4.慌てる国王
教会から聖女が現れたと報告を受けた王宮はてんやわんやの騒ぎだった。とはいうもののこの時一番慌てていたのはアルバート王国の主リカルドだと誰もが後に言う。
「リード侯爵家の長女が聖女!あの美しい顔の令嬢だな!なんと喜ばしい!」
王宮にある王の執務室にそんな声が響き渡る。声の主はつい先程まで書類とにらめっこしていた国王のリカルドだ。黄金の獅子と呼ばれるに相応しい黄金色の目は嬉しさからより一層輝き、同じ色の髪の毛が王の動きに合わせて動く。
「父上、女性の顔のことをとやかく言うものではありません」
「レオナルド……現実を見ろ。美しさとは武器だ。お前なら美しい女と不細工な女、どちらが聖女として相応しいと思う?どちらの言葉に素直に従える?」
「…………………………」
父の質問に無言を貫くのは、リカルドの長男にして皇太子のレオナルドだ。父譲りの黄金の髪の毛と瞳を持つ美丈夫。その見た目と優秀さから太陽の化身なんて言われちゃって本人はとても恥ずかしいと思っている。
レオナルドは社交の場で見たオリビアの顔を思い出す。
非常に美しい顔立ちに美しい所作。まあ……聖女として絵にはなる。残念ながら心の綺麗さは目には見えないのだ。似合う、似合わないでいえばオリビアはまさに聖女にお似合いだと言える。
「宰相。リード家から報告はあったか?」
息子から視線をそらしたリカルドが目を向けたのは報告に来ていた宰相だ。その質問にパチパチと瞬きをする宰相だったが、次第に青褪める。
「いえ……来ておりません」
「嫌な予感がするな」
リカルドの眉間にシワが寄り、レオナルドの目が僅かに細められる。部屋の中に嫌な空気が漂う。
だっておかしいではないか。王宮にも出入りし王とも直に話すことのできる立場にあるリード侯爵が王宮に報告に来ないなんて。
娘が聖女であれば更なる家の繁栄が約束されるのだ。嬉々として報告に飛んで来るはず。なのに来ていない。まさか娘が聖女だとまだ知らないとか?
だが普通家族であれば聖女の儀が気になって仕方ないはず。
余程興味がないか、見下しているかでもない限り……。
「陛下、陛下、陛下ーーーーーー!!!」
ドタドタドタドタと廊下を走る音と共に大地を揺らすような大声が聞こえてくる。聞き覚えの有りすぎるその声に宰相が扉を開けて数秒後、一人の熊みたいにガタイの良い男が駆け込んで来る。
「大将軍」
駆け込んできたのは王国の軍を任されている大将軍だった。赤茶の髪の毛と瞳を持つ彼は豪快な性格で見た目も相まって元気いっぱい、迫力満点な男……
「や、ヤバババババババ」
……のはずなのだが。兵士達の信頼厚く、謀反が起きようとも反乱が起きようともお任せあれと余裕たっぷりの彼が大量の汗をかいて吃っている。
余程の事態かと王と宰相の顔が引き締まる。
「あ、あ、あああああの、あの竜騎士団のドラゴンたちの様子が変で、な、なななななんか凶暴化してるんだが!?」
アルバート王国では大人しく穏やかなドラゴンを飼い慣らし、相性の良い者とペアを組ませている。竜騎士団と呼ばれる彼らはドラゴンに選ばれた名誉ある立場故、お給料もいいし、女性にもモテモテだ。
いつもならドラゴン達はパートナーを背に乗せ共に悪党を成敗したり、餌を与えれば喜んで受け取ってくれるのに今日は近づこうとするだけで激しく威嚇してくる。歯をむき出しにして唸ってくるので結構怖い。
ちなみに大将軍も軍全体を纏めもするが竜騎士団に所属しており、相棒のドラゴンがそんな状態なので悲しくて悲しくて現在心で大号泣していたりする。
「決まりだな」
ドラゴンが激おこちゃんになっている。
その事態がなぜ起こったのかを確信したリカルドはおでこに片手をあて天を仰ぐ。あってはならないことが起こっている。部屋はこの世の終わりかのような暗いドロドロとした空気で満たされる。
「あ、あのー……」
一人の勇気ある侍女が開け放たれたままの扉からひょっこり顔を出し、声を上げる。リカルドは声を出す元気もなく視線だけで何だと問う。
「オリビア・リード侯爵令嬢が面会を求めておられますが……」
固まる空気。
固まる人。
止まる時間。
「っ!」
誰よりも先に時間が動き出したのはリカルドだった。侍女に近寄りその肩をがしりと掴……いかんいかんセクハラセクハラ。
「どこだ!?」
「え、え…えーと……王宮の門の前…です……」
「!?な、ば、馬鹿者ぉぉぉぉぉぉ!」
誰だそんなところで待たせたのは!
いや、まあ規則で門兵がそう判断したのだろうが……そんなことを考えている場合ではない。
「「え、ちょ、陛下!?」」
駆け出すリカルドに戸惑いの声を上げる宰相と大将軍。
そしてその隣を
「ちょっと面白そうだな……。待ってください!父上!」
「「え、ちょ、皇太子様!?」」
レオナルドが駆けていく。
二人は互いを見て呆然としていたが、気を取り戻すと慌てて王と皇太子の後を追った。
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信用ならない馬車も侍女も置いてきぼりにし、王宮へと徒歩で向かったオリビア。彼女は今聳え立つ巨大な門を前にして腕組みをし仁王立ちしていた。
うーん……
「もしかして早まった?」
「す、すすすすすみませぇぇぇん!も、ももももう少しで返事が来ると思いますのでぇぇぇ!」
「当然こうなるわよね」
王宮の門前で門兵と向かい合うオリビア。王宮の門は許可証を持ったものや陛下に呼ばれたものしか入れない。それ以外のものはこうやって門兵に用件を伝え、許可が出るまで待たなければならない。
「ほ、ほほ本当に……す、すすすすすすすすみません………!」
先程から門兵はこの調子だ。怯え、恐怖により涙を浮かべている。
「謝る必要なんてないわ。あなたはあなたの仕事をきちんとしているのだから」
そう、本当にこんな状態でもきちんと仕事を全うできるのは凄いことだと思う。
オリビアはばっと後ろを振り返る。
「……ちょっと、睨まないでくれる?」
『 睨んでいない 』
オリビアの後ろには尻尾をゆらゆらと揺らし、ちょこんと座る赤色のドラゴンがいた。いつもなら門前には人がたくさんいるが今は遠いところからこちらの様子を伺うだけで近づいてくる勇者はいない。
「なんか皆困ってるからどい『 来るぞ 』は?」
来る?何が?
ドラゴンの視線の先――門を見るがぴったりと閉まったままだ。
うん?
でも何か音がするような。
『早…開……!』
『ぜぇっ…!……っ!』
『は、はいぃ……ぃぃぃ……!』
ぎぎっと開き始める門。
人一人通れるかというところで何かが飛び出してくる。
あれは……
そう思うと同時に、手を取られぎゅっと握られる。
「!?」
「オリビア嬢ぉぉぉぉぉぉ!」
目に涙を溜めながらそう叫ぶのは偉大なる国王たるリカルドだった。




