赤色追録 4
ガリガリと猫が爪を研ぐように、気味の悪いリスのように小さい魔獣が送電塔のネジを削っていると、フッと影に覆われ背後を振り向くと同時に包帯を纏う拳に横に薙ぎ払われると、その衝撃に全身がメリメリと反れて、肉体が耐えきれず破裂し、霧散するように消えた。
「十二」
赤華は数を言って鉄塔から落下しながら辺りを見渡し、次の水平材に足を着いて鉄塔を囲う柵に飛び乗り、そこから森の中を駆ける。
縦横無尽に走り隠れる、先程と同じ姿をした魔獣を一匹一匹と払い倒していく。
「二十八…」
勢いを止めずにさらに加速し走り飛び、木の枝を足場に木々の上を越え、掘削途中の開けた場所が見えると、そこに更に先程と同じ七匹の霊獣が蠢いていた。
そこへ飛び降りると同時に三匹を潰し蹴り、払い、直ぐに体制を立て直す。
あまりに唐突な出来事が起きて小さな魔獣達は野生の本能に身を任せ彼女から逃げるようにかけ走る。
「廻れ」
着地と同時に拾った小石を力いっぱい投げかけ走る。放物線上に重なった二匹の体に風穴が空き、最後の二匹を捕まえ一思いに握り潰す。
「三十五」
地鳴りのような音が響いてくる。
その方を向くと掘削中の穴があり、その音の主が勢いよく岩片を弾き飛ばしながら飛び出して来た。
それは先程まで倒していたリスの霊獣のボスの様で異様にデカく、まるでサイの遺伝子情報を混ぜられた様に屈強な四足と鼻の上に鋭利な角が伸びていた。
そのままその魔獣は闘牛の如くカーブをして助走をつけながら、そこに立つ赤華を目掛けて突進する。
タイミングを計り防御、回避、カウンターとを考えて待ち構えているのだが、距離にして二十メートルほどの所で魔獣が強く地面を蹴り、カタパルトで放たれたとも思える加速をし突進する。
思いがけないその速度に、轢かれるも右腕を盾に弾かれ霊獣の上で回転しながら左拳で突き、着地をして走り行く魔獣を目で追う。
魔獣はそのまま助走かこちらの様子見とばかりに一つ前の速度を保ち走り回る。
右腕をふらふらと払い感覚を確認する。
まだまだ、甘いなぁ…。それなりに硬いうえに走り続けているから半端な攻撃じゃ全く意味ない…。
右手の握り締めを繰り返しその程度の軽い動き、握力は問題ないことを確認し、再び突進してくるであろう霊獣の攻撃に備え立ち構える。
魔獣は先程の手ごたえから数をこなせばいずれ倒せると言うように先ほどより更に大きく助走をこちらを向いて走り出す。
すると魔獣は赤華のタイミングを計っていると分かっているようで、距離にして約二十五メートルの位置から一気に加速して、突進し赤華のその体にもろに直撃する。
だが、手ごたえが可笑しい。
「捕まえた」
赤華はその突進を受けながら魔獣の角と首元に手を引掛け、引っ張り力の動きを狂わせる。
すると、魔獣のその足、いや肉体そのものが宙に浮きながら赤華が力の流れをコントロールしクルクルと縦横無尽に回転しながら、制御不能となったその弾頭は岩壁に叩きつけられ砂塵が舞う。
砂塵が少しづつ晴れていき、ゆっくりと赤華が上体を起こす。
赤華の下には魔獣の肉体があり、頭から前足の付け根までがぐしゃりと潰れているのだが、まだ微かに生きていた。それを見て赤華は赤いそれを右手に纏わせ潰れているその付け根辺りを優しく撫でると、ゆっくり息が止まり、その残った肉体が少しずつ霧散していく。
魔獣の先の高速度による突進の攻撃。威強靭な肉体に、サイの体重は二千から四千キロと途轍もなく重い。そんなものがスポーツカーのほぼ最高速度と同じくらいの速度で突進するのだ。その威力は計りしれない。
それを本来であればこの屈強な脚で跳ねながら速度落としていくものなのだが、赤華はそれを許さずにサイの角からではなく後頭部の所から岩壁衝突させたのだ。
そんなもの殆どの生物は有無を言わせず絶命してしまうだろう。
赤華はそのまま暫く霧散して完全に跡形もなく消えたその場に握り締めるその右手を重ねて見つめ続けていた。
すると背後から車が走ってくる音が聞え、直ぐ傍に止まり、ドアが開かれる音と地面を踏む音が聞こえた。
「終わったか?」
車体に体を預けるように持たれて千和々が聞く。
「三十五と…一体…ちゃんと終わったよ」
「そうか。お疲れ様、車に乗って休め」
「うん」
握り締めるその手をゆっくりと開き、疲れ切っているようにふらふらと体を揺らしながら、言われた通り車の助手席に座る。
それに連れて千和々も乗り込むがすぐには走り出さない。
椅子の間に置いていたバインダーファイルを取り出し、その中に大量に挟まれた資料を幾つか捲り何かを書き始める。
それの中身を覗かせてもらったことは無いのだが、聞くによると、今回のように霊や魔獣を祓う際の現場の被害をまとめ、その管理会社などに依頼したり、必要な経費などをその場でまとめているらしい。
今回の自身が分かっている範囲で言えば、霊が削ったことによる、鉄塔のネジ周辺の修理や点検といったところだろうか。
「体は大丈夫か?違和感とか」
「大丈夫。これくらいなら何ともないよ」
「そうか。まぁ何かあればすぐに言うんだぞ」
「うん。心配してくれてありがとう千和々さん」
その笑顔の返事に千和々はあんぐりとして口を開く。
「なぁ赤華」
「なに?」
「やっぱり私に嫁ぐ気はないか?」
「無いですよ」
真剣に告げるその告白を間髪入れずにきっぱりと返す。
「なんでぇ?」
「毎回言ってますけど、まだそういうのよく分からないし。まだ早いと思うので」
「早い言っているけど。君の年齢なら別に普通の事だぞ」
「そうですけどまだ…今は無理です。と言うよりも女の子同士なんて…」
「何を言っているんだ。デンマークの方では同性同士の関係というのが法的に認められているんだ。国柄しか変わらない私たち人間という根本は一緒なんだ。なら私達もその関係になっても問題は無いんだぞ」
「まあ、それもそうなのかな…」
「安心して何も心配する必要は無い。私がしっかり養ってやるからな」
「それは別に大丈夫かな」
「それにこんなことしなくてもいいように外から雇うことだってできるぞ」
「ううん。これは私がやらないといけないことだから大丈夫。というよりそんな勝手なことしていいの?」
「それは知らん」
「知らんって…」
やる事はしっかりとやるけどこの話になるとそういう所、テキトウになるよなぁこの人…。
「まあなんだ、そのうちまた告白させてもらうとしよう」
「そう言って、どうせ一月後くらいにするんですよね…」
「よく分かっているじゃないか」
「まったく…」
「まあ、この辺で。君は一先ず休みなよ」
「そうさせてもらいます」
一体このやり取りを何度やるのだろうと、飽きれながら窓に肘をかけて、走り過ぎ行く外の景色を眺める。と言っても見えるのは森の木々という変わらない景色が続くだけだけど。
今日は結構走ったし、予定外の子がいたしで、疲労もダメージも少し大きいな…。もしもの時の為に備えてしっかり休まないとなぁ。
そう、今できる限りは休むようにゆっくりと瞳を閉じる。
「祓い師の様な事をしているの?」 「何故?」
ふとその昨日の梓麻の問いの声が聞こえた。
というのもこれまで事ある事にそれと同じ様な問いをされたから思い出したのだろう。
今までは「ただ単純に自分がしないといけないと思ったから?」なんて答えで悠梅さん以外は何となく納得はしていてくれたけど、きっと彼女は納得していないだろうなぁ。どう答えればいいんだろうか、それに…。
そう頭を悩ませて、結局眠ることが出来そうになく目を開いて天気の良い晴天を眺めていると、千和々の携帯からかなり短い着信音が聞こえた。
恐らくそれは歩地からのメールの連絡の様で、それを確認すると何やら面白そうに微笑んだ。
「何かあったの?」
「いや何、予想外に面白いことになったなと思ってな」
「面白い事って何?」
「それは内緒だ」
「ふ~ん…そう」
私から彼女らに深く詮索することは無い。普樂とは互に深く詮索し合わないと言う取り決めをしているために。と言っても私はそんなことどうでもいいから聞きたいものなのだけれども…。
「仲間外れにされて不機嫌じゃないか」
「別に不機嫌じゃないです」
「そうかい?なら、楽しみにとっておきなよ。どうせすぐに分かるからな」
本当に歩地さんもそうだけど、こういう直ぐに分かることと言っても言わないんだよなぁ…。と少し不貞腐れながらも、すぐに分かる?そう頭の中で考える。
千和々にとって面白い事で私に秘密でそのうち楽しみな事が起きる…。
そのワード達から赤華はサプライズと言う考えが浮かび上がり、我ながら単純で少し嬉しそうにして、顔には出すまい、見られまいと再び外を眺める。
顔に出てて本当に分かりやすくて可愛いな、まったく。
それを見てフッと微笑みながら肩肘をついて、上機嫌にハンドルを握る指先でトントンと弾く。
それにしても、本当に…実に面白いことになったなぁ。
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その後は森に潜む魔獣とまだ成れていない幼霊体を祓い、今日の予定は終え車に揺られながら帰路をたどっていた。
車内にある時計はもう直ぐ十六時となろうとしていた。
「今日はいつになく張り切っていたじゃないか」
「そう?いつも通りだと思うけど」
「まあ、君がそう言うのならなら、そう言う事にしておこう」
顔を見るに本当に自覚は無い様子が分かる。よっぽど君の理想は楽しみなようだ。
「そう言えば今日のテストはどうだった?」
「もう、私の結果は知っているくせに」
「確かに知っているが君の手ごたえを知りたいだけだよ」
「いつも通りまあまあかな」
その答えに少しつまらなそうな顔を浮かべる。
「どうしたの?」
「いんや~いつも通りの答えであつまらないとも思っただけだよ」
という事はいつも通りなのだと、テストの結果を察して、一先ずは問題ないのだと安心できた。
そう他愛ない会話をしている内に田舎町を抜けて山の道路を走り端に寄せられて車が止められ、自宅へと続くいつもの緩やかな山道が見える。
車を降りいつも通り「ありがとうございました」と言うと千和々も降りた。
それを不思議そうに見ていると「今日は私も用事があってね」と少しうれし気にしながら煙草を取り出して咥える。
「いいですけど。山火事にはならないようにしてくださいよ」
「大丈夫大丈夫。そんなことになっても大事にならないから問題ないよ」
それは、自分達でどうにかなるし、情報操作するから問題ないと言っているのが分かる。内心そういう事じゃないでしょとも思うも何といおうと彼女らが結局吸うことに変わりはないと諦めるしかない。
山道を歩くと両端には様々な植物が生い茂り春の花が咲き溢れ、モンシロチョウ、アゲハ蝶などが可憐に舞う。
春の風がこの山道を吹き抜けると花々が揺られてほのかに香る。
花の香りには様々な効果があるとされている。
例えばラベンダーには気持ちを穏やかに、ゼラニウムは緊張を和らげ心を明るくすると。
歩地さんが言うには、花でなくても甘い香りそのものに同じ効果を感じ取ることができると。そして人というのはそもそも自然の中で生まれ育った野生の生物。それ故に他のモノに作られた甘い香りよりも自然に咲く花の香りが丁度良く、最も効果が出ると言っていた。
確かにその通りだと思う。お店や学校に置いてある芳香剤は甘ったるい匂いであまり好きではない。
だから、いつも通るこの道は本当に心地が良い。
そう歩き続け、開けた我が家である三つの家とその前に五人の人影が見える。
鳶鷹と唯一その後ろに立つ歩地と手を振る卯恋、そして先頭にブラウンの上着に黒いハーフスカートに着替えている梓麻がそこにいた。
わざわざ出迎えだろうかと軽く手を上げて返すと梓麻がこちらへ向かって歩いてくる。
「お帰りなさい赤華」
「うん。ただいま梓麻さん」
返事を返すとなぜかムスっと少し機嫌が悪くなる。
「…少し付き合ってくれるかしら」
あれ何か機嫌を損ねることをしただろうかと考えるのだが、全く分からない。これもサプライズの何かなのだろうか。
「別にいいけど何をするの?」
「単刀直入にいうわ」
「うん」
「赤華。私と喧嘩をしましょ」
「へ?」
余りにも唐突で思いがけていなかったその言葉に思考も体も固まってそれ以上の言葉が出なかった。




