、骨の関節の抜ける音が鳴る。
「うがぁぁあ、あ、あ…くふぅー、ふー」
悲痛なさけび声を上げるもすぐに食いしばって抑えこむ。
「ほう、耐えようとするかお前、面白いな…。なら、これはどうだ?」
腕を引っ張ったままゆっくりと腕を内に無理やり捻り始める。
「こんくそぉ!」
立ち上がって駆けつけようとするも、分身が立ちはだかる。
「邪魔や!どけ!」
相変わらず分身は舐めてる様子で、無防備に鳶鷹の攻撃を受けながらカウンターと重い一撃を食らわせる。立ちふらつくそこに足をかけて転がし、起き上がることすら許さないように邪魔をして、いたぶるように蹴り始める。
這い蹲り分身を下から睨みつけ、タイミングよく蹴りを転がり避けて起き上がり、這い蹲っていた時に握り締めた土を顔面に投げつけて殴るも、顔面にカウンターをモロに受けてしまう。
ふらふらと立ち揺らぐも、顔を振って気をハッキリさせて殴りかかる。
それは防御を完全に捨てた殴っては殴られての、ただの殴り合い。
だか、相手は分身という誰から見ても明らかに分の悪く、こちらは殴れど殴れど大した手応えはなく、一方的に重い一撃が返り来て、ダメージが大きく着実に蓄積されていく。
何も対策や考えはなく、完全な八方塞がりの状況。
一体…どうすりゃあいんや…。
「おらおら、もっと必死に慣れよガキ…。小僧が無惨に殺される様なんて見たくねぇだろ」
「…何が目的っスか…あんた…」
楽しげに煽る悟空を見て、少し考えながら鮭馗羅が尋ねる
「さぁな…。それにしてもまだ喋る余裕があるのか。ならもう少し締めよう」
更に腕を締められ、折れた骨と外れた関節によって本来の限界以上に回され、最後の抵抗と耐える血肉が体内でミチミチと音を鳴らし、そして限界を超えてブチッと何度も引きちぎれる音が体内で響き、肉が裂け火に焼かれるような激痛に頭を地面に叩き、擦り付け悶絶する。
「これでも声をあげねぇとは…気味悪い妖術を使う割には、結構根性あるじゃねぇか小僧」
そう褒める悟空の言葉を聞きながら、視線をゆっくりと横に向けて見る。今なおボコボコにされながらも、決して諦めずに立ち向かう、その姿を眺め見る。
『鳶鷹…聞こえるっスか…?』
なんや…鮭馗羅の声が…。
脳に直接、声が響いて聞こえ、ばっと鮭馗羅の方向を見る。その反応に鮭馗羅は安心からか、僅かに口角が上がる
『聞こえてるみたいっスね…。聞きたいことがあるんスけどいいっスか?』
何やこんな時に、聞きたい事って…。
『なんで…家系の…飛翔家の魔術を使わないんスか?』
その問いに動揺して隙が生まれ、重い一撃を受けながら胸が締め付けられように苦しくなる。
使わないんじゃない…使えないんや…。
『…そうっスか』
明らかに落胆するように残念そうな言葉に、更に胸が苦しくなる。
『なら…仕方ないっスね』
すると、平気そうに明るく返事が返り、動揺してしまう。なんでこの状況でそんなにも冷静なのだろうかと。
『一つお願いを聞いて欲しいっス…』
お願い…?お願いってなんや。
『…逃げるっス』
は!?何を言って…。
『元々、コイツ…猿角とは自分らの問題っス…。鳶鷹達には関係ないっスから…』
だからって…。
『お願いッス…犠牲を…俺一人で済ませるために…逃げて。コイツの情報を仲間達に知らせてほしいんっス…。本当は俺が皆に知らせれればいいんっスけど…最初の攻撃で切断されたんスよね…』
心配させまいと明るく取り繕い話すも、苦しさを我慢するのが滲み、微かに伝わってくる。
『事前に情報があるだけでも対策を練って…きっと最小限の被害に抑えれるっスから…だから、お願いッス』
やけど…。
『そうッスね…。俺も鳶鷹となら二人でなら…猿角を倒せるって…どうにかなるって…思ってたんスけどね…。コイツは…この誤算は…俺のミスっス。だから…早く…』
わいは…わいはまだ…。
『意地を張るのはいいことっス…。だけど、状況を考えるっス…。こいつにはどうやっても…今の俺たちには…敵わないものだと…』
そんなことは…。
『…いい加減にしろよ…ガキ』
え…鮭馗羅はん?
先程まで喋っていた人とは思えない、静かでドスの効いたその声に困惑する。
『下手に話しやすくしてやってりゃいつまでもいつまでも意味のないことばかりしやがって…。大した戦力にもならねぇんだから、さっさと逃げて知らせに行きやがれ』
必死の伝わるその正面から告げられた戦力外通告に、砕けそうに奥歯を嚙み締める。
「くそっ!」
分身の攻撃を受けながら両足を浮かして攻撃を利用して流され、体を捻りながら着地し、そのまま振り返って走り去って行く。
その様子を見て、またつまらなそうにため息を吐く。
「俺が逃がすとでも…」
追おうと、鮭馗羅から手を放そうとすると、握る両手が思うように動かず、這い蹲るその顔が二ッと笑みを浮かべる。
「行かせないっスよ…」
こいつ…。何らかの妖術で俺様の両手だけ支配しやがったな…。こいつの妖力じゃあ、本来こんなことはできないはず…。
「死ぬ気か、お前?」
「…俺のミスっスからね…このくらいの落し前はつけるっスよ」
「そうか。なら、仕方ねぇな」
そう納得し、分身を追わせながら腕を回して更に締め裂いていく。悶絶する、その様子に興味などなく。鳶鷹の走り去った暗い闇を眺める。
「あれほどの妖力を持ってながら、使いこなす術も無いとは…。才能が無い…。宝の持ち腐れだな」




