54.平手打ち
なぜだ。なぜ次から次へと問題が発生するのだろう。
確かに自分は大将軍の娘に思いっきり叩かれた。
そう。学園で――――
あー……なんか聖女とわかってからろくなことがない気がする。あ、もともと碌でもない人生だったか。いやいや、過去のことはどうでもいい。
とにかくオリビアは現在駆け足で目の前の状況から逃げ出したかった。
「オリビア様聞いていますの!?」
聞いていますよ。聞いていますとも。
つい先程、教室にある私の机にあなたが思いっきり両手をついた際にバンッという痛々しい音がしたのもちゃんと聞こえましたよ。
というか痛くありませんか?
「どうしてあなたが聖女なの!?」
どうしてと言われてもそうやって生まれてきたからとしか……。
「私は……私は本当にドラゴンが好きですの!愛していますの!ドラゴンへの思いなら誰にも負けないと自負していますのに!」
左様ですか。でも気持ちや根性で聖女には生まれてくることはないから仕方ないではないか。
本日の授業が全て終わり教科書をカバンに入れていたときに教室で突然かけられた声。最近は王女であるエリザベスが話しかけてくるものの他の生徒達は気まずいのか誰も話しかけて来ない。
まあ、もともと誰も話しかけてこなかったのでいつもと同じなのだが。
でも初めての出来事になんかちょっとドキドキとしながら座ったまま彼女を見上げればなぜか彼女の眉間に深いシワが出現した。口を開いたかと思えばなぜあなたが聖女なのかと問い詰められ、自分の方がドラゴンを愛していると何度も何度も聞かされた。
わかった。いや、気持ちはわかったがなぜこんなことを言い出したのかは全くわからない。
『 オリビア、なんなのこの女は? 』
マリンが背中にしがみつきながら眉間に皺を寄せ不愉快げに問いかけてくる。なんなのという言葉は自分が言いたいところだが……。彼女の正体は知っている。
ちょいちょいと前に来るように人さし指を動かせばマリンがばさりと翼を動かし机の上に移動する。
「彼女はセレナ・ガーネ侯爵令嬢よ」
こそこそとマリンの耳に囁やけば興味なさそうにふぅんという返事が返ってくる。
「ほら、あの熊みたいな大将軍の娘さんよ」
『 !?熊から人間が!?なんたる神秘! 』
大将軍は熊に似ているがれっきとした人間である。
『 お母様がよっぽど可愛らしい人間なのね…… 』
マリンは何を言っているのか。人間云々はさておき、彼女の顔は間違いなく母親似である。ちら、と彼女を見る。
父親である大将軍から受け継いだ赤茶色の瞳と緩く波打つ髪の毛。
長いまつ毛がバッサバッサと揺れるぱっちりとした瞳と小ぶりな鼻と唇を持つ彼女は美人というよりも愛らしい顔立ちをしている。
「ま、まあオリビア様が聖女だという事実はかわりませんわね。あなたを消したからといって私が聖女になれるわけではありませんし」
いやいや、怖いんですけど。何この子見た目は可愛いのに言うことが怖い。む、とした表情へと顔を変えたマリンからセレナに視線を向ければ、ごくりとその喉が動く。
?
「……そ、そこで私は考えたのですが……何頭か私にドラゴンをいただけませんか?彼らは今や聖女たるあなたの奴隷でしょう?あなたが命じれば私のものになるはず」
「いや、無理です」
オリビアの返答に身体の横でぐ…と拳を握るセレナ。
「なぜです?独り占めなんてずるいですわ。大切にするから何頭かくださいな」
「私が飼っているわけではないですし。あげるあげないなんて言えないですよ。というかドラゴンをそのようにもの扱いするなど失礼では?」
その言葉にきゅっと唇を噛むセレナ。握られた拳に更に力が入る。
?
さっきから何か変である。
「なんで私聖女ではないの?私が聖女だったら――」
???
ポツリと呟かれた言葉。先程までと違い言葉に力がなく心配になる。
やはり何か様子がおかし――パンッ!
衝撃を受けた後、徐々に熱を帯びていく左頬。
目の前を見ればオリビアの頬をビンタした己の右手を左手でギュッと握るセレナの姿がある。
『 オリビアッ!!!このあまっ! 』
「マリン駄目っ!」
『 ぎゃっ! 』
「あ、ごめん」
セレナに飛びかかろうとしたマリンの尻尾を掴めばビタンッ!とその身体は机に倒れ込む。やば、凄い音がしたけど大丈夫かしら…?
恐る恐る机に顔を伏せたままのマリンの顔を覗き込めばギロッと睨まれる。そりゃそうだ。
「マリンごめんなさい。痛かったでしょう?」
『 痛いに決まってんでしょうが!確かに私はドラゴンだけど!これくらいじゃ怪我しないくらい丈夫いけど!一応私まだベイビーなんだからね! 』
激怒するマリンの身体から痛みがひくように怒りを鎮めるように撫で擦る。
ダッ……!
「あっ」
マリンに気を取られている間にセレナが駆け出し教室を飛び出していく。
『 ……ちょっとオリビア 』
「いや、これは違うのよマリン。あなたが可愛いから抱きしめただけで……」
オリビアはマリンの身体を抱え上げ逃げられないように強く抱きしめていた。もちろん可愛いからとかではない。セレナを追いかけていって何かしでかしたらと心配になったからだ。
目をキョロキョロと泳がせるオリビアにマリンはその腕の中ではーっと息を吐く。
『 何もしないわよ 』
「本当に?」
『 本当よ。さっきはかっとなっちゃったけど、あの女……様子がおかしかったじゃない 』
そうなのだ。
ドラゴンが好きだと言いながらドラゴンの気持ちを無視するような発言は違和感ありまくりだ。しかもその言葉を吐く時とても辛そうな顔をしていた。
話している間ずっと握られていた拳は小刻みにずっと震えていたし、平手をした右手などは明らかにブルブルと震えていた。それに平手をした瞬間の顔色などは真っ青で今にも倒れそうだった。
それに……
ちらりと周囲を見回せば、教室内にはまだほとんどの生徒が残っている。
聖女に手をあげるという愚行。彼女の行動はまさに自分の首を絞めるようなもの。
『 あの女、死に急いでるわけ? 』
マリンの言葉にオリビアは沈黙するしかなかった。




