50.女の喧嘩
「で、ででで、でも!あんただってそのお綺麗な顔がなければそこのいい男だってきっと守ってくれなかったわよ!」
いやいや、バリー隊長は顔で人を守る守らないなどという人間ではない。そもそも騎士だし。国を民を守る存在が顔でどうこう動くわけないだろうにとは思いつつそこは心の中に置いといて……。
「あらあら、私には聖女という肩書きもあるし、学園で一番という頭脳もあるしリード侯爵家という後ろ盾もある。それにとってもお金持ちなの。顔だけではなくってよ」
…………………………事実を言っているだけだ。事実なのだがなんだろう。なんか恥ずかしい。堪えろ自分。
そんな心の内は赤く染まる耳を見れば一目瞭然というもので、見ている方も微笑ましいと同時に少々恥ずかしい。
再びドラゴンとバリーとジョーの気持ちが一致する。
「何よ!自慢!?」
「ええ」
コクンと頷くオリビア。頷いた後ニッコリと笑う。
「だからそんな巨乳ごときで調子に乗るんじゃないわよ。エリートで将来有望なジョーとはさっさと別れなさい。今後は自分にあったくだらない男と身の程をわきまえて生きていきなさいね?」
「~~~~~~~~っ!ちょっと色々と持ってるからって調子に乗るんじゃないわよ!」
「ちょっとじゃないけど?」
煽れば飛び掛かられ髪の毛を鷲掴みにされる。
慌ててジョーの恋人を引き離そうと動き出すバリーとジョーを視界に捉えるがそれより先に手を伸ばし思いっきり彼女の髪の毛をしっかりと掴み引っ張る。
「!?お、オリビア嬢!?その手を離すっす!」
「オリビア嬢!怪我をしてしまうぞ!?」
バリーとジョーは焦るが手を出すことができない。オリビアもジョーの恋人もしっかり相手の髪の毛を指に絡め引っ張り合ってるからだ。
下手に引き離そうとすれば大量の髪の毛がぶちぶちっといってしまう。女性の頭皮にそんなダメージを与えられない。髪の毛をなくさせるわけにはいかない。
「顔が何よ!男は下半身の生き物なんだから胸がデカいのが一番いいに決まってるでしょ!」
「男性を下半身の生き物と言ってる時点であなたが男性にどんな扱いをされてきたかわかるというものね!」
「は、はあ!?平民は貴族と違うのよ!そんな貞操だの純潔だのとお高く止まらないのよ!勿体ぶらないのよ!」
「あらあら、その口ぶりでは何人の男と枕を交わしたのかわかったものじゃないわね?そういうの世の中でなんていうか知ってる?XXXXって言うのよ?」
「誰がXXXXですってぇ!?」
ヒートアップしていく女二人の下ネタ喧嘩。
オロオロすることしかできないバリーとジョーの耳にドラゴンたちからギャアギャアギャアギャアと鳴き声が聞こえる。何を言っているのかわかるはずもないがたぶん早く止めろと言っている気がする。そうしたい気持ちは山々だが……いや、もう泣きそうだ。
誰か応援を呼ぼうか。
ふと顔を王宮のある方に向けるバリー。あることに気づきその目は驚愕に見開かれた。バリーの反応にジョーもそちらを見て顔を青褪め引きつらせる。
本日その光景を見るのはバリーは一度目、ジョーに至っては二度目だった。まあ二度目の方が遥かに豪快な様となっているが。
二人の視線の遙か先には凄まじい土埃を立てながらこちらに走ってくる三頭の馬。その辺にいるような馬ではなくがっしりと鍛えられた筋肉を持つ見事な体躯の馬たちだ。
徐々に近づいてこれば馬にまたがる人物たちの顔がはっきりと見える。薄っすら気づいていたが違ってほしいと思っていた人物の顔が――。
先頭を走るのはこの国の至高の存在であるアルバート王国の主リカルドだ。今日も見事な黄金の髪の毛が風にたなびき非常に美しいが、その顔は気の毒なほど必死だった。
国王の後に続くのは宰相と大将軍だ。
こちらもまた必死な形相でこちらに向かってくるものだから怖い。特に大将軍は二人の上司。なんども叱責やらお説教やらされてきたのだから尚怖い。
「~~~~~~~~っ!!!」
??????
リカルドが何か叫んでいるが聞き取れない。でもこちらを指さして何かを訴えているのは間違いなさそうだ。
「~っ!ゴラァ早く止めんか!オリビア嬢に怪我をさせるなーーーーっ!」
あ、聞き取れた。
とはいうものの……まだ髪の毛を引っ張り合いながら罵り合う女二人に視線を向ける。
残念ながらオリビアの美しい顔にはいくつもの引っかき傷ができ、叩かれた場所は熱を持ち赤くなっている(ジョーの恋人にもオリビア以上の傷ができているがどうでも良い)。髪の毛を鷲掴みながら2人とも器用に顔に傷をつけ合った為だ。
一応自分たちだって止めようとしたのだ。したのだが、触るな、女の喧嘩に口出しするな、女の身体に触るのはセクハラだと睨みながら叫ばれれば手は出しにくい。
セクハラ問題というのは女性を傷つけかねない。
そんなことを考えているとドサッと土を踏む音が近くでしたかと思うと、王がすぐ間近まで走ってきた。
「~~~ひぃぃぃぃっ!き、傷が……オリビア嬢の顔に傷が……!ド、ドラゴンっ!?バリー、ジョー早く止めよ!!!」
えー…………
救いを求めるように王に追いついた宰相と大将軍に視線を向ければこちらもまた
えー…………
という表情を向けてくるではないか。
「お、オリビア嬢。陛下も来られたことだしもうそろそろその辺で……」
バリーがそっと肩をつかめばギロリとオリビアの目がバリーに向かう。そしてその際に王の姿も視界に捉え、パッとジョーの恋人の髪の毛から手を離す。
少し抜けてしまったがそこは気にしないでおこう。
「陛下」
急に髪から離された手に驚くが、オリビアの発した言葉にビクリと身体を震わせると慌てて恋人もオリビアの髪の毛から手を離す。
二人はさっと頭を下げる。
オリビアは優雅な貴族の礼を、恋人は地面に膝をつけ額をもつける。
「お、おおおおおオリビア嬢の顔に……聖女の顔に傷が……!」
「お気を確かに!」
ブルブルと震える手でオリビアの顔を指さした後ふらりと目眩を起こした王を慌てて宰相が支える。
「そこの女!彼女を聖女と知ったうえでのこの所業か!?聖女を虐げた者は処刑というこの国の法を知らぬとは言わせぬぞ!国を滅ぼさんとする悪党が!」
王の怒号にブルブルと震えることしかできないジョーの恋人。なぜ、こんなことに……?自分はちょっと男と遊んで、ちょっと目の前に現れた女と喧嘩しただけなのに。
「陛下、私は彼女と喧嘩をしただけです。ドラゴンに少し頼まれごとをしまして、その問題解決の為に行った、ただのか弱き女同士の喧嘩に法の介入は必要ありません」
か弱き女同士の喧嘩とは?
皆思ったが口に出すものはいなかった。
「だが……」
ちらりと王が見るのは二頭のドラゴン――レイチェルとアオだ。王が何を気にしているのか察したオリビアは二頭にギロリと視線を向け音は出さず口を動かす。
“ 何も見てないわよね? ”
ばっと二頭は前脚で自らの目を隠す。
おお……と宰相と大将軍が感嘆の声を漏らす。
「ん、んん……。ではここはただの喧嘩とするが……聖女を虐げた者は処刑。皆これを忘れるでないぞ?」
周囲を見回しながら発されたその言葉は当事者たちだけでなく周囲でいた者たちへの言葉であることは誰の目にも明らかだった。




