39.婚約成立
クイッと髪の毛を軽く引っ張られ思考の渦から浮上する。はっと前を見ればいつの間に来たのか髪の毛をくわえたマリンが目の前でパタパタと翼を動かしながら浮いていた。
『 ふぁいふぉうふ? 』
髪の毛をくわえたままモゴモゴと話すマリンに思わず笑みが溢れる。大丈夫だとその頭をそっと撫でればぽすんと膝の上で丸まるマリン。
「ふむ。オリビア嬢そんなに深く考えなくても息子のバリーのことはつなぎのようなものと考えれば良いのではないかな?」
「つなぎ……ですか?」
なんだその贅沢な使い方は。こんないい男をそんな使い方しても良いのか。
「正直なところオリビア嬢と同じくバリーも今見合いやらなんやら申し込みが凄くてな。男冥利に尽きるというものだと私は思うのだが倅はそれが鬱陶しくて仕方ないらしい。君とバリーが婚約をすればそれらから解放されて良いと思わないかい?」
「それはそうかもしれませんが……」
「お互い気になる人ができたりバリーが君を不快な目に合わせたら即座に婚約は解消すれば良い。もしそのまま結婚したとしても見た目もなかなかだし性格もそれなりに良いだろう?それにバリーは竜騎士としてとても国に貢献しているとして陛下から伯爵位を賜ることが決まっていてね、君は伯爵夫人になれるぞ」
ほお。ゲルトン伯爵家の三男坊であるバリー隊長と結婚したら平民になるのかと思っていたがそれは嬉しい。やはり貴族として生きてきたし、平民として生きていくのは不安がある。
「私はドラゴンが大好きでね。そのドラゴンが我が息子を聖女の婚約者に望まれて嬉しくて仕方なくてね。是非とも受けてくれると嬉しいのだが」
思惑はあるだろうが伯爵がマリンを見る目はキラキラと輝き少年のよう。恐らく本心であろうことが伺える。
王も王女も期待がこもった目で自分を見つめている。国において、いや世界においてドラゴンの助力というのは本当に大きな意味を持つのだ。
赤子とはいえドラゴンのご機嫌取りをしたい気持ちはオリビアにだって理解できる。それに王女からしたらドラゴンに好かれる男イコール良い男。そんな男と結びつけてやりたい。一種の罪滅ぼしのようなものということもひしひしと感じるしその思いには応えたい。
そう、応えたい。
けれど――
「伯爵のご意思も皆様のお考えもわかりました。ですが、私はバリー隊長のご意見をお聞きしたいと思うのですが」
一番大事なのはバリー隊長の気持ちだ。
先程から一言も発さないバリーに皆の視線が集まる。
「え……?ああ、もちろんオリビア嬢と婚約できるなど私にとっては光栄なことだ」
ふわりと微笑まれドキリとする。男性にこのような柔らかい笑みを向けられることなど滅多にないので心臓に悪い。
『 いやぁん!光栄ですって! 』
このこのぉとぐりぐりしてくる鼻先がお腹に食い込んで痛い。ぐいっとむちむちボディを鷲掴み身体を引き離せば身をよじり再びバリー隊長の胸に飛び込んでいくマリン。
「ははっ。やはりドラゴンとはいえ赤ちゃんは可愛いものだな」
ペロペロと頬を舐め始めたマリンにくすぐったそうに笑うバリー。
可愛い…………?
『 絶対に逃さないわぁ。オリビアとくっつけてやるんだから 』
残念ながら自分の目には獲物を捕食しようとするドラゴンにしか見えない。
「私こそ確認したいのだがいつでも解消できるとはいえオリビア嬢は私のようなおじさんは嫌ではないかい?」
バリー隊長がおじさんなら、世のおじさんたちはなんだろうか。それにたったの7歳差だ。こちらを伺う目からは冗談で言っているわけではなさそうで今一度鏡で自分の姿をちゃんと見た方が良いと思う。
「バリー隊長がおじさんであれば私は小娘といったところでしょうか」
「いやいや、オリビア嬢は立派なレディだろ」
そんなことを真っ直ぐ見つめて言われるものだから……。
『 やだぁんオリビア、お顔が真っ赤っ赤!ヒューヒュー! 』
わかっている。だって自分の顔が熱いもの。
あちこちから視線を感じ周囲を見回せばニヤニヤと笑う陛下と皇太子と王女の姿。伯爵はほぉ愚息もやるなぁと感心したように頷いている。
「では話はまとまったな。では早速手続きを進めよう」
王がパンッと一度手をたたく。その音にはっとし心が落ち着いてくるオリビア。そしてあることにやっと気づく。
「恐れながら陛下、我が家の者がこの場にいないようですが……」
婚約とは家と家との契約。本人同士がOKを出したら成立するというものではない。色々と動揺していたからすっかり頭から抜け落ちていたがこの場にザイルやリリスの姿がないことには話にならない。
婚約は当主の許可がなければ成り立たない。
「ああ、それは……」
バンッ!
王が何かを言いかけた時応接室の扉が凄い音を立てて開き、入ってきた人物に皆の視線が集まる。
ムギュリ。
う……。
「お姉様!本当によろしいの!?誰に何を言われたって嫌なら無理と言っても良いのよ!?」
そう言いながらオリビアにギュウギュウと抱きつくのは妹のリリスだ。その後ろには静かに嫉妬の炎を背負うザイルの姿がある。
いやいや、妹が姉に抱きついたからといってそんな炎を燃やされても困る。
ぽんぽんと優しくその背を軽く叩けば少しだけ離れる身体。膝に乗ったまま心配そうに顔を覗き込んでくるリリスにふわりと微笑む。
「嫌ではないわリリス。今回は私自身が望んでする婚約よ」
そこに多少の打算があろうともその言葉に嘘はない。
「……顔も身長も家格も職業もとりあえずは合格よね……マリンも気に入ってる相手だし…………」
ブツブツと独り言を言い始めたリリスに皆顔を引きつらせつつもどこか微笑ましい顔で二人の姉妹を見つめる。
「お姉様本当に嫌じゃないのね?私隣の部屋で話を聞いていたのだけれど、もう色々と物申したくて物申したくて……」
なるほど。最近のリリスのオリビアに対する過干渉過保護は有名だ。何か茶々を入れられたらと危惧した王が同席は許さなかったというところか。
『 あなたの妹って顔は可愛いけど、中身は怖いもの知らずっていうかワイルドよね 』
バリーから離れパッタパッタと翼を羽ばたかせオリビアの肩に乗ろうとするマリン。
ガシッ!
『 !? 』
「「「!?」」」
その足はオリビアに触れることなく宙でバタバタと動き、そのむちむちボディにはリリスの手が食い込む。
『 ちょっとぉ!離しなさいよ! 』
「マリン!間違いなくバリー様は良い方なのね!間違いないわね!?またお姉様が辛い目にあったら丸焼きにしてやるわよ!?」
『 なんなのこの子!?ドラゴン相手になんてこと言うのよ!?ちょ、食い込む食い込むっ……!オリビア助けてぇぇぇぇ! 』
目の前の光景に呆然としていたオリビアはマリンの叫びにはっとすると慌ててマリンの顔をガシッと掴む。
『 いや、それはおかしい!おかしいわよオリビア!!い、イタタタタ 』
そう言われてもボディが掴めないのだから仕方ないではないか。
苦しんでいるマリンの様子に皆目を白黒させる。
その後周囲の者によって救出されたマリン。王から叱責された二人は静かになり、粛々と婚約の手続きが行われた。




