62.選択
「私が……アレン様から離れたらアレン様のドラゴンは元って来られるのですか?」
沈黙を破ったのはアレンの婚約者であるユリアだった。真っ直ぐ向けられる彼女の瞳にオリビアは軽く目を見開く。
そこには驚きも焦りも悲しみもないいつもの穏やかな瞳があったから。
なるほど――。
見た目はふわふわとして性格も穏やかで優しい。そこに間違いはないけれど……虎ねぇ。
「そういうことよね……ユリア様には申し訳ないけれど婚約は解消する方で話を進めなければならないわね」
肯定も否定もせずただユリアと見つめ合うオリビアに焦れたようにセレナが言葉を発する。ユリアに対して思うところがあるのか少し気まずそうだが、アレンが元の兄に戻ることが嬉しいのかその目は輝いている。
沈黙を守る大将軍とアレンにね?と視線だけで同意を求めるセレナ。
オリビアはユリアから視線を逸らし、セレナに声をかけようと口を開きかける。なぜならリョクがアレンの元に戻ることは二度とないから。
「そうか……リョクは私が嫌いになっていなくなったわけではなかったんだな」
「アレン兄様……!」
言葉さえ発することができないほど憔悴していた兄の数カ月ぶりに聞いた声。掠れていて痛々しいがどんな声であってもうれしいのだろう。セレナの目に涙が浮かぶ。
「そうよ!だからユリア様には申し訳ないけれど婚約を解消しましょう?そしてリョクに戻ってきてもらいましょう?」
そしていつものアレン兄様に戻って。言葉はなかったがオリビアにはそう言っているように聞こえた。
「セレナ……父上も心配をかけたようで申し訳ありませんでした」
アレンはそう言うと座ったまま軽く頭を下げる。
「陛下にも私事でお手を煩わせたようで申し訳ございません。そしてオリビア嬢……ありがとう。リョクの気持ちを教えてくれて。美しき令嬢にこんな情けない姿を見せて恥ずかしい限りだ」
そう言うと腰掛けたままではあったが深々と頭を下げたまま動かなかったが、陛下の気にするなという声を聞き頭を上げた。
「皆様に多大なる迷惑をかけて大変申し訳なく思っています」
一人一人その場にいる者たちに目を合わせていくアレン。そして彼が最後に視線を向けたのは婚約者のユリアだった。
「ですが、私はユリアと婚約を解消するつもりはありません」
微笑むアレンにユリアの瞳がほんの僅かに見開かれるが気づいたものは果たして何人いただろう。
「アレン兄様!何を言っているの!?リョクがいなくなったショックであんなふうになっていたのに!」
セレナがソファから立ち上がり叫ぶ。
「リョクが私を嫌ったわけではないならいいんだ。そして私がリョクを何かしら傷つけたわけではないならいいんだ」
大切な大切なリョク。ちっぽけな存在である自分を受け入れて気に入ってくれたリョク。互いを思う心は何も変わっていないなら憂うことなどない。
「腑抜けた私を見捨てることなく支えてくれたユリアは私にはもったいないほどの女性だ。彼女から見捨てられることはあっても私から手を離すことはないよ」
そう言って優しく笑うアレンの姿を見ていたオリビアの口が薄っすらと笑みの形を彩る。
ああ、なるほど。リョクの言っていた通りだ。
だって昨日自分は聞いた。
アレンとユリアが婚約を解消したらまたアレンの相棒になるのか?と。
リョクは呆れたような顔をすると言った。
『 はあ?アレンが添い遂げると心に決めた女をどんな理由があれ捨てるわけないっすよ?そんな男だから俺はアレンを気に入ったんすから 』
かといってあの獣臭は耐えられないから一緒にいる気はないっすけどと笑っていた。
「リョクとは一緒に働けなくなってしまったが、共にいた時間はかけがえのないものだ。リョクにはとても感謝しているし、これからもリョクを大切に思う気持ちは変わらない。そしてリョクにもそう思ってもらえていたら嬉しいと思う」
兄の言葉にセレナは少し不服そうだったが口を開くことはなかった。きっと心配なのだろうと思う。リョクがいなくなって抜け殻になってしまったのだからまたなるんじゃないかと思うのも当然のこと。
でも……アレンの良かった嫌われていなかったという安堵の表情を見れば……ユリアへの優しいまなざしを見れば大丈夫だろうとオリビアには思えた。
その後解散となり、王宮の廊下を並んで仲睦まじく歩くアレンとユリアを見てあることを思い出すオリビア。
リョクに伝言を頼まれたのだった。
「アレン様」
「「オリビア嬢?」」
オリビアの呼びかけにアレンだけでなくバリーも反応する。バリーにはちょっと……と笑って誤魔化し、アレンに話したいことがあると伝えればユリアから離れオリビアに近づいてくる。
バリーが近くにいるので少し距離をとれば僅かに眉を潜められた……ような気がする。がいかんせんあまり聞かれたくないことなのだ。
「リョクから最後に伝えたいことがあると言われたのですが……」
オリビアの言葉にはっと真剣な表情になるアレン。
や、やめてくれ。そんな表情をされては言い辛い。
「オリビア嬢?リョクはなんと?」
「……お……穏やかで優しくとも一度怒らせればその苛烈さは尋常ではないっす。特に浮気などしようものならその四肢が無事であると思うなっす。浮気だけはマジでマ・ジ・で厳禁っすとのことです」
オリビアの言葉にアレンはポカンと口を開いた後、声を出して笑った。




