5.怒りを鎮める方法
「父上……それはセクハラというものでは?」
グルルルル……
後ろから追いかけてきたレオナルドの言葉とドラゴンが喉を鳴らす音を聞き慌ててオリビアの手を離すリカルド。
「お、思わず興奮してしまって…す、すまない……」
「若く美しいご令嬢に興奮とかどん引きですね父上」
「そういう意味ではない!」
「そんな誤魔化さずとも……同じ男なので気持ちは理解しますよ」
「もうそなたは黙っていろ!」
はいはいと引き下がる皇太子と憤怒する国王を見てオリビアは何をしているのだかと呆れる思いを隠し口を開く。
「お気になさらず。偉大なる陛下の御手に触れることができて光栄にございます」
「ん、んんっ!そう言ってもらえるとありがたい。こちらから迎えをと思っていたのだが、後手に回ったようで申し訳ない」
気持ちが落ち着いてきたのか、穏やかに微笑む王は気品が溢れ優雅だ。
ただ、改めて見るとぐっちょりと汗で濡れている。
ちらりとその背後に視線を向ければ皇太子と宰相と大将軍。錚々たる顔ぶれが揃っている。
皆呼吸荒く、汗だくで。
なんか気不味い。自分のせいでこんな風になっていると思うと非常に気不味い。
視線を動かすとなぜか皇太子とばちりと目が合った。にっこりと微笑まれるものだから尚更気不味い。いっそのこと睨み付けてほしい。
「オリビア嬢。城の中へ参ろう」
「はい」
「……確認したいことがあるのでな」
険しい表情と声の王にオリビアはごくりと息を呑む。先程慌てる様子や、穏やかな微笑みを見せていたがやはりこの強国を治める王なのだ。
世界で最も富国強兵と言われるアルバート王国。
その頂点に立ち惜しげなく手腕を振るうリカルドが纏う威圧感、覇気は自分の周りにいる者達とは桁違いだ。
王の執務室に通されたオリビアは着替えに行った国王たちを一人ソファに座り待つ。
「ねぇねぇ」
その声に慌てて立ち上がろうとしたが片手を上げ止められる。ギシリと音を立てオリビアの前に座ったのは皇太子のレオナルドだった。
「さっきの赤いドラゴン怖かったね。私達が君に無礼な真似でもしていたら炎を吐く気満々だったよね」
いやぁ、父上がセクハラ認定されて丸焦げにされなくて良かったと笑うレオナルド。
「強く、美しく、頼れる存在であると同時に災厄ともなり得るドラゴン。これからは君の言動で変わっていく未来。それこそ君がなろうと思えばこの世界の王にもなれるわけだ」
その声色は優しく柔らかく、彼が浮かべる微笑みも穏やかなのに敵意を感じる。
「私は王になる気はありません。この世界の王にも……アルバート王国の王にも……。それにドラゴン達が言いなりになるなんて思えませんが」
「君は聡いね。ごめんね試すようなことを言って。でもほら私一応この国の次の国王だから。その為の努力もしてきたつもりだしね。この座から引きずり下ろそうとか思ってるなら色々と考えなければならないだろう?」
その目にはまだこちらを探るような色が見え隠れしている。
「暴力だけで治められるならいざ知らず、諸々面倒なことが多そうなので遠慮します。私がなれるとしたら王ではなく破壊神といったところでは?」
「破壊神になられては困るなぁ」
ははっと笑う皇太子から先程まで纏っていた腹黒いオーラが消える。
「こらリカルド、笑っている場合ではない。先程からそなたは碌なことを言わぬな。とはいうもののオリビア嬢は今破壊神になりかけている。正確にはドラゴンが、だが」
現れたのは宰相と大将軍を後ろに従えた国王リカルドだ。レオナルドの隣に腰掛けると宰相と大将軍が後ろに控える。
「ドラゴン達が怒り狂っている。怒りの原因は…………家族だな?」
揺るぎない自信を持って質問するリカルドにオリビアは頷く。
「流石は陛下ご明察にございます」
先程竜騎士団のドラゴンたちの側を通ったがはあいつら許すまじとグルルルグルルルと唸っていた。厳密に言えば彼らだけではないのだが……一番の原因は家族だ。
「毎月訪れる役人たちは役に立たなかったようだな」
王国では18歳未満の女の子がいる家に毎月一度だけ抜き打ちで役人が派遣される。酷い目に遭っていないか、様子はおかしくないか調査するのだ。
なぜならもしかして酷い目に遭っている娘がいてその娘が聖女だったら?ドラゴンの怒りを買うこと間違いなし。家庭内だけに不幸が訪れるのであればざまあというところなのだが、その影響は国にも及ぶので虐待は許すまじ。
だからこそ税金を使い、役人派遣に力を入れていたというのに……恐れていたことが…………。
あ、目眩がする。リカルドは倒れ込みそうになる身体を叱咤する。
「そんなことはございません。それがなければ私はまともな部屋も家具も与えられなかったに違いありません」
リリスと同じような部屋が与えられたのはいつ役人が来るかわからなかったから。そこに普段から住めたのは生活感がなければバレるから。国の政策のおかげで自分はまともな部屋が与えられた。
だから意味がなかったなんて思わない。
非常に感謝している。
とはいうもののドラゴンたちにはそんなこと関係ない。
非常にお怒りになっている。
ちょんと触れればプチリとおキレになる程に。
空を飛び回る彼らは色々なものを見ている。オリビアに行われた日々の愚行もその素晴らしい視力で窓から見ていたから。素晴らしい聴力で言葉を聞いていたから。
今まで何もしてこなかったのに、聖女とわかった途端?とか思ってはいけない。彼らは基本的に人間などというちっぽけなものに興味などないのだから。
彼らの怒りを収めるにはオリビアが一言気にしていないと言えば良いのかもしれない。だがさすがにそれは言いたくない。
となれば怒りを収める方法は一つ。
「陛下」
「………………」
オリビアとリカルドの視線が交わる。
静まり返る室内。
人がいるとは思えないほどの静けさ。
皇太子も宰相も大将軍も控える侍女たちも存在を消すかのごとく息を潜めている。
「家族を処刑しちゃいましょう。あ、妹のリリスはダメですから」
ぶっ!
噴き出しむせる大将軍の背中を宰相が擦る。
「は、はっきり言うのだな」
確かにその意味合いの言葉を待っていたけれど。家族を処刑するなんて言い出しにくいからオリビアから言ってくれるのを待っていたけれど。
ここまではっきり言われるとは思わなかった。
両親や兄たちの命を切り捨てて、彼女の心に傷が残ったりしないだろうか。リカルドの瞳がほんの僅かに揺れる。
「私の気持ちはさておき、彼らは法を犯しました」
“法を犯した”
その言葉にリカルドとレオナルドの目が細まる。誰よりも法を重んじてきた自負がある。そして守らぬ者への憤りも誰よりも強いと自負している。
「であれば法に則った行動をするべきかと」
王国にはちょっこっと変わった法が存在し、守らなければ処刑と決まっているのだ。




