お嬢様のお勉強会 前
前編、後編の二部構成です。
◆柊木春香◆
土曜日の夜、誠治君が帰ったあとに夏海がやってきた。
「春ちゃん、はろー」
「はろー。……何でこんな時間に?」
「まあ、いいからいいから」
てくてく、と我が家のように部屋に入って、ソファに座った夏海。
来るときは、いつも昼間なのに。
どうしたんだろう。
「空き巣くんがいるときは、さすがにウチも空気読むっていうか。帰る空き巣くん、キスマークだらけだったじゃん。お邪魔しちゃうでしょー?」
「確かに、そうだね」
「否定されないとそれはそれで傷つくなぁー」
この前、誠治君に不満があるかどうか訊かれたけど、不満なんて本当に全然ない。
ただ、ちょっと引っかかることがあるだけで。
「今日は何? お母さんとケンカでもした?」
学祭にむけて、教師たちもそれぞれ役割があって、雑務がいつも以上に増えたから、今日は一人でゆっくりお風呂にでも入ってリフレッシュしようと思ってたのに。
「そう邪険にしないでよー。悲しくなるじゃん。ウチもさ、ママに言われてハッと思ったわけだよ」
「何が?」
「『事』のことだよ」
「……あ、あれね……誠治君と『仲良く』したかどうか訊かれたやつ」
「そそ。ウチもあんまり詳しく知らないからさ、具体的なことは。だから、春ちゃんと一緒に勉強しようと思って」
勉強?
ごそごそ、と夏海は背負ってきたリュックを漁る。
いつも手ぶらで来るのに、今日はおかしいなって思ったら、そういうことか。
「驚かないでね」
ぺい、っと雑誌らしきものを夏海はソファに適当に置いた。
表紙に、裸? の、女の人……?
綺麗な女の人が、流し目でこっちを見ていた。
おっぱいが普通に出てる。
……美術の資料??
「ナニコレ」
「驚く以前に、表紙を見てわからないとは。春ちゃん、なかなかの鈍感っぷり。めくってみてよ」
「……?」
ぺらり、と表紙をめくると、表紙にいた女の人が、いやらしいポーズをしながら、いやらしいことをしていた。
「っっっっっっ!?」
なななななななな、なにこれっ!?
と、と、とってもエッチ!?
「あははは。顔真っ赤」
「な、な、な、夏海~~~~! 何で、何で、こんなものっ」
「だから、勉強だって言ったじゃん」
「べ、勉強ぉ? あたしをからかおうとしたんじゃなくて?」
じろーと半目をしながら夏海を見ると、ケラケラ笑っていたのをやめた。
「だってさ、本当はスケベ心満点の春ちゃんは、そういうことをやりたくても、どうしていいかわかんないわけでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってっ! スケベ心満点じゃないし! ほんの、ほ~~んのちょっとくらいはあるけど、満点じゃないから」
人差し指と親指で、ほんのちょっとを表してみる。
「んもう、何点でもいいよ。空き巣くんとイイコトしたいはずなのに、何をしていいのかわかんないわけじゃん。もう、何がわからないかもわからない状態でしょ?」
う。確かに……。
けど、それを肯定すると、妹に見透かされているみたいでなんか恥ずかしい……。
「だから吉永さんに選んでもらったよ?」
「吉永さんに!? ナンデ!?」
「こういう、砕けた話ができるのってあの人くらいだから」
「今度、どんな顔して会えばいいの……」
「結婚するまでナシって鉄の掟を決めてる手前、本当はそろそろいいかなー? って思ってても、空き巣くんにそう宣言してるから、余計にイイコトしにくくなっちゃってるんでしょ?」
何でわかるの。
「べ、別に」
「ラスボスのママにすら確認されてるから、さらに春ちゃん側のハードルは下がったのに、あれこれ空き巣くんに言っちゃったから、微妙に切り出しにくいんでしょ? それで春ちゃんが困ってるだろうと思って、来たんだよ」
ここまで見透かされると、もう恥ずかしいを通り越して、よくそんなにわかるなー、って思っちゃう。
冷蔵庫から缶ビールを出して、グビッと一気に飲む。
コン、とテーブルに缶をおいて、ソファに深く座った。
「い、いいでしょう。柊木春香、尋常に、お勉強いたします」
「お、目が据わってきた。その調子その調子」
ぺら、ぺら。
「わわわ、春ちゃん、これ、スゴイね……っ」
「ぅぅぅ……」
ぺら。
「うわ、こんなことを……。わわわ……刺激がすごい」
「もううううう……何であたしたちこんなことしてるの……?」
ぺら。
「ほら、これなんて、ムチって感じで、超エロイ! きっと空き巣くんも大喜びだよ」
「お、大喜び……?」
煽情的なポーズの数々を繰り出すお姉さんを見て、クラクラしてきた。
「……なんか、春ちゃんにセクハラしているみたいで楽しくなってきた」
「楽しまないでっ」
大喜びの、ポーズってこんな感じ……?
夏海にバレないように、そっと両脇を締めて胸を寄せてみる。
我ながら、た、谷間が、すごいことに……。
「うはっ、さりげなく実践しようとしてる!」
「っ!? ち、ちちちち、違うから!」
「違うくないよ。それでいいんだよ」
何だかんだ、あたしを煽っている夏海も顔が赤い。
「おほん。要は、空き巣くんに直接、えっちなことしていい、って伝えるのができないから、誘うわけでしょ?」
「うん」
……あれ? こっちのほうがハードルが高いような。
「エロボディなんだから、ちょっと迫れば、ガブッと食いついてくるよ」
「そ、そうなんだ!?」
「た、たぶんね。おっぱいをさりげなく、当ててみるとか」
「それはたまーにやる」
「やってるの!? ハレンチ!」
「だって、誠治君の反応が可愛いから……つい」
あわあわ、と夏海は口をパクパクさせる。
「す、スケベだ!」
「それ以上のことはしてないから!」
「それが本当なら、空き巣くんは鋼の精神を持っていることになるね」
「嫌だ、ダメだって言っても、その……ちょこっと強引に、来られるほうが、あたしは理想なの……えへへ」
お酒の勢いもあって、妄想をちょっと口にしてしまった。
けど、夏海は冷たい目をしている。
「ほら出たー。そんなこと言ってるから処女をこじらせるんでしょー?」
「こじらせてないし!」
あ、そうだ。
理想のシーンは、実は漫画から着想を得たものだった。
寝室に入って、棚から夏海に勧めてもらった漫画を持って戻る。
「これ、ウチがこの前面白いって言ったやつ!」
「そう。このシーン! よくない?」
それを開いて見せると、夏海はうなずいた。
「うん……キュンとするね。……え、付箋貼ってるの……?」
「うん!」
「わぁぁぁ……わかりやすくこじらせてる……空き巣くんも大変だぁ……真面目過ぎてちょっと引いたかも……」
「あ、明日、誠治君、来るから、こんなことになっちゃったりして――――」
「はいはい、どうどう。落ち着いて。そんなことにならなかったから、今こうしてるんでしょうが。お風呂で一緒に作戦考えよ?」
こうして、夏海と一緒にお風呂に入って、明日の作戦を練ることにした。




