未来の落とし穴
ぱっと目を開くと、がやがやと騒がしい事務所だった。
むかい合わせに事務机が並ぶ中、俺はそのお誕生日席の場所にいた。
タイムリープが解除されている。
目の前のPCで日時を確認すると、柊木家から帰った日から一〇年後だった。
スーツを着ている俺の机の右端にはコーヒーの入ったコップがある。
今いる俺の席ってリーダーの席だよな……?
懐に入っている名刺を確認すると、肩書が一応ついていた。
『株式会社HRG 通信事業部 二課 SV』
スーパーバイザーってのは、うちの会社ではリーダーと呼ばれる、電話受付をする人たちを管理する人のことを指す。
フロアで五、六人いる係長補佐くらいのポジションだ。
俺、出世している――。
所属と肩書の下に、俺の名前があった。
『柊木誠治』
「あ」
柊木になってりゅうううううううううううう!?
真田じゃなくなってる!
ってことは、俺と柊木ちゃんの間に進展があったってことだ。
きっとそうだ。
今までは、同棲した状態で足踏みしてたから。
けど、指輪は、無し、と……。
「そうか……まだか……」
あたりを見回すと、同じフロアにいるリーダーは、俺の知っている人が多い。
かつて直属の上司だった村松さんも、別のシマでリーダーをしているようだった。
「先輩、ここ、教えてほしいんですけど」
若い女の子が書類を持って小走りでやってきた。
「え? ああ、うん」
けど、職場でタイムリープが解除されるのは、はじめてのパターンだな。
柊木ちゃんとは順調ってことでいいんだろうか。
この前、同じくタイムリープしてやってきたっていう怜ちゃんの話では、名字は真田だったって言ってたけど。
「先輩、ボクの話聞いてますか?」
改めてその子の顔を見る。
「あれ……もしかして、怜ちゃん? 柴原玲ちゃん」
「どうしたんです、いきなり。フルネームで呼ばないでくださいよ。なんかムズムズする」
ツインテール幼女が、立派なボクっ子レディになっている。
ていっても二〇歳やそこらなんだけど。
「ごめん、ちょっといい?」
「はい?」
目を丸くする怜ちゃんを、会議室へと連れていく。
「先輩……仕事中なのに、会議室に女の子を連れ込んで……ダメですよ……? お嬢様に知られたら、大変……」
とか言いつつ頬染めるの何でなんですかね?
「ボクは、確かに二番目でも三番目でもいいって言いましたけど……会社ではダメですよ……歯止めが効かなくなっちゃうから……」
あのちびっ子、愛人体質なのか。
ダメとか言いながら、服脱ごうとするのやめてください。
俺たち爛れた関係なのか?
「あの怜ちゃんでいいんだよな? 小四? にタイムリープした中身大人で体は子供のあの怜ちゃん。その一〇年後が今ってことなんだよな?」
「そうですよ。どうしたんです、いきなり」
「落ち着いて聞いてくれ。……今の俺は、俺で、俺が帰ってきた」
「意味が分かりません」
バッサリと斬られた。
「あのとき、怜ちゃんがタイムリープして会った当時の俺が、今ここにいるってことで……ややこしいな。ともかく教えてほしい」
俺はほしい情報をひとつずつ挙げていった。
「会社は? 業績どう? なんか知ってる?」
「知ってる? って……先輩が言ってたんじゃですか。ちょっとヤバみ深いって」
「現代の俺、ヤバみ深いって言うの?」
そっちのほうが衝撃だわ。
ヤバみが深いってことは、業績は傾いているってことでいいんだろう。
この前、ちびっ子怜ちゃんは俺が出世している、とは言ってなかった。
だから以前考えた、会社をどうにかするっていう部分で、俺は頑張ったみたいだ。
柊木の人間として立ち回ったほうがいいかもっていう話だったけど、それでもまだ何か足りないらしい。
「どうすりゃいいんだ?」
「大丈夫ですよ。先輩がもしクソニートになったとしても、ボクが何とかしてあげますから」
頭を抱えていると、頭ごと怜ちゃんが抱きしめてくれた。
柊木ちゃんと同じタイプの、ダメ男製造機なのか、怜ちゃんは。
「俺たちってどんな関係なの?」
「ヤり手先輩社員と、バイトの大学生」
「おい、やり手にちょっと悪意混じらせただろ。……それ以上は、何もないんだよな?」
「……残念ながら」
むー、と頬を小さく膨らませた怜ちゃん。
「俺は別にニートしたくないんだよ……」
「ゲームし放題で漫画も読めて、ずっとゴロゴロできるんですよ? 最近のスマホゲームはすごいんですから」
「はいはい。そんなこと、俺だって知ってるわ。うるさいやつが身内にいるからな」
ん? スマホゲーム……?
紗菜は、家庭用だけじゃなくてスマホのゲームも好きだったな。
いや、好きになっていった、ってほうが表現としては正しいか。
「知ってますよ? 紗菜さん。スーパーウルトラブラコンの紗菜さん。今やってるゲームは、シミュレーションRPGで……。ボク、先輩のことは何でも知っておきたいんです♪」
えへへ、と笑う怜ちゃん。
「そっか……一〇年前になくて、今あるものを誰よりも早く作れば――――」
これならいけるんじゃないか。
「夏海お嬢様はさすがに強敵だから、ボクは二番でいいんですー」
「こうなれば、早くタイムリープして――ん? 今なんて言った?」
「強敵の夏海お嬢様?」
「春香お嬢様はどこ行ったの?」
「さぁ? 学校の先生じゃないんですか?」
「いや、そうじゃなくて! 俺と付き合ってるんじゃ」
「それは夏海お嬢様のほうでしょ? もし姉妹に二股かけてても、ボクは優しいから黙っておいてあげます?」
ど、どうなってんだ。
柊木誠治は、夏海ちゃんと今付き合ってる?
逆に言えば、夏海ちゃんと付き合ったから、柊木誠治になったのか?
夏海ちゃんに電話をすると、すぐに出た。
『はいはいー? どうしたの?』
「俺、春香さんといつ別れたの?」
『急用かと思ったら……。正確にはわからないけど、君が高三になるころには、別れていたと思うよ?』
高三? 結構前だな。
何か夏海ちゃんが耳元で言っていたけど、全然頭に入らない。
じゃあ二度目の高二が終わるまでの間に、何か起きるってことか。
いや、俺たちの関係に何も起きなかったから、今こうなってるのかもしれない。
俺と柊木ちゃんは順調で、現代に戻るたびに関係も二人の仲も進展していった。
現代の俺と柊木ちゃんだけじゃなくて、過去の俺たちも関係を進展させる必要があるのかもしれない。
怜ちゃんや夏海ちゃんの声が遠ざかっていき、意識が切れる感覚があった。
「起きろって。真田ー。おーい」
目が覚めると、俺は学校の自分の席で、藤本に肩を揺らされていた。
「なんだ、おまえかよ」
「誰だったらよかったんだよ」
携帯を確認すると、柊木家から帰った翌日、月曜日の昼休憩の時間だ。
夢……じゃないんだよな、あれは……。
「顔色悪いぞ? 大丈夫か?」
「大丈夫。すぐ元に戻ると思う」
席を立って、世界史資料室へとむかう。
「今日までの延長線にあるのが、あれなんだよなぁ」
中に入ると、柊木ちゃんが待ってくれていた。
なんかホッとして涙が出そうになる。
「え? あれ!? 誠治君、どうしたの? 迷子になった犬みたいな顔してるけど」
「ちょっと、色々とあって」
よしよし、と柊木ちゃんが抱きしめてくれた。
「大丈夫ですよー? あたしはここにいるからねー?」
まるで子供扱いだった。
黙ってぎゅっとされている俺も俺なんだけど。
「春香さん、俺に何か不満とか、言いたいことってない?」
「えっ? ……ある……けど、まだこれはもうちょっと心の準備をしてからじゃないと……」
「あるんだったら、教えてほしい」
「い、今はダメ……内緒。誠治君が悪いとか、あたしが悪いとか、そういう話でもないから」
なんか曖昧だな。
コレか?
別れの原因になる何かは。
訊いても教えてくれなかったので、その心の準備とやらができるまで、待つことにした。




