35.義弟の提案
それから1ヶ月後、自室で読書していたオリビアの元に窓から飛び込んできたマリンが胸元に激突した。
『 オリビア!オリビア!あの男結婚式の時に殺されたんですって!ピーされてピーされてピーされて無惨なものだったらしいわぁ!ざ・ま・あ 』
「……あなた可愛い顔してグロいこと言うわね」
オリビアの胸元から顔を上げたマリンは興奮気味に話し出すが少々過激な内容だったのでオリビアは思わず口元をそっと指で押さえた。
『 えー……オリビアを虐めたんだもの。もっと苛烈でも良かったくらいよぉ 』
「…………」
オリビアは黙ってムギュリとマリンの口を鷲掴んた。ブンブンと顔を振りオリビアの手から逃れたマリンは何すんのよと怒っていたがオリビアはそっと視線を逸らす。
まあざまぁとまでは思わないが……ジオと共にあの世行きとなったかの女王は国民を奴隷のように扱い幸福そうな者を見るとそれをぶち壊すようなイカれた女性だったそう。
結婚式に乗り込んできたのは虐げられた国民たちということなのでジオは巻き込まれたとも言える。とはいうもののヤバイ生き方をした者はヤバイ死に方をするというものなのだなというのが素直な感想だ。
『 ちょっとオリビア聞いているの!? 』
おっと。まだお怒りのよう。
側においてあったクッキーを手に取り口にポイッと放り込めばもぐもぐと咀嚼するマリン。その目が怒りからパァァァと明るい瞳へと早変わり。
『 やだぁん。超美味しい!オリビアが作ったんでしょ?ああん!こんなの出されたらどんな男もイチコロだわぁん。さあ、バリー隊長に持っていきましょ! 』
「なぜそうなるのよ」
相変わらずマリンはバリー隊長がお気に入りなよう。たいして交流のないオリビアにそんなことされてもきっと迷惑だろうに。そもそも由緒正しい公爵家のご子息が素人が作ったものなど簡単に口に入れるわけがない。
『 バリー隊長がいい男だからよ!他の女に取られる前に落とすのよ!いっそのこと押し倒しちゃいなさいよ!あんたの顔ならイケる! 』
「それをやったら立派な痴女ね」
『 大丈夫よオリビア。あなた美女だから。痴女顔だから 』
いやいや、褒めてる感を出しているが嬉しくないから。
コンコン
どう返そうか迷っていると扉がノックされた。これ幸いとどうぞと返事をすればガチャリと開く扉。
「あら、珍しい」
す、と立ち上がり頭を下げる。
「当主など名ばかりですから頭など下げないでください義姉上。今少しよろしいでしょうか?」
部屋を訪れたのはリリスの夫にしてリード侯爵家の若き当主ザイルだった。
リリス馬……いやリリス命の彼は妻に不安を与えたくないからとオリビアに用事がある時は必ずリリスを同席させているのだが、今日はその隣に彼の愛しい愛しい妻はいない。
とはいうものの――
頭を上げるときにちらりとザイルの方、いや正確にはその後ろを見れば十人近い侍女と執事が控えている。
「ああ、彼らはいざというときの証人です。リリスに聞かれたくない話なのですが彼女に誤解されてはいけませんので」
オリビアの視線に気づいたザイルがとても爽やか笑顔で言う。爽やかな顔に態度、だがやっていることはやはり変である。
変人だろうがリード侯爵家を立派に支え、リリスを大切にするからまあいいのだが……。
「早々に出ていきたいので義姉上いきなり本題に入らせていただきますが、あの馬鹿と婚約解消をしてからそれなりに経ちましたし新しい婚約者を決めてはどうでしょうか?」
「新しい婚約者?」
オリビアの聞き返しに応接用のテーブル越しに向き合って座るザイルがこくりと頷く。
「ええ。リリスは時間をかけて義姉上が選べば良いと言っているのですが、義姉上が聖女ということもありたくさんの縁談話が舞い込んでいるのです。家にいても王宮に行ってもそれはそれはもうたくさんの人が私の元に押しかけてくるので非常に迷惑しているのです」
お陰でリリスと過ごす時間が減っているのですと爽やかに笑うザイルの足は顔とは裏腹に苛立たしげに小刻みに揺れている。
「あー……それはごめんなさい」
「いえいえ、義姉上が悪いわけでありませんから。悪いのは強欲で人の迷惑も考えないような自己中な奴らですから」
そう言いつつザイルの目はでもわかっていますよね?と明確に訴えている。
「私もいい年だし新たな婚約をしないとね。誰かオススメの人とかいる?」
「もちろん何人か私の方で候補を挙げることもできますが、誰か気になる方はいらっしゃいますか?」
『 バリー隊長バリー隊長バリー隊長バリー隊長…… 』
静かにしていたマリンがふらりと近寄って来たかと思うと耳元で何度も何度も囁く。
「バ……」
「バ?」
おっと。慌てて口元を押さえる。
チッ!
マリンよ。その可愛い見た目で舌打ちなんてしないでいただきたい。
「んんっ!申し訳ないけれど少しだけ考える時間をもらっても良いかしら?」
「もちろんです。こちらこそ急に申し訳ありません。リリスにも次の婚約者を急かすなと言われているのですが……私もリリスと過ごす時間が減って身体が枯れ果てそうなのです」
ああ、と天井を仰ぎ見るザイルをじっとオリビアは見つめる。
少し変なところもあるが大切な妹を何よりも愛する男。彼のように誰かを愛することやリリスのように愛されることが自分の身にも起きるのだろうか。
その時は
自分もこんなふうに変になるのだろうか……?
オリビアの背中にゾッとしたものが走る。
羨ましいとかではなく、こんなふうに思う自分って……どうなんだろうか?
まあ、それはさておき
『 バリー隊長バリー隊長バリー隊長バリー隊長…… 』
マリンが煩い。
再び耳元で囁き始めたマリンの口をムギュリと鷲掴むオリビアだった。




