2.妹の野望
オリビアの部屋を出たリリスは目的の部屋の前にいた。毎夜訪れるリリスのために明けっ放しにされた扉の陰で深呼吸をした後、部屋の中をひょいっと覗き込む。
「お父様」
「おお、リリス。さあさあこちらに座りなさい」
リリスが向かったのは父親の部屋だった。
「私の愛しいお姫様。今日はどんな素敵なことがあったのかお父様に教えておくれ」
一人掛け用のソファに足を組みふんぞり返りながら腰掛ける父。目尻を下げながら話しかけてくる様は非常に気色悪い。が、そんな気持ちを表に出すことなく父親の前にある一人掛け用のソファに腰を下ろすと楽しそうに今日あったことを話す。
「うんうん。リリスは本当に皆に愛される子だなぁ。あのクズとは大違いだ」
「ねぇお父様。そんなことよりあれは考えてくれた?」
そんな言葉は聞きたくない。クズはお前だ。仕事は人に丸投げ、他所に女を作る、実の娘を虐げる本物のクズ。
「ああ、あれか。いくら可愛いお前の頼みでも無理だなぁ。そのかわり他のことならなんでも叶えてやるぞぉ」
「え~ひどーい!私のお願いはあれだけなのにぃ」
プンプンと可愛らしく怒るリリスに父親はデレデレとすまんすまんと口だけの謝罪をする。リリスが心の中でふざけんなクソジジイと叫んでいるとは思わずに。
あれ――とはこのリード侯爵家を兄たちではなく、自分の婚約者に継がせてほしいという願い。父親譲りのクズ兄たちに侯爵家を任せては破滅の道しか見えない。
女遊びは貴族の嗜みとして目を瞑るにしても何度赤子をおろさせた?男だろうが女だろうが手をあげ傷つけ、何度お金で揉み消した?ギャンブルにいくらつぎ込んだ?あいつらの頭に努力という字が勉強という字があるとでも?
そんな状態だというのに父は兄たちを叱ることも教育することもしない。だって自分そっくりでそれを悪いことだと思っていないから。侯爵家が今尚繁栄しているのは祖父が育てあげた者たちが守っているから。
父を評価するとしたら彼らを捨てないところだけ。
そんなことすらわかっていない兄達は代替わりすれば彼らを切り捨てるはず。いや、その頃には誰もいないかもしれない。その前に彼らが認める者をこの侯爵家の当主に据えなければならない。
本当なら優秀な姉に継がせたいと言いたいところだが、残念ながら女はこの国で爵位を継ぐことができない。そもそもこの父が姉に爵位を譲るはずもない。それに姉はあんまり家のことに興味がない。
どうでも良いのだろう。
こんな家なんて。
こんな家族なんて。
自分も姉以外の家族はどうでもいい。だけど、貧乏な生活なんて無理だし侯爵という爵位も栄華も失いたくない。
自分は我儘だから。
姉のことだってなんとかしたい、家のことだってなんとかしたい。でも姉は自分のことに口出しをしてはいけない、親に逆らってはいけないと言う。少なくともリリスの願い……婚約者を婿に迎え当主にさせるまではと。
自分にできるのは毎晩毎晩父の元を訪れおねだりすることだけ。だがいまだに良い返事はもらえない。このままではただときが過ぎるだけ。
なんとかこの状況を打破できることはないものか。
あるといえばあるのだがそんなことが起きる可能性は0に近い。だが…………完全なる0ではない。
「…………そういえばお父様。明日はお姉様が聖女の儀を受ける日ですね」
「ん?そうだったか?」
この世界では18歳の誕生日に女の子は全員聖女の儀なるものを教会に行き、受けなければならない。行かなければ一族で仲良く首がちょん切られてしまう。
「ったく面倒だな。本当にあいつは存在自体が迷惑だなぁ」
眉間にシワを寄せ憎々しげに呟く父の姿は非常に醜い。というかこの様子は本当に忘れていたな。娘の誕生日を忘れる父を睨みつけそうになるのを必死に堪えるリリス。
「ということは来年はお前が聖女の儀を受けるということか!教会にたくさんの金を渡す用意をしなければいかんなあ!」
ガッハッハとご機嫌に笑う父は自分を愛おしげな眼差しで見つめてくる。片方の娘は虫けらのように扱い、もう片方の娘には惜しみなく愛情を注ぐ。
どちらも同じ実の娘だというのに
――その二面性に気持ちが悪くなる。
気分が悪くなってきたリリスは吐き気を懸命に抑え込み、思考を別ごとへと移す。
“ 聖女の儀 ”
これが自分たちの運命を変えるかもしれない。それが叶うことは奇跡が起こりでもしない限りあり得ないが、0ではない。
…………今日は寝ずに祈ろう。
明日奇跡が起きることを。




