10.処刑
アルバート王国歴XX年XX月XX日。
処刑場。
うおーーーーーー!
きゃーーーーーー!
うーむ。
なぜ人は人が処刑されるとき、こんなにも熱狂することができるのだろうか。自分は愉しいとも哀しいとも思わない。
例え目の前の処刑台に跪かされているのが実の両親と二人の兄でも。
処刑台から少し離れた場所に処刑の様子がよく見えるように特別に作られた高台。そこに置かれた椅子に腰掛けるオリビアはゆっくり瞬きをした。
自分の方が変わっていることはわかっている。祭りなど行事はあるものの娯楽の少ない世の中では処刑だって胸躍る見世物なのだ。
「オリビアお姉様」
彼女は背後から聞こえてきた声の方へ視線を向ける。
「リリス」
リリスはオリビアの隣に置かれた椅子に音もなく美しい所作で腰掛ける。その際に柔らかく波打つ栗色の髪の毛がふわりと揺れる。
リリスが現れたことに気づいた観衆は気まずそうな表情を浮かべると、少しだけ静かになる。
「あらあら」
「何を勘違いしているのかしら。あなたの心は喜びで満ち溢れているのにね」
「ホホホホホ!満ち溢れてるどころか、踊り狂いたいくらいだわ!お姉様、今必死に悲しいことを思い出して涙を浮かべている私の演技力を評価してよ」
「120点」
「ホホホホホ!流石私!」
悲しみに満ち溢れた表情をしながら愉しそうな声を出すリリスと表情も声も淡々とした様子のオリビア。観衆は疑ってもいないことだろう。
両親に溺愛された娘が二人の兄に溺愛された妹が彼等の処刑を彼らに蔑まれてきた娘、妹よりも喜んでいるなどとは。
「悲しくはない?」
自分とは違い、一応可愛がられてきたリリス。本当に後悔はないのだろうか。
「あるわけないわ。下卑た視線を向けてくる兄たち、娘を人形としか思っていない両親。本人達は愛だのなんだの言っていたけれど自分の欲望を人に押し付けてきただけだもの。それに私の大切なお姉様を虐げる奴なんてさっさと消えれば良いのよ」
オリビアはゆっくりと、そう……と呟く。自分とは違う苦労を妹は妹でしてきたのだ。無理して笑顔を浮かべ頷きたくないことにも頷き、下卑た視線にも耐えてきた妹。
どこまでその言葉が本心かはわからないが、オリビアはそれ以上聞かないことにした。
それにしても――青褪める4人の姿をオリビアはじっと見つめる。両親も二人の兄もリリスを愛していたのであれば彼女の言うことを聞いていれば良かったのだ。
大人しく爵位をリリスの婚約者に譲ると言っていれば田舎送り位にしても良かったのに。家のことや領地やその地に住む人のことを考えれば何が正解なのかは見えてきたはず。
なんやかんやいって彼らは自分中心でしか物事を考えられない者だったのだ。
可愛いリリス。
誰よりも愛しいリリス。
その言葉は自己愛を超えるものではなかったよう。
「婚約者さんと頑張って家を盛り上げてね」
「任せてちょうだい!ああもう、お姉様大好き。言うこと聞かない奴は大嫌いだけど、お姉様だけは例外。お姉様はその淡々としたところが素敵なの。いつまでもそのままでいてね」
「光栄だわ」
ふわりと微笑むオリビアに彼女を見ていた観衆たちの顔が引きつる。
例えどんなことをされていようとも親は親、兄は兄。家族の命が失われようというときに笑みを浮かべるなんて頭のおかしいやつだとでも言いたげな顔。
馬鹿らしい――。
オリビアは更に笑みを深める。
『悲しくないのか』
『恩知らずが』
『心の無い令嬢が』
そんなざわめきが聞こえてくるが更に笑ってしまいそうなので、速やかにやめて頂きたい。
「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「オリビア悪かった!謝るから!」
「リリス!ああ、可愛いリリス!あなたなら私たちを助けてくれるわよね!?」
「こんな最期嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!」
処刑台に処刑執行人――といっても毒を彼らに渡すだけの役人が現れたことで、哀れな叫び声が聞こえてくる。観衆の視線は再び彼等の方に集中し、その目は熱を帯びていく。
「叫んだって何も変わらないのだから、最期くらい威厳をもって逝けば良いのに」
「本当。あれで誇り高きリード侯爵家の当主夫妻と跡取りとそのスペアなのだから恥ずかしい限りだわ」
歴史ある侯爵家。
彼らによって悪評がつきまとうようになった侯爵家。泥を塗った分、最後くらい流石リード侯爵家と言われるくらい堂々とした態度を取れないものか。
まあ無理だろう。
ギャンブル、女遊び、男遊び、浮気、婚約破棄、虐待、他にも色々なことをやらかした根っからのクズだから。
「彼等の醜態もこれで見納めね」
「え、まさか寂しいの?お姉様マゾ?」
「違うわよ。ここでざまあって叫びながら高笑いしてもいいの?」
「それはそれで面白いかもしれないけどダメよ!心の中でして!」
二人でそんなくだらないやりとりをしていると観衆たちの声が今までと比べ物にならない程騒がしくなる。
「いらっしゃったわ」
二人は口を噤むと静かに立ち上がりスカートを摘み、頭を下げる。二人が立つ台を踏みしめる音がしたかと思うと、オリビアの肩に一瞬だけ手が置かれる。
「二人とも頭を上げてくれ」
オリビアとリリスが頭を上げると観衆の歓声に応え片手を上げるアルバート王国国王リカルドの背が見えた。黄金の獅子と呼ばれるに相応しい黄金色の髪の毛が風の動きに合わせて動く。まるで金の炎が揺らめいているようで美しい。
「皆のもの!」
国王の空気を震わせるような威厳あふれる声に観衆は静まり返る。
「今から我が国の宝である聖女を蔑ろにした愚か者を処刑する!皆その目に…その心に刻み込め!聖女に不敬を働いたものの末路を!」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!
国王の話が終わると同時に起きる爆発的な歓声。
熱狂的な空気の中、処刑執行人がリード侯爵夫妻と息子二人の前に毒の入った杯を置く。
恐怖に染まる瞳。救いを求めるように縋るように4人は国王を見るが、憎悪に染まった黄金色の瞳に睨み付けられノロノロと杯に手を伸ばす。
ガタガタと震える手と杯が口元に向かう。
高まる歓声。
熱を帯びる歓声。
4人は自分たちの命の灯が消えるのを観衆たちが今か今かと待ち望んでいることに絶望する。
毒を口にした彼らは苦しむことなくその場に倒れ込む。苦しくない毒を与えられたのは聖女の家族への温情。
オリビアとリリスの母の口が開く。
「……な…んで…こん…な…こ…と…に…………」
4人が完全に動かなくなると観衆たちはバラバラと散っていく。
“なんでこんなことに”
処刑台から運ばれる動かなくなった家族を見つめながらオリビアは母が最期に言った言葉を反芻する。
なんでって……
それは
自分が聖女だから。
そして
彼らが
愚かな行いをしたからに他ならない。
「因果応報というものよ。お母様」
オリビアは空を仰ぎながら呟いた。
彼女の視線の先には喜びで大空を舞い踊るドラゴン達の姿があった。




