3.聖女の儀・覚醒
目が覚めむくりとベッドの上で上半身を起こすオリビア。今日で18歳の誕生日を迎えたわけだが例年のごとく家族からも使用人からも祝われるわけもなくただ一つ年を取るだけの日。
ああ、でも今日は教会に行って聖女の儀を受けなければならない。
レースも飾りも何もない真っ白なシンプルなワンピースに袖を通す。
いつも身につけているものは高価ではあるが両親の趣味ではないシンプルなドレス。彼らは貧乏くさいと笑うがこればかりは嫌われていて感謝している。彼らは少々趣味が悪いから。
姿見の前に立ち、見慣れぬ格好をする自分の姿をじーっと見つめる。聖女の儀では皆真っ白な飾りのないワンピースを身につけることが決まっている。
聖女――
この世界にはドラゴンが飛び交っている。賢く普段は温厚で、気に入った相手を背に乗せることもあり竜騎士団というドラゴンをパートナーとする騎士団も国には存在する。
だがやはりドラゴンはドラゴン。凶暴なところもあり、ちょくちょくトラブルも起こる。そして普通に人間を襲うこともある。
ドラゴンは群れを作らない誇り高き個の生き物なのだが、彼らにも一応序列なるものがあるそう。その頂点であるボスの座に座るのが聖女だ。
なんでドラゴンの親玉が人間の女?とか思わなくもないが、ドラゴンを魅了するようなドラゴンが従いたくなるような香りがするらしい。聖女だけがドラゴンの言葉を理解し、ドラゴンは聖女を敬愛し従う。
聖女を悲しませるものにドラゴンは容赦しない……………らしい。
ゆっくりと瞬きをした後、鏡に映る自分の頬に手を伸ばす。
我ながら美しい顔だ。
それに
明晰な頭脳、
高貴な血筋、
莫大な財産。
何もかも持っているはずなのに置かれている環境は最悪で――。
クスリと嘲笑う。
一人馬車の元へと向かう。すれ違う使用人たちは挨拶をするどころか何が面白いのかクスクスと嗤う。
馬車の元へと辿り着けば横にはこの前新しく買ったらしい派手な馬車があった。そしてその前にはこちらを見てニタニタと嗤う家族の姿。
オリビアの姿を見ると急に楽しそうに騒ぎ始め、馬車に乗り始める。誕生日はいつもこうだ。オリビアを除く家族で外出し、夕食時にどこに行ったか何を買ったかと楽しそうに話をするのが恒例行事。
「お姉様!」
一人リリスが小走りで近寄ってきてオリビアに抱きつく。
「お誕生日おめでとう。あと――――――」
「ありがとう」
二人は互いの顔を見ると微笑み合う。リリスは贈り物はしない。見つかったら捨てられるからだ。オリビアだけでなくリリスの心まで踏み躙る蛮行に数年前からプレゼントは無しにしようと二人で決めた。
「リリス!そんなヤツに近づくんじゃない!戻って来るんだ!」
「おい!リリスから離れろ!クソ女が!」
兄たちが馬車から喚くのでリリスはオリビアから離れ、彼らの元へ戻っていく。リリスが乗り込むと走り出す馬車。その窓からオリビアを見下ろす家族たちの目は優越感たっぷりだ。
何がそんなに嬉しいんだか――。
自分も馬車に乗り込み、先程リリスに言われた言葉を思い出す。
『お姉様が聖女でありますように』
思わずクスリと笑うオリビアだったが、世間体の為ついてきた侍女に胡散臭気な視線を向けられ、窓を眺める。
聖女の力が目覚めるのは18歳の時と決まっている。だから貴族も平民も女性は皆18歳の誕生日に教会に行き、聖女かどうかをみてもらう必要がある。
本人はドラゴンが言っていることがわかるので気づくが、国としては黙っていられたら困るというわけだ。なぜなら非常に利用価値があるから。それに偽物が出てきても困るから。
ガタガタと走っていた馬車が止まる。窓の外には帝国で一番大きな教会。真っ白でヒョローリと縦に長い教会の前には儀式を受けに来た真っ白な服を着た娘とその家族たちにより既に列ができている。
馬車を降りて列に近づけば譲られる順番。
評判が悪かろうが腐っていようが侯爵家というのは高位貴族なのだ。
並ぶことなく先頭に辿り着けば、教会長が微笑んで迎えてくれる。すい……と差し出される右手。
握手のため?
違う。これの為だ。
侍女がじゃらりと金貨の入った袋を乗せるとにんまりと教会長の笑みが深まる。貴族が教会を支援するのは義務……らしい。
教会長の後に続き長い廊下の奥に足を進めると祭壇が置かれた部屋に行き着いた。祭壇の上には水晶玉がデデンと鎮座している。金で作られた二匹のドラゴンが巻き付くその水晶玉は聖女発見道具だ。
遥か昔にいた聖女がドラゴンにおねだりしたものらしい。自分が聖女だと主張するものがたくさん出てきた為、本物であることを証明したいと言ったらくれたと言われている。
そこのところは事実かわからないが、物は本物だ。ちなみに金のドラゴンちゃんたちはコロコロと転がるので固定するために付けたとか。おかげで長い間水晶玉は割れることなく存在し続けている。
「オリビア様」
「はい」
「ささっ、こうピタッと手を乗せちゃってください」
そう言って教会長がピタッと水晶に手を乗せる。
軽い。
超軽い。
それはそうだろう。聖女が誕生するのは百年に一度あるかないか程度。自分の目の前で奇跡の瞬間が訪れるなど誰も思わない。聖女が誕生すればもたらされる繁栄。というかドラゴンたちにより迎える繁栄。
圧倒的な武力、自然災害を察知する力、知恵、経験がドラゴンから聖女に渡り、聖女から国へと伝わる。そして全盛期が訪れる…………と言われている。
奇跡の瞬間。
だが、教会長も神官たちも侍女も自分とは関係ないと思っている。
オリビアは無言で手を伸ばす。
教会長が直で触った水晶に触るとか嫌なんだけどと思いながらも触れる。
その瞬間
金のドラゴンちゃんたちが吹き飛んだ。
そして教会長と侍女はその場にへたり込んだ。
轟々と音を立て炎のようなオーラを放つ水晶玉。
「せ、聖女だ……」
教会長の震える声。
控えていた神官たちから歓喜の悲鳴が上がる。
青褪める侍女は小刻みに震える。
扉の向こうに待機していた聖女の儀を受けに来た女性たちは異変にざわめき立つ。
その場で冷静でいられたものは
「だよねー……」
オリビアただ一人。
だって自分は知っていた。
自分が聖女だと。
なぜかって?
オリビアは来た道を戻る。扉を開ければ驚愕の眼差しでこちらを見る廊下で待機していた女性たちとその家族の姿。気にせずそのまま歩を進める。
誰もが自分に注目しているのに
誰も止められない。
声もかけられない。
そして外に出るとゆっくりと空を見上げる。
ぐるぐると飛び回る巨大なドラゴンたち。
それは
歓喜にも見え……
狂気にも怒気にも見える。
いや、見えるではない。
聞こえるのだ。
起きたときから屋敷の上空を飛び回り、
『 オリビアおめでとう!君が聖女だ! 』
『 我らが愛し子! 』
『 そなたを傷つけた者たちに罰を! 』
ザワザワザワザワと騒ぐドラゴンたちの声が。
ゆるりとオリビアの口角が上がる。
私が聖女だ――。




