8.捕縛
ったく。
せっかくいい気分だったというのに。あいつのことを話しやがるなんて気の利かない男だ。家に到着した侯爵はイライラしながら自室の椅子にドスンと荒々しく腰掛ける。
オリビアは親の目から見ても美しく、賢い娘だ。誰からも慕われ尊敬され優秀だと持て囃されていた祖父と同じ色合いを持つ娘。
偉大なる父のことは幼い頃から亡くなるまで、いや亡くなってからも大嫌いだ。なぜあんな偉大な父からこんな出来損ないの息子ができあがったのかと散々言われてきたからだ。
オリビアを見ていると父を思い出し虫酸が走る。ニコリともしないところもそっくりで、オリビアの顔を見ているとゾッとする。
色合いも中身も似ているのだが、一番似ているのはあの目だ。自分を見るときのあの冷めきった目。
何が悪いのだ。好き勝手しても有り余る財産。仕事などしなくても誰かが勝手にやってくれる。ギャンブルだって借金をしているわけでもない。女遊びだって無理矢理ものにしているわけじゃない。自分に擦り寄ってくるものを相手して何が悪い。
それなのになんであんなクズを見るような目で自分を見るのか。ちなみに母親は自分が10歳の時に亡くなったが、母もまた勉強だのマナーだのと煩いやつだった。
「父上、さっき買ったやつを馴染みの娼婦に渡しに行きたいんだけど」
「俺もー」
明け放したままの扉からヒョッコリ顔を出すのは長男と次男だ。こちらに媚を売るように上目遣いでこちらを見る最愛の息子たち。
金貨が入った袋を二つ懐から取り出し放り投げると目を輝かせ地面にしゃがみ込み拾う二人の息子。拾い上げ立ち上がった二人は満面の笑みを浮かべて駆けていく。真っ昼間から娼館とは本当に仕方のない奴らだ。
だがそこそこ整った顔、柔らかい色合い、自由気ままに自分の好きなことに忠実に行動するところなど全てが自分を見ているようで愛おしい。
とても素直で可愛い。子供とはああでなくてはいけない。
父も母も厳しく、自分にこんな感情を抱いたことなどなかっただろう。どうせ出来損ないと蔑んでいたに違いない。
周りは父を尊ぶ声だらけだがよっぽど自分の方がちゃんと父親をしていると思う。愛情をかけているし、人間として自分の方が上…………ん?
バタバタ
ガヤガヤ
なんだ……何か騒がしい気が。
先程愛しい息子達が顔をのぞかせた場所から軍服を着た男達がなだれ込んでくる。黒い生地に金色の糸でドラゴンが刺繍された軍服……竜騎士の証。
なぜここに竜騎士が?
しかも皆、目に憎悪を滾らせ殺気立っている。ちょこっとだけ怖い。皆自分より地位の低い若造ばかりなのに……恥ずかしくなりきっと睨みつければ更に膨れ上がる憎悪。
な、なぜ………………?
「リード侯爵だな?陛下の命により逮捕する」
「は?」
手と身体を縄で拘束され連行される。
は?
は?
は?
馬車に押し込められ連れてこられた先は罪人を捕らえておく牢だった。薄暗くジメジメしていて気分が悪い。こんなところに入れられてなるものかと身をよじろうが緩められることのない縄。
「「父上ぇぇぇぇ!」」
「あなたぁぁぁぁ!」
聞き覚えのある声に顔を上げれば牢の中には二人の息子と妻がいた。鉄格子の扉がギィーと音を立て開いたかと思うとそこから牢の中に突き飛ばされる。
「あなた!どういうことなの!?何をしたの!?」
ガシャン!とわざとらしく音を立て閉められる扉。地面に打ち付けた身体の痛みに呆然としていると妻の金切り声が直ぐ側で聞こえた。
は?なぜこいつは私が何かをした前提で話をするのだ?自分は何もしていない。すぐに人のせいにするなんてやっぱり貧乏な男爵家の娘は教育がなっていないな。
昔婚約していた伯爵家の女は何かにつけ口煩く身体も許してくれなかった。婚約破棄したいと思っていたときに現れたのが今の妻だ。
高位貴族や金持ちとの結婚を夢見る頭も尻も軽い女。自分にぞっこんだし、なんでも言うことを聞くし側においていたら妊娠。
顔面蒼白の両親を見たのはあの時が初めてだったが、なかなか爽快だった。婚約破棄からの妻との結婚。その時の子供は流れてしまったが、その後からは次々とポンポン子供を産むので妻の座に置いてやっていたが、やはり育ちの悪さは隠しきれない。
「ち、父上ぇ……」
「何が起きてるんですかぁ……」
地面に座り込み弱々しく自分を見上げてくる二人の息子。由緒ある侯爵家に生まれたというのになぜこいつらはこうも情けないのか。頭も悪いし、素行も悪い。高位貴族の自覚を少しは持たんか。
きっとこいつらが何かやらかしたに違いない。きっと自分は巻き込まれたのだ。気づけば身体が動いていた。
「父上!?」
胸倉を掴み上げられた次男が悲鳴をあげる。構わず拳を振り上げた時――クスクスと嗤う声が聞こえた。
「ご機嫌ようお父様。お母様もお兄様もご機嫌いかが?あまり牢の中で理性なく騒ぐものではありませんわ。まるで檻の中に囚われた動物みたいですもの」
「な!?わ、私達が動物だとでも!?そんなことよりオリビア!なぜお前がそこにいる!?」
鉄格子の向こう側に立って嗤っているのは憎き娘のオリビアだった。そして……
「お姉様最期くらい優しくしてあげたら?」
もう一人。最愛の娘リリスが姉の腕に抱きついていた。
「な……で……リリス。そ…な…ところに…」
「え?普通に来たけど?お父様たち自分しか見えてないから私達が近づいたのに気づかなかっただけでしょ?」
そういうことを聞きたかったわけではない。なんで自分たちはこちらで二人はそちらに立っているのか。
はっ!
オリビアなんてどうでもいい。リリスがそちらに立っているなら……
「リリス!助けてくれ!」
「え?なんで?」
え?なんで?
え?え?え……?な、何を言っているのだ?
幼い頃からいつもふわふわとした髪の毛を揺らし愛らしい顔に笑みを浮かべ、なんでも言うことを聞いたリリス。笑みの一つも浮かべないオリビアなど捨て置き一心に愛情を注いできた愛しい娘。
ここは待っていてお父様と言うべきだろう、リリス。
なんでいつもみたいに自分が思うように動かないのか、
自分が期待することを言わないのか。
おかしい。
なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ。
胸倉を掴んでいた手がゆっくりと滑り落ちる。
オリビアとリリスはその困惑する顔を見てにやりと笑った。




