意外な敵
数年後に、第二子を妊娠した。
子ども連れのお茶会で、わたくしは楽しくおしゃべりに花を咲かせていた。
安定期に入ったので、カフェインの入っていないハーブティーを選べば問題ないのだ。
子どもたちが喧嘩を始めた。
使用人が仲裁しているが、収まらないようだ。見ると、我が子が手足を振り回して暴れている。
仕方なくお茶を中断して、事情を訊きに行った。
「坊や、どうしたの?」
喧嘩相手の母親も一緒なので、うまく受け答えしてほしいと思いながら尋ねる。
「こいつが、僕と母上は血が繋がっていないって言った!」
息子の言葉に、大人たちは息を呑む。
表向き、息子は前妻の子どもということになっている。
「血が繋がっていなくても、あなたは大切な我が子です」
わたくしは冷や汗をかきながら、子どもに説明した。
「違う! 本当は母上が産んだのに、悪女が父上をだまして結婚したんでしょ」
自信たっぷりに、どこか自慢げに言う息子。
血の気が引いた。誰かがビオラの話をしたらしい。
「なんてことを言うの……。黙りなさい」
わたくしは震える声で命じた。口を塞いで、すぐにでもこの場を立ち去りたい。
「屋敷中の皆がそう言ってるもん。お医者様にたくさんお金を払って、内緒にしただけでしょ」
息子は事態を悪化させた。
わたくしの窮地より、自分が嘘つきと言われる方が許せないらしい。
やめて。黙って。
周りの視線がわたくしに突き刺さる。
しゃべっている内容が、子どもの想像力を超えている――ならば、真実なのではないか?
そんなふうに思われている気がして、心臓がばくばくと嫌な音を立てた。
「そういえば、アデライード様は傷心と言って何ヶ月か領地に籠もっていらっしゃったわね」
「あんな田舎貴族に、ルシアン様を翻弄することができたかと言われたら……不自然な気がするわ。本当のところ、どうなのかしら?」
そんなひそひそ話が耳に入る。
言われている人の耳に入る大きさで、揺さぶりをかけているのだ。
カマをかけられているだけ、動揺してはいけない。
そう自分に言い聞かせるが、きっとわたくしは青ざめていることだろう。
大勢の人の視線の中、わたくしは立ち尽くした。
誰もわたくしを庇おうとしないし、主催者はわたくしの味方だと思われたくないのか近づいてこない。
気まずい雰囲気のまま、そのお茶会はお開きとなった。
使用人たちを集めて叱責したが、「あんな悪魔のような女がいなくなって、ほっとして口が滑った」などと言い訳をする始末。
わたくしたちを応援してくれていたのはありがたいが、口が軽い使用人など始末に負えない。
息子にはどう説明したらいいのやら……複雑な事情を子どもがどこまで理解できるか。また、今回みたいにどこでしゃべり出すか、わかったものではない。
頭を悩ませているうちに、あっという間に、社交界にわたくしの噂が広まった。
ほどなく貴族院の貴族籍管理課が、調査を開始した。
教会の離婚届も調べられた。なんと、「ビオラ・ヴィルネーヴが未通であることを確認」と追記されている。
教会の司祭のサインで――!
白い結婚であると、公的に証明されてしまった。
つまり、離婚理由の、下男との密通も否定された。
「追い出された後に、そんなことをしていたなんて。小賢しい小娘め」
義父であるベルクール伯爵が苦々しげに呟いた。
ただの醜聞ではなく、貴族の血統を偽るという大問題に発展した。
政略結婚が多く、愛人を持つことに寛容な貴族社会。
だが、そこには嫡男をもうけた後という前提があり、愛人に子どもを産ませるのは脇が甘いと陰口を叩かれる。
だからこそ正しい作法で結婚し、女性が清い身体であるということが重要視された。
そんな中で、アデライード・ド・モンフォールは淑女失格の行いをした。それを隠すために、一人の男爵令嬢を利用した。
ルシアン・ド・ベルクールは結婚前の貴族令嬢に手を出し、貴族の暗黙の了解を蔑ろにした逸脱者だ。アデライードと手を組んで、男爵令嬢を虐げた卑怯者。
そんな評価がつけられ、面白おかしく語られていく。貴族だけでなく、使用人を通して街中へ広がっていく。
相思相愛と持ち上げられた分、落とされるのも早かった。
それから、忘れてはいけない点がある。
それぞれの家門が隠蔽工作に協力しなければ、成立しなかったということだ。
まずい。
ビオラが「許す」と言ってくれたらいいのではないか。わたくしはそう考えた。
ビオラの実家に行こうとしたところ、ヴィルネーヴ家は爵位を返上し、行方がわからなくなっていた。
「ルシアン。どうしたらいいの?」
「社交界の評判なんて、後回しだ。契約を見直すと、複数の相手に同時に言われて、それどころじゃない」
ルシアンに怒鳴られた。
「学生時代にあなたを見捨てておけばよかったわ。下手に助けようとして、このざまよ」
義母はわたくしを扇で叩いた。
実家は、領地に逃げ帰ってしまった。
「一度は庇ってやった。もう大人なんだから自分で対処しなさい。ベルクール家の人間として、恥ずかしくないように」
そんな、縁切りとも思える言葉を残して……。
わたくし一人を悪者にするのね。
ルシアンだって、同罪じゃない。
誰か、助けて!
「お母さま。僕、嘘は吐いていないよ?」
子どもが泣きそうな顔で近づいてきた。
「――それが何?」
何もできないくせに、プライドだけが高い息子。
自分の不用意な行動が何を引き起こしたか、理解することもできない馬鹿。
ああ、殴るのを我慢しているだけ、わたくしは理性的だわ。
ああ、ああ。
正直に妊娠を打ち明けて退学し、家庭に入っていたらよかった?
ルシアンなんかと付き合わなければよかった?
みんなに責められて、わたくしの居場所がなくなっていく。
学園を卒業するときにルシアンとも子どもとも距離を取って、なかったことにすればよかった。
ビオラはそのまま、二人の家族でいるの。
それだったら、わたくしは他の人と結婚できた。
時が戻せたなら――
***
もし時が戻せるなら、わたくしは、どこまで戻ればいいだろう。
離婚され実家にも縁を切られて、娼館で働くわたくしは、ぼんやりとそんなことを考える。
もし戻れるならば……。
だが、この世界には魔法も奇跡もない。
娼館に来る男たちの大半は、女を身請けして救い出そうなんて考えもしない。
ビオラは、今頃、何をして生きているのかしら。
わたくしたち、親友だったわよね?
戻れるのなら、二人で笑い合えた学園の食堂がいいわ。
そうしたら、もう、お母様に「付き合う友達を選びなさい」なんて言わせない。
少女向け小説を、「くだらないもの」なんて言わせない。
魔法使いが、人生をやり直したいというお願いを叶えてくれる。白馬に乗った王子様が助けに来てくれる。
そんな空想が、今、わたくしの心を支えているのだもの――
戻りたい。やり直したい。戻りたい。何かを間違えただけ。戻りたい。これは間違っている。戻りたい。こんなはずじゃなかった。
何がいけなかったというの?




