赤色追録 5
梓麻の告げた先の言葉にまだ困惑しながらも、取り敢えず皆について家の越えた深い森の奥を歩いて行く。
十分ほど歩くとかなり小さいが少し開けたところに出て、互いに向かい合うように立たされる。
何かの冗談だと、着いてきてしまったが様子を見ると唯一は少し動揺しているが鳶鷹達の様子を見るに既に話して決めていたのが分かる。
「歩地さんやって」
その声と同時に歩地の吸っている煙草薄い煙が意思を持っている様に傍にいる五人の周りを漂い、まるで幻、陽炎のように姿が消え、周囲が少し暗く雰囲気が変わり、結界を張られたのが分かる。
今の一瞬で…ほんとどういう結界張ってんのよ。
認識阻害に人払いにその他いくつかという大掛かりの結界を、確かに準備時間はあったが一度も三人から離れていなかったと言うのに、容易に張るその事実に飽きれながらも、こちらを向く赤華を睨みつけるように見る。
なんでいきなり喧嘩をしましょって言ったのか、理由は定かじゃないけど。そんなもの全てが終わって満足したら話してくれるはず。
一対一だけど、昨夜の事をでこっちの手札は幾つか見られていて、こちらは彼女の家柄の事以外無し。そもそも彼女家の魔術を知らない。情報差は不利だけど、それが負けても良い理由になる訳では無い。相手は本気なんだ。それなら私も本気で答えるのが正しいだろう。
動きやすい様に上着を脱ぎ捨て、構えをとると同時に梓麻が先に動き、後ろ腰の所から札を取り出してこちらへと放つように投げる。
紙だけど。ただの紙を投げるわけが無いと身構える。
「FlashBang!」その声と同時に放たれた紙からちちっと二度、火花が弾けると、丁度互いの中間辺りで眩い閃光と巨大な爆発音が鳴り響いた。
身構えていたお陰で視界は少しぼやけた程度で済んでいるのだが、耳がやられ耳鳴りが酷く周囲の音が全く聞こえない。
耳は暫く使い物にならない。素早く視線を動かし小さな動き全てを確認する。
すると左から真っ赤な光の玉が飛んでくる。
咄嗟に大きく避けるも、直ぐに背中に熱く吹っ飛ばされそうな強い衝撃が打ち付けらるのを何とか踏み止まり耐える。
直ぐに振り向いて見ると黒い影が自分を中心に円を描く様に走っているのが見える。その足の速さは普通でない為に強化を施しいているのが分かる。
機動力を上げて遠距離からの一方的な攻撃。戦略で言えば最も効率的で理想的と言えるものだろう。
だけど、その速度なら容易に捕まえられる。
そちらを見てから二発の火球が連続で放たれる。それらは先に放たれ迫り来ている火球より明らかに小さいのが分かる。
三発の火球を避けて、そちらへ向かって駆け走ると、それと同時に間を空けずに四連の火球がこちらへ向かって放たれる。二発を避け躱せない残りの二発を薙ぎ払い相殺してそのまま突っ込み手を伸ばす。
接近戦になればこっちのもの、そう掴みかかろうとするのだが、簡単に手の甲で弾かれ躱される。それでも諦めずに二度三度と掴みに行くのだが、先と同じように弾かれて軽いジョブをこちらの受け手を避けて打ち込まれる。
威力は無いけど、梓麻さん結構やるな…。
昔から護身術。特に掴みの回避はとことんやり込んだわよ。
こちらから攻撃を仕掛けるも、避け弾き受け流し受けもかなり上手い。
攻防に対応するようにその弾かれ打ち込まれるその攻撃に合わせ掴もうとするが、上手くすり抜けられてしまう。
拉致があかないな。
そう掴むフェイントを挟み足を横に腹部を狙って蹴り払うと、まるで空を蹴ったように手ごたえが無く、そこにいる梓麻の姿が煙の様に揺らぎ消えた。
ほう…今さっき私がしたものを模倣したか。
周囲に目を配るが、視覚的に幻術を受けている可能性があるからそれだけに頼るわけにはいかない。先までの攻防で時間が経って耳も大分回復できた。
静かなその場にある小さな音を逃さぬように耳を澄ます。
夜風、木の葉が風になびかれ揺れる音が聞こえ続け、右の斜め背後から音が聞え、そちらを向いてそれを見ると、そこにあったのは梓麻が使っているあの紙が床に落ちており、そこから確かに物音、足音が鳴っているのが分かる。
音の囮…。
そう意識が奪われているその一瞬の隙に反対の肩に梓麻が三枚の紙を左手で振り払いながら強化を施した右拳を、気が付き遅れながらも防御するその左腕に命中する。
さっきまでのに比べてかなり重いけどこの位ならまだ——。
そう耐え踏み止まる所に「Chain」と呟く声が聞こえた。
その瞬間先程攻撃を受けた所に全く同じ衝撃の攻撃きた。
余りに唐突なその衝撃にバランスが崩れ、追撃とばかりに梓麻が迫り仕掛ける。
姿を魔術で隠し移動したと思わせて、ずっとその場に息を潜め、何時の間にか設置していたあの音の囮に反応する時を待ち、不意を突いての二重の強化での攻撃。
そして攻撃の時に用意していた一枚の紙を挟んで殴る事で貼り付けた。その紙には恐らく衝撃の記録と解放の術式によって同じ威力の連撃をしたというところか。
だけど、その程度じゃあ…。
左手に二枚を持ちながらまだ強化が残っている右拳を放つと、待ち受けていたと赤華が左手で受けながらその手を捕まえようとする。
それを先と同じように弾いて避けようとする。
だが、弾いたはずのその手がまるで手にくっついているかのように着いてきて、そしてそこから滑るように手首を掴まれる。
「ちっ」
舌打ちをしながら左手を振り保険として持っていたその紙の魔術を展開させようとすると、赤華がその二枚の紙に一瞬触れて左腕を掴まれる。
捕まろうが関係ない魔術さえ発動すればいい。
「Electric Shock」
そう詠唱するが魔術が不発いや、そもそも起動し無かった。
なんで。
疑問に思いながら、赤華が腕を引っ張り抵抗する瞬間を起点として梓麻を背負い投げ、右拳を顔面へと放つ。
咄嗟に痛みから逃げるその反射で目を閉じたが、痛みが来る事はなく、恐る恐るゆっくりと瞼を開くと放たれた先の拳が紙一重で寸止めされていた。
その拳を引いきながら手を横にして開く。
「ん」と言ってそれが手を差し伸べているのだと分かり、その手を取って上体を起こして座ると、彼女は隣に座り「それでちゃんと話してくれるんだよね」と腰に手を当てて彼女なりに少し怒っているように問うので不服ながら頷く。
「赤華は私の家…綾嶄寺がどういう家か知ってる?」
「えっと…薬品とか車とか生活家電とかを販売している大企業?」
「まぁそんくらいの認識よね。貴方の家に私の家が作ったものなんて何一つ無いし魔術は愚かそもそも他の家系の事なんて基本的に知らないんでしょ?」
「うっ…そうだけど…なんでそう思ったの?」
「女の勘って言うのもあるけど、一番の理由は私を見る目よ」
「見る目?」
「そう。私はね生まれてから今日まで二つの目でしか見られていなかった。綾嶄寺という大企業、名家の娘という目。もう一つは才能の無い者を見る目」
才能が無い?それってどういう…。
「魔術師から見れば私はね非魔術なの。なんたって一般人と変わらない魔力しか保有していないし、どの属性にも魔術適正がないから。私自身の力じゃ魔術を行使する事すら出来ないから」
「でもさっきまで魔術使ってなかった?」
「それはこの魔術道具を使ったからよ」
そう腰に取り付けてあった紙の束と二つの缶が管と繋がったペンをそこに出して置く。
「これは私の魔力を缶の中に溜め込み保存し、ペンで術式を書いて魔術を行使できる道具。まぁこれ一つ…問題なく運用できるようになるのに五年かかったんだけどね」
五年…。そう月日を聞くも、魔道具を作った事ない赤華にとっては全くピンとこないもので、彼女のその反応をみて何となく梓麻が察する。
「綾嶄寺はね魔術具、魔道具を作る一族なの。あらゆる物に術式を組み込む事で魔術具とする。勿論魔力なんて少なくとも作ることはできるけど、強力な魔術具を作るには魔力を使って術式を組んだり、効率的作業、魔力を通して使う道具を使ったりとどうしても魔力が必要になってしまう。そんな現場で私が出来るのは十分程度の活動と殆ど何も出来ないから基本的に開発などの現場から遠ざけられていたわ。まあ、時折、お父様に手伝いをさせてもらうことはあったけれど。
うちの従業員ならこの道具は一年…半年も掛からず作れるんじゃないかしら。
そして私には四人の姉妹兄弟がいて、私の数倍の魔力を持っているものだから、それも相まって姉妹や周りからは才が無いもの…落ちこぼれとして見られていたわ。
そして外。学校に出れば媚びた目で見られる。それは私ではなく綾嶄寺というものにね。
そんな毎日に嫌気がさして綾嶄寺にいる普樂に相談して紹介されてここに来たの。
まぁ初日早々に髪の毛の事でイチャモン付けられて言い合いになって手を出されそうになって、その時に貴方が助けてくれた。
都会から離れた地方であれば私の名前なんて気にしない。そもそも知らない…そう思っていたんだけど結局挨拶のときにクラスメイトは綾嶄寺を知っていて、同じ名家である二人はともかく、ずっと媚びた目を向けられてうんざりになる日々を送るんだと。そう思ってたけど、貴方だけは変わらず真っ直ぐな目で私を見てくれていた。その後、昨夜の騒動と色々あって同居する事になって変わらず貴方が接してくれるから、そんな大したことじゃないけど私はねうれしかったの。
久々だったわそういう人に出会えたのは。
だけど、今日の朝学校で貴方に挨拶をした時、壁を感じた。それはまるで他人行儀、愛想笑いに似た挨拶」
「それは——」
「私の身を案じてのことなんでしょ」
「歩地さんから全部聞いたの?」
「いいえ。悠梅さんを紹介されて赤夜に対して皆気味悪がってるや悪霊や魔獣が活発になるけどそこまで大きな被害は出ていない。それくらいしか説明されず、最後にそれくらいで済めば面倒なモノでは無いと呟いただけ。
聞いたその瞬間はよく分からなかったけど。最初に尋ねられた赤夜に対して何を感じてるかの問いを思い出して理解したわ。
この地で生まれ、育った人…いやモノは赤夜に対して思い感じる事を赤上家…貴方からも感じているのでしょう。それなら学校での挨拶をした時の貴方の反応も、その直後の周囲からの異様な視線の説明がつくのだけど。どうかしら?」
「…うん、その通りだよ。
なんでかは知らないけど赤上はその呪いじみた事で忌み嫌われ続けてるんだよね。私が初めてここの外、小学校に出た時は私自身びっくりしたよ。私が教室に入るなりクラスメイトの殆どが泣いては吐き出しての阿鼻叫喚…そんな地獄のような惨状になった…。
今では歩地さんと卯恋さんが結界を張ってこれまで幾度と改良をしてくれて何とか今の状態まで落ち着いているけど…」
この家周辺や学校、普樂の二人の車と事務所から感じていた無数の結界は呪いの影響の抑止の為…。
「それで改めて聞きたいのだけど、昨夜の、何故、大三家という身でありながら護衛も付けず祓い師の様な事をしていかの問いにあなたは"それは私がお願いしてさせてもらっている"、"ただ単純に自分がしないといけないと思ったから?"と答えたけどハッキリとあなたの言葉で教えてくれないかしら」
「それはそのままの意味だよ。元々は私達の問題の事なのだから私達で解決すべき事案だと思うし、そのせいで私じゃない誰かが傷ついて欲しくないからかな」
「だから悠梅さんを引退させたの」
「まあね。今までいっぱいお世話になったし、これからはゆっくりとしていてほしいから」
確かに悠梅さんの身体能力を抜きにして、お世話になった人に平穏な日々を送ってほしいと思うのは当たり前の事か…。
「でも、もう一つ聞きたいの」
「なに?」
「そんな仕打ちを受けているのに何故、そんな人たちを助けようと思うの?」
彼女は口にはしなかったが、恐らくそんな呪いの影響を受けた多くの人たちと日々を送った居たのだ。何らかのトラブルや最悪、事故が起こっているのも想像がつく。
「簡単だよ。何かを助けをするのに理由なんて必要ないよ」
そう真っ直ぐな彼女が告げる様子を見て。ああ本当に…そういう人なのだと。改め認識した。
「だけど、ちゃんと理由を付けないと納得しないだろうからあるとすれば…。
呪いのせいで皆がそう思ってしまうのは仕方ないことだと私は思うの。言ってしまえば生まれ持っての衝動。反射的反応なのだから、それで彼らを責めるのは違うと私は思うから。誰にも悲しい思いはしてほしくない。ただみんなが幸せになれるのならそうしたいから。そして何よりも、私は生まれ育ったこの地を何よりも愛しているもの」
「でも危険を冒してまで霊を祓ったりするのは大三家である貴方がわざわざすることでは無いんじゃ」
「昨日も言った通り私は大三家と呼ばれているけど本当に大それた事なんてして無いの。貴方の家の様な大企業でなければ家系の魔術がある訳でもない。ただ呪われているだけなのだから。それに…家のことは私でなくても大丈夫だし、本当にただ私がやりたいからやってるだけだから」
「そう…まあ分かったわ」
何か濁してそうな雰囲気があったけど、これ以上、彼女の家の事を言及するのは今はやめておこう。
「良かった納得してもらえて」
「ええ。まあそれはそれとして」
「ん?」
「私とさっき喧嘩をやりあったけど、それでも私がクラスメイト達に虐められるとでも思っているの?」
姿を隠してた後も大きな魔術を使う余裕があっただろうに、わざわざああしたのは私にそれを確認をさせるためだったのか…。
「ううん…きっと大丈夫だろうけど…それでも、もしもの事があったら…」
「あのねぇ。どんなに普通な生活を送ってても、もしもの事なんて起こるものなの。ましてや私達は魔術師の家系なのだからよっぽどよ」
「確かにそうかもしれないけど…」
「それに私はね。人目を気にするような、そんな安っぽい友人関係なんて大嫌いなの。貴方とはちゃんとした友人になりたいと思っているのだけれど、貴方はどうなの?」
「それは私もそうだけど…」
「なら、良いじゃない。そんなに心配なら貴方が私を守ってくれたらいいじゃない。私も貴方を力の限り守る。そう互い背中を預け合うように助け合えるようにね」
互いに助け合えるか…本当にこの子は真っ直ぐな目をする。あの時もあの時も…そして今も…。
「これでも何か問題あるかしら?」
「ううん。ないよ」
首を横に振り、とても真っ直ぐなあの時の目でこちらを見て、少し嬉しそうな顔をする。
「それじゃあ、改めて。これからよろしく、赤華」
差し出されたその右手を見て答えるように返す。
「うん、よろしくね。梓麻さん」
そう言うと、少しムスッとして強く握られる。
「さんは余計でしょ」
「う、うん。ごめん梓麻」
「よろしい」
その返事に二人は顔を見合わせると、少しして可笑しくなり微笑みあう。
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昨日と同じ天気に恵まれた心地の良い朝。
途中まで車で送られて、三人で水路沿いの道を歩き学校へと向かう。
校門を通り、廊下で話す生徒たちの横を抜けて、教室に入ると一緒に入った男に数人が挨拶をした後、異様な視線が向けられる。
そんな事は気にすることもなく少女は自分の席へと向かい、そこに座る人物の横で立ち止まる。
「おはよう。赤華」
その声に外を眺めるのをやめてこちらを向き、彼女は少しうれしそうにして
「おはよう。梓麻」
そう挨拶を返した。
何気ない日常のただの変哲もない当たり前の挨拶。
だが二人にとってその挨拶は特別であったのは確かなのだ。




