赤色追録 3
食事を終え、暫く待機して先の歩地の言っていた十四時半になりどこかに向かう様で廊下を歩いていた。
「…食事時もそうだったがあまり食欲がないようだったけど…大丈夫かい?」
食事の手が遅く、食後から調子が悪そうにずっと下を向いていた唯一を心配するように卯恋が声をかける。
「い、いや。だ、大丈夫です」
「もしかして、口に合わなかったかい?」
「そ、そんなことは全然。とても美味しかったです!」
「そうかい?ならいいんだけど…。二人も大丈夫?」
「お、おう。わいも何ともないぞ」
「私も特に問題ないです」
「そんな心配しなくて大丈夫ですよ卯恋さん。三人ともこれから会う人に緊張しているだけですから」
「なんで?」
「さあね。三人ともそれぞれに何か思うことがあるんだろう」
「ふ~ん。やっぱり若い子は可愛いね」
「卯恋さんもまだまだ若いでしょう」
「ありがと」
そう二人が口上だけでイチャついている中、歩地の言う通り、三人はそれぞれにこれから会う人について考えていた。というのもやはり歩地の言った”かなり強いという言葉が似合うくらいには強い人”というのが原因である。
そ、そんなにも強い人って…こ、怖そうな人なんじゃないかな…。
歩地はんが言うくらいなら、もしかして世界最強なんやないか?やっぱりムキムキなんやろうか。それとも、角とか羽とか生えとるんやろうか。
歩地…それも普段、武道家やあらゆるアスリートに対して全く評価をしない普樂の情報能力を持ってかなり強いて言わしめる人物…。一体どんな魔術を使う魔術師なのだろう。
各々三人が考え緊張している中、何かを大きく叩く音が聞こえた。
その音が聞えた先の扉を開くと、その音聞いて中にいる子供たちの視線が集まるも、直ぐに興味を無くし自分たちがしているそれに集中する。
子供たちは皆白い道着を身に纏い、床には緑色の畳が敷き詰められており、その様子をみるに武術の稽古をしているのが伺える。
子供達は向かい合い、投げ技の練習や軽い組み手を行なっているのだが、どう見ても習い事などで行われているものよりもかなり本格的でそれを見て三人共が驚愕した。
それは先程見かけた小学生くらいの少女と高校生くらいの青年が向き合っており、その少女は青年の突きを受けながらその一回り大きな体を横に振り払うように投げ倒したのだから。
決してその青年が手を抜いていたり、スタントマンのように打ち合わせをして大袈裟にしていたわけでは無いのは、三人の目から見ても明らかだった。
そんな中、中学生二人が一人の白髪の人物を挟まれているのが見えた。
二人は皆と同じように白い道着を来ているのだが、その白髪の人物は白い道着に黒い袴と、弓道や剣道、合気道の道着を身に纏っていた。
じりじりと二人は距離を狭め襲い掛かるも、それはそれは綺麗にいなされ投げられるのだが、それは周囲のような投げを受ける時の畳を叩く音は鳴らず、まるでそこに羽が落ちたようにとても静かだった。
受けたその子供二人も全く痛そうになく、直ぐに立ち上がりその白髪の人物と向き合い礼をする。
「私はこれから客人と話をしてくるから。皆くれぐれも大きな怪我はしないように」
その声に子供たちは大きく「はい」と返事をして、組手を続ける。
それを少し見て白髪の人物はこちらを向いて歩み寄って来てくる。
その人物はそれなりに歳を取っているようで、顔には少々シワが見えるのだが、その眼は凛としており綺麗な面立ちしており、そのお陰か少々若くも見え、見た目や声からして年齢は四十代くらいだろうか。
「それじゃあ、隣の部屋へ行こうか」
そう先導して体育館から出て二つ隣にある、和室へと通された。
その部屋は入口に段差があり、靴を脱いで入る部屋で一人ずつ入っていくと、座布団を並べて準備して正座して座っており、三人もそれに見習って正座して座るのだが、歩地は胡座で座り、卯恋は足を伸ばして座った。
「それで何を話すんだい?」
「質疑応答方式でいいよ。僕は君達三人が昨日の事に巻き込まれた事を除いて、互いの事も何も話してはいないからね。だから自己紹介から始めたらいいんじゃないかな?」
「相変わらずお前は…」
そう少し不満げにも聞き入れて三人を観察するようにじっと眺める。
「私達が聞きに来たのだからこちらから名乗るべきでしょうね」
隣でそう理解して口に出す言葉に二人もハッとして姿勢を直す。
「私の名前は綾嶄寺梓麻です」
「ワイは飛翔鳶鷹や」
「ぼ、僕は里見唯一…です…」
「綾嶄寺に飛翔そして里見…三人とも一応名家の子か…私の名前は儚義悠梅。それで何が聞きたい。と言っても全てを話せるほどの知恵など持ってはいないがね」
そう聞くと真っ先に梓麻が軽く手を挙げる。
「何かな?」
「複雑な話より先に聞きたいのだけど。貴方は赤上赤華さんの武道の師…いや、守護者ということでいいのかしら」
「何でそう思ったんだい?」
「魔術師には魔術師の非魔術師には非魔術師の雰囲気がある。だけど貴方と赤華さんはその二つとは全く事なる雰囲気が有る。そして何よりも、二人ともその非魔術師…一般人とほぼ同等かよりも保有魔力が少なく、魔力の在り方が似ている。そして私がこれまで学んできた事が正しいのであれば、儚義は大三家を守り続けた。守護者の一族のはず」
「なるほどね。よく魔術も家系の事を勉強しているようだ…。お嬢ちゃんの言う通り私はあの娘の師であり、儚義の一族であるが…元守護者で元世話係。だからその内また会う時があるからその時は頼むよ。それで今はただのここの保育士みたいなもんだよ」
「元?」
「ああ。歳をとってあの娘に引退させられたんだよ」
確かに歳は取ってはいるけど、かなりの手練には違い無い…。雰囲気が段違いであるのが肌で分かる。何でこの人を引退させたの…。
「まぁ、私の話はいいじゃないか。それで、何を聞きたいんだい?」
確かにそうだ。それよりも私がこの人から聞くべき事を聞かなくては。
「…赤い夜の赤夜について教えてください」
「まず先に残念な事だけど私とて赤夜について全てを知っているわけでないのを伝えておくよ。何時から何故そうなったのかは分からない。それを踏まえて答えるとすると、赤夜とは簡潔に言うならば、一つの呪いだよ」
「呪い?」
「と言っても君達がそう聞いて想像するよりもずっと面倒なモノだけどね…。君達はあの赤い夜の空を見て何を思った」
「何ってそりゃあんな真っ赤な夜やからなぁ。不気味か?」
「こ、怖いかな…」
「それと…綺麗かしら」
その答えに二人はぎょっとしたようにこちらを向くも、確かにそうなのか?と自問自答するように考え始める。
「三人の言った通りの事を皆感じていて、更には赤夜の日には昨日の規模では無いにしろ悪霊や魔獣やらと活発になり、それなりの被害が出る」
「それってやばいんやないか?」
「魔術やそれが公になるのって…」
「それは問題ない。そこの坊主と嬢ちゃんが何とかしてくれているようだからね」
確かに普樂なら情報操作は可能だけど、町規模のことは厳しいはず…。もう一人が何かしらしてるんだろうけど。それをこの人に話させてる所を見てその辺の事は話す気は今は無いようね。
「だけど、それならなんでこんなにも人手が少ないの?被害が出ているならもっと人員が居てもおかしくないんじゃ…もしかして」
「先の子供たちは関係ないよ。ただの孤児で別に戦闘員としては育てていない」
「ならさっきのは?」
「私がいる所なら守ってやれるが、私が居ないければ守る事はできない。だから護身術を教えてるだけだよ。結局ね、最後に自分の身を守れるのは自分だけなのだから」
確かにその言い分は正しく納得せざるを得ない。
「実際先にそれなりの被害とは言ったものの人害は軽度なものだから戦闘員という人手自体不要なんだよ」
人害は軽度?それは一応人が襲われているのだから色々と不味いんじゃ。
「君たちに聞こう。人がただ眠っているのに対して何十人という戦闘員の助けは必要かい?」
「それは必要ないやろうけど、それとこれとは関係ないんやないか?」
「いえ、関係してるわ」
「どういう事や」
「私達と一緒に閉じ込められてた人達は悪夢は見ていたけど、生気を吸われたりといったことはなかったわ。それに昨日目覚めた時に眠っていた患者たちに大きなけがとかそういうのは見られなかった」
「私が物心を持ってから今日までの六十数年だが、その赤夜による悪霊や魔獣による被害によって死者は愚か怪我を負った被害は無い。そうだよな」
そう意見を求めるように歩地の方を見る。
「まぁ、そう言った情報は僕の言葉があった方が信憑性があるからね…。その通りだよ。赤夜によって民間人に対する傷害となる記録は一切無い。大きくても昨夜の様な眠らされてるのが極稀にあるだけだ。まぁ昨日のは少し珍しいものだったが…。傷害といったものは無いにしろ、それ以外で何らかの被害が起きればそれを対処するのが僕の仕事だからね」
確かにそういう事であれば必要無いと判断されてもおかしくないか。
「かと言ってそれを放置すれば悪霊達も大きく凶暴になる可能性もないわけではない。だから数年前まで私が対処していたんだが、今はあの娘がやってくれているよ」
「そんなら、呪いってそんなに大したことないんか?」
「ここまでの話で済めば、面倒なモノとは言わないよ」
「それって一体…」
「残念だけどこれ以上の事を私は話すつもりはない。稽古をしている子供たちの方に戻らせてもらうよ」
問答無用、有無を言わせる間もなく、立ち上がり悠梅は部屋の扉を開く。
「ちょっと待ってください」
梓麻が立って制止するそうに呼び止めようとすると、悠梅は止まって廊下からゆっくりとそちらを向く。
すると梓麻が深く頭を下げ、「悠梅さん。色々聞かせていただきありがとうございました」とお礼の言葉を言うと、二人も「おおきにな」「あ、ありがとうございました」とお礼を告げる。
「ああ、いいってことよ」
そう返事を返して体育館の方へと向かって歩いて行く。
…気も我も強そうな子だと思ったが、それなりに礼儀正しくいい子じゃないかい…。
悠梅が部屋を出て、少し静かになる。
これ以上の事を私は話すつもりはない。まだ、何かあり話す気はないが隠す気もないという事は、それは話さずともそれは自然と気が付く様なこと。だいたいそれは、どうせあの事だろうけど。
「歩地さん。赤華はいつ頃、帰ってくるの?」
「そうだな…。予定通りであれば十七時頃には帰れるだろうけど」
「そう。それなら聞きたい事と手伝ってほしいことがあるのだけど」
「まあ、それは内容次第かな」
二人のそのやり取りを眺めていると梓麻が二人の方を見る。
「二人も少し付き合いなさいよ」
その言葉からは拒否をさせない何かを感じられる。
「まあ、ワイは別に構わんけど。特になんもないしな」
「ぼ、僕も。だ、大丈夫だよ」
「そんで一体何するんや?」
「————————」
「はぁ!?」
真剣な顔で余りにも突拍子も無いその発言に二人は驚き、歩地と卯恋は面白おかしく微笑んでいた。




