33.怒り
ああ。
この空気感……なぜ赤色のドラゴンやマリンが慌てていたのか察してしまったかもしれない。
『 オリビア!こいつ最低なのよ!このクズがぜぇんぶ悪い癖に王女に婚約破棄を叩きつけたのよ! 』
先程までキャーキャー言っていたマリンが、オリビアの肩に止まったかと思うとジオを睨みつけながら叫ぶ。わかったわかったから……耳が痛いので口をムギュッと掴めば黙るマリン。
オリビアのジオぎゃふん計画は王女に本性を曝け出させ婚約破棄なり解消させちゃおうというものだとドラゴンには説明してある。
計画が狂ってしまったと慌てて赤色のドラゴンやマリンはオリビアを王宮に連れてきたというわけなのだが、彼らとは違いオリビアは冷静だった。
やっぱりこの男はそういう男だ。
こんな状況に陥ることもあるとは思っていた。
ま、まあちょっと予想外のことも起きたりしたわけだけど……ちらりと本日の陛下の護衛担当らしいバリー隊長を見ればバチリと合う目と目。
そっと逸らした先で皇太子とお目々が合えばその口角がにやりと上がったのでこちらからもそっと目を逸らす。
とりあえず今自分がやるべきことは……。
スカートを摘み頭を下げる。
「ご機嫌よう陛下。お許しもなく馳せ参じたこと深くお詫び申し上げます」
「あ、ああ。少々驚いたが気にすることはない。そなたの様子を見るにドラゴンに連れてこられたのだろう?」
「はい。特に説明もないまま緊急事態だと連れてこられました」
その言葉に君も大変だね、と皇太子がくすりと笑う。
いや、本当に。笑い事ではないほどに。聖女って敬われるもののはずなのになんで自分は宙をぶんぶんと飛んでいたのだろうか。
とりあえず陛下からお許しの言葉を頂いたので……エリザベスの前に立つ。クシャリと歪む顔がゆっくりと近づいたかと思うとぽすりとオリビアの肩に埋まる。
「……ジオが、婚約破棄を申し出てきたの」
それだけポツリと言うとグスリグスリと鼻をすする音が部屋の中に響く。
「陛下とんだ横槍が入りましたが承認お願い致します」
哀愁漂う部屋でやつだけは淡々と……いや、優越感たっぷりに陛下に書類を差し出しながら物申す。
――本当に性格の悪い男だ。オリビアの眉間に皺が寄る。エリザベスの背をゆっくりと撫でる。婚約解消を決心したものの、言うと言われるとではまた別物。まして完全に心からジオが消えたわけではない彼女にはショックというものだろう。
「…………我が娘のどこに不満があるというのだろうか」
陛下の言葉に待っていましたとばかりにジオの表情がパァァァと明るくなる。うむ。実にゲスい表情だ。
「恐れながら最近のエリザベス王女様の立ち居振る舞いには辟易なのです」
やれやれと言わんばかりにエリザベスを見下すような目で見るジオ。
彼曰く、
王女は成績が向上してから嫉妬深くなった。少し女子と話しただけで浮気だなんだのと人前で騒ぐ恥ずかしい女である。
王女は男を立てない女である。そもそも婚約者よりも優秀な成績を取るなどあり得ないこと。
王女は成績を鼻にかける女である。自分よりも良い成績を取り始めてから何かにつけ口煩くなった。良い成績を取るようになってから傲慢になった。
「以上のことから人を見下すような王女様とは婚約関係を継続いたしかねます。私に多大なる迷惑をかけたのですから解消ではなく破棄したく存じます」
オリビアからしたら何をふざけたことを言っているのだろうという感想しか抱かないがドヤ顔をしながらしょうもないことを物申す様子を見れば本気で言っていることが察せられる。
というか本当に成績成績と煩い。
あまりにもの酷い言い分にその場が白けていくのに気づかないのだろうか。
こんなもの陛下が無礼者と一言発せば良いことなのだが……ジオが話す度に大きくなっていく肩から伝わる震えにこみ上げてくるものがある。
「はっ!くだらな……」
気づけば口からポロリしていた。
「…………今、なんと言った?」
ジオがオリビアに近づこうと足を踏み出すとマリンがグルルルと唸る。
うむ。怒りで皺だらけになった顔は怖いがいかんせん身体が小さいのであまり迫力がない。バリー隊長がさりげなく近づいて殺気を放ってくれたからかジオの足が止まる。
バリー隊長には感謝である。マリンの目がハートになっている気がするが気のせいだろうか。
「ジオ様が仰られるように王女様の成績はとても上がっておられますね。王女様の努力が実り大変喜ばしいと私は思いますがジオ様は違うのですね。婚約者の努力を認められぬなんてみみっちい男ですね」
にこりと笑うオリビア。
「……貴殿は聖女だからと自分が偉くなったと勘違いしているのでは?たまたま聖女になっただけの女が。私は公爵家の者、そなたは侯爵家の者だと理解しているか?」
「ふふ…まあジオ様。あなただって特に際立った能力だって優秀さだってお持ちではないでしょう?聖女たる私にそんなことを言えるのはたまたま公爵家に生を受けたから。私も同じです。力を得たら上から目線で物申したくなる。自然の摂理ですわ」
「私が……優秀ではない……?」
ブルブルと震え出すジオ。その目は血走り怒りを堪えているのか呼吸も荒くなっていく。
「ええ。だって私や王女様の方が優秀でしょう?それに……公爵家の令息だというのに皇太子様や王女様のように国に何か貢献しているわけでもありませんし」
ジオは学園での成績は優秀だが公爵家の仕事を行ってはいない。なぜか?使い物にならないからだ。公爵家が相手するのは優秀なものばかり。
その中で彼は自分が一番偉いから言うことを聞けといわんばかりの態度しかとらないそう。そこを相手にうまく持ち上げられ愚かな契約を交わしてしまうことが続いたと聞いている。
それから公爵は彼には公爵家の仕事を任せることがなくなったとか。
どれだけ人柄をよく見せようと仕事ができるできないのとは別なのだ。まして、その人柄もただ作ったものとなれば彼はただの思い上がり甚だしい男と成り果てるだけ。
「……本当に女というのは愚かな生き物だな。勉強ができようとなんの役に立つ?男に尽くし喜ばすことでしか役に立たぬのだから黙って男に従え。黙って男の下にいれば良いのだ。お前といい、王女といい勉強はできても常識のないクズめ。男よりも出しゃばるんじゃない!糞女共が!」
しーん……と静まり返る王の間。
静けさとは裏腹にぼっと燃え上がるは
「衛兵!この痴れ者を牢にぶち込め!」
娘をクソ呼ばわりされた王の怒りだ。




