58.見合い
「まずはオリビア嬢。頬を叩いたこと、無礼な発言を謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
セレナの私室から応接室に移動した大将軍、セレナ、オリビア、マリン。オリビアが腰掛けるのを確認するとセレナは立ったまま深く頭を下げた。
「頭をお上げください。私の経験上、こんなもの叩かれたうちに入りませんわ。お気になさらず」
いや、がっつり頬に手形がついている状態でそんなことを言われても……はいとは頷けない。かといって何度も同じことを言われるこも鬱陶しいというものだろう。
セレナはオリビアの言葉をスルーすることにした。
「オリビア様は兄の現状をどこまで知っていますか?」
「お屋敷に引きこもっていると聞いていますが」
オリビアの言葉にその通りだとゆっくり頷くセレナ。
「今は一日ぼーっとして、何か話しかけても無言で、食事だって使用人が口に無理矢理流し込んで……。でも本当のアレン兄様はとてもかっこよくて、優しくて、頼りになる人なんです。私が困っていると必ず助けてくれる頼れる兄なんです」
その言葉に部屋の中の空気が変わる。
ああ、なるほど。そういうことか。
オリビアだけでなく、大将軍も彼女の行動の理由を悟る。
「私が処刑にされるなんて事態になれば、目を覚ましてくれる。いつもみたいに私を助けてくれると思ったんです」
収まっていた涙が再びセレナの目に浮かぶ。
「でも、私のようなちっぽけな命ではアレン兄様の心は動かせなかったようです」
セレナの隣に座っていた大将軍が彼女の背をそっと撫でるが、今度は涙が流れることはなかった。悲しみを通り越し諦めの域に入っているのかもしれない。
それにしても兄のために命をかけるとは……なんたる愚行。兄を処刑にした自分には理解しがたい。
心が冷たくなっていくのを感じる。
『 ねぇオリビア 』
自分でも気づかぬうちに冷めた目でセレナを見ていたオリビアはマリンの呼びかけにはっとする。
『 ドラゴンが気に入った相手にそっぽむくなんて有り得ないことよ。ドラゴンは人間と違って見る目があるんだから。そもそもしょうもない人間やそうなりそうな人間に興味なんて抱くわけがないわ 』
……ということはもしやアレン自身の問題ではないのだろうか。彼の様子がおかしくなったのはドラゴンがいなくなってからのようだし。でもじゃあ何があったというのか?全くわからない。
「アレン様の相棒ドラゴン……リョクがいなくなる前に何か変わったことはありましたか?アレン様の性格とか行動とか」
オリビアの言葉に父娘は顔を見合わせ首をひねる。
「お兄様自身に変わりはありませんでしたわ」
「ああ、アレンは我が息子ながらいつもと変わらぬ良い男だった。リョクがいなくなる前日だって普通に共に仕事をしていたしな。アレンが帰るときリョクも変わった様子はなかったがなぁ?」
『 はあ?んなわけないでしょうが。何か見落としてんのよ。アレンとやらが帰った後に何かあったのよ。そうよ。そうに違いないわ!そこよ!そこを攻めるのよオリビア! 』
攻めるって……どうしろと。膝の上で翼を動かしながら騒ぐマリンを呆れた目で見るオリビア。
とはいうものの確かにそこくらいにしか原因はなさそうだ。
「アレン様が訓練場を帰った後から次に出勤するまでの間に何かありませんでしたか?」
「その間は一日休みがあったけれど訓練場には行っていなかったし、リョクと揉めるわけがないわ」
「そうだな。確かいなくなった日はアレンが休みの日でお見合いをしたんだ。お互い一目で気に入ったようで即日婚約をし、実にめでたいと家中がお祝いムードだったのだが……アレンが次の日訓練場に出勤するとリョクが戻ってこないとアレンや騎士達がパニックになっていたな」
「お見合い……」
『 お見合い…… 』
オリビアとマリンの声がハモる。
「嫉妬?」
『 やばい女? 』
今度は同時に別の言葉が飛び出す。互いを見やるオリビアとマリン。
「あり得ない」
『 あり得ない 』
再びハモる。
「………………」
『 ………………… 』
無言で互いの顔を見る一人と一頭。
妙な雰囲気になったオリビアとマリンの様子に大将軍とセレナは息を潜める。言葉はわからずともなんか異様な空気が漂っている。
『 ドラゴンが人間に嫉妬なんてあり得ないわ。だって人間よりもドラゴンの方が偉大でしょ?全てが勝っているもの 』
先に言葉を発したのはマリンだった。ため息と共に吐き出された言葉にオリビアは自分で言っておいてなんだがやはりあり得ないかと納得する。
それにしてもその自信……事実にしてもちょっとどうなんだろうか。
『 で、そっちは? 』
「……え?ああ」
マリンが何を聞いているのかわからず一瞬言葉に詰まってしまった。
「確かアレン様の婚約者はユリア・タイル伯爵令嬢でしたよね?」
何やらグルルルグルルルと唸るマリンと話していたかと思ったら急に話をふられビクリと身体を跳ねさせる父娘。
「あ、ああ」
「え、ええ」
オリビアには言えないが、ドラゴンと人間と会話している姿はなんとも奇妙というのか……不思議な感じがして見入ってしまった。
「ですよね。であれば………」
父娘の様子に首を傾げつつオリビアは再びマリンに視線を向けた。




