正しい姿
わたくしの計画どおりに、事は進んだ。
わたくしが学園を卒業する直前に、ビオラは離縁された。
下男と浮気をしたということで、屋敷を追い出されたのだ。
「私、そんなことはしていません! 信じてください」
ビオラは、ルシアンの執務室で泣きながら訴えた。
「僕が相手をしてやらなかったからって、下男に手を出すとは……。品格を疑うね」
ルシアンはわたくしの腰を抱きながら、ビオラを見下ろした。
この屋敷の中では、彼の婚約者はわたくしのままだ。使用人たちは、ビオラを新しい婚約者だと認めていない。
「さあ、離婚届に署名しろ。荷物をまとめて、今日中に出ていくんだ」
「それなら、実家に帰るまでの移動手段だけでも……」
ビオラは俯いたまま、低い声で要求してきた。
不気味な迫力に、わたくしは少しだけ怖いと感じてしまった。
そんな気持ちを振り切るように、わざと高い声を出す。
「ならば、下男と荷馬車を差し上げたらどうかしら?」
少しだけ、ルシアンがビオラと仲良くなったらどうしようと不安だったのだ。最後に嫌味を言っても許されるわよね? そんな軽い気持ちだった。
「ああ。それはいい考えだ」
ルシアンもどこか興奮したような声を上げた。
「――結構です。荷馬車だけで」
「ふん。しゃれの通じない女だな。いなくても構わないお前と違って、下男には下男の仕事がある。そう簡単に解雇するわけないだろう」
「……さようですか」
ビオラは観念したようで、執務室を出て行った。一歩一歩、踏みしめるように。
そして、振り返ることはなかった。
屋敷を追い出されたビオラは、王都を出て行く前に教会に寄っていたらしい。
ちゃんと王都から出ていくか見張らせていた下男から、報告があった。
下男には、茶番に付き合った分のお駄賃をあげる。
「これ、口止め料も入っているのよ。口外したら許さないから」
「クビにされるのかとヒヤヒヤしましたぜ」
下男はだらしのない顔で、媚びを売るように頭をかいた。
「教会に離婚を無効にしてほしいとでも言いに行ったのか」
下男が出ていくと、ルシアンは馬鹿にするように笑った。
ビオラ相手でも好かれると気分がいいらしく、ほんの少し機嫌がよく見えた。
誰のせいで、こんなややこしいことになっていると思っているのだ。
ルシアンが暴走したからなのに――と、脳天気な彼に軽く苛立った。
ビオラが荷造りをしている間に、侍従が離婚届を提出に行った。だから、教会に行っても手遅れだと言われただろう。
愚かで健気な子犬――わたくしはそう思った。
そのあとすぐに、わたくしはルシアンと婚約した。
残念ながら、婚約披露パーティーはなし。
離婚直後に婚約パーティーを開くのは外聞が悪い。不貞していたと宣伝するようなものだ。
半年ほど待ってから婚約すれば、盛大なパーティーを開けた。けれど、わたくしは早い方を選んだ。
なぜならば――卒業パーティーで、ルシアンと堂々と踊りたかったから。
もうビオラにルシアンを奪われた、可哀想な元婚約者じゃない。
同級生たちは「悪女に負けずに純愛を貫いた」と、わたくしたちを賞賛した。
傷心を装うためにしばらく夜会に出ていなかったので、久しぶりの華やかな世界だ。
くるり、くるりとドレスを膨らませながらターンする。
ああ、なんて楽しいの。
後ろ指を指されることなく、わたくしはすべてを手に入れた!
「これが正しい姿だ」と幸せに浸り、明日から気軽に会えなくなる同級生たちと話に花を咲かせた。
「アデライードも、少女小説を読むのは卒業ね」
現実主義で、小説を低俗だと言っていた同級生だ。最後まで噛みついてくる。
「……結婚の準備で忙しくなるから、仕方ないわ」
まだ婚約者が決まっていないことを当てこすってやる。
貴族社会はただ楽しいだけではないと、思い知らされた。
卒業から半年ほど経った頃に、わたくしはルシアンと結婚した。
ビオラとのときは教会で署名しただけなので、ルシアンにとっても初めての結婚式だ。
誰もが笑顔で、わたくしたちを祝福してくれる。なんて素敵な一日なのでしょう。
そして、もう何をはばかることもなく、一緒にいられる。
わたくしには希望の光しか見えなかった。
継子をかわいがるわたくしに、社交界は温かかった。
本当は実の子どもなのだ。物心つく前に、取り戻せてよかった。
ビオラがいた痕跡など、さっさと消し去ろう。
といっても、好みの調度品を揃えるでもなく、ドレスや宝飾品を与えられることもなかったビオラ。
ビオラが残した私物は、ルシアンの執務室にあったペンくらいのものだった。
「これは捨てるけど、アデライードも書類の清書をしてよ」
「ええ? そんなのは使用人にやらせればいいじゃない」
「内容的に、任せられないものもあるんだよ」
「あなたの字は読みやすいわよ。そのままで大丈夫」
そう言ってルシアンを励まし、黙らせた。
正直に言って、そんな地味な仕事はしたくない。わたくしがやるべきことではない。
ビオラに関する話題は、それくらいのものだった。
義理の両親たちも、彼女のことは一切口にしない。
ビオラという異物など存在しなかったように、わたくしたち家族は幸せに暮らし始めた。




