理幻鏡想 11
歩地に言われた通りに事務所へと向かう途中、すれ違い行く人達が先程の事で噂話をしており、少ししか聞こえなかったが、話の内容からして、事の事件はビルに運び込まれていたガスボンベの損傷によるガス爆発という風に情報操作されたようだ。流石は普樂、仕事が早い。
そして、事務所のすぐそばまで来ると、ビルの前に千和々の車が停められており中には赤華と千和々が乗っており、窓がゆっくりと開かれる。
「とりあえず移動しながら話すから乗ってくれ」
そう指示されて後部座席に乗り込み、直ぐに動きだす。
「今現在四つの問題が起きている。
まず、一つ目は三人は現場付近にいて目撃したかもしれないが、異形が出現した事。
二つ、それがビルに突入し、中にいた理鏡が狙われて攫われたということだ。それには確かな意思、何らかの目的があるのが分かるだろう。
そして三つ目、関係しているかはまだハッキリとしていないが、早朝から現在までに五十人強の行方不明者が出ている。まあ、多方関係しているだろうな」
「五十人も!?」
「さて、ここから考えられる可能性はなんだ?」
「考えられる事?」
鳶鷹と唯一が見合わせて考える。
「儀式。それもそれなりに大きな儀式って感じかしら。彼女の魔術は何らかのことに利用できそうだものね」
「ああ。その線である可能性が高い。儀式は特殊な素体ほど良く、生贄も多ければ多いいほどいいものだからな。これほどの規模だ。何らかの組織が関わっている可能性もある」
「急ぎって言うのはこれ以上大きな被害は出さない為ってことね」
「そういう事だ」
「でも、その儀式の場所は分かっているの?」
「もちろん、場所の特定は既に済んでいる。ここから約十キロ南西の小さな町外れの集落にある寺と神社が並んである近くにある山だ。さっき言った行方不明者らしき人物達が山へと入っていく目撃情報もあったからな。確実だろう。車で十数分走れば着くよ」
「それで四つ目はなんなの?これ以上何かなさそうなのだけれど」
「応援は来ない。だから、今回の件は君たち四人で何とかしなくちゃならない」
「嘘でしょ?この規模の大事なのに?」
「ああ、嘘じゃないよ。まず、歩地は表の処理を済ませなければならないしあの大人数に治療魔術まで行っているからね。悠梅さんは本部に呼ばれていて不在。私は歩地のように器用じゃないからね。人払いの結界を張るので精一杯で何も出来はしない。戦力外だ。一応既に、外から応援は呼んではいるが、最短でも一、二時間はかかるだろうな」
「そんな…」
「それ、わいらだけでなんとかなるんか?」
「さぁな…」
「さあなって…」
「私は神でも預言者でもない。だから曖昧な言葉を君達に投げることは出来ないよ」
すると、前方に何かがある訳でもないのに、道路の真ん中に停車する。
「敵の正体も数も、目的も分からない。これだけの規模だ。異形に加え、十数人の魔術師がいてもおかしくない。それに対して、私感によるもので失礼になるが、魔術師としての戦力となるのは赤華で一人。君達三人合わせて一人に足りるかどうか。実質戦力は1.8人だ。
急ぎだったから君達も乗せてここまで来たが、ここから先は命がかかっていると思っていい…。異形は基本的に人に大きく興味を示さない。直接即座に干渉することは無い。今回は前回のように様子見をしてくれると思わない方がいい…」
その重々しい、普樂の者からでる言葉に事の重大さがひしひしと伝わる。
「だから君達は逃げてもらっても構わない」
———。
「君達は一流の魔術師でもなければ、大人じゃない、学生であり、子供だ。だからここで君たちが引き返して、見なかった事にしたところで君達が責められる筋合いは無い。皆無だ。そもそも、ここら一帯に管轄とする者を置いておかなかった本部の人間、そして歩地の責任なのだからな。
一人は皆の為に。皆は一人の為に。そんな綺麗ごとは考えなくていい。今回は何が起ころうと地震、津波、噴火の自然災害の様なモノだと考えておけばいい。他人よりも、世界よりも、全てにおいて自分自身の身を、命を優先すべきだ。
残念な事に時間が無い。早急な決断を頼むよ」
空気が重い。そんな中最初に口を開いたのは鳶鷹だった。
「赤華はんと千和々はんは行くんか?」
「勿論行くよ。私は」
相変わらず赤華からは迷いない強い返事が返ってきた。
それを聞いたからか、鳶鷹は静かに笑い決心がついたようだ。
「なら、何も問題ないわ。俺も行く」
「…あとの二人はどうする?」
「行くわ。当然」
「えっと…ぼ、僕も…大丈夫です…」
「…そうか…助かるよ」
「それで。私達が行くにしろ、行かないにしろ、作戦は決まっていたのでしょう。それを教えて頂戴」
「それもそうだな。なら進みながら作戦を話すとしよう」
そう言って煙草に火をつけ。静かに緩やかな発進をして先ほどよりも、遅い速度で進み始めた。
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深い山へと続く県道の道中。
そこには、既に人の住んでいない無人の古民家があり、草木の手入れのされていないその庭らしき敷地内に車を止め、すぐ横にある裏山へと続く、一切舗装のされていない、踏み固められたその場で準備をしていた。
「先も言った通り、できる限りのサポートはしてやるが、出来なくなった、またはお前たちの感覚で無理だと思ったらすぐに引き返すように。これだけは厳守だぞ」
「おう」「うん」「ええ」「は、はい」
「それじゃあ気をつけて行ってこい」
その見送りの言葉と共に四人はバラバラに山の中へと入って行く。
「さて…」
その場に残った千和々は内ポケットから一枚の札を取りだし、地面に置き、咥えているタバコの先から出る煙を人差し指と中指で絡めるようにゆっくりと掻き回し、そのまま札へと伸ばし円を描き、結界の術式を組みながら、タバコを左手に持ち空に別の術式を描いていく。
空に描かれたその四つの術式はそれぞれに一つの煙の球体となり、そこから新たな形へと変化しようと蠢く。
それの出来をチラリと一目見る。
「まぁ、こんなものか…」
そして形成し終えたそれらは、四人の後を追うように森の中へと飛ぶ。
十七時四十二分頃。
四月の日没から真っ暗になるまで約三十分前後くらいなのだが、赤夜にはあまり関係ないようで、不気味に薄暗くも明るく、視界もそこそこ悪い程度でしかない。
だからか、山の中も草木の違いがなんとなく識別でき、木々の間を縫うように走り抜けながら山を少しまた少しと登りあがってゆく。
■■■
神社の本殿の中で、黒子頭巾を被った黒い修道服の者が座禅を組んでおり、瞑想を終えたように目を開き立ち上がり外を覗く。
空を見るとぼんやりと霧がかってるのが見え、それが結界であるのだと気がつく。
「…来たぜぇ」
入口の横にもたれ掛かるように立つもう一人の修道服の男が声を掛けてきた。
人差し指に何か粉が乗っており、それを吸うとおっとりとした表情をしており、何か甘い香りを漂わせる。
「もう、吸ってるのか。ほどほどにしておけよ」
「だいじょぉぶ。だいじょぉぶ」
「全く…」
「見張りの奴等ぁは向かわせたがぁ…何人来たんだぁ?」
「山の中に四人。そしてこの結界だ。全員で九人いるかどうかって所だな」
「四人かぁ…それにぃわざわざ結界を張ったというこたぁ…違う奴らかぁ」
「ああ…。だが、ここらの管轄の魔術師が来ることは想定内。それにこれくらいなら見張りの奴らで十分だろう。それにイレギュラーが起きようとも、上のアレが何とかしてくれる」
「…本当にアレを味方と見ても大丈夫なのかぁ?」
「さぁな。だが、俺たちに与えてくれたモノだ。信じるしかない」
「それもぉ…そうかぁ…」
「お前も、いつでも動けるように準備はしておけよ。あいつらは必ず来るだろうからな」
「おおぉ。お前も中の続けてろよぉ」
そう、男が親指を指す先に一人が座しており、それを囲うように青白く光る術式が淡く空に煙のように浮かび消えるのを繰り返していた。
「ああ、分かっている」
「それとだがなぁ」
「何だ?」
「アレはもう、上にはいねぇぞぉ」
「勝手に動いたのか…まあいい…。俺たちの邪魔さえしなければいいからな」
暗い山の中。
その闇の影に紛れ、隠れるような黒い修道服の影が、身軽に木々を飛び移り、位置に着いて止まり、遠くを見る。
その先に早く動く影を捉え、腰にかけた筒から矢のようなモノを取り出しながら右腕を伸ばし、腕に取り付けられた装置にソレを装填し、狙いを定めるように覗き込む。
その影を追いながら、距離、風の強さ、向きを再確認し、位置を固定し握る形のトリガーに手を掛けて、その時を待ち、そしてトリガーを引く。
その瞬間、横から急接近するそれに気が付き、飛びくる小さなそれの攻撃をナイフで防ぐと、鋼がぶつかる激しい音が鳴り火花が散る。
しつこく攻められ、避けるようにその場から降りて距離を取り、高速で動くソレを目で追い、正体を確認する。
蜂…?いや、この速度…使い魔か…。
その時、山の中を走る赤華達四人は、その見張り達の位置を正確に把握し進路を変える。
「まず、先ほども言った通り戦力は赤華しかいないからな、赤華を主軸に行動するつもりだ。君達が加わった事で作戦は大きく変わりはしない。
君達が山の中へと入って直ぐに私が人払いの結界を張る。
その時に、相手に魔力探知に長けた者がいるにしろ居ないしろ、バレてしまうだろうが関係ない。そのまま君たちにはバラバラに別れて大きく遠回りしながら元凶となりえる元へ向かって貰う。
そうする事で敵の意識を分散させる事ができるだろう。
そして、敵の術師らが阻害する為に待ち構え狙いを定め攻撃をしてくるだろう。その時に私が作った使い魔で牽制を行う。
さっき車内で君達に特殊な煙を纏わせておいた。それで使い魔から敵の位置を把握できるだろう。敵との一定の距離を保ちながら分散させ、赤華から距離を離す、盤上を掻き回す役割りを三人に任せようと思う。
戦わなくていい。ただ引き付けること、逃げる事だけに意識を置いておけばいい」
千和々の言いつけ通りに、それぞれが神社へと近付こうとしながらも、術師とは一定の距離以上近付かないように走っていると、ほぼ同時に進む先方に幾つかの人影が見えた。
それは先程認識できた見張りの術師ではない。
ゆらゆらと不安定な様子ながらも、こちらに向かって走ってきている。
その走る速度と様子から恐らく魔術師では無い。人型の何かだと判断して更に少し大きく回るように走り進む。
すると、その人型はこちらに気が対いているようにしっかりと進路を変えて、行く手を阻む様に動いてくる。
何。 何や?
と思いながら仕方なく徐々に近づきながら距離が狭まり、それを視認する。
それは人であるが、ただの人ではなかった。
衣服はボロボロに破れ、ドロドロに土に汚れている。
顔は青白く、目は白目で充血し、口がずっと開かれてだらだらと涎を垂らし、喉が枯れたような、唸り声を漏らしていた。
ゾンビ…グール…?とそれぞれにそれを見て考える。
動きは鈍く、意思、思考をしている様子は無い。
あれならワイでもいける。
私でも
僕でも行ける…気がする。
そう、少しでも敵の数を減らし、後々の皆の負担を減らせられたらと、各々が判断して、
手に持っていた木の棒を強化を施し、
術式の紙にペン先で縦に線を入れ術式を展開し、人型のそれ目掛けてこちらから攻撃をと迫る。
すると、直ぐ傍の茂みから黒い影が飛び出し、襲い掛かる。
———!?
結界の術式を維持し組み続けていた千和々が、最初にそれに気がついた。
…使い魔が連続で消滅した…?感知した術師程度であれば、まだしばらくは遊んでやれると思っていたのだが…。…それだけじゃない…緊急時に備え移動時に送り潜ませていたモノまでもが、もう破壊された…。
まだ、私に感知されなかった優れた奴が隠れていて、それだけ上手く統率がとれているのだと…。ただそれだけで済めばいいのだが…。
もし、これがそいつ一人だけの手でやられたとしたら…。何か途轍もない奴が山の中を、想像できない、かなりの速度で動き回った事になる…。気をつけてくれよ…四人とも…。
森の中を一直線に山頂へと向かって走る赤華も、何か嫌な気配を感じ止まって振り向く。
「みんな…」
心配しながら皆の元へ駆け付けるか、このまま進むかと迷っていると、その隙を着くように一つの影が静かに木々を飛び移り、高々と高く飛び赤華の背後から襲い掛かる。
直前にそれに気が付き、その人影の腕から伸びる忍びの使う鉤爪に似た熊などの獣の鉤爪の様な刃を振り下ろしを一歩後ろに体を下げ、紙一重に避けると、叩きつけられたその衝撃で地面が割れて破片が飛び散る。
その時、影の姿が見えた。それは自身より一回り小さく、黒い服を身にまとい、長くもボサボサなグレーブラウンの髪が目に止まった。
小さい…女の子?だけど、今はそんなの関係ない。
着地時の硬直による隙を狙い、反撃を仕掛けるも手に着けたその鉤爪の刃を向けられ、切られないようにこちらから避けるように軌道修正を強いられて後手に回ってしまい、その人影は勢いにのるように猛攻を続けた。
だが、対人戦に慣れている赤華もやられっぱなしとはならず、タイミングを計らいその攻撃に合わせるように刃をすり抜け相手の手に手を当てて攻撃の軌道を動かし、空いたその隙へ拳を撃ち込む。
それを空いていた腕を盾にして、威力を利用するように後ろに飛びながらくるりと回りながら距離をとり、木陰の闇の中に立ち構える。
…この子…かなりできる。
すると遠く離れたところから地震の様な音が聞こえた。
この方向は…。
そう、様子を伺う隙など与えないように、それは影から再び飛びだし、猛攻を仕掛けられてしまう。
気をつけて…梓麻。
■■■
それは梓麻と人型のそれらとの間に、空から割って入る様に現れた。
霧、靄を纏い全身を隠す真っ黒なローブにそこから覗かせる馬のように長い面影。
こいつはあの異形…。
すると、それはギョロリとこちらを向いて気味の悪い唾液が伸びる獣の口を開く。
「ミィーツケタァ」
こいつ、しゃべっ———。
その瞬間、視界が大きく動いた。
先程まで目に映っていた、その異形の姿は視界には無く。その先にいた人型達は小さくなっていく。
いや、違う…遠く…距離を離されている…。異形に服を…後ろに引っ張られて…。
次の瞬間には、先の人型達の姿は無くなり深い森だけが視界に映っており、次々と木々が横から遠く先の彼方へと、ほぼ一瞬で過ぎていく。
耳が痛い。肌が…全身がヒリヒリする。体の底から込み上げくる気持の悪い不快感。途轍もない負荷が体にかかっているのが分かる。
まずい…この速度で引っ張られ続けるのも…。いや、木々か硬い何かに叩きつけられた瞬間、自分の肉体が破裂するのが容易に想像できる…。腕を後ろに、引っ張るその手へと伸ばそうにも腕が重く伸びない。さっきまで持っていた術式の紙は異形の何かにあてられた影響か、使い物にならなくなってる…。何か…何か手は…。
そう思考を回そうとするも負荷によるものか、頭痛が激しく、意識が飛びそうになり、保つだけで精一杯で。
…あれ…何してんだっけ…わた、しは…。
意識が朦朧とした梓麻の事など、異形が気に掛ける必要など一切なく、スピードに乗り続け更に加速し、その先にある大木へと目掛け、無慈悲に叩きつける。
ぐしゃりと生々しく肉が潰れる音が鳴り、飛沫が辺り一面に飛び散った。それと同時に巨木が軋み叩き割れて、折れた木が生え並ぶ周囲の木々にぶつかり、地面に落ち転がる音が山全体に響き渡る。
止まるために異形は足底を地面に引掛け削るようにブレーキを掛けスピードを落としていき、やっとのことで止まる。
ゆっくりと先程まで掴んでいたその右腕を上げて眺めると、手首より先が無くなっていた。
それはあの速度で巨木に叩きつけたことによって、潰れ飛んだのだと異形自身も容易に理解できている。
物惜しげにそれを暫く眺めていると、体に纏う霧がその腕の先に集まりゆき、まるで何事もなかったように手が再生した。
すると自身の力で再生させたというのに異形はそのことに驚きながら、次には嬉しそうに静かに笑みを浮かべ、次はどこに行こうかと顔を上げてキョロキョロと見渡す。
「まさか…こんな気味の悪いよく分からない怪物がいるとはなぁ…」
見知らぬ男の声が背後から聞こえそちらを見ると、人影が一つそこにあり、それをじっと眺めていると、あることに気が付き異形は不思議そうに頭を傾げる。
男はだらしなく乱れた黒いスーツを身に纏い、右手は地面に突き刺したと思われる日本刀の頭に手を添えていた。
そしてその左手の先には呆然と座り込む梓麻の姿があった。
「お〜い…嬢ちゃん大丈夫か?」
頭をポンポンと優しく触れると、気がつき自分の体を顔を確かめるようにぺたぺたとゆっくり触っていく。
「あれ…私…」
「よかったなぁ。嬢ちゃん」
再び声をかけるその声に反応して、男の方を向く。
「運良く俺が近くにいて」
「貴方は昨日の…」
「ああ。特撮モノの収集が好きな…ただのおじさんだよ」




