1.日常
艶のある真っ直ぐな黒髪にルビーを嵌め込んだかのように煌めく真っ赤な瞳を持つ絶世の美女。
オリビア・リード侯爵令嬢御年17歳はいつものように家族揃って食堂でディナーの時間を迎えていた。
「オリビア様、少々体重が増えたようなので本日はこちらをお召し上がりください」
そう言って意地悪く嗤う使用人がオリビアの目の前に置いたのは腐臭を放つサラダだ。食堂に控える使用人たちの隠すつもりのない嗤いがクスクスと漏れ聞こえる。
「太ったお前が悪いんだからな」
「あなたの為にわざわざ作らせたのよ。感謝なさいね」
「ヤバ……うける」
「くくっ!」
父と母そして二人の兄から向けられる蔑む言葉も態度も気にせずオリビアはサラダに口をつける。こんなもの慣れたものだ。こんなものでは腹痛になどならない。幼少期から繰り返される愚行。
ある時はご褒美だと異常な量の食事。
ある時はご褒美だと異常な量の調味料が入った食事。
ある時は太ったからと水だけ。
オリビアは家族と同じ食卓につきながら彼らと同じ食事のメニューを口にしたことは一度もない。何年も毎日同じことを飽きることなく繰り返しては嗤う家族と使用人。
暇なのか、よほどつまらない人生を送っているのだろうなと内心思っていたりする。
「ははっ!くっせー!よくお前そんなもん食えるな?俺だったら飢え死にしたほうがマシだわ」
「…………………………」
兄のその言葉にただ一人眼尻を吊り上げる女性がいた。彼女は言葉を発そうと口を開きかけるがオリビアの制止するような視線を受けるとぎゅっとフォークを握る手に力を込め黙り込む。
彼女はリリス・リード。オリビアより1歳年下の妹だ。柔らかく波打つ栗色の髪の毛と同じ色の瞳を持つ可愛らしい女性。この屋敷でただ一人オリビアを虐げることのない家族。
その後もリリスを除く家族はなんやかんやとオリビアのことを言っていたが聞き慣れた言葉に傷つく心などとうになく、オリビアは黙々と食事を口に運んだ。
部屋に戻り一人ベッドで寛ぐ。当然のように侍女などはいないがある事情により部屋や調度品はリリスと同じく立派なものが与えられている。
「お姉様」
ノックなしで勝手に扉を開けするりと部屋に入ってきたのはリリスだった。
「これ持ってきたから飲んで」
「あれぐらい大丈夫よ」
「ダメよ!いいから飲んで!」
リリスは持ってきたお盆をテーブルに置くと水差しを手に取りグラスに水を注ぐ。
「はい、どうぞ」
笑いながらリリスが差し出すのは胃腸薬と水が入ったグラスだった。
「ありがとう」
ベッドに腰がけ受け取った薬を口に含みゴクゴクと水を飲み始めるオリビア。全ての水をきちんと飲み干したのを見てリリスは満足そうに頷いた後ぽつりと呟く。
「お姉様も私みたいにうまくやればいいのに。心を無にして笑みを浮かべればきっと可愛がられるわ……」
ベッドをギシリと軋ませながらリリスがオリビアの隣に頭の後ろで手を組みながら寝転がる。
自分よりも数倍美しく、笑顔の魅力的な姉。残念ながら自分以外の家族に見せたことのない笑みだが。一度でも見せれば自分よりも遥かに愛されるだろうに。
「あの人たちは私の色がお嫌いだから何をしても無駄よ。それにあの人たちが溺愛する姿を想像するだけで気持ちが悪いわ」
今更オリビア~とか言って抱きつかれでもしたら……
彼等の高価で派手派手しいお洋服にオロロロしてしまうことだろう。
ま、そんなことはあり得ないだろうけれど。
だってオリビアを異質なものとして彼らは見ているから。オリビアを除く家族は皆柔らかい栗色の髪の毛と瞳を持っている。祖父譲りの黒髪に赤い瞳を持つのはオリビアのみ。
リード侯爵家。
アルバート王国の初代国王が国を立ち上げた際に王を支えた先祖に与えられた名誉ある家名と地位。武、頭脳、財力あらゆる面で帝国を支えてきた先祖たち。
だがそんな家にも愚か者は誕生するもので気品、威厳、能力、全てを兼ね備えた祖父が生み出した父は愚か者だった。
ギャンブル、女遊び、婚約破棄、男爵令嬢との結婚、虐待、彼に似た息子を生み出すなど色々なことをやらかしてくれた。
偉大なる祖父に父は強いコンプレックスを抱き、憎悪の感情を抱いていたらしい。オリビアが生まれる前に亡くなり喜んでいたのに祖父を彷彿とさせるオリビアが生まれ、憎悪の炎が再び燃え上がったらしい。
母も結婚を反対されたり、厳格な祖父からよく叱責されたりした為、大変嫌っていたそう。
二人の兄たちは両親がオリビアを蔑ろにしているから、ただそれだけの馬鹿な理由でオリビアを見下している。
彼らが祖父と同じ色合いというだけの別人の自分に憎悪を抱く気持ちなど全く理解できないが、嫌いなものは嫌いなのだから仕方ないのだろう。
「……今更って気持ちはわかるけど。でも気分が悪くない?」
「気分が悪い?」
お風呂がいつも水なことも
家族と公式な場以外共に出かけたことがないことも
家族や使用人に足を引っ掛けられることも
家族や使用人に嘲笑われるのも蔑まれることも
使用人に仕事を押し付けられることも
「慣れてるし、気にならないわね。彼らに何かされてもどうでもいいというか、興味がないわ。くだらない人間の愚かな行いに腹を立てるなんて馬鹿馬鹿しい。時間の無駄よ」
ベッドにふんわりと広がるリリスの柔らかそうな栗色の髪の毛をそっと撫でるオリビア。ふわふわで気持ちがいい。自分のストーンとした冷たい髪の毛とは大違いだ。
「お姉様が大丈夫ならいいの。今は何もできないけど、私はお姉様の味方だからね」
暫く気持ちよさそうに目を瞑っていたリリスはゆっくりと目を開きムクリと起き上がる。
「リリス、今夜も行くの?」
「まあね」
「そう。早くきり上げるのよ。寝不足はお肌の大敵よ」
「はいはい」
じゃあね~とヒラヒラと手を振り部屋を出ていくリリスの背をオリビアは黙って見送った。




