41.ドラゴンの悩み事
『 実はな…… 』
2杯目のタライのミルクを飲み干したアオが口を開く。
『 見てしまったのだ 』
「何を?」
オリビアがそう問えば何やらモジモジし始めるアオ。
『 ちょっとおじさん!デカい図体してモジモジすんじゃないわよ!オリビアだって忙しいんだからさっさと言いなさいよ! 』
『 あ、ああ。すまない 』
おっきいドラゴンがちっちゃいドラゴンに怒鳴りつけられてしょげている。なんとも不思議な光景である。
『 実はジョーには恋人がいるんだが……その恋人には他にも男がいるようでな 』
ぼそりと言われた言葉にオリビアは目を見開くがちょっと待てと自分に言い聞かせる。
「兄弟とか友人ではないの?」
『 う、うむ……。俺は人間とは比べものにならないほどに耳が良くてな。離れた場所から聞いただけだがその会話はとても兄弟や友人とは思えない会話だし、それに…… 』
そこまで言うとアオは直に床に横座りするオリビアの膝の上に乗るマリンの方をチラチラと気にする素振りを見せる。
?
ああ。
そっとマリンの両耳に手をあてる。それを目にしたアオがすすっとオリビアに近づき耳元に口を寄せる。
『 ……その…夜にあ、あのときの声が聞こえてしまったというか…… 』
『 ☓☓☓☓してる声を聞いたってこと!?それはアウトだわ! 』
「マリン!!」
『 身体は小さくとも聴力はドラゴンだったか…… 』
マリンに聞かせないように配慮したつもりだったが意味がなかったよう。マリンが☓☓☓☓はアウト☓☓☓☓はアウトだと騒ぐので聞いているこちらが恥ずかしくなってくる。
「恥ずかしいからやめて」
いつもより強めにムギュリと口元を掴めばむっとした様子だが騒ぐことなく静かになるマリン。
『 コホンッ。というわけでそんな浮気女とジョーを別れさせたいのだが、浮気に気づかせないように別れさせる方法はないものだろうか? 』
それは……
「無理でしょう」
『 無理でしょう 』
オリビアとマリンの口から同時に呟かれた言葉にアオはだよな、とため息を吐く。うーむ、困ったと腕組みし頭を捻るアオ。
ドラゴンが人間のことで頭を悩ますとは――
「アオはジョーのことが好きなのね」
『『 え? 』』
二頭のドラゴンの顔がサーッと青褪める。
「え?」
なんなのだその反応は。こちらが、え?である。
『 おじさん、そちらのご趣味だったの?意外ー!まあ好みはそれぞれだから構わないけど 』
『 違う!俺は男は趣味ではない! 』
ギャアギャアと言い争い始める二頭のドラゴンの言葉にああとオリビアは納得する。
「ごめんなさい。そういう意味で言ったわけではないのよ。こう人として友人として?パートナーとして好きなのねって言っただけよ」
『『 ………… 』』
二頭は互いの顔を見合わすと口論をやめた。
『 うむ……そうだな。あやつは口も悪いしそなたへの態度も褒められたものではないが、良くも悪くも真っ直ぐな性格で良いオーラを放っているのでな 』
「ほお」
真っ直ぐな性格。それはわかるかもしれない。彼はとてもわかりやすい人間だ。好き嫌いははっきりしているしそれが態度にも出てしまう。
それが良いのかはわからないが、ドラゴンへの暑苦しいほどの愛も日々の訓練に対する真面目で愚直な姿勢もオリビアの目には好ましく映る。
『 だからそんな真っ直ぐな奴を騙すような二股女などとは早々に別れさせたいのだが…… 』
食うわけにもいかないし、自分では良策が思い浮かばないと頬をかくアオをじっと見つめるオリビア。
まぁせっかく自分を頼ってきてくれたわけだし……。
「ちょっと考えてみるわ」
『 本当か!? 』
『 良かったわね!おじさん! 』
コクリと頷くオリビアを見て先程まで沈んでいたアオの目が輝く。
「でも、私の方でもジョーの恋人が浮気してるか確認はさせてもらうわね」
ドラゴンであるアオの言葉を信じないわけではないが、一つの証言だけで物事を決めつけるのはよろしくないというもの。自分でも確認しなければ。
『 もちろんだ!ではジョーの恋人とその浮気相手についてなんだが―――― 』
それからアオはオリビアに必要だと思われる情報を話した後、来たときと同じく使用人数人がかりでアオの身体を押し侯爵邸の玄関の扉から出ていただいた。
バッサバッサと羽ばたくその姿は憂いがなくなり力強い。とても先程まで眉尻を下げ身を縮こまらせ玄関を押し出されたドラゴンには見えない。
さて。
アオの姿が見えなくなったので再び侯爵邸に足を踏み入れたオリビアは自室に戻ろうと足を進める。
『 ねえねえオリビア。浮気調査どうやるの? 』
「うん?それはもちろん家のものに頼むつもりだけど」
新しく雇い入れた使用人たちは王家から遣わされたものや紹介されたもの、当主たるザイルが直々に面談して厳選した精鋭ばかりで優秀揃いだ。
『 えー!?そんなのやだぁん!そういうのは人任せにしたらダメよぉ!自分の目で耳で確かめなきゃあ! 』
「えー……」
そんなことを言われても何をどうすれば良いかわからない。とりあえず後をつければ良いのだろうか。
『 私に任せて! 』
「は!?え!?ちょ、ちょっとマリン!?」
何を任せろというのか。
マリンはオリビアの声に反応することなく侯爵邸の窓から外へと飛び出していった。




