9.最後の会話
ガシャーン!
「おい!お前が何かしたんだろ!?家族をこんな目に遭わせるなんて最低だな!」
鉄格子にしがみつく長兄が叫ぶ言葉に笑みが溢れるオリビア。
「何笑ってんだよ!?」
「いえ。お兄様にとって私も一応家族だったんだなと思っただけです」
「はあ?」
当たり前だろうと言わんばかりに怪訝な顔をする長兄に余計に笑みがこみ上げてくる。生憎自分は家族だと思ったことはないのだが、長兄は違ったらしい。
それはさておき――
「私、今日聖女だと教会で認定されましたの。まあ日付が変わった時点でドラゴン達の言葉が理解できることに気づいたのでわかっていたのですけど」
「な、なんだと!?」
聖女……?
自分の娘が聖女!!!
侯爵の顔がばぁぁと明るくなり目は爛々と輝く。
娘が聖女となれば侯爵家の未来は明るい。誰からも羨まれる存在。王家でさえ無礼が許されない存在に自分たちはなったのだ。
「おめでたいですね」
「……は?今何といった?」
この聖女の父親である私にこいつは何を言った?怒りが沸々と込み上げる。オリビアを張り倒そうと駆け寄るが鉄格子にぶち当たり跳ね返る。
バカなのだろうか?
ガシャンと派手な音を立て倒れ込む父親を見下ろすオリビア。
「私が聖女であること。あなたたちが私にしてきたこと。今のこの状況に思い当たることはございませんか?」
何を言っているのだ?この娘は。こいつは自分の娘だ。言うことを聞く義務があり、聞かなければ殴ればいい。無理矢理言うことを聞かせればいい。
これから世界を手に入れられる程の力を手に入れた自分にこいつはなんと無礼なやつなのか。だから可愛くないのだ。
「ねぇ、お姉様。まさかお父様って法を知らないってことはないわよね?」
「そこまでアホじゃないでしょ。陛下が社交の場で聖女についての法をよく話されているじゃない」
え?まさか耳塞いでたりしてないわよね。
二人でコソコソと話しているのが癪に障ったのか顔を赤らめる父親から視線を逸らし、母と兄たちを見れば顔面蒼白、ガタガタと身体を震わせている。
こちらは自分たちの行く末に気づいたようだ。
これが普通の反応。父親が異常なのだ。頭の中には脳味噌ではなく花でも詰まっているのかもしれない。想像したらちょっと可愛いかもしれない。
クスリと笑いそうになるのをオリビアは堪える。
「おい!お前そんな態度を取っていいと思っているのか!?私は聖女の父だぞ!ドラゴンを操る力を手に入れたんだぞ!」
本当にバカなのかな?
「操る力ではありませんが……力を手に入れたのは私です。あなたではありません」
何を言っているのだこの男は。そもそもドラゴンは操れんぞ。意思疎通ができ、ドラゴンの好意により言うことを聞いてくれることがあるというだけ。
もう無茶苦茶だ。どんな思考回路をしているのだろうか。
「オ、オリビア……まさか、母を見捨てないわよね?助けてくれるわよね?」
母が座り込んだままこちらに向かって手を伸ばしてくる。見上げてくる目と見下ろす目が合う。母の目はこんなふうだっただろうか。他の家族よりほんの少しだけ濃い茶色の目。
久しぶりすぎて忘れていた。
前に合った時は掃除途中のバケツの水をかけられたときだったかしら。とても愉しそうな目で人を見据えていた。それが今日は不安でゆらゆらと揺れている。
残念ながら自分の心は揺れないが。
「オリビア!お、俺も助けてくれるよな。これからはなんでも言うこと聞くから助けてくれ!」
「お、俺も!これからは大切にするからよぉ!」
呆然としていた兄達も母の言葉にハッと気づいたよう。慌てて鉄格子にしがみつくとオリビアに向かい助命を請う。
愚かな兄達。正直異常な親のもと生まれた被害者なのかもしれない。助けてあげてもよいのかもしれない。それこそ家族として。
だが……ちらりとリリスを見れば二人の兄達を見下ろしていた冷たい目がこちらを向く。何?と瞬きを繰り返す顔からなんでもないと首を振って視線を逸らす。
自分にとってのたった一人の家族リリス。
ここで兄の助命を願えばリリスが欲しいものは手に入らない。申し訳ないが兄たちには消えてもらわねばならない。消えたところで困る人など誰もいないし。
カツンと一歩足を踏み出し格子に近づけば彼らの目が輝く。
「ごめんなさいお母様、お兄様たち。仕方ないわ。これは法で定められたことだもの。私がどうにかできることではないのよ?」
彼らの目が即座に絶望に染まる。
嘘だけど。自分が許すと言えば処罰などされない。
「そ、そんなのあなたが頼めば……」
母が食い下がる。オリビアは更に鉄格子に近づくと膝を折り、母から伸ばされた手を優しく取る。
「オリビア……」
母の目に涙が浮かぶ。
「覚悟をもって法を破っていたのでしょう?であれば致し方ありません。覚悟を見せるときですわお母様」
覚悟?覚悟などあるはずない。ムカつくから、苛つくから、夫が嫌うから、虐めると夫の機嫌が良くなるからやっていただけ。
聖女?百年に一人生まれるか生まれないかの聖女。現実味のない存在。物語の仲の存在。自分の娘がそんな物語の存在だとは思わないではないか。
色々と言葉にしたいのに出すことはできなかった。
放される手。追い縋りたいのに力が出ない。
「処刑なんて嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!」
母の手がゆっくりと下がるのを見ていると次兄が突然大声を出すものだから驚いてしまった。
「処刑……?な、なんのことだ……?そんなことあるわけないだろう?オ、オリビアまさか我らを見捨てないよな?そ、そんな非情なこと……」
おや、やっと法について思い出したよう。ちゃんと法のことは知っていたようである。そこまで馬鹿ではなかったことにこんなときだがちょっとホッとしてしまった。
青褪め震える言葉。足もガクガクと震えている。
怒鳴り、人を見下し、下品に笑い、人を虐げることに喜びを見出すような姿しか見たことがなかったので、新鮮だ。
最後にいいものを見させてもらった。
「ごめんなさいねお父様。法だけの問題ではありませんの。ドラゴン達がお怒りですもの。あなた方には聞こえないでしょうが殺せ殺せとうるさいのです。鎮めなければ…………私が静かに寝られませんでしょう?」
彼らに背を向け牢の外へと足を動かす。後ろからリリスの足音が聞こえてくる。
そして
父が、
母が、
長兄が、
次兄が、
泣き叫ぶ声も耳に入ってくるが、足を止めることなく進み続ける。これが彼らとの最期の会話だった。




