57.父と娘
やってまいりました。
といってもリョクというドラゴンのところではなく……目の前にそびえ立つのは要塞のような濃茶色の厳つい建物。代々優れた軍人を輩出しているガーネ侯爵家の屋敷だ。
「お帰りなさいませ旦那様」
「ああ。セレナは?」
「お嬢様はご指示通り部屋に軟禁しております」
「うむ」
「……………………」
うむじゃねー……。屋敷に入った途端目の前で交わされる大将軍と執事との会話に耳を塞ぎたくなる。軟禁されている理由が自分絡みである故居た堪れない。
オリビアは家に戻るという大将軍についてきたのだ。それというのも王宮を出るときに冷静に考えればセレナとオリビアが和解すればビンタの件は解決じゃねと王が言ったから。
目撃者が多くいようと、意味のわからない理由で叩かれていようと、お互いが納得したうえで和解すれば問題なしというもの。
まあ、ここに来たのは和解するためだけではないが。
『 あ、オリビア来た来た~ 』
「な……!?ベビードラゴン!?」
突然天井から舞い降りたマリンに大将軍は驚きの声を上げる。
「申し訳ありません。セレナ様の様子がおかしいから偵さ……んんっ!様子を見てくると言って学園から飛び出していってしまったのです」
「いや、ま、まあ警備とかどうなっているんだと引き締められる思いだが大丈夫だ。ベビードラゴンが我が家にいるなど光栄なことだしな」
そう、あの後セレナの偵察に行くと言って彼女の後を追い学園を飛び出していったマリン。侯爵邸の外でうろうろしていると思っていたので屋敷内にいることに驚いたが、とりあえず会うことができて良かった。
手を伸ばせばすぽりとそこに収まるマリン。胸に抱えればちょうどいい位置を探そうと身じろぐ。
「かわいいな。撫でたいが……」
『 ごら、やめろ熊ジジイ。ごつすぎる男は趣味じゃないのよ 』
グルルルルル……
眉間に凄まじいシワを寄せ牙を剥き出しにして唸るマリンに悲しそうな表情を浮かべ手を引っ込める大将軍だった。
~~~~~~~~~
その後、セレナの部屋の前までやってきたオリビア達。
「入るぞ」
えー……
ノックもなしに年頃の娘の部屋に足を踏み入れる父親ってどうなのだろうか。まあ自分も父親にノックなどされたことはないが。
ガチャリと開けられた扉を目の前にして足を踏み入れて良いか迷う。
「オリビア嬢どうかしたか?」
あなたのせいですとは言えず、失礼しますと言ってからセレナの部屋に足を踏み入れる。そっと目を動かし部屋の中を窺えば、セレナはベッドの上でドラゴンのぬいぐるみを胸に抱いて座っていた。
「セレナ、オリビア嬢に謝罪をするんだ。それでこの件は和解だ」
娘に近づいた大将軍が父親らしい威厳のある声ではっきりと言う。
「い……いや、です……」
ぎゅっと強くドラゴンのぬいぐるみを抱きしめるセレナ。眉間に皺を寄せ、唇を噛みしめる大将軍は怒りというよりももどかしそうだ。
「命が惜しくないのか!?オリビア嬢も陛下もお前が罰を受けぬように動いてくれているというのに……!肝心のお前がそれではどうにもならないだろう!?」
「……………………」
セレナはブルブルと震えるだけで何も言う気配はない。
「お前が本来ドラゴンをもの扱いしたり、誰かに手をあげることができる子じゃないことはよくわかっている。何か事情があるのか?それなら教えてくれないか?」
「……………………」
大将軍がぎしりとベッドに座り娘の手をそっと握る。ビクリと身体が跳ねたが更にブルブルと震えるばかりで口を開く様子はない。
「セレナ、お願いだ!なぜこんなことをしたのか教えてくれ……!」
父親の真剣な眼差しにセレナの目に涙が浮かぶ。
オリビアは必死な父親とそんな父を見て辛そうな娘をじっと見る。正直なところ父と娘の互いを思う心なんてものは理解しかねる。
自分は父に対してうぜえと思うことはあれど愛情といったものを抱いたことはないし、感じたことがないから。
『 オリビア? 』
ぼーっと二人を見ているとマリンから怪訝そうな声がかけられる。なんでもないとマリンの頭を撫でる。
マリンから再び父娘に視線を移したときオリビアはあることに気づく。そして陛下が話していたことを思い出したとき、頭の中で疑問が晴れていく。
「もしかしてセレナ様、兄君であられるアレン様の為にこれやりました?」
自分の頬に浮かぶ手形を指さす。
「オリビア嬢?何を言って……」
大将軍はそんなわけないだろうとセレナを見るが、目が泳いでいる。
「え?まさかそうなのか?」
肯定も否定もせずにひたすら目を彷徨わせるセレナ。
『 オリビア大せいかーい! 』
部屋の中をくるくると飛び回った後、ポスンとオリビアの頭に着地するマリン。最近よく食べるからなのか成長期なのかよくわからないが頭の上に乗られると首が痛い。
手を伸ばしむっちりボディを掴むと再度胸に抱える。
「な、なんで……」
セレナが動揺した様子でオリビアに問いかける。
なんでと言われても――
「先程から何度も部屋の外を気にしていらっしゃるようでしたので」
その目は不安というよりも期待しているような縋るような目に見えた。
「セレナどういうことなんだ?わかるように説明してくれ」
ベッドの上にあるセレナの手がふわりと大きく温かい手に包まれる。つー……と綺麗な涙が彼女の頬を伝う。
暫く嗚咽をあげるでもなく無言で静かに涙を流した後セレナは口を開いた。




