46.背負われる
カフェを出たバリーとオリビアは特に話をするでもなく黙々と歩く。その辺で馬車をつかまえて竜騎士団の訓練場に戻りたいところなのだが……
少し先を歩くバリーに視線を向ければその背中からは怒りのオーラが見え隠れしているようで話しかけられる雰囲気ではない。
それはそうだろう。大して付き合いのない自分だって腹立たしいのだ。自分を慕う部下があんな馬鹿女に蔑まれてどれほど腹を立てていることか。
『 オリビア大丈夫? 』
スカートの中から飛び出してきたマリンが気遣わしげに声をかけてくる。大丈夫だと頷くがしっくりいかない顔をされたので本当だと軽く笑っておく。
いつもはオリビアの歩くスピードに合わせてゆっくりと歩いてくれるバリーなのだが今日はそのコンパスの違いが露骨に出ているというのか歩くスピードが速い。小走りで追いかけている状態。
少々しんどいが余計なことに気を遣わせたくないというもので。気の利いたことを言えない自分が今できることは彼の後を黙ってついていくことくらいだ。
『 でも…… 』
マリンの心配そうな顔と表情に目を奪われたとき――。
ドンッ
え?
何かにぶつかったかと思うと地面に尻もちをついていた。
「大丈夫か!?オリビア嬢!私が急に立ち止まったせいだな」
そんな言葉が聞こえたかと思うと身を屈めながらオリビアの顔の前に手を差し伸べるバリー隊長の姿が。
ああ、彼の背にぶつかってしまったよう。
せっかく手を貸してくれるようだしここは厚意に甘えようと手を伸ばせば……
!?
触れる前にその手はオリビアの前からヒョイッと消えた。
そして、ぼっと熱を帯び赤くなるオリビアの頰。
『 きゃあ!バリーったら破廉恥! 』
マリンの口からは黄色い悲鳴が上がる。
「オリビア嬢……これは……」
バリーの手は尻もちをついた際にスカートからはみ出たオリビアの踵に触れていた。そこには小走りした際にできた靴擦れの傷があった。
騎士団に行くときは動きやすい低い靴を履いているのだが慣れない小走りに足が耐えられなかったよう。いかんせん自分は貴族のご令嬢。外出用の靴で走る習慣はない。
「少し擦りむいたようですが見た目ほど痛くないので大丈夫です」
「すまない。早足になっていたようだ。痛くないなどと……そんなわけないだろう?さあ」
「え?」
「?そのまま歩いたらもっと足を痛めてしまう。さあ」
『 さあ!さあ!さあ!さあ! 』
いやいや、さあと言われても。マリンなど悪乗りしているし。
オリビアの前には逞しいバリー隊長の背中がどどんとおわしていた。これはおぶされと言っているのよね?
それはちょっと恥ずかしすぎる。それに痛いが歩けない程ではない。
「オリビア嬢?」
そっと立ち上がりバリーから距離を取ろうとしたオリビアだったが、その気配を感じたのかしゃがみ込んだままバリーは顔だけ振り返る。
「あ、いえ、あの……少々恥ずかしいと言いますか……」
「横抱きの方が良いか?」
『 横抱きってお姫様抱っこよね!?きゃーーー―!オリビアったらぁ!欲しがりさんなんだからぁ! 』
真顔のバリーの隣でくるくると舞い飛ぶマリン。その対照的な様子に余計に頭の中が困惑してくる。
そして気付けば
「……背中を貸していただきます」
そう答えていた。
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「重くないですか?重ければすぐにでも放り投げ……下ろしてください」
「いや、訓練で騎士を担ぐこともあるのでな。重くなどない。むしろもう少し食べた方が良いのでは?彼らに比べたら心配になる軽さだ」
そりゃあ男、しかも騎士と女では違うだろう。
バリーに背負われること数分。冷静になってしまえば背負われるか横抱きの2択ではなく自分で歩くという選択もあったことに気づくオリビア。
とはいうもののここまできたら厚意に甘えてしまおうというもの。ちなみにマリンはいまだにニタニタと笑いながらバリーとオリビアの周りを飛んでいる。
「オリビア嬢、ジョーのことなんだが彼にバレないように別れさせるのは違うと思う」
「…………」
静かに話し始めたバリーの言葉を黙って聞くオリビア。バリーがゴクリと唾を飲み込む気配を感じたからだ。
「アオのジョーを悲しませたくないという気持ちは有り難いし、そこまでアオに大切に思われるジョーのことも同じ竜騎士として私は誇らしい」
「…………」
「だがジョーの人生はジョーが決めるべきだ。もちろん知ってしまった以上黙っておくのは違うと思う。私たちが見聞きしたことやアオの気持ちを伝え、後のことはジョーに任せるべきだと私は思うがどうだろうか?」
背中におわれているので顔は見えないがきっと真剣な顔をしているであろうことは容易に想像できる。
「私もバリー隊長に同意です」
何を信じるのか、別れる別れないかは本人たちが決めること。その選択がどう転ぶかは誰にもわからないというものだが、勝手に人の人生を決めるべきではないのは確かだ。
オリビアの言葉にそうかと静かに応える隊長。
「バリー隊長お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「私が何を言ってもジョーは反発するだけだと思うのです。隊長からジョーに話してもらえませんか?アオにはジョーに事実を話すことにしたと私が話しておきますので」
「そうだな。それがいいかもしれないな。明日話してみよう」
「お願いします」
その後はありきたりな話をしつつ歩き続ける二人。
どしっ。
頭に重みを感じる。
『 興奮はしないけどこういう穏やかな空気も胸キュンね 』
もはやなんでも良いのではと思ったが口にはしなかったオリビア。この穏やかな時間は自分も結構好きだと思ったから。
そう思ったのは
騎士団の訓練場に戻ってきた二人を見て、騎士達が呆れた様子で
“ オリビア嬢がドラゴンを呼べばよかったんじゃないんですか? ”
と言われて恥ずかしくなるまでだったが。




