48.危機
「は!?何?なんなのよ!?ていうかそんな風に息ぴったりなんて、やっぱりできてるんでしょ!?あんたもそう思わない!?」
急に大声をあげたオリビアとジョーに恋人は声を荒らげる。怒っているようでどこかそれみたことかと勝ち誇った顔だ。浮気相手にほらほらと嬉しそうに駆け寄る。
「ばっ!お前こっち来んな!」
自分は関係ないとばかりに腕を組み3人をニタニタと見ていた浮気相手だったが、あることに気づき顔を青褪め唾を吐きながら叫ぶ。
「な……で……?」
言葉だけでなく身体も自分から離れて走り去っていく浮気相手に呆然とその場に立ち竦む恋人。
そこでやっと気づく。遠巻きに自分たちを見ている人々が引きつった顔で上空を指さしていることを。恐る恐る視線を向ければ一頭の水色のドラゴンが翼を広げ自分目掛けて急降下してくるではないか。
『 このあまが!ジョーを愚弄するだけでは飽き足らずオリビアまで愚弄するか!醜く強欲なメス豚など消し去ってくれるわ! 』
「ひっ……!?」
グルァァァァァァァと咆哮をあげながら迫ってくるドラゴンに金縛りにあったかのように動かない身体。恐怖で悲鳴さえ喉で詰まる。
ドンッ!
身体に衝撃があったかと思うと立っていた場所から離れたところに尻もちをついていた。
「オリビア嬢!?」
ジョーの焦る声がその場に響く。
先程まで恋人が立っていた場所には――――
恋人を渾身の力で突き飛ばしたオリビアが立っていた。
『 な…!?オリビア!?クッ!止まれない! 』
アオは止まろうとするが勢いがつきすぎて止まれない。
「くそっ!」
ジョーもオリビアに向かい駆け出す。恋人にアオが迫っていることは気づいていた。だけどドラゴンの怒りを買った彼女自身の自業自得というか、仕方ないことだと言い訳して動かなかった。
騎士としてあるまじき思考をした結果が一人の罪なきか弱き女性を危険に晒すことにつながってしまった。焦る分動きが遅くなる。間に合わない。額を冷や汗が流れる。
オリビアは咄嗟に目を瞑り頭を抱えた。抱えたところでドラゴンに体当りされれば吹っ飛んでしまうことはわかっている。だが人とは咄嗟に頭を庇うようにできているらしい。
こんな時になんて呑気なことを考えているんだか……自分で自分に呆れる。
……?
…………?
………………?
あれ?いつまで経っても衝撃が来ない。
もしかして痛みを感じる前にぽっくりみたいな?
いや、そんなわけない。
両手を下ろしそっと目を開く。
「!」
目の前には安堵の息を吐くアオと
後ろ足を地面につけ踏ん張り自らの身体でアオの巨体を受け止める美しき白きドラゴンのレイチェルの姿があった。
「レイ『 いったぁぁぁぁぁぁぁい!こんの馬鹿が!私の美しいボディに傷がついたらどうすんのよ!?というかなにオリビアに危害加えようとしてんのよ!?てめぇは目が見えてねぇのか!?ああ!? 』」
お、おお……。いつも動きも言葉も優雅なレイチェルなのに……。
このお口の悪さはキレたときのマリンに似ている。いや、マリンが彼女の子供だからマリンが似ているというべきなのか。
『 オリビアを傷つけようとしたわけでは…… 』
『 わかってるわい!その気はなくても気をつけろって言ってんのよ!? 』
『 その通りだな。すまない。オリビアもすまなかった。怖い思いをさせてしまったな 』
レイチェルから身体を離した後お説教を喰らったアオはしょぼんと身を縮こまらせながらオリビアに謝罪する。翼も首もボディに近づけすぎて楕円形になっている。
「気にしないで。私こそ突然飛び出してごめんなさい。驚かせてしまったわね」
危機に対する恐怖が抜けないのか、助かったことへの安堵なのか自分でもわからないがいまだにバクバクと早鐘を打つ心臓を悟られないようにアオに笑顔を向ける。
引きつっていないと良いけれど……。
『 オリビアは優しいなぁ 』
『 甘い! 』
うるうると目を潤ませるアオともっと怒れと苛立つレイチェルの姿にうまく誤魔化せたと胸をなで下ろしたとき、
“ オリビア嬢ーーーー! ”
そんな叫び声が遠くから聞こえ、視線を向ければ何やらすごい勢いでこちらにかけてくる人物が一人。誰か判別がつかない程の小さな姿だったが徐々にその姿は大きくなっていく。
「……バリー隊長」
こちらに向かって来るのは馬に乗ったバリー隊長だった。
『 ああ、そういえばブラッシングの途中でヤバそうな雰囲気に気づいて飛んできたんだったわ 』
その際に爪で“オリビア 危機”と地面に書いたのだと胸を張るレイチェル。理想はバリーがオリビアを助けることだったけど、ちょっと間に合わなかったわねとため息を吐くレイチェル。
えっ!?それは……
驚愕の事実に目を軽く見開くオリビア。
「あなた人間の文字が書けるの?」
『 ほっほっほっほっ!何年生きてると思うのよ。人間の字なんてお手のものよぉ!ねぇ?アオ 』
『 ああ、俺も読めるし書けるぞ。話すことはできぬがな。ここの国以外の字ももちろんわかるぞ 』
であれば聖女でなくとも人間とドラゴンは筆談で会話が成り立つではないか。
「じゃあ、たまには人間と筆談でもすればいいじゃない」
『『 聖女でない人間のためになぜそんな労力を? 』』
真顔で答えられ言葉に詰まるオリビア。相棒であるジョーやバリー隊長のことは気に入っているように見えたが、彼らと話すのも面倒なのだろうか。口にしようと思ったがやめた。ドラゴンにはドラゴンの考えがあるのだろう。人間の枠にはめて物事を考えるものではないのかもしれない。
「オリビア嬢!」
うおっ!?
そんなことを考えていると肩をがしりと掴まれた。もちろんこんなことをするのは――
「バリー隊長」
そう。彼しかいない。
すごいスピードで馬を走らせていたが息一つ乱れていないバリー。 大丈夫か!?と少し焦ったような顔つきでジロジロと顔やら身体やらを確認される。
ちょっと恥ずかしい。
「大丈夫です」
ふわりと微笑めば良かったと微笑み返しをされる。本当に我が婚約者殿は爽やかなイケメンだ。




