7.最期のお楽しみ
自分たちの処刑が決まったこともオリビアが聖女の能力に目覚めたことも知らない家族たちは侯爵家が運営する宝飾店にいた。
「おい!これももらおう!」
「あ、お前ずるいぞ!じゃあ俺はこれだ!」
「あらあら、そんな喧嘩しなくても好きなだけ選べばいいのよ」
「ああそうだ、好きなだけ選べ」
飾ってある宝飾品を手に取っては店員に押し付け、店の奥から出させた高級な宝飾品も手に取っては店員に押し付けていく兄二人。
ああ……そんなに乱雑に扱っては…………。
侯爵家が運営しているというものの全て人に丸投げの宝飾店。先代の時代から勤めてくれている凄腕の目利き人が仕入れ、一流のデザイナーや彫金師によって仕上げられた至宝。
それをまるでその辺の量産品のように扱うとは――。
まじで消えてほしい。リリスは笑顔という仮面を顔に貼り付け叫びだしそうになる自身を抑え込む。
「リリス、可愛い可愛いお前のために実は首飾りをお願いしておいたんだ」
「は!?兄上もかよ!?リリスの笑顔は俺だけのものだと思ってたのによぉ」
「お前のものなわけないだろう?俺のものだ」
「ありがとう。とっても嬉しいわ」
キモい……。内心を気づかれぬよう必死に笑みを浮かべる。ヤバイ。顔が攣りそうだ。
「あらあら私の愛しいお姫様は人気者ね」
「リリスは実に愛らしいからな」
はははは、ほほほほと高らかに笑い合う家族の姿を見ていると心が冷えていく。
可愛い?
適度に可愛らしい顔の娘。
一度もノーと言ったことのない娘。
いつも笑顔を向けてくる娘。
全て言いなりになる娘。
そんなものが可愛いなんて……こいつらは操り人形を愛でているに過ぎない。感情を持った一人の娘だなんて思っていないに違いない。
「さあ兄様が付けてあげよう」
長兄に背後に回られ首飾りをつけられる。その際に首をするりと撫でられぞっと肌が粟立つ。いや……胸元を覗き込まれたからかもしれない。
「俺は腕輪を頼んでおいたんだ」
そう言いながら勝手に腕を取られ、腕輪をつけられる。そしてスルリと手の甲を撫でられる。
ゾゾゾゾーと更に粟立つ肌。
え、これバレてないわよね。
「あらよく似合うわ~」
そう思うなら医者に診てもらったほうが宜しいかとお母様。ウンウンと満足そうに頷く男たちも病院に行け。
どちらも無駄にデカい宝石がジャラジャラついていて重いし、一つ一つ違う色の宝石が配色も関係なしに散りばめられている。
ただの派手すぎる宝飾品だ。
店員たちもそっと目を逸らしている。うん、私も姿見に映る自分から目を逸らしたい。
「ではもうそろそろ行こうか!」
「あ、あの、代金の方は……?」
店員から包装した宝飾品を受け取った後、店の扉に手をかける父に店員が恐る恐る問いかける。
「お前は馬鹿か?これは我が家の金で買ったものだろうが!なぜまた金を払わねばならない!何度も同じことを言わせるな!」
何度も何度も見た光景。
父は……父だけではない。母も兄達も侯爵家が運営する店で買い物をするときに金を払わない。
出資金は侯爵家が金を出しているにしろ、今は売上金からやりくりしているのだ。こんなふうに高いものをただで持っていかれては仕入れに困るし給料も払えない。
足りないと言っても父は新たに金を出そうとはしない。
それでいくつかの店舗が閉店になった。
青褪める店員に向かって鼻で笑うと外に出ていく父。母と兄がそれに続く。次兄などは先程代金のことを口にした女性店員に思いっきり体当たりをする。
彼女が倒れ込むのをわざわざ足を止めて見下ろしていた次兄は父そっくりに鼻で笑うと外に出た。
「大丈夫?本当にごめんなさい」
「大丈夫です。リリス様」
慌てて倒れ込む女性を助け起こせば微笑まれる。その微笑みに胸が痛くなる。
「代金はできるだけなんとか用意するから」
「いつもありがとうございます。申し訳ありません」
「お礼も謝罪も不要だわ……おかしいのはうちの家族なのよ?」
今度は困ったように笑う女性にごめんなさいともう一度だけ呟き、外に出る。賑やかなたくさんの店と行き交う人々の姿が目に入る。
「次はケーキ屋にでも行くか」
「そうね。美味しそうなケーキを買ってあの娘の前で美味しそうに食べてやりましょう」
「おーいいねー」
「さんせーい」
ゲラゲラと下品に笑う彼らを視界に入れたくなくて、目を逸らせば何か様子がおかしい。うちの評判は非常に悪い。だからいつも不自然に目が逸らされる。
だが今はコソコソと何か囁き合いながらちらちらとこちらを見ている。その目は嫌悪感ではなく、好奇心とでもいうのかちょっとキラキラしているような感じだ。
一体何事?
「おー!これはこれはリード侯爵様とご家族様ご機嫌よう!」
周囲の者の注目を浴びる程大きな声がかけられる。その声に遠慮がちだった視線は興味津々といった視線へと変わる。明らかに変わる人々が纏う空気。
本当に…………何?
異変に気づかぬのか声をかけてきた男性――父の腰巾着の一人である男爵と挨拶を交わす父。
「侯爵様!オリビア様のことお慶び申し上げます!」
「あ、ああどうも。あれも今日で18歳になりましたな」
「?オリビア様は……「ちょっと伏せっていてな!家にこもっているのだ!」……え?」
混乱した様子の男爵に侯爵は気づかず愚痴をこぼす。
「昔から本当に身体が弱くてなあ!本当に困ったものだ!」
「は、はあ」
腰巾着である男爵はあることを察する。これ以上関わるべきではないと。
どうやってこの場を離れようかと思案する男爵の顔を見て侯爵はむ、とする。
いつもなら自分のご機嫌を取ろうと必死なのに今日はなんなんだ。反応も悪いし、自分のことを一切褒めない。つまらない。
「お前のせいで興醒めだ!帰る!」
冷や汗を流して落ち着かない様子だった男爵がほっと息を吐く。それを見た侯爵は更に苛立った乱暴な足取りで馬車に乗り込む。慌てて妻と二人の息子が乗り込み自分の顔色をチラチラと伺ってくるので少し気分が晴れる。
そうだ。皆いつも自分の顔色を伺っていればいいのだ。
出せ!という声と共に猛スピードで走り出す馬車。
その場には頭を下げる男爵とまだ買う物があると嘘をついたリリスが残された。
「で、では。私も失礼して」
リリスからも離れたそうな様子を見せる男爵にリリスは詰め寄る。
「男爵様。先程のお姉様についてのお話とはもしや……」
「え、あ、ああ!オリビア様が聖女の力に目覚められたとか!こんなめでたいことが生きている間に起きるとは喜ばしいことですなぁ」
お姉様……!
男爵からもたらされた吉報にリリスの身体は喜びで満ち溢れた。




