32.パニック
エリザベスと別れたオリビアは帰宅後課題を終えると、ベッドに倒れ込んだ。
疲れた。
人の悩みなんか普段聞かないものだから無性に疲れた。
ふ…と目を瞑れば自分でも気づかぬうちに意識が落ちていた。
「……ま!」
『 ……て! 』
ん?なにか騒がしいような。というか身体が揺さぶられている。
人が気持ちよく寝ているというのに誰が……?
覚めゆく意識と共に目を薄っすらと開ける。目の前の状況を把握すると意識がはっきりし目がぱっちりと開く。
「な、なに?」
「何じゃないわよお姉様!」
『 オリビア起きた!? 』
自分の顔を覗き込んで何やら騒いでいたのは妹のリリスと赤ちゃんドラゴンのマリンだった。慌てて身を起こせば何やらゴーゴーという轟音が外から聞こえる。
――あれは。
窓から見えるものは炎の柱。何度も出ては消えてを繰り返している。
「お姉様!何かあったみたいよ!さっき赤いドラゴンが猛スピードで飛んで来たと思ったら庭で火を吐き始めたのよ!何事かと思ったら次はマリンが部屋に飛び込んできて髪の毛を引っ張ってくるものだからついてきたらお姉様を起こせみたいなジェスチャーをするから起こしたのよ!」
興奮している故か一気に話したからかゼーハーゼーハーと荒い呼吸のリリスの髪の毛は確かに乱れている。とりあえず剥げている様子はなくて良かった。
『 急いで!オリビア急いで!赤いドラゴンのところに行くわよ! 』
いやいやいやいや、何事?何が起きているのかわからないのに動くわけにはいかない。だって怖いし。
「マリン?どうかしたの?説明をし『 いいから早く! 』」
そんなかわいい身体のどこにそんな力を隠していたというのか。マリンはオリビアの背後に回るとドレスの腰に巻いているリボンをパクリと咥えたかと思うと思いっきりオリビアの身体を明けっ放しのバルコニー付きの窓の方に放り投げた。
「え?」
身体がふわりと……いやブンッと力強く飛ぶ。
「「「オリビア様!?」」」
きゃーという悲鳴が使用人の口から漏れるが、自分の口からは突然のことに言葉は出なかった。
あ、やばいかも。
バルコニーの柵も飛び越え地面にどんどん近づいていく。
そんな身体をバサリと受け止めたのは赤きドラゴンの背中。みるみるうちに地面から離れ空へ舞い上がっていく。確かこのドラゴンは聖女となった初日に王宮の門の前で出会ったはず。
『 オリビア!急ぐからしっかり掴まっていろよ! 』
赤いドラゴンはそう言うと猛スピードで飛んでいく。
やばい。落ちる。
そっと鱗にまみれた首元にぎゅっと抱きつけば、上がるスピード。いやいやいやいや、速い速い。怖すぎる。というかこれはどこに向かっているのか。
身体も心もパニックに陥るオリビアができることはただひたすら落ちないように目を瞑り首にしがみつくことだけだった。
『 見えたぞ! 』
ものの数分でそんな声が聞こえ恐る恐る目を開けば
「王宮?」
王宮があった。
門兵がこちらを指差して何やらぎゃあぎゃあ騒いでいる気がするが赤きドラゴンは止まらない。城めがけて猛スピードで飛び続ける。
勇敢な何人かの兵士が近づいてくるのだが火を噴くものだから誰も止められない。
………………ていうか
このまま行ったら城にぶつかるのでは?
近づく城に思わず目を瞑ればピタリと止まる気配。
そして身体に衝撃があったかと思うと本日二度目のブンッと飛ぶ身体。
――――まじか。
恐怖で目を開けられぬオリビア。
一瞬後に身体が感じたのは床や壁に打ち付けられる痛み
…………ではなく。
「オリビア嬢!?大丈夫ですか!?」
恐る恐る目を開いたオリビアは竜騎士団のバリー隊長の逞しい身体に受け止められていた。
『 キャー!目のやり場に困っちゃう! 』
ちらと視線だけ上に向ければ後をついてきていたらしいマリンがキャーキャー叫んでいる。また視線を前に戻せば厚い胸板。急激に彼の温もりを感じ、慌てて立ち上がる。
「だ、大丈夫です……。す、すみません……」
立ち上がったオリビアにほっとした表情を浮かべるバリー隊長を直視できない。
というかこの状況は――
えっと……寝ていたら急に叩き起こされて、赤いドラゴンに王宮に連れてこられて、気付けばバリー隊長に抱きしめられていて……
ボッとオリビアの頰が赤く染まる。な、なんでこんなことに?というか何で自分を王宮に連れてきたのか。
「オリビア……」
自分を呼ぶ弱々しいその声に視線を向ければそこには今にも泣き出しそうなエリザベス王女の姿。側には呆然とこちらを見つめる王と皇太子の姿もある。
そして
王の御前だというのに憎悪を隠しもせずに憎々しげにオリビアを睨みつけるジオがそこにはいた。




